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第4巻「闇の声の戦い」

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35.黒い翼

 闇の力に取り憑かれて新しい魔王になったのがルルだったという事実に、ゼンは青ざめた顔のまま立ちすくんでしまいました。メールも顔色を変え、ポチは床の上で震え出します。ポポロは、仲間たちの急な変化に驚いて、不安そうに見回していました。

 ただひとり、フルートだけはテーブルの上に目を落として、じっと考え込み、やがて、口を開いて静かにこう言いました。

「思い出したよ……ぼくが首を絞められて殺されそうになったとき、ぼくは夢の中で黒い翼を見たんだ。羽ばたく音も聞いた。もっと以前、海で戦って、ぼくたちが魔王に殺されかかったときにも、助けに来てくれたポポロの背中に黒い翼を見たんだ。てっきりポポロの黒い服の裾なんだと思っていたんだけど……あれはルルだったんだね。魂の姿? それがぼくにも見えてたんだ」

 とたんに、ゴーリスが真剣な目を向けてきました。

「おまえはそんなに何度も殺されかけてきたのか、フルート?」

 厳しいくらいの声でしたが、フルートは静かな態度を崩しませんでした。

「ぼくは金の石の勇者だもの。石が守ってくれてるから大丈夫なんだよ」

 実際には戦いのたびにその何倍も命を狙われ殺されかけてきたのですが、そのことは口に出しませんでした。

 フルートは目を上げると、ユギルに向かって言いました。

「ぼくたちは、そのルルを闇の中から助け出したいんです。ルルはまだ完全に闇の側に落ちていません。今ならまだ助けられるはずなんです。お願いです、ルルの居場所を――」

 

 すると、ゼンがいきなりテーブルに両手をたたきつけました。ものすごい音がしてカップが飛び跳ね、びっくり仰天したポポロが悲鳴を上げてメールにしがみつきます。

「ダメだ!!」

 とゼンはフルートにどなりました。

「ルルが魔王になっていたなんてのは想定外だ! 今の俺たちの力じゃとても対抗できないぞ! 俺たちは光の武器さえ持ってないんだからな!」

「ゼン」

 フルートは穏やかにほほえみました。

「ぼくたちはルルを倒しに行くんじゃない。助けに行くんだよ。光の武器なんか必要ないよ」

「ダメだったらダメだ!! 俺たちの力じゃかなわない! 天空王を呼べ、フルート! 光のヤツらに任せるんだ!」

「ねえゼン、ぼくたちはルルを助けに出発したんだよ? ルルは助けを求めてるんだ。魔王にされかかっているなら、なおのこと、助け出しに行かなくちゃ」

 優しげに見えても、頑固なことではフルートは他のどのメンバーにもひけをとりません。ゼンはテーブルにたたきつけた手を拳にして震わせました。

「ルルは――ルルは、おまえを殺そうとしてるんだぞ!?」

 と、どなってしまいます。物騒なことばに、大人たちやポポロがまた驚いた顔になります。けれども、フルートは穏やかなほほえみを浮かべたままでした。

「それでも助けなくちゃ。闇に支配されているからぼくを殺そうとするんだ。正気に返してあげなくちゃね」

 本当に、自分自身に降りかかる危険にはまったく頓着(とんちゃく)しないフルートです。

 ゼンが、かっと顔を赤くしました。それを見てメールはとっさにゼンを抑えようとしましたが、間に合いませんでした。ゼンはフルートに向かってわめいていました。

「正気に返したって無駄なんだよ! ルルは最初からおまえを殺したがっていたんだからな! そこを闇につけ込まれて魔王にされたんだよ――!!」

 ああもう、とメールは目をおおいました。興奮すると隠しようもなく本音を口走ってしまうのが、ゼンの悪い癖です。

 さすがのフルートも、これには驚いた顔をしました。まじまじとゼンを見て、尋ねます。

「それ、どういうこと……?」

「言ったとおりだ!」

 とゼンはやけっぱちでどなりました。助け出そうとしていた相手が実は自分の命を狙っていたなんて話は、あまりにもつらすぎるから聞かせまいと思っていたのに、やっぱりこんなふうにしゃべってしまいます。何度も同じ失敗を繰り返す自分が、腹立たしくてたまりませんでした。

「ルルは最初からおまえを憎んでいたんだよ! ポチがそれに気がついてたんだ! そんなヤツが闇に取り憑かれて魔王になったんなら、もう救いようはない! 俺たちの手には負えなくなってるんだよ!」

 フルートは驚いた顔のまま仲間たちを見回し、ポチやメールが視線を外すのを見て、ゼンのことばが正しいことを知りました。

「そんな……」

 とつぶやきます。

 ポポロは目の前でどなり合う少年たちにまたすっかりおびえて、今にも泣きそうになりながらメールにしがみついていました。

「なに……? 何がどうしたの? なんのことなの……?」

 少年たちが言い合っているルルが、自分に関わりある名前だとは、どうしても思いつけないでいるのでした。

 

 黙り込んで立ちつくしてしまった子どもたちを、ゴーリスは溜息まじりで見回し、声をかけようとしました。

「つまりなんだ、それは――」

 すると、フルートがまた顔を上げました。ユギルを見ると、はっきりした口調でこう言います。

「ルルがいる場所を占ってください。今すぐに」

「フルート!?」

 ゼンとメールとポチが驚いて声を上げましたが、フルートはきっぱりとまた繰り返しました。

「ルルがどこにいるのか教えてください。――絶対に助け出してきます」

「まだわかんないのかよ、この馬鹿!!」

 ゼンはまたかっとなってフルートの襟首をつかみました。

「なんで自分を殺そうとしてるヤツを助けに行かなくちゃ行けないんだ!? あいつはおまえを殺したいほど憎んでるんだぞ! 自分とつながってるポポロを使って、ポポロに魔法でおまえを撃ち殺させようとしたり、ポポロに首を絞めさせたり――!」

「ゼンったら!」

 メールは泣き声になって叫びました。ポポロはゼンのどなり声の中に何度も自分の名前が出てくるので、すっかり混乱して泣き出していました。ドレスについたピンクのレースが激しく震えています。

「おいで。こんなとこにはいられないよ」

 と言い残すと、メールはポポロの肩を抱いて部屋から出て行ってしまいました。

 フルートは襟首をつかまれたまま、ゼンをにらみ返しました。

「それでもぼくは行く。ルルを助けるんだ」

「だから、なんでおまえは……! ポポロがルルを助けたがってたからか!? でも、あいつももう、ルルのことなんか覚えてないんだぞ!」

 とゼンはどなり続けました。

「もう誰もルルを助けようなんて思っちゃいないんだ! あいつはもう魔王だ! ジーナの町でもエスタの辺境部隊でも、大勢の人間を傷つけて殺そうとしたんだぞ! そんなヤツ、助けてなんの意味があるって言うんだよ!?」

 とたんに、フルートの目の中に鋭いものがひらめきました。ぐっとゼンの襟首をつかみ返し、顔に顔を近づけます。

「助けるのに意味なんて必要ない」

 とフルートは言い切りました。

「人に、助ける価値があるとかないとか、そんなのはおかしいんだよ。――ルルは助けてほしがってる。ポポロにはその泣き声がずっと聞こえてたじゃないか。だから、助けに行くんだよ」

 フルートの声はむしろ静かでした。けれども、その両目にはゼンに負けないほど激しい怒りの炎が燃え、拳に握られた片手は小刻みに震え続けていました。

 ゼンは怒りに顔をゆがめました。その顔は、まるで今にも泣き出しそうな人のように見えます。

「勝手にしろ!」

 とついにゼンはどなると、フルートをその場に投げ捨てて部屋の出口に歩き出しました。

「おまえみたいな馬鹿、もうつきあってられるか! 俺はもう降りさせてもらうぞ!」

 少年たちのそばでおろおろしていたポチが、驚いてゼンの後を追いました。

「ワンワン! 降りるって――どうするんですか!?」

「北の峰に帰るんだよ!」

 とゼンはどなりました。

「どうせ俺はドワーフだ! 人間のすることに関わってるほうがおかしかったんだ! 魔王になったルルに勝手に殺されちまえ! もう知るもんか!!」

 振り返った目がフルートの目と激しくにらみ合いました。

 フルートは固い声で繰り返しました。

「ぼくはルルを助けに行く。自分ひとりででも行くさ」

「ああ、ひとりで行け! ポポロとメールは俺が連れて帰るぞ! あいつらまでおまえのつきあいで死なせてたまるか!」

 フルートは青ざめながらもうなずきました。口を真一文字に結びます。

 ゼンは怒りのあまり顔を引きつらせると、フルートに背を向けて部屋を出て行こうとしました。

「あなた……」

 ジュリアに訴えられて、ゴーリスは少年たちの仲裁に乗り出そうとしました。とはいえ、何をどう言ってやればよいのか、すぐにはわかりません。

 すると、静かな声が響いてきました。ひとり椅子に座り続けていたユギルが、占盤に手を置きながら話し出したのです。その声は深く厳かで、目の前の騒ぎとは別の世界から響いてくるようでした。

「旅立つのは明日の朝になさい、銀の光の勇者。どのみち、もう夜です。雨も降っている。明日の朝まで待ちなさい。――それが占盤のお告げです」

 ゼンは歯ぎしりをして銀の髪の占者を振り返りましたが、はるか彼方を眺めるような、ひどく遠いまなざしに出くわして驚きました。一瞬、自分が透明人間になったような気がして、思わず気持ちをそがれてしまいます。

「よろしいですね?」

 とユギルが静かに確かめてきました。

 ゼンは黙ってうなずき返すと、そのまま部屋を出て行きました。フルートとは、もうちらりとも目をかわそうとはしませんでした――。

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