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第4巻「闇の声の戦い」

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70.中庭・2

 フルートとゼンがいる中庭を風が吹き渡っていきました。湖から吹いてくる涼しい風です。庭の植物が揺れ、木々の葉がざわめきます。

 すると、庭の先の小道を、二匹の犬が連れ立って歩いていくのが見えました。白い子犬と茶色の犬です。今までそのあたりに一緒にいたのでしょう。仲良く並んで屋敷のほうへ歩いていきます。

 と――子犬がちらっと少年たちのほうを振り返りました。

 フルートは、はっとすると、すぐに犬たちを呼び止めました。

「ポチ、ルル!」

 どきりとしたように、犬たちが立ち止まりました。フルートは厳しい顔で、二匹にこっちへ来るように手招きしました。

「ワン……なんですか、フルート?」

 ポチがおずおずと近づいてきました。その後ろをルルも心配そうについてきます。フルートは鋭い口調で言いました。

「今のぼくとゼンの話、聞いていたね?」

 ゼンは驚くと、たちまち赤くなって歯ぎしりをしました。

「こいつらぁ――」

 犬たちはますます小さくなりました。

「ワン、わざとじゃないんですよ……ぼくたちは耳がいいから、聞こえちゃったんです。だって、ぼくらは犬だから……」

 フルートは溜息をつきました。ゼンは苦い顔のままです。

「ったく……どうしてこういう話って、誰かに聞かれるんだろうな」

 そうつぶやいたのは、謎の海の戦いの後でフルートと自分のやりとりをメールに立ち聞きされたことを、思い出しているのに違いありませんでした。

「ワン、ぼくたち、言いませんよ! 絶対黙ってます!」

 と必死で言うポチに、ゼンはどなり返しました。

「あったり前だ! ポポロだけじゃない。メールにも、誰にも言うなよ! これは俺とフルートの間の男の約束なんだからな!」

 男の約束、ということばは、彼らのような少年が口にすると、ひどく背伸びしているように感じられるものですが、ゼンが言うと、何故だかけっこうそれらしく響きます。二匹の犬は、あわてて大きく何度もうなずき返しました。

 

 すると、その声を聞きつけたように、少女の声が聞こえてきました。

「ゼン、そっちにいるのかい? ――探したじゃないのさ」

 中庭の別の小道からメールが姿を現しました。いつものように袖無しのシャツにうろこ模様の半ズボンをはいて、緑の髪を結い上げています。ちょうど話題に上がっていた人物のひとりが来たので、少年たちも犬たちも、思わずちょっと緊張しました。

「なんか用かよ?」

 とゼンがことさらぶっきらぼうに聞き返します。メールは肩をすくめました。

「なに怒ってんのさ? ポポロとケーキを焼いたんだよ。食べにおいでよ、お茶にしよう」

「ケーキ? おまえらが?」

「そう。スグリを焼き込んだヤツだよ。けっこう上手にできたんだ」

 たちまちゼンはうさんくさそうな顔になりました。

「大丈夫なのかぁ? ホントに食えんのかよ」

「ちょっと、ご挨拶だね! あたいだって城で料理長に習ってケーキを作ることくらいあるんだよ! ポポロだって上手なんだからね!」

「ポポロは信じられる。でも、おまえのは、とても信じられねえ」

「なんだってぇ!」

 メールはいきり立つと、真っ赤になって、くるりと後ろを向きました。

「わかった! あんたたちには食べさせてやんない! せっかくゴーリスの奥さんに習って作ったのにさ!」

「お、ちょっと待て。ちゃんと先生がいたのか? なら話は別だぞ。それを先に言え」

「いちいち勘にさわること言うね! どうしてあたいたちだけじゃ信用できなくて、ジュリアさんが一緒ならいいのさ」

「んなの、あったり前だろうが。鬼姫が料理上手だなんて、とても信じられねえよ」

「もう! 食べさせない! 絶対に、ゼンには食べさせないからっ!」

 メールがぷりぷりしながら屋敷のほうへ戻っていき、ゼンがそれを追いかけていきました。大喧嘩をしているような、それでいて、じゃれ合うような様子で、早口に言い合いながら歩いていきます。

 その様子を半分あきれて見送っていたフルートが、ふと、首をかしげました。

「ワン、どうかしましたか?」

 とポチに聞かれて、フルートは首をかしげたまま答えました。

「ん……ゼンってさ、メールと一緒にいると、なんだか急に口調が変わるんだよね。いっそう乱暴な感じになるんだ。……まあ、メールは気にしてないみたいだから、いいのかもしれないんだけど」

 すると、小道の途中でふいにメールとゼンが立ち止まって振り返ってきました。

「なにやってんのさ、フルート! あんたもおいでったら!」

「ポチもルルも来いよ! 早く来ないと、おまえらの分まで俺が食うぞ!」

 フルートは思わず肩をすくめると、急いで二人の後を追いかけていきました。

 

 後に残った二匹の犬は、しばらく子どもたちの後ろ姿を見送っていましたが、やがて、ルルが口を開きました。

「なぁに、あれ……フルートったら、本気であれを言ってるわけ? ゼンがメールにだけ口調が違う理由なんて、わかりきってるじゃないの」

 あきれかえった声でした。

 ポチはくすり、と笑いました。

「フルートって、いろいろわかってるみたいで、案外わかってないことが多いんですよ。ゼンがポポロを好きなのは本当のことだし、ゼン自身が自分でまだ気がついてないし。……まあ、人間は感情の匂いをかぎ分けられないから、しょうがないんでしょうけどね」

 ルルは今度はポチにあきれた目を向けました。自分より二回りも小さいくせに、いっぱしな口をきく子犬に言い返してやろうとして――ふいにけげんな顔になりました。

「え、感情の匂い……? なによ、それ?」

「ワン、なにって」

 聞き返されて、逆にポチがとまどいました。ルルが本当に不思議がっている匂いをさせているのに気がつくと、驚いて声を上げます。

「ルルはわからないんですか? 人の感情の匂いがかぎ分けられないの!?」

 ルルは目を丸くして、本当に驚いた顔になりました。

「……わかるわけないじゃないの、そんなもの」

「ワン、だって、犬は普通、匂いで相手の感情を感じるじゃないですか。犬はことばが話せないから、そうやって匂いで相手の気持ちを知るんです。完全なもの言う犬はそうじゃないの? でも、犬がそうしてるってことを聞いたこともなかったんですか?」

 すると、もの言う犬の少女は、ますます驚きとまどった顔になりました。

「知らないわよ……だって、普通の犬と話なんてできないもの」

「話せないの!?」

 ポチは本当にびっくりして、大声を上げてしまいました。

「ワン、もしかして、天空の国のもの言う犬って、人のことばしか話せないんですか? 普通の犬や他の動物たちとは、全然しゃべったりできないの!? 人間たちみたいに!?」

 ルルはうなずきました。なんとなく、ひどく怒ったような、憮然とした顔をしていました。

 ポチは少しの間黙って考え込むと、やがて、そうかぁ……とつぶやいて、その場に腰を下ろしました。

「ぼく……今まで、もの言う犬ならみんな、ぼくと同じように他の動物のことばがわかったり、人の感情の匂いがわかったりするんだと思いこんでましたよ。これって、ぼくがもの言う犬と普通の犬の両方の血を引いていたせいだったんだ。そうかぁ……」

「どうりで、迷宮の中でいくらポポロに化けても、ポチには見破られたはずよね」

 とルルが腹立たしそうに言いました。なんだか今にも泣き出してしまいそうな声でした。

 すると、ポチは優しい目になりました。

「悔しがることなんてないですよ、ルル。だって、ルルは本当に泣くことができるんだもの」

 ルルがまた、けげんそうにしたので、ポチはほほえむような声で言い続けました。

「ぼくはね、どんなに泣きたい気持ちになっても、涙は出てこないんですよ。だって、半分普通の犬だから。でも、ルルは泣けるんですよね。ゴーリスがフルートに言ってたそうですよ。泣けるなら泣いてしまったほうがいい、そのほうが楽になれるから、って。ぼくも、そう思いますよ――」

 子犬は、本当にうらやましそうな、けれどもそれを笑ってあきらめるような口調をしていました。それは、感情の匂いがかぎ取れなくても間違いようがないほど、はっきりしたポチの気持ちでした。

 ルルはポチを見つめ続けました。彼が、自分よりはるかにたくさんの経験をして、様々なことを感じ考えてきたのだと、ふいに気がつきます。泣いてしまいたいほど悲しい想いをしても、泣くことができないというのはどんな気持ちでしょう。それに耐えて生きていくというのは、どういうことなのでしょう。ポチの幼くて小さな姿は、ただの見かけに過ぎなかったのだと思い知らされて、ルルはしょんぼり耳と尾をたれました。

 

 すると、ポチはルルに近寄って、その顔をぺろぺろとなめました。

「ワン、でも、これで謎が解けましたよ。ぼく、ずっと不思議だったんです。どうしてルルはあんなに自分をひとりぼっちだと思いこんでたんだろう、って」

 ルルはまた、とまどったように子犬を見返しました。賢い子犬に言い返すことばはもうありません。

「ワン、ぼく、迷宮の中でずっとルルの記憶を見てきました。確かに、ルルはポポロと二人きりですごく淋しそうだったけど、でも、すぐそばで、ポポロのお父さんとお母さんは、ルルのことを本当に心配していたんですよね。いつだって、ずっとそうだったんですよ」

 ルルはすぐには返事をしませんでした。ひどく意外なことを聞かされたようにポチを見つめ、やがて、頭を振りました。

「そんなこと……あるわけないじゃない。私はポポロを守るために連れられてきた犬なのよ。ポポロを守るのが私の仕事だったの。だから、お父さんもお母さんも私のことを――」

「ポポロのためにルルを大事にしてきてくれたんだ、って? 違いますよ、ルル。言ったでしょう? ぼくは人の感情の匂いがわかるんです。いくら記憶の中の思い出でも、その人が何を感じているのかは、ぼくにははっきり伝わってくるんです。……確かに、ポポロは一歩間違うと自分や周りの人を死なせてしまうほど危なっかしい人だから、お父さんたちもすごく心配していたけれど、でもね、そんなポポロのことばかり考えてるルルのこともね、お父さんとお母さんはすごく心配してくれてたんですよ。もっと自分のことも考えてくれればいいのに、って思って、ポポロと同じくらい、ルルのこともいっぱい心配してくれていたんですよ」

 ルルは何も言いませんでした。ただポチを見つめ続け――ふいに、その瞳に涙を浮かべました。

 透明な涙をこぼしながら、ルルが尋ねました。

「本当に、ポチ……本当に、本当にそうなの……?」

「ワン、本当ですよ。ルルはね、今までだって、ずうっと、ひとりぼっちなんかじゃなかったんですよ」

 ルルの目からは涙がこぼれ続けていました。涙は後から後からあふれてきて、いつまでも止まりません。ポチは顔を寄せて、またそれをなめてやりました。ルルは、泣きながらつぶやきました。

「お父さん……お母さん……」

 

 そのとたん、彼らのすぐ目の前に淡い緑の光が輝き、その中から二人の人物が現れました。黒い星空の衣を着た男の人と女の人です。男の人は銀色の髪を、女の人は輝くような赤い髪をしていました。

 ルルとポチは驚いて二人を見上げました。ルルがまた、信じられないようにつぶやきます。

「……お父さん、お母さん……?」

 それは天空の国にいるはずのポポロの両親でした。

 すると、ポポロのお父さんが緑の瞳をほそめて、優しくルルを見ました。

「やっとぼくたちを呼んだね、ルル。いったいいつまで待たせるつもりだったんだい? お母さんを泣くだけ泣かせて」

「ルル!」

 ポポロのお母さんは金の瞳を涙でいっぱいにして、犬の少女を呼びました。かがみ込み、両腕を広げて、その中にルルを抱きしめてしまいます。

「本当に心配させて! この子ったら……本当に、この子ったら……!!」

 そのまま声を上げて泣き出してしまいます。その様子は、ポポロが泣いている姿とそっくりでした。

 ルルは信じられないような顔のままで尋ねました。

「お父さん、お母さん……どうしてここにいるの……?」

「天空王様がぼくたちをここまで送ってくださったのだよ。おまえの呼び声を道しるべにね。――もっと早く呼んでほしかったな。おまえたちが戦っている間中、本当に気が気じゃなかった。まったく、親の心子知らずとはこのことだ」

 そう叱るように言いながらも、お父さんの顔は笑っています。娘の無事な姿に喜んでいます。

 いっそうとまどったルルは、思わず隣のポチに目を向けました。子犬は、ほらね、というように、ほほえみを返してきました。

 

 すると、屋敷に続く小道を子どもたちが大あわてで駆けてきました。先頭は赤い髪を風に吹き乱したポポロです。

「お母さん! お父さん!!」

 大声でそう叫ぶと、中庭に立つ自分の両親に飛びついていきました。そのまま、声を上げて嬉し泣きを始めてしまいます。――魔法使いの彼女は、両親が地上に降り立ったとたんにそれを感じ取って、屋敷を飛び出してきたのでした。

 ポポロの後を駆けてきたフルートとゼンとメールが、驚いたように立ち止まりました。

「おじさん、おばさん。どうしてここに?」

 とフルートがルルと同じことを尋ねます。ポポロの父親はまた笑顔になりました。

「天空王様に送り届けられてきたんだよ。結局、うちの娘たちは二人とも君たちに助けられたことになるね。本当にありがとう」

 ルルはようやくポポロの母親の腕から解放されました。お母さんが今度はポポロを抱きしめたからです。ルルはまだ信じられないような顔をしながら、お父さんの顔を見上げました。

「うちの娘たち……? 私もやっぱり娘なの……?」

 お父さんは笑顔を消すと、ルルにかがみ込んで、真剣な目で見つめました。

「おまえはどう思ってきたんだい? 本当にうちの子どものつもりでいたんじゃないのかい? たとえ姿形は犬でも、おまえはやっぱりぼくたちの娘なんだよ。あの日、天空王様のところからうちにやってきた日から、ずっと、おまえはポポロのお姉さんで、ぼくたちの本当の娘だったんだよ」

「お父さん……」

 ルルはとまどいながら、お父さんに近づきました。そっと、その膝に前足をかけ、顔をのぞき込みます。お父さんの緑の目には涙が光っていました。

「お父さん……お父さん……ごめんなさい」

 ルルはお父さんの膝にすがったまま、泣きじゃくり始めました。ごめんなさい、と何度も繰り返します。お父さんはそれをしっかりと抱きしめました。

 

「さて、それでは天空の国に行かなくては」

 二人の娘たちがようやく落ちついて泣きやむと、お父さんがそう言いました。

「天空王様がルルをお呼びなんだ。ルルは天空王様の前に出なくてはならないんだよ」

 とたんに、子どもたちは、はっとしました。天空王は正義の王。正しい者たちには限りなく優しい王ですが、悪に心を染めて人を陥れた者には、この上なく厳しい裁きを下します。

「まさか――天空王様はルルを罰するつもりなの!?」

 とポポロが真っ青になりました。他の子どもたちも、いっせいにどきりとしてルルを振り向きました。

 ルルは立ちすくんでいましたが、ふっと表情を変えると、静かに足下に目を向けました。

「しかたないわよ。私がデビルドラゴンにつけ込まれて、魔王になりかけたのは本当だもの。町や船を襲って、たくさんの人たちを傷つけてしまったんですものね」

「だめよ! そんなのだめ! ルルは悪くなんてないわ!」

 ポポロはまた涙を流し始めていました。守ろうとするように、必死でルルを抱きしめます。けれども、ルルは首を振ると、きっぱりと答えました。

「そういうわけにはいかないのよ、ポポロ。天空王様のご命令には従わなければね」

 フルートも青ざめながらポポロの両親を見ました。すると、ポポロの父親が答えました。

「ぼくたちは天空の国に住む者だ。天空王様のご意志には、絶対に逆らうことはできないんだよ」

「まさか、ルルを処刑するとか――そんなことはないよな!?」

 とゼンが尋ねましたが、そのことばに、他の者たちはいっせいにまた、どきりとしました。ポポロの両親は何も言いません。天空王がどんな決定をするのか、二人にはわからなかったからです。

 すると、ルルが、すっとポポロの腕の中から抜け出して、両親の元へ歩いていきました。

「行きましょう、お父さん、お母さん。天空王様にお会いしなくちゃ」

「だめよ、ルル! だめっ!」

 ポポロは泣き続けます。

 すると、フルートがポポロの両親に言いました。

「ぼくたちも一緒に天空の国に行っていいですね? ぼくたちは、天空王様からいつでも天空の国に来ていい、というお許しをいただいています。ぼくたちも一緒に行きます」

 それは同行の許可を得ていることばではありませんでした。何が何でも一緒に天空の国までついていって、絶対にルルを守り通す、という固い決意の声でした。

 ポポロのお父さんは苦笑いのような顔をしました。

「君たちが天空王様の許しを得ている以上、ぼくたちにはそれを止めることはできないな。――よろしく頼むよ」

 最後の一言を、おとうさんは真剣な目になって、心の底から言いました。フルートとゼンとポチ、そしてメールはいっせいにうなずきました。

 

 緑の濃い中庭に、三人の大人たちがやってきました。ゴーリスとユギル、そして、黒い鎧を着た戦士のオーダです。オーダの足下には、いつも片時も離れず、白いライオンの吹雪がついてきています。

 ゴーリスが歩きながらオーダに話しかけていました。

 すると、大柄な黒い戦士は、苦笑いをしました。

「俺たちは傭兵が寄り集まっただけの辺境部隊だ。そんな晴れがましい席とは無縁だな。窮屈でみんな逃げだしちまうだろう。それよりは、エスタ国王陛下を通じて、酒の樽とほうびの金でも配ってもらった方が、あいつらは大喜びするさ。それにな――デセラール山で風の犬と戦ったって、そりゃ、あんたたちの兵隊が勘違いしてポチとフルートを攻撃しただけのことだぞ。そんなやつらを表彰するのか?」

 今度はゴーリスが苦笑いになりました。かたわらでユギルが肩をすくめて、皮肉っぽく口を開きました。

「それが宮廷の不思議なところでしてね……。何故だか、そういうことになってしまうのです。そして、本当に表彰されるべき勇者たちには、今回は何のごほうびもなしです。勇者殿たちは、今回の一件に関しては陛下には何も教えないとおっしゃっていますからね」

「いかにもあいつららしいな」

 とオーダは笑うと、中庭に向かって突然声を張り上げました。

「おぉい、フルート、ゼン――! 俺は辺境部隊と一緒にエスタに帰るぞ! 見送りに来ぉい!」

 ところが、中庭から返事はありません。オーダの大声が聞こえないはずはないのですが、どこからも子どもたちは現れませんでした。ゴーリスは首をひねりました。

「おかしいな。みんなこのあたりにいたはずなんだが」

 すると、ユギルがふいに鋭い目になって、あたりを見回しました。

「不思議な気配が残っていますね……。邪悪なものではありませんが、この地上のものではない気配です……」

 子どもたちの姿は、本当にどこにも見あたりません。

 すると、オーダが急にまた苦笑いの顔になって、うなずきました。

「あいつら。また自分たちだけで行ったな。まったく、これだから、子どもってやつは侮れないんだ」

 そうぼやいて、空をふり仰ぎます。

 見上げた空は雲一つなく晴れ渡り、青天井の上を、目には見えない風が走っていました。

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