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第4巻「闇の声の戦い」

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47.匂い

 フルートとゼンは風の犬のポチの背にまたがって、メールは花鳥の背に乗って、湖の上をまっしぐらに飛び続けていました。その行く手にはデセラール山が青くそびえています。ポポロはルルにさらわれて、そこへ連れ去られていったのです。

 少しの間、少年たちも少女も何も言いませんでした。山を見つめたまま、ひたすら先を急ぎます。けれども、そのうちにゼンがつぶやくように言い出しました。

「やっぱり、なんか変だぞ……」

「何が?」

 とフルートが友人を振り向きます。

「ルルがポポロをさらっていったってのがだ。なんか意外だぞ。てっきりフルートを殺すつもりでいるんだとばかり思ってたのに」

 うん、とフルートは小さくうなずきました。

「初めはそうだったんだよ。ルルは確かにぼくの命を狙っていたんだ。だけど、ポポロの名前を聞いたとたん、急に目が覚めたようになって船に向かい始めたんだよ」

 すると、ポチに並んで飛ぶ花鳥の上から、メールも言いました。

「ルルはさ、最初からポポロをさらうつもりでいたよね。あの阿呆貴族の船を襲ったのだって、あたいたちの目をそらすためだったんだ」

 西の大海の王女だというのに、メールの口調は相当乱暴です。

 ゼンは頭を振りました。

「だから、ホントにどうしてなんだ? あいつはポポロを使ってフルートを殺そうとしてたはずだろう? なのに、そのポポロを連れ去って、どうするつもりなんだよ?」

 ゼンの声はいらついていました。ポポロを連れ去る間際に、彼らが聞いたルルの声。やっぱり私を殺そうとする……とつぶやいた悲しい泣き声が、どうしても耳から離れないのです。本当に、さっぱり訳がわかりません。

 すると、少年たちの下でポチが口を開きました。

「ワン……ぼくはルルの匂いをかぎましたよ。ルルは最初、フルートを憎む匂いをさせてました。本当に殺そうとしてた。でも、フルートがポポロの名前を言ったとたん、別の匂いがしてきたんです」

「別の匂い? やっぱり感情の匂いかい?」

 とメールが聞き返してきました。ポチは人の感情を匂いとしてかぎ取ることができるのです。ポチはうなずくと、はっきりした声で言いました。

「あれは嫉妬の匂いでした。ポポロをフルートに取られてたまるもんか――ルルはそう考えていたんです」

 

 子どもたちはびっくりしました。

「ちょ、ちょっと待ってよ……! どうしてぼくがポポロを取るのさ!? そんなわけないじゃないか!」

 むきになってそんなことを言うフルートを、ゼンはちらりと眺めました。フルートは自分でも気がつかないうちに赤い顔をしています。

 すると、ポチがいっそうはっきりと言いました。

「でも、とにかく、ポポロを取られたくない、ってルルが考えてたのは間違いありません。だって、今回の旅の間中ゼンとフルートがぷんぷんさせてた匂いと、まったく同じだったんだもの」

 これには二人の少年が思わず真っ赤になってしまいました。少しの間、何も言えなくなります。

「……ったく、ホントにおまえ、最近言ってくれるようになったよな」

 とゼンが渋い顔でつぶやきます。

 ポチはそんなことにはかまわず言い続けました。

「本当に、どうしてルルがそんなことを考えるようになったのかはわかりません。だけど、ルルはフルートにポポロを取られたと思ってる。そして、絶対に渡したくないって考えて、フルートを殺したいくらい憎んでるんですよ」

 子どもたちはまた、何も言えなくなってしまいました。

 やがて、メールがあきれたようにつぶやきました。

「本当にそうだとしてもさ……それって、ちょっと異常じゃないかい? ルルはポポロと姉妹みたいなものだったんだろ? ポポロと恋人だったわけじゃないんだから。それともなんだい、犬ってのは自分が大好きな人に他の人が近づくと、殺したいくらいそいつを憎むようになるのかい?」

「ワン! そんなはずないでしょう! ぼくはフルートとゼンが仲良くしてるとすごく嬉しいですよ!」

 ポチが憤慨したように答えました。

「じゃあ、何故さ?」

 とメールが重ねて尋ねます。それに答えられる者はいません。

 また子どもたちは黙り込んでしまいました。その間にも、ポチと花鳥はヒュウヒュウと風を切りながらデセラール山に向かって飛び続けています。

 

 やがて、フルートが低い声で言いました。

「ぼくが、ポポロを勇者の一行に引き入れたからかもしれないね……」

 仲間たちは思わずフルートを見ました。金の石の勇者の少年は、じっと自分の両手を見つめていました。血まみれになった剣を握って敵を倒す手です。

「ぼくと会わなかったら、ポポロはこんなふうに命がけで敵と戦うようになんてならなかったし……ルルだって、闇との戦いに巻き込まれることはなかったんだろうから。ぼくを恨みたくなったって、しょうがないかもしれないよね」

 そのまま考え込むように黙ります。

 その背中をゼンがどん、とたたきました。

「馬鹿なこと言ってるなよ、フルート! 泉の長老が言ってただろうが! 白い石の丘のエルフのところでポポロと俺たちが出会ったのは、全然偶然じゃないんだ、って。おまえがあいつを仲間に引きずり込んだわけじゃないぞ。俺たちはみんな、仲間になるように決められて出会ってきたんだよ!」

 それはゼンの本心でした。メールもすぐにうなずいて見せます。フルートは仲間たちにちょっとほほえみ返しましたが、考え込むような、少し悲しげな表情は、その後もずっと消えることがありませんでした。

 

 行く手にデセラール山が迫ってきました。湖の対岸の景色があっという間に目の下を過ぎていきます。湖は終わりを告げ、一行はついに山岳地帯に入ったのです。

 すると、ふいにメールが、はっとした顔になりました。何かに思い当たったように青ざめて、少年たちに言います。

「ねえ、ちょっと……ルルがそんなにポポロに執着してるんだとしてるんだとしたら、まずいんじゃないかい……? あの子、ルルのこともすっかり忘れちゃってるんだよ。ルルがそれを知ったら、どう感じると思う……?」

 少年たちもいっせいに顔色を変えました。誰よりも好きだと思う相手から忘れられてしまった衝撃は、彼ら自身がよく知っています。ルルが同じくらいショックを受けるだろうと簡単に予想がつきました。

「やばいぞ! ルルは今、魔王だ!」

 とゼンは声を上げました。まともなときならともかく、魔王になったルルでは、逆上してポポロに何をするかわかりません。フルートも真っ青になって叫びました。

「急ごう! ポチ、洞窟の入り口ってのはどこ!?」

「ワン! 山の陰です!」

 一行はいっそうスピードを上げて、デセラール山の稜線を目ざして飛びました。どうしようもなく心がせきます。ルル、お願いだから早まらないで……! フルートは心の中でそう呼びかけ続けていました。

 デセラール山が一行におおいかぶさるように迫ってきました。 

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