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第4巻「闇の声の戦い」

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第15章 最終決戦

62.誤解

 デセラール山の中から空に舞い上がった黒い竜を、子どもたちは息を呑んで見上げました。四枚の巨大な翼が青い空いっぱいに広がっています。けれども、それはあくまでも影でした。羽ばたきを繰り返す翼から羽音は聞こえてきません。

 フルートはとっさに仲間たちの前に飛び出し、手に握りしめたままだったペンダントを影のドラゴンに向けました。鋭く叫びます。

「金の石!」

 たちまち澄んだ光がほとばしり、デビルドラゴンを照らしました。影の体が薄れ、ドラゴンが長い首をねじって大きな声を上げます。雷鳴のような鳴き声が響き渡ります。

 ゼンが叫びました。

「よぉし、ヤツは実体じゃない! ルルにさえ乗り移ってなけりゃ、何の力もないんだぞ!」

 フルートも、闇の神殿で金の石が闇の卵をうち破った時のことを思い出していました。これで撃退できるかもしれない、という思いが頭をよぎります。

 すると、ポポロとルルが同時に首を振りました。

「違う、違うわ! そんな生やさしい敵じゃない……!」

「私はあれに乗り移られてた間に、ずっと憎んでいたの……。だから、あれに力を与えてしまったのよ……!」

 影の竜が地上に頭を向けました。影の頭の中に目は見えません。けれども、子どもたちは敵が自分たちを見据えたのを感じました。と、竜は大きく口を開け、そこから真っ黒な霧のようなものを吐き出してきました。

 フルートは再び聖なる石を高くかざしました。金の光が子どもたちを包みます。黒い霧は光の障壁にはじかれてすべり、渦を巻きながら地上に流れ落ちていきました。とたんに周囲の草が赤く枯れていきます……。

「闇の息よ。生きているものから命を奪うの」

 とルルが震えながら言いました。子どもたちが思わずいっそう身を寄せ合うと、そこへまたデビルドラゴンが黒い息を吹きかけてきました。金の石は光の障壁で子どもたちを守り続けます。どんなに闇の息が強くても、決して破れません。

 

 すると、デビルドラゴンがまた頭をそらして大きく鳴きました。翼を打ち合わせて、眼前に広がる湖に向かって飛び始めます。

「逃げるよ!」

 とメールが思わず叫びました。けれども、フルートはすぐにドラゴンの意図に気づきました。

「新しい宿主を探して取り憑くつもりなんだ! ハルマスが襲われるぞ!」

 子どもたちはまた、いっせいに息を呑みました。影のドラゴンは、湖の対岸に見える街を目ざして、まっすぐに飛んでいきます。

「ポチ!」

 フルートは叫びました。次の瞬間には、風の犬に変身したポチに飛び乗って、空に飛び上がっていきます。

 ゼンもわめきました。

「メール、花鳥だ! 俺たちも追いかけるぞ!」

 メールは青くなってあたりを見回しました。花が咲いてなければ花鳥は作れません。すると、斜面の下の方に、場違いな花畑が広がっているのが見えました。色とりどりの花が風に揺れています。それは、彼らが迷宮にはいるとき、メールが花畑に戻しておいた花たちでした。

 メールは歓声を上げて呼びかけました。

「おいで、花たち! 行くよ!」

 けれども、花畑は風に震え続けるだけで、メールの命令には従おうとしませんでした。空を行く闇のドラゴンの気配におびえているのです。メールの声が必死になりました。

「お願いだよ! あたいたちに力を貸しとくれ! ハルマスを守らなくちゃ!」

 ハルマス、と聞いたとたん、花がいっせいに茎から離れ、宙に浮きました。色とりどりの小鳥の群れのように、ザーッと音を立ててメールの元へ飛んできます。目を丸くしていたゼンに、メールは言いました。

「これは元々ハルマスで咲いていた花たちだよ。故郷は守りたいってさ」

 みるみるうちに花が寄り集まり、一羽の大きな鳥の姿に変わりました。その上にメールとゼン、そしてポポロとルルも飛び乗りました。

「大丈夫か?」

 とゼンが心配そうにポポロを見ると、少女はうなずきました。

「あたしも行く……。何もできなくても、あたしも行くわ」

 きっぱりと答えた口調は、記憶をなくしていても、確かにポポロその人のものでした。ルルも食い入るような目で、遠ざかっていくデビルドラゴンを見つめ続けています。ゼンはそれ以上はもう何も言いませんでした。

「行くよ!」

 メールが声を上げ、花鳥がふわりと地上から飛び立ちました。

 

 フルートとポチは、必死でドラゴンの後を追っていました。影の竜の飛翔は意外なくらい速く、なかなか追いつけません。ようやく後ろに近づいたときには、彼らはデセラール山をすっかり下り、リーリス湖の岸に近い場所まで来ていました。草や小さな森におおわれた湖岸の風景が広がっています。

 フルートはまた金の石をかざして、聖なる光をドラゴンに浴びせようとしました。闇のドラゴンには光の武器しか効きません。フルートにはこれしか戦う方法がないのでした。

 すると、ドラゴンがふいに振り向いて、真っ黒い息を吐きかけてきました。たちまち金の光がフルートたちを包んで守ります……。

 ドラゴンが宙に立ち止まり、フルートたちを振り返ってきました。羽ばたきを繰り返しながら、じっと見つめてきます。その影の頭が、何故だか意味ありげに笑ったように見えて、フルートには眉をひそめました。用心しながらもう一度金の石をかざそうとします。

 その時、思いがけない方向から一本の矢が飛んできました。ポチの風の体の中を突き抜け、フルートの目の前を飛びすぎていきます。ゼンのエルフの矢ではありません。フルートは驚いて、矢が来た方向を見ました。

 まばらな林の中に大勢の人間が潜んでいました。五十人以上もいるでしょうか。全員が鎧兜で身を包み、腰に剣を下げ、弓矢を構えています。林の中には装備をした軍馬もたくさんいました。軍隊です。その旗印を見て、フルートは声を上げました。

「ロムド軍だ!」

 自分の国の軍隊が、デセラール山のふもとに潜んでいたのです。ロムド兵は空を見上げ、弓に矢をつがえていました。その矢尻が狙いをつけているのは、黒い影の竜ではなく、空に浮かぶ風の犬の白い体でした。

 ポチが驚いて叫びました。

「ワン! ぼくたちを狙ってますよ!」

 フルートも青ざめました。

「ルルを退治するためにやってきたロムド兵なんだ……! ルルがリーリス湖で貴族の船を襲ったから。風の犬の君をルルと間違えているんだよ!」

 デビルドラゴンに取り憑かれていたルルは、真っ黒い姿をしていました。一方、風の犬のポチは霧のように真っ白い姿です。けれども、ロムド軍は直接ルルを見たことがなかったので、空を飛ぶポチを見て、てっきりそれが自分たちの戦う相手だと思いこんだのでした。

 フルートは歯ぎしりをして、少し離れた空に浮かび続けるデビルドラゴンをにらみつけました。闇の竜は、これを知っていて、わざと彼らをロムド軍のところまで誘い出したのです。

 弓弦が鳴り、いっせいに矢が放たれました。ポチとその背中のフルート目がけて、鋭い矢が飛んできます。フルートは思わず顔を片腕でおおい、もう一方の腕をポチの首に絡めました。少しでも風の首輪を矢から守ろうとしたのです。首輪を矢に断ち切られたら、ポチは子犬の姿に戻ってしまって、二人とも地上に落ちてしまいます。

 矢は激しく襲いかかってきました。次々に放たれてきて、やむ気配がありません。フルートはポチにしがみつきながら叫びました。

「やめて! やめてください! ぼくらは味方ですよ――!!」

 けれども、風の犬の姿にいきり立っている兵士たちには、その声はまったく届きません。隊長の号令で林の中から飛び出してくると、隊列を組み、次々と交代しながら休むことなく矢を撃ってきます。

 

 ポチが言いました。

「ワン、一度退きましょう! このままじゃフルートが怪我をしますよ!」

 兵士たちはポチに乗っている少年にまるで気づいていませんでした。あるいは、フルートのことまで敵だと思っているのかもしれません。フルートは矢から顔をかばいながら頭を上げ、ようやくのことであたりを見回しました。すると、デセラール山の方向から、花鳥に乗ったゼンやメールたちが駆けつけてくるのが目に入りました。フルートは思わず叫びました。

「来るな! 危ない!!」

 ロムド兵のほうでも、近づいてくる花鳥に気がつきました。怪物だ! 新しい敵だ! と叫ぶ声が聞こえ、矢が花鳥のほうにも放たれます。

「やめろ!!」

 フルートは悲鳴のように叫びました。ゼンたちには自分のように強力な防具も金の石の守りもありません。ロムド軍の攻撃の前に、彼らはあまりにも無防備です……。

 メールがあわてて花鳥を高く舞い上がらせて矢を避けました。

「ばっか野郎! 俺たちを撃ってどうする!?」

 ゼンがどなっていましたが、その声もやっぱり軍隊には届きませんでした。数人の兵士たちが軍馬にまたがり、花鳥を追い始めました。馬の背から、次々と矢を射続けます。

 フルートとポチはとっさにそれを追いかけると、兵士たちの前に飛び出して足止めしようとしました。

 すると、そのとき、後ろの軍勢の中からすさまじい悲鳴が上がりました。見ると、真っ黒い霧のような風の犬が軍勢の中を飛び回り、次々と兵士に襲いかかっていました。黒い犬が飛び抜けるたびに、悲鳴が上がり、誰かが赤い血を吹き出して倒れていきます。それは影の犬でした。デビルドラゴンの影の体から生み出された、実体のない風の犬です。影なのに、その攻撃だけはまともに人間を傷つけます。

「首輪だ! 首輪を狙え!」

 ロムド軍の隊長が大声で命じていました。風の犬の弱点はよく知っているのです。矢がまたいっせいに放たれ、影の犬の首のあたりを貫きます。とたんに、影の犬は消滅しました。実際には、デビルドラゴンが自分で影の犬を消したのですが、ロムド兵たちの目には、まるで矢が首輪を断ち切って風の犬を消滅させたように映りました。

 兵士たちが、いっせいにまたポチを見ました。もう一頭の風の犬も倒そうと、また激しく矢を放ち始めます。フルートは必死でポチの首に腕を回しました。何本もの矢が鎧の籠手に当たって跳ね返ります。フルートは思わず歯ぎしりをしました。デビルドラゴンは策略を使って、ポチたちまで敵だと完全にロムド軍に思いこませたのです。

「ポチ! 上へ逃げるんだ!」

 ついにフルートは叫びました。メールの花鳥も、矢が届かない上空へ遠ざかっています。

 すると、またロムド軍の中から悲鳴が上がりました。新しい影の犬がまた軍勢の中を走り回って攻撃を始めています。フルートは真っ青になりました。逃げればロムド兵を殺すぞ、とデビルドラゴンは金の石の勇者に告げているのでした……。

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