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第4巻「闇の声の戦い」

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63.援軍

 「卑怯だぞ、デビルドラゴン!!」

 ゼンが花鳥の背中でわめいていました。彼らの目の前で、風の犬のポチとフルートがロムド軍の総攻撃を受けています。闇の霧からロムドを救った金の石の勇者たちを、彼らは敵と思いこんで、矢を浴びせているのです。フルートとしては、彼らと戦うわけにはいきません。けれども、上空に逃げてしまえば、今度はドラゴンが送り込んだ影の犬がロムド兵を殺します。フルートは戦うことも逃げることもできなくなってしまったのでした。

「さすが魔王を生むような怪物だね。フルートが何に一番弱いかよく知ってるよ」

 とメールがいまいましそうに言いました。例え自分が誤解から殺されそうになっても、自分だけ逃げることは、フルートにはどうしてもできないのです。

 案の定、フルートがポチと共にロムド軍に急降下を始めました。彼らを狙って、雨のような矢が飛んできます。それをかわし、跳ね返しながら、フルートたちはロムド軍の中に飛び込みました。ロムド兵をかみ殺そうとする黒い影の犬を追い立てます。そんなフルートたちに、また矢や剣が襲いかかります。

「こんちくしょう!」

 ゼンは歯ぎしりをしました。自分だけならば、ゼンは間違いなくフルートを助けに飛び込んでいます。けれども、花鳥の上には無防備な少女たちとルルも乗っているのです。うかつに近づけば、彼らもいっせいに攻撃されてしまいます。

「フルート! フルート……!」

 ポポロが鳥の背から身を乗り出して叫んでいました。その隣ではルルが泣いています。ロムド軍が退治しようとしているのはルルです。ジーナの町や貴族たちの船を襲って、多くの人たちを傷つけてきたのはルルなのです。自分がしでかしてきたことの罪の大きさを、ルルは心底思い知らされていました。その罰として殺されなくてはならないのは自分のはずなのに、軍勢は誤解をして、フルートとポチを殺そうとしているのです。誰よりも優しい彼らの勇者を――。

「やめて! 悪いのは私なのよ! 殺すなら私を殺して! フルートたちは関係ないのよ!!」

 とルルが叫びます。けれども、その声は、眼下に遠く離れている軍勢にはどうしても届きませんでした。

 

「ワン! やっぱり退きましょう! とても無理ですよ!」

 とポチが言いました。いたるところでロムド兵から矢を放たれ、剣で切りかかられるので、とても影の犬をしとめるどころではありません。攻撃をよけるので精一杯です。

 けれどもフルートは首を振りました。

「だめだ! そんなことをしたら、また影の犬が兵士たちを殺すよ!」

 ポチは思わず泣きそうになりました。そのロムド兵がぼくたちを殺そうとしてるんですよ! と叫びたくなります。でも、いくらそう言っても、フルートが決心を変えないことはわかっています。ポチは後はもう何も言わずに、ただ必死で飛び回り続けました。矢をかわし、剣をかわし、少しでも影の犬に追いつこうとします。

 すると、その目の前に矢をつがえたロムド兵の集団が現れました。矢はまっすぐポチとフルートを狙っています。とっさにポチは大きく身をかわしました。

 と、今度は行く手の森から大きなときの声が上がりました。湖をも揺るがすような声と共に、新たな軍勢が現れます。今いる軍隊よりも大勢の兵士たちが、軍馬にまたがって、フルートたち目がけてまっすぐ走ってくるのが見えました。その手には剣や槍がきらめいています。

 はさみうちにあったフルートは、思わず後ろを振り返りました。弓矢部隊がいっせいに矢を放ったところでした。無防備な少年の顔にも何本も矢が飛んできます。フルートはとっさに腕を上げて防ごうとしましたが、間に合いません――

 そのとたん、ごおっとものすごい風が起きました。振り向いたフルートの後ろから吹いてきて、風の犬のポチを押し流し、飛んでくる矢を巻き込んで押し返してしまいます。

 ポチは必死で踏みとどまると、驚いたような声を上げました。

「ワン! 見てください、フルート!」

 森から現れた新たな軍勢の先頭に、黒い鎧を着た大きな男がいました。駆け続ける馬にまたがったまま、大剣を両手に握り、彼らに向かってふるったような格好をしています。その馬の足下を、雪のように白いライオンが並んで走っています――

 フルートは歓声を上げました。

「オーダ!!」

 それは、黒い鎧のオーダとお伴のライオンの吹雪でした。後に従う軍勢はエスタ王国の旗印を上げています。以前、荒野で出会ったエスタ軍の辺境部隊でした――。

 

 全力で走る馬に手放しでまたがったまま、オーダがまた大剣を振りました。剣の先から猛烈な風が巻き起こり、どっとフルートたちに襲いかかります。ロムド軍が放った矢が、また風に巻き込まれて押し返されていきます。オーダの剣は、疾風の剣と呼ばれる魔剣なのです。

 思いがけない軍勢に浮き足立ったロムド軍に、オーダが大音声を上げました。

「やめろやめろ!! 貴様らはいったい何をしているんだ!? ロムドの英雄を自分たちで殺すつもりか!?」

 少年や少女たちの声には耳も貸さなかったロムド軍が、オーダの声には驚いたように止まりました。彼らとエスタ軍の間で立ちすくむ風の犬と、その背中で息をはずませている少年を眺めます。ざわめきが軍勢の間に広がっていきます……。

 オーダがフルートに駆け寄りました。少年の小柄な体をつかんでのぞき込みます。

「大丈夫だったか、フルート!?」

 大きな体に似合った大きな声で、心配そうに尋ねてきます。フルートは急にほっとして、思わずポチの背中にへたり込みそうになりました。やっとそれをこらえて聞き返します。

「オーダ、どうしてここに……?」

「黒い風の犬が湖の方向へ飛んでいったのを見たヤツがいたんでな、辺境部隊と後を追ってきたんだ。ところが、到着してみたら、ロムド軍がおまえたちを殺そうとしている真っ最中だったってわけだ。いったい何がどうしたと言うんだ? あれから何があった?」

「詳しい話をしてる暇はありません」

 とフルートは言って、ロムド軍の中を飛び回り続けている影の犬を、鋭く振り返りました。

「ぼくたちを攻撃しないように、ロムド軍に言っておいてください! 話は後で――!」

 ポチと共にまたまっしぐらに空を飛び、影の犬を追い始めます。ロムド兵が声を上げ、また剣や矢で攻撃をしかけようとします。オーダはまた大声を上げました。

「ええい、やめろと言ってるだろうが、馬鹿ども!! あれは金の石の勇者だぞ! それぐらいわからないのか!?」

 ロムド軍の間に驚きの声が広がりました。軍勢が身をひき、見守る中、フルートとポチは影の犬に追いつきました。見れば見るほど風の犬にそっくりですが、黒いその体は、ただ影でできていました。顔も毛並みも何も見えません。フルートは影の怪物に向かってペンダントを突き出しました。

「金の石!」

 たちまち金の光がほとばしりました。強い光が影の犬を照らし出し、引きちぎって消していきます――。

 

 上空から花鳥が舞い下りてきました。その背中からゼンがどなります。

「オーダ! いいところに来てくれたぜ!」

「おう。おまえらも元気でいたな!」

 とオーダが見上げて笑います。そこへようやくエスタ軍の辺境部隊も追いついてきました。風の犬や花鳥に乗った勇者の一行を珍しそうに眺めます。

 ゼンが舌打ちしました。

「ホントに呑気だな……。空を見ろよ! あれは敵の総大将のデビルドラゴンだぜ!」

 と上空にとどまってはばたく影の竜を指さして見せます。

 すると、オーダはいぶかしそうな顔になりました。

「デビルドラゴン……? どこにそんなものがいるんだ。黒雲がかかっているだけだろうが」

 花鳥の背中の子どもたちは驚き、そして気がつきました。以前オーダたちが白い石の丘や花野を見られなかったことと同じです。大人たちの目には、四枚の翼を持つ影のドラゴンの正体は隠されていて、ただの大きな黒い雲にしか見えていないのでした。

 ゼンは、ぎりっと奥歯をかみしめ、うなるようにつぶやきました。

「ああ、わかってらぁ。あいつを倒すのは俺たちなんだ……。オーダ、こいつらを頼む!」

 といきなり花鳥の背中からポポロとルルを放り投げます。あわててそれを両腕に受け止めたオーダは、目を白黒させました。

「魔法使いのお嬢ちゃん? と、こっちの犬は――」

 と大男は言いかけ、すぐに気がついてうなずきました。

「なるほど。おまえさんがルルか。無事に助け出してもらったようだな」

 ルルは驚いたように黒い鎧の戦士を見上げました。

 そんなオーダに、ゼンがまた花鳥の上からどなりました。

「ルルはもう正気に返ってる! ポポロは記憶喪失だ! そいつらを守ってやっててくれ! 行くぞ、メール! これが最後の決戦だ!」

「うんっ」

 メールが大きくうなずき、花鳥を急上昇させました。オーダはそれをあっけにとられた顔で見送り、腕の中の少女たちを見下ろしました。

「記憶喪失? 最後の決戦……? おまえら、本当に何がどうしたって言うんだ?」

 けれども、ポポロもルルもそれに答えることはできませんでした。話はあまりにも長く複雑で、少女たちにはとても語りきれなかったのです。ただ、心配そうな目を上空に向けます。ポチに乗ったフルートと、花鳥に乗ったゼンとメールが、敵に向かってまっしぐらに飛んでいきます。四枚の翼を羽ばたかせる、影のドラゴンです。

 大人たちが誰も気づかない中、最後の戦いの火ぶたが切って落とされたのでした――。

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