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第4巻「闇の声の戦い」

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65.闇の声・2

 「えっ……?」

 フルートは驚いてあたりを見回しました。

 いつの間にか、まったく知らない場所に来ています。薄青い光が満ちている空間です。目をこらしても、その果ては見えません。天と地の境目も見えません。ただ、どこまでも薄青い世界が続いているだけです。

 そこに自分がひとりきりで立っているのに気がついて、フルートはまた焦りました。何故? 自分は風の犬のポチに乗って、デビルドラゴンを湖の上空へ誘い出そうとしていたはずなのに……。

 

 すると、フルートからほんの数メートルしか離れていない場所で、黒いものが動きました。よどんだ闇のように見えます。が、首を上げたそれは、一頭のドラゴンでした。全身を黒いウロコでおおわれた体を丸め、うずくまった姿勢から首だけを伸ばしています。黒い蛇のような頭から血のように赤い目がこちらを見ています。その背中には、他のドラゴンとは違った、四枚の翼がありました。

 フルートは思わず息を呑みました。

「デビルドラゴン……」

 ついさっきまで影そのものでしかなかった竜が、実体となってフルートの目の前にいました。けれども、それは意外なほど小さな姿でした。生まれて間もない子馬くらいの大きさしかありません。

 すると、デビルドラゴンが話しかけてきました。

「私ヲ追イ詰メタツモリカ、金ノ石ノ勇者? 倒セルモノナラ倒シテミルガイイ」

 地の底から響くような闇の声は、何故だか余裕のある口ぶりです。フルートは怪しむような顔をしながら、首からペンダントを外しました。石をドラゴンに向けて叫びます。

「金の石!」

 ――けれども、何も起きませんでした。石は金色に輝き続けています。なのに、聖なる光が出てこないのです。フルートは驚いて、二度三度と石に呼びかけてみました。やはり、光は現れません。

 デビルドラゴンが笑い声を立てました。

「ココハ私ノ結界ノ中。魔法ノ石モ魔法ノ武器モ、何ノ『力』モ持タナクナルノダ」

 フルートは、はっとすると、ペンダントを首に戻し、素早く炎の剣を抜きました。駆け寄りざま、ドラゴンに切りつけます。手応えがあって、ドラゴンの体に大きな刀傷ができました。

 けれども、血は一滴も出ません。炎の剣で切りつけたのに、火を吹いて燃え上がることもありません。驚いて見つめるフルートの目の前で、ドラゴンの傷が音もなく消えていって、元通りになりました。

「私ハ闇ソノモノノ存在。私ヲ傷ツケ殺スコトハ不可能ナノダ」

 とドラゴンは話し続けました。怪物は、自分からフルートに仕掛けてくることはありません。ただ、話をするだけです。

 

 フルートは炎の剣を握りしめたまま、用心深い目でドラゴンを見ました。

「おまえの目的は何だ?」

 と尋ねます。

 すると、ドラゴンがフルートを見ました。赤い瞳が、にやりと笑ったように、少年には見えました。

「金ノ石ノ勇者ハ賢イナ……。私ハ取リ引キガシタイノダ」

 とドラゴンが言います。フルートは何も答えません。ただ、いっそう用心深くドラゴンを見つめ続けます。

「私ニハ、オマエノ本当ノ望ミヲ叶エルコトガデキル。オマエノ願イヲ実現シテヤロウ。ソノ代ワリ、オマエノ肩ニ少シノ間、私ヲ止マラセルノダ。ナニ、重クハナイ。私ハ幻ト同ジコトダカラナ」

 ばさり、と四枚の翼が音を立てて広がり、ドラゴンの体が宙に浮きました。軽々と羽ばたきながら、真っ正面からフルートを見つめ返してきます。その目は赤く、底知れない深さをたたえていました。

 フルートは剣を構えたまま、そっけなく尋ねました。

「そんなことをして何になるって言うんだ。ぼくの肩に止まって何をするつもりだ」

「オマエノえねるぎーガ、ホンノ少シ欲シイ」

 とドラゴンが答えました。赤い瞳が物欲しそうな目つきをします。

「オマエハ自分デ気ヅイテイナイダロウナ……。金ノ石ノ勇者ハ、常ニモノスゴイえねるぎーヲ周囲ニ放ッテイルノダ。金ノ石ヲ通ジテ、世界カラソノ身ニ取リ込マレテクルえねるぎーダ。ソレガアラユル怪我ヤ病ヲ癒ス。私ハ、ソノえねるぎーガホンノ少シ欲シイノダ。コンナチッポケナ体デハナク、モット大キナ姿ニ戻リタイノダ。――代ワリニ、オマエノ望ミヲ叶エテヤロウ。オマエノ願ウコトヲ言ウガイイ。オマエノ命ヲヨコセト言ッテイルワケデハナイ。悪イ条件デハナイハズダゾ」

 フルートは頭をそらしてドラゴンをにらみつけました。

「その手には乗らないよ。おまえはルルの望みにつけ込んでルルを魔王にしようとした。おまえと取り引きしたら、今度はぼくが魔王にされるんだろう。それに――」

 フルートは炎の剣を握り直して、ぐっと低く身構えました。

「ぼくがおまえにエネルギーを与えれば、おまえはいっそう強大になって、人々を苦しめる。そんなことはできないさ!」

 すると、デビルドラゴンは羽ばたきを繰り返しながら、ささやくように言いました。静かな静かな声です。

「オマエノ手ニぽぽろヲ取リ戻セルトシテモ、カ?」

 

 フルートの動きが止まりました。目を見張ってドラゴンを見つめます。

 赤い瞳がまた笑いました。

「オマエノ本当ノ願イハワカッテイル。オマエハぽぽろトマタ親シクナリタイノダ。記憶ニツイテハ――一応、ソレナリニ、アキラメモツイタヨウダナ。ダガ、彼女ガ元ノヨウニナッテクルニシタガッテ、彼女ガマタ、ぜんヲ好キニナルノデハナイカト恐レテイル。モウ一度、彼女ヲぜんニ取ラレルノデハナイカト、密カニ心配シテイル。ソレガ、オマエノ本心ダ――」

 フルートは何も言えませんでした。自分でも意識しないほど心の奥底にしまい込んであったものを、引っ張り出されて、目の前に放り出された気がしました。ドラゴンのことばを否定することができません。それは確かにフルートの本音だったのです……。

 ドラゴンは自分から近づいてくることはありませんでした。まるでフルートが自分から歩み寄ってくるのを待つように、同じ場所で羽ばたきながら、ただ話し続けています。

「ぜんハ素晴ラシイ奴ダト、オマエハ思ッテイル。自分ヨリ優レタ奴ダト考エテイル。ダカラ、オマエハぽぽろヲぜんニ渡シタクナイノダ。イツカ、必ズぜんニ彼女ヲ取ラレテシマウダロウ、ト思ッテイルカラ。悔シイノダロウ? ぜんニカナワナイ自分ヲ、情ケナイト思ウノダロウ? ソレナラバ願ウガイイ、金ノ石ノ勇者。代償ハ、オマエカラ放タレル、ホンノ少シノえねるぎー。タダソレダケダ」

 フルートは唇を震わせました。涙がこみ上げてきそうになります。デビルドラゴンにこんなことを言われるのが、悔しくて悔しくてなりません。けれども――それが紛れもない自分の本心だと、フルートにはわかってしまったのでした。

 明るくて頼もしいゼン。ぶっきらぼうだけれど、暖かくて、友だち思いで、どんな困難にも負けない強さを持ったゼン。茶色のその瞳は、いつも真実を見ています。フルートのように、余計な情に押し流されることもなく、自分たちに何が一番大事なのかを常に見抜きます。その強さとまっすぐさが、フルートはいつもうらやましくて、そして、ゼンにはとてもかなわない、と思い続けていたのです。誰よりも好きで、誰よりも頼りにしていて、そして、どうしてもかなうことができない悔しい相手――それがゼンでした。複雑な感情が、フルートの胸の奥底にありました。

 

 フルートは涙がにじんだ目でデビルドラゴンをにらみました。

「ゼンは……ぼくの友だちだ」

 と言い返します。炎の剣は下ろしません。

「ソウダロウトモ」

 とドラゴンは静かに答えました。

「ダカラコソ、彼ノ幸セモ、オマエハ心カラ願ッテイル。ソレモ私ニハワカッテイル。ダガ――オマエモ自分ヲ幸セニシタイ、ト考エルヨウニナッタノダロウ? 自分ダッテ、少シハ幸セニナッテイイノダト。ソレナラバ、良イ方法ガアルデハナイカ。誰モガ幸セニナレテ、誰ヒトリ傷ツクコトノナイ解決策ダ。ぜんガめーるヲ好キニナレバイイ。ソレデ、万事ハ丸クオサマル。ソウデハナイカ――?」

 フルートは愕然と立ちすくみました。いきなり、心のど真ん中の本音をあらわにされた気がしました。ゼンがメールを好きになってくれれば。そうすれば、自分は誰にはばかることもなく、ポポロを好きになることができます。メールだって、もう泣く必要はなくなります。メールは本当に、心からゼンが好きなのです。それは見ていればわかります。ゼンだって、そんなメールを憎からず思っているはずです……。そんなふうになったらいいのに、とフルートは確かにずっと心の底で願い続けていたのでした。

 デビルドラゴンは静かに話し続けました。

「私ニハ人ノ気持チヲ変エル『力』ガアル。タチドコロニ、ぜんノ気持チヲめーるニ向ケサセルコトガデキル。ぽぽろヨリモめーるノホウヲ好キニサセテヤロウ。ソウスレバ、全員ガ幸セニナレル。――オマエガ、ソウ願イサエスレバ」

 フルートは何も言いませんでした。うつむいたまま、じっと足下を見つめています。右手はいつの間にか力を失って、剣を下ろしてしまっていました。その切っ先が震えています。

 ドラゴンが、たたみかけるように言いました。

「願エ、勇者ヨ。私ヲソノ肩ニ止マラセロ。ソウスレバ、ぜんハめーるヲ好キニナル。皆ガ笑顔ニナル。ソレコソガ、オマエノ心カラノ願イナノダロウ――?」

 闇の声は深く静かです。まるで、フルートの心の奥底から、直接響いて語りかけてくるように……。

 

 フルートは剣を握る手を大きく震わせました。そのまま、自分の足下をにらみ続け――

 ふいに、顔を上げて、ドラゴンに向かってどなりました。

「いいかげんにしろ!!」

 その剣幕に驚いたように、闇のドラゴンの姿が一瞬揺らぎました。

 フルートは剣を握る手も、握らない手も、固い拳にして激しく震わせました。怒っていたのです。抑えることもできないほど、ひどく腹をたてていたのでした。

「ゼンにメールを好きにさせる……!? おまえの魔法の力で!? そんなことで、ゼンやメールが本当に幸せになれるわけがない! 闇の魔法でゼンに好きになってもらって、メールが――メールが喜ぶもんか! 人の気持ちをもてあそぶのもいいかげんにしろ!!」

 フルートはまた炎の剣を構えました。効こうが効くまいが、炎の弾を撃ち出そうと高く振りかざします。そうしながら、ドラゴンに向かってどなり続けました。

「ぼくは自分の幸せも探す! ゼンたちと約束したからね! だけど、それは自分の力で見つけるものなんだ! 誰かに与えてもらうようなものじゃない! ぼくは、おまえの力なんて、絶対に借りない! 絶対に、絶対に、借りるもんか――!!」

 炎の剣がうなりをあげて振り下ろされました。ごおっと音を立てて炎の弾が撃ち出され、デビルドラゴンに激突します。すると、あっという間にドラゴンの黒い体が炎に包まれました。

 

 ごうごうと燃える火の中から、デビルドラゴンの声が聞こえてきました。

「ナルホド、金ノ石ノ勇者モ落チナイカ。見上ゲタ強サダナ。ダガ、勇者ヨ、知ッテイルカ? ドンナ人モ、私ノ『力』ヲ借リタイト願ウ瞬間ガ必ズアルノダ。今マサニ死ナナケレバナラナイ、トイウ瞬間ニナ――。ソレハ他ノドンナ願イヨリモ強クテ、根源的ナ願イダ。オマエヲ殺シテヤロウ、金ノ石ノ勇者。イタブラレ、耐エ難イ苦痛ノ中デ、ジリジリト死ニ追イヤラレルトキ、オマエハソレデモ、私ヲ呼バズニイラレルカナ――?」

 闇の声が、はっきりとあざ笑いました。

 次の瞬間、燃える炎の中から、真っ黒い闇の触手が飛び出してきました。あっという間にフルートに絡みつき、体をがんじがらめにしてしまいます。

 フルートは思わず叫びました。

「金の石――!」

 けれども、石は輝きません。デビルドラゴンの結界の中、石は力を封じられているのです。

「魔法ノ鎧モ私ノ前デハ無力」

 と言いながら、闇の触手が襲いかかってきました。黒く鋭い槍となって、金の鎧を貫き、その下のフルートの体を突き刺しました。真っ赤な血が吹き出します。フルートは激痛に思わず悲鳴を上げました――。

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