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第4巻「闇の声の戦い」

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49.石の怪物

 フルートがゼンの先に飛び出しました。ストーンゴーレムの目の前に立って、炎の剣で横なぎに切り払います。とたんに、固い音を立てて剣がはじき返されました。ゴーレムの体は灰色の岩でできています。

「無理するな! そいつは普通の攻撃じゃ倒せないんだ!」

 とゼンがどなりながら、エルフの矢を続けざまに撃ちました。百発百中の魔法の弓矢です。矢はすべてゴーレムの体に当たりましたが、すぐに跳ね返されて、岩の体にはまったく刺さりません。

「どうすれば倒せるの!?」

 とフルートは大声で聞き返しました。

 ゼンは鋭い目でゴーレムを眺め、また別の場所に矢を射込みながら答えました。

「あいつは魔法で命を吹き込まれた岩の人形だ。体のどこかに魔法の呪文を隠してるんだとよ。それを見つけ出して呪文を壊せば、あいつはまた岩に戻るんだ」

「呪文……」

 フルートもゴーレムを見上げました。灰色の岩の怪物は三メートル近い高さがあって、天井に頭がつかえそうになりながら、フルートたちを見ています。と、その太い岩の腕がフルート目がけて振り下ろされてきました。

「っと」

 身の軽いフルートが、とっさに飛びのきます。振り下ろされてきた岩の拳が岩の床にめり込んで、赤いかけらを飛ばします。

 ゼンはさらに矢を撃ち込みながら言い続けました。

「隠された呪文は攻撃を受ければ見えるようになる。小さな板や紙切れのような形をしてるって話だ。ただ、そいつが隠されてる場所は一体ごとで違うから、わからないんだ」

 ストーンゴーレムは、地下に住むドワーフたちには割と馴染みのある怪物です。北の峰にストーンゴーレムが現れたことはありませんが、ゼンは知識として知っていたのでした。

「要するに、あたり構わず攻撃してみろ、ってことだね!」

 とフルートは答えると、また飛び出していって、激しくゴーレムに切りかかりました。怪物がゼンに向かおうとしていたからです。炎の剣は魔剣だけあって、跳ね返されても刃こぼれするようなことはありませんが、炎の力で岩の怪物を燃やしてしまうこともできません。ただ、フルートの激しい攻撃に、ゴーレムがまたゼンからフルートに目を向け直しました。太い両腕を伸ばして、フルートを捕まえようとします。

 フルートはまたすばやくその腕をかいくぐると、ゴーレムのわきを走り抜けて、怪物の背後に回りました。ゴーレムがそれを追って体の向きを変えます。とたんに、大きな背中がゼンのほうを向きました。

 ゼンはそこに矢を雨のように浴びせかけました。ゼンが背負う魔法の矢筒は、いくら撃っても矢が尽きることはありませんが、呪文はそこにも現れてきません。ゼンは舌打ちしました。

「どこだ? どこに隠してやがる……?」

 

 ゴーレムの正面では、フルートが怪物を避けながら攻撃を続けていました。胴、胸、足、すね、肩……攻撃してきた瞬間や隙を狙って、怪物のあらゆる場所に切りつけますが、やはり呪文は見つかりません。

 怪物の顔を狙って切り込もうとした時、フルートは岩の拳にいきなり横殴りにされました。小柄な体が吹っ飛び、通路の壁に激しくたたきつけられます。

「フルート!!」

 仲間たちは思わず声を上げました。フルートが着ている魔法の鎧は、どんなに強い衝撃を受けても壊れることはありません。けれども、中にいる人間の体には何分の一かの衝撃が伝わってくるし、痛みだってそれなりに感じるのです。フルートは、壁にたたきつけられた反動で一瞬息ができなくなりました。床の上に倒れます。

「よけろ、フルート!」

 ゼンがまた叫びました。ゴーレムがつかみかかってきます。フルートは跳ね起きて逃げようとしましたが、間に合いませんでした。大きな岩の両手にがっちりと胴をつかまれてしまいます。

 とたんに、ゴーレムがものすごい力でフルートを締め上げてきました。普通の鎧ならば、あっという間に握りつぶされて、中のフルートごとぺしゃんこです。けれども、魔法の金の鎧は、かすかにきしむ音をたてながら、頑としてフルートを守り続けていました。

 フルートは自由に動く右手にまだ剣を握っていました。それで真っ正面からゴーレムの顔に切りつけます。――やはり呪文は現れてきません。本当に、どこに隠しているのでしょう。思っているより小さなものなのかもしれない、とフルートは考え始めていました。

 

 すると、突然ゴーレムがフルートから片手を放しました。うなり声を上げながら、フルートの鎧を引きむしります。

「あっ!」

 フルートは思わず声を上げました。左腕の留め具が外れて、ダイヤモンドの盾と金の籠手が宙を飛んでいきます。

「フルート!!」

 仲間たちはまた、真っ青になって叫びました。フルートの生身の左腕がむき出しになってしまっています。布の服に包まれた華奢な子どもの腕です。怪物の怪力につかまれれば、あっという間に引きちぎられてしまいます。

「このぉ!」

 ゼンが突然弓を投げ捨てて飛び出しました。フルートの腕をつかもうとしていたゴーレムの手に飛びつき、両腕に抱え込んで、がっちりと押さえます。

「ゼン!」

 今度はフルートが叫びました。

 力自慢の友人は、怪力のゴーレム相手に力づくで動きを押さえ込んでいます。そうしながらフルートにどなりました。

「ぼさっとしてるな! 早く逃げろ!」

 けれども、フルートは首を振りました。フルートがゴーレムから逃げ出せば、怪物は両手が自由になって、ゼンにつかみかかっていきます。ゼンは魔法の鎧を着ていません。今度はゼンのほうがばらばらにされてしまいます。

 ゴーレムがフルートを放してゼンにつかみかかろうとしたので、フルートはその手にまた切りかかっていきました。炎の剣は相変わらず岩の怪物には何の効果もありません。それでも、ほんの少しでも攻撃をゼンからそらそうと、フルートは激しく切りつけ続けました。

「馬鹿! 逃げろって言ってるだろうが!!」

 ゼンがじれたようにどなります。その顔は、ゴーレムとの力比べで真っ赤に染まっていました。全身の力でゴーレムの手を押さえ込んでいるのです。フルートはどなり返しました。

「いやだ! 君のほうが先に下がれ!!」

「おい!!」

 少年たちが譲らずにいる間に、ゴーレムがまたフルートにつかみかかりました。装備のない左腕ではなく、剣を持った右腕を捕まえ、そのまま勢いよく天井へたたきつけます。フルートの体が今度は岩の天井にたたきつけられました。鎧のなくなった左腕で嫌な音がして、激痛が走ります。腕の骨が折れたのです。けれども、次の瞬間、痛みは急速に引いていきました。胸の金の石が怪我を癒していきます……。

 ゴーレムが今度はフルートの体を床に振り下ろしました。石の巨人の力はすさまじくて、フルートにはとても抵抗できません。無防備な顔面から石の床にたたきつけられそうになります。

 

 とたんに、ごおっという音が響いて、通路につむじ風が起こりました。あっという間にフルートの体を巻き込んで、さらに激しく渦を巻き、フルートをつかむ石の腕を根元からへし折ってしまいます。――風の犬に変身したポチでした。

 ポチは安全な場所にフルートを下ろすと、すぐさま飛び戻って、今度はゴーレムの両足に絡みつきました。異国の竜のような長い風の体です。そのとたん、ゼンが吠えるような大声を上げて、渾身の力でゴーレムの腕を押し返しました。見上げるような石の巨体が揺らいで、足下が浮き上がります。ポチが起こす強い風に足をすくわれて、仰向けに倒れていきます……。ゴーレムは石の床の上で激しい地響きを立てました。

 すると、通路の端でずっと戦いを見つめていたメールが、ふいに声を上げました。

「見えた! 頭の上! 呪文だよ!」

 メールが指さす巨人の頭の頂上に、白い小さなものがありいました。何か文字のようなものが記された羊皮紙です。

 とたんに、フルートがまた動きました。飛び出していってゴーレムに駆け寄り、巨人を乗り越えようとしているゼンのわきを駆け抜けて、巨人の頭に回ります。

 ゴーレムがまたうなり声を上げて、フルートを捕まえようとしました。一本だけになった腕がフルートにつかみかかってきます。

「この野郎!」

 ゼンが叫んで飛び込んできました。フルートのかたわらでがっちりとゴーレムの手を受け止めます。

「ゼン」

 フルートは思わず友人を見て、すぐにうなずきました。早くやれ、とゼンが目で言ってきたからです。炎の剣を振り上げて、頭の頂上に見えている羊皮紙に切りつけます。とたんに、呪文を記した皮はまっぷたつになり、炎を吹いて燃え上がりました。

 突然、ゼンが支える手の上で、岩の腕が音を立てて崩れました。大小の岩が、ばらばらと少年たちの上に降りかかってきます。通路いっぱいに倒れていた巨人の体も、あっという間に崩れて、岩と砂利の山に変わってしまいます。少年たちは息をはずませて立ちつくしました。どうやらゴーレムに勝ったようです――。

 

「ワンワン、フルート!」

 子犬に戻ったポチが、がれきの山の中からフルートの籠手と盾をひっぱり出しました。フルートはすぐに駆け寄って、ほっとした顔になりました。

「よかった。留め具は壊れてないや。本当に丈夫にできてるな」

 と言いながら、籠手と盾をまた左腕に装備します。そんなフルートにゼンが歩み寄りました。溜息をつきながら、つくづくと親友を見下ろします。

 フルートが天井にたたきつけられたとき、腕の骨が折れた音がしたのを、ゼンは聞いていました。フルートが激痛に顔をゆがめたのも見えました。どんなに魔法の防具が強力でも、魔法の石がすぐに癒してくれても、フルート自身が何も感じないですむわけではないのです。だけど、金の石の勇者の友人は、どんなに痛くても苦しくてもそれを口には出しません。自分の身が危うくなることには、本当に信じられないほど無頓着です――。

 すると、フルートが目を上げて、ゼンが顔や腕に無数のかすり傷を負っているのを見ました。降りかかってきた岩のかけらで怪我をしたのです。フルートはすぐに首からペンダントを外すと、金の石を押し当てました。傷がゼンから消えていきます……。

 ゼンはまた溜息をつきました。口を開いて話し出した声は、静かで真剣でした。

「フルート、俺は本当に『守るな』なんては言わないぞ。どうしたって、おまえは他のヤツを助けないではいられないんだからな。おまえは自分のやりたいようにやればいいさ。守りたければ好きなだけ守れ。ただ……これだけは覚えとけ。自分を大切にすることだって、やっぱり大事なことなんだぞ。自分を大切にしないヤツに他のヤツは守れないんだから。他人を思う十分の一でいいから、自分のことも考えろ。自分自身も守ってやれ。――足りないところは、俺たちが助けてやるからさ」

「ゼン……」

 フルートは見上げたまま、何も言えなくなりました。親友の気持ちが痛いくらい伝わってきます。フルートの体は魔法の鎧で包まれ、手の中では魔法の金の石が光っています。けれども、それにも勝るほど強力な護りが自分のすぐかたわらにあったのだと、改めて思い知らされます――。

 ポチが伸び上がってフルートの顔をなめました。メールも近寄ってきて言いました。

「ほぉんと、金の石の勇者ってのは無茶苦茶だよねぇ。ゼンの気持ちがよくわかるよ」

 と湖で言ったのと同じことを繰り返しますが、その目は優しくフルートを見つめていました。

 フルートは仲間たちにうなずき返しました。

「うん、わかった……努力してみる……」

 自分を守ることを努力するというのも不思議でしたが、それがフルートの本心でした。

 

 石の通路は、淡く赤く光りながら、山の奥深くへとどこまでも続いていました。

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