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第4巻「闇の声の戦い」

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48.洞窟

 洞窟は山の中腹に木々と岩に隠されるようにして口を開けていました。黒っぽい岩と緑の草の間に、ぽっかりと暗い穴が見えています。入り口に立つと、ヒュウヒュウと鋭い音を立てながら風が穴に吹き込んでいくのが聞こえました。

 洞窟の入り口に立って、フルートは緊張した顔で中をのぞき込んでいました。よくはわかりませんが、風の吹き方になんとなく不自然さを感じます。まるで、洞窟が周りのものをその口の中に風と共に飲み込もうとしているようです。

 突然メールが声を上げました。森の中に舞い下りてメールの隣にいた花鳥が、いきなりばらばらに崩れて花に戻ってしまったのです。花たちは風に吹かれて、おびえたように地面の上で激しく震えていました。

「もう! ハルマスの花は意気地がないね!」

 とメールが怒った声を出しましたが、ゼンが言いました。

「しかたねえだろ。この洞窟は全然普通じゃねえからな。闇の気配だ。昔、闇の卵を壊しに行ったときと同じ感じがするぞ」

 それはまったくその通りでした。洞窟の入り口付近は、何とも言えない、身の毛がよだつような雰囲気に包まれていたのです。

 メールは溜息をつくと、あたりに散らばった花に向かって手を振りました。

「ここで待っといで」

 とたんに、たくさんの花はいっせいにその場で茎や葉を伸ばし、地面に根を下ろしました。洞窟の目の前に花畑ができます。花は洞窟に向かって吹く風に、なおも震え続けていました。

 

 ゼンは近くの木立から手頃な枝を一本切ると、先端に布を巻き付けて油を振りかけ、火をつけました。松明を作ったのです。燃える火を洞窟の入り口に近づけてみると、風の中で炎が音を立てて揺れました。

「風が外から入って行ってるし、多分、中の空気は大丈夫だろう」

 と仲間たちに言います。洞窟の中には、よく有毒なガスが充満していることがあるのです。

 フルートは鎧の中からペンダントを引き出しました。魔法の金の石がきらりきらりと光を放っています。闇の気配に反応しているのです。フルートはそれを見つめ、目を閉じて、手の中に石を握りしめました。金の石、みんなを守って……と強く心に念じます。

 白い子犬の姿に戻ったポチが言いました。

「ワン、ルルたちの匂いをたどっていきます。ぼくについてきてください」

 フルートは目を開けると、うなずきました。

「よし、行こう」

 一行はポチの後について洞窟の中へ入っていきました。洞窟の中は真っ暗闇でした――。

 

 松明の明かりに照らされる子犬の小さな姿を目印に、子どもたちは洞窟を進んでいきました。

 ルルにさらわれたポポロを思って、気持ちはせきます。けれども、自然にできた通路はひどく曲がりくねっているうえに、突然上り坂になったかと思うと下り坂になり、急に広くなったと思うと、くぐり抜けるのもやっとなほど狭くなって、いくら急ごうとしても思うようには進めません。ごつごつした岩肌の洞窟の中に、風がずっと吹き続けています。

 やがて、洞窟が大きく二手に分かれる場所に出て、子どもたちは立ち止まりました。ポチがしきりに二つの道の匂いをかぎ、やがて広い方の道を眺めます。

「ワン、こっちですね。洞窟の中はルルの匂いでいっぱいで、どっちにいるのかわからないんだけど、こっちの道から、かすかにポポロの匂いがします。ルルとポポロはきっとこっちに進んでいったんだ」

「わかった」

 即座にフルートが言って、ポチの後ろに続きました。その後を松明を掲げたゼン、最後をメールが行きます。

 ところが、すぐにゼンがメールを振り返りました。

「大丈夫か?」

「な、なにがさ?」

 急に心配されてメールが面食らうと、ゼンが言いました。

「おまえ、こういう場所は初めてなんだろ? 怖いんなら無理しなくていいぞ」

 メールは薄暗がりの中で思わず真っ赤になりました。見抜かれたとおりでした。今までこんな地下の洞窟になど足を踏み入れたこともなかったメールは、周り中を岩に取り囲まれ、行く手も来た道も深い闇に沈んでいるのを見るうちに、今にも押しつぶされそうな息苦しさを感じてしまっていたのです。突然天井が崩れ落ちてきたらどうしよう、行き止まりに出くわして、行くも戻るもできなくなってしまったらどうしよう。洞窟の入り口をくぐってからずっと、そんな恐怖がメールにつきまとって離れません。

 ゼンが言いました。

「親父が言ってたんだ。中にはこういう場所が苦手なヤツもいるんだって……。おまえは広い海や森の中でばかり暮らしてきたんだもんな。無理ねえや」

 フルートとポチも振り向きました。優しいフルートが言います。

「戻って入り口で待っていていいよ、メール。ぼくたちだけで大丈夫だから」

 メールはかっとなって言い返そうとして――できなくて、ためらってしまいました。自分でも本当に意外でしたが、この地下の洞窟を心底怖いと感じてしまっていたのです。勇敢なはずの自分にこんな弱みがあったことが、自分自身で信じられませんでした。

 ゼンが苦笑いしながらそれを見ました。

「無理すんなって。そこの分かれ道から入り口までは一本道だ。おまえがどんなに方向音痴でも絶対迷いっこないから大丈夫だぜ」

 ちょっとからかうような口調の陰で、実はメールを心配してくれているのが感じられます。メールは、むきになってどなり返す代わりに、つくづくとゼンを見つめました。松明の灯りの中、がっしりした体格の小柄な少年は、落ち着き払った顔をしています。

「この洞窟……本当に大丈夫なんだね? 崩れ落ちてきたりしないね?」

 とメールが確かめると、ゼンが吹き出しました。

「いくら猟師やってたって俺はドワーフだぞ。地下のことならおまえたちより知ってらぁ。ここは昔、火山から溶岩が吹き出した跡にできた洞窟だ。そんなに風化はすすんでないからな。そうそう簡単には崩れねえさ」

「この山は火山?」

 とフルートがゼンに尋ねました。以前、炎の剣を取りに火の山の地下に行ったことを思い出します。そこは煮えたぎる溶岩と火山性の毒ガスが充満する灼熱の世界でした。

 ドワーフの少年は肩をすくめました。

「死火山か休火山だな。今活動している山なら、もっと暑くなってくるはずだ。もっとも、そういう場所だからこそ、ルルも隠れ家に使ったんだろうけどな」

 メールはまた、まじまじとゼンを見つめ、やがてうなずきました。

「いいよ、あたいも行くよ……。あんたが大丈夫って言うんなら、ホントに大丈夫なんだろ」

「お、なんかいやに素直だな、おまえ?」

 とゼンが意外そうな顔をしましたが、メールに信頼されて、まんざらでもない様子でした。

 

 さらに一行は進みました。溶岩の洞窟は、相変わらず上り下りを繰り返しながらも、少しずつ地下の深い場所へ向かっているようです。

 すると、突然彼らは広い場所に出ました。あたりが明るくなり、高い丸天井の空間が目の前に現れます。空間を囲む岩壁は、黒くごつごつした溶岩から赤く光り輝くなめらかな岩に変わり、石の床から天井まで何本も石の柱がそそり立っています。まるで、地下に作られた宮殿の大広間のようです。

 ゼンが驚いてあたりを見回し、岩壁に触れてわめきました。

「赤い灯り石の壁と天井だぁ!? そんなまさか。これ、一枚岩だぞ! こんな馬鹿でかい灯り石があるもんかよ……!」

 灯り石というのは、自ら暗闇の中で光る魔法の石のことです。どうやら、ひどく常識はずれな場所に出てしまったようです。

 フルートが用心深く広間の中に進みながら言いました。灯り石の光のおかげで、松明がなくてもあたりが見えます。

「ユギルさんは、ルルが山の地下に迷宮を作って、その中に潜んでいるって言っていたよ。きっと、ここはもう、ルルが魔法で作った迷宮の一部なんだ。ここの奥のどこかに、きっとポポロとルルはいるんだよ」

 そこで、彼らは岩の広間を見回して、奥へ続く入り口を探しました。ところが、今、彼らがやってきた道の出口の他には、どこにもそれらしいものが見あたりません。

「行き止まりだよ……」

 とメールが青ざめながらつぶやきました。広い場所に出たおかげで、少し気分はよくなりましたが、それでも地下にいるという恐怖はどうしてもぬぐえません。ここであの天井が落ちてきたらどうなるだろう、とメールはまた考えてしまいました。

「あの分かれ道だ! あっちの細い道のほうがあたりだったんぞ!」

 とゼンがわめいて、即座に道を引き返そうとしました。

 ところが、フルートは広間の真ん中に立ったまま、友人に声をかけました。

「待って、ゼン――きっと、こっちだ」

 と風が吹いていく方向を見つめます。そこにもやはり入り口はありません。ですが、風はそちらに向かい、どこかへ吹き抜けていくのです。

 ポチが飛んできて、岩壁の前をうろうろしながら匂いをかぎ、ふいにワンワンと吠え始めました。

「ありました! ここが入り口です!」

 と、他の場所とまったく変わりなく見える岩壁を見上げます。フルートは子犬の隣に立って手を伸ばしました。指先が赤い岩を通り抜けて見えなくなります――。

「エルフの家の入り口と同じだね。行くよ」

 フルートはためらうことなく歩き出して、赤い岩壁の中に消えていきました。ポチもすぐそれに続きます。

 ゼンが後を追いかけようとして、立ちすくんでいるメールを振り返りました。メールは真っ青な顔をしています。ゼンがまた笑いました。

「無理すんなってば……ここで待ってろよ」

 メールは思わず息を呑んで首を振りました。こんな場所にひとり置いてきぼりにされるほうが、ずっと恐ろしいことのように感じられます。が、体が動きません。どんなに歩き出そうとがんばっても、どうしても足が前に出ないのです。ゼンはまた、ちょっと笑うと、黙って壁に入っていきました。青い防具を身につけた小柄な姿が岩の中に消えていきます。

「ゼン!」

 メールは思わず叫びました。とたんに、体が動くようになりました。メールはゼンが消えた壁に駆け寄ると、目をつぶって岩に飛び込んでいきました。伸ばした指先にゼンの胸当てが触れます。メールは夢中で少年の幅広い背中にしがみつきました――。

 

「ちぇ、おまえ、ついてきたのかよ」

 ゼンの声が聞こえてきました。

 メールは思わず、かっと赤くなると、目を開けてゼンの背中を突き放しました。来て悪かったね! と、どなり返そうとします――が、ゼンの表情を見て思わず声を飲みました。

 ゼンは真剣そのものの顔で行く手を見つめていました。フルートとポチもすぐ目の前で緊張して身構えています。

 そこは赤い岩でできた人口の通路でした。四角く切り出された岩の壁と床がどこまでも先に伸びていて、その通路いっぱいに大きな生き物が立ちふさがっています。全身が灰色の岩でできた巨人です。

 ゼンがいまいましそうに舌打ちしました。

「なんの邪魔もなしに進めるはずはなかったんだよな。ついてきちまったんなら、しょうがねえや。充分に下がってろよ」

 とメールに言いながら、エルフの弓に矢をつがえます。フルートも炎の剣を抜きます。メールは思わず震えながら尋ねました。

「あ、あれは何なの……?」

「ストーンゴーレム。魔法と岩から作られた怪物だ。つかまるなよ。あっという間に引き裂かれるぞ!」

 そう言うなり、ゼンはフルートと共に飛び出し、怪物に向かって走り出しました――。

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