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第4巻「闇の声の戦い」

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第8章 ハルマス

32.宣言

 「ルルって……」

 ゼンがあっけにとられた顔になりました。

「俺たちが助けに行こうとしてるヤツが、フルートの命を狙ってる闇の正体だって言うのか?」

 ポチは本当に悲しげにうなずきました。ゼンはそれ以上ことばが続かなくなりました。

 真夜中の山中は静まりかえっていて、ただ、話し合う子どもたちの声だけが響いています。ポポロが眠り、フルートがそれを見守っている洞窟から、たき火の光がもれてきて、少し離れたところに立つ子どもたちの足下まで淡く届いています。

 すると、メールが突然手を打ち合わせました。

「そうか! それでやっと納得できたよ! ポポロは今でも心の中でルルとつながってるんだ。闇に取り憑かれたルルがフルートを憎むから、ポポロまでフルートを殺そうとしちゃうんだよ。言ってみりゃ、ポポロはルルに遠隔操作されてるようなもんなのさ」

 それを聞いて、ゼンもなるほどと納得しました。

「そういやポポロが記憶をなくす前に言っていたな。自分の中をいくら探しても闇が見つからない、って。そういうことだったのか」

 ポポロ自身が闇に取り憑かれているわけではないとわかって、二人とも少しほっとした気分になります。

 すると、ポチが激しく頭を振りながら言いました。

「ワン、違うんです! いや、そうなんだけど――そんなに単純なことじゃないんです! ぼくがルルから憎しみの匂いをかいだのは、もっともっと前のことなんですよ!」

 ゼンとメールは目を丸くしました。

「どういうことだ?」

「ワン! ルルが闇に取り憑かれる前からだったんです! ……ほら、謎の海の戦いが終わったとき、ぼく、ゼンに言われてルルのところへ行ったじゃないですか。コロシアムの中で。あのとき、ルルはなんだかもう調子が悪そうで、あまり話もできなかったんだけど、その時にフルートとポポロがぼくたちを呼んだんです。そしたら、一瞬だったんだけど、ルルから匂いがしたんです。それが――」

「憎しみの匂いだった、ってわけ?」

 とメールが驚きます。ポチは悲しみと焦りをごちゃ混ぜにした目をしながら、必死で話し続けていました。

「ルルがフルートを見た瞬間に、匂ったんです。でも、ほんの一瞬で消えちゃったし、その後は普通にポポロとフルートのところへ行っていたから、ぼく、自分の気のせいなんだろうと思っていたんです。だけど……ポポロが闇に操られてフルートを雷で撃ち殺そうとしたとき、それとまったく同じ匂いがしたんです。今も、炎の剣を持ったポポロから同じ匂いがしました。間違いないです。フルートを殺そうとしてるのはルルなんです。ルルは――ずっと前から、フルートを憎んでたんですよ!」

 ゼンとメールは、何も言えなくなりました。急にまた静かになってしまった夜の中に、森のフクロウの声だけが響いていました。

 

 やがて、ゼンが言いました。

「なんでだよ……? フルートがルルに何をしたって言うんだよ? 殺されるほど恨みを買うようなことなんて、あいつがするわけないじゃないか」

 メールは、眉をひそめて、じっと考える顔になりました。

「でも、エルフが言ってたよね。ルルは自分の心の中の闇にとらわれていたせいで大きな闇につかまったんだ、って。つまり、ルルは最初からフルートを憎んでいて、そこを闇につけ込まれたってことだよね」

「ワン。ルルがどうしてそんなことを思うようにようになったのかはわかりません。でも、ルルにはきっと、なにか憎む理由があったんですよ。そして、今もまだずっと恨んでるんです。闇の手に落ちたから、なおさら深く憎んでるんだ。本当にフルートを殺そうとしてくるほど……」

 ゼンとメールは顔を見合わせました。どちらも青ざめています。

 ポチがうつむいて、悲しそうに言いました。

「どうしてなんだろう……。ルルはすぐに怒ったけど、本当はすごく優しい人だったんですよ。いつも本当にポポロのことを大切にしていて……なのに、どうして……」

 ゼンは、ポポロとフルートがいる洞窟を厳しい目で眺めると、うなるように言いました。

「この話、しばらくあいつらには黙っておこう。どうせ今のポポロには何のことやらさっぱりわからないんだし、フルートは何があってもルルを助け出すつもりでいるからな。あの馬鹿は、こんな話を聞かせたって簡単に考えを変えるようなヤツじゃない」

「でも、それじゃどうするのさ? これからも、ルルはポポロを通じてフルートの命を狙い続けるよ」

 とメールが青ざめた顔のまま尋ねると、ゼンは言いました。

「とにかく、毎晩ポポロを見張ってフルートを守るんだ。そして、ロムド城まで行って、占い師のユギルにルルの居場所を見つけてもらおう。――あいつはルルを助けるつもりでいるが、ことと次第によっちゃ、俺たちでルルに始末をつけることになるだろうな」

 メールは驚きました。

「ルルを殺すってのかい! あたいたちで!?」

「ことと次第によっちゃ、だ。だが、どうしたって、フルートを殺させるわけにはいかないんだからな。俺たちドワーフの掟さ――裏切り者は許すな、だ」

 そう言い切るゼンは、ひやりとするほど冷たい目をしています。メールは思わず声を飲みました。

 ポチは悲しそうにうつむき続けていましたが、やがて低い声で言いました。

「ワン、ぼく、フルートたちのそばにいます。ポポロはぼくが一晩中見張りますよ。ぼくは日中、ゼンの袋の中で眠れるから……」

 とぼとぼと歩いて洞窟に入っていきます。

「ゼン!」

 と思わずメールはまた声を上げました。けれども、ゼンは繰り返しました。

「問題はどうしてルルがフルートを憎んでるかだ。それ次第なんだよ」

 メールは思わず泣きそうな目になると、ゼンの厳しい横顔を声もなく見つめてしまいました。

 

 その翌日も天気はまだ崩れませんでした。前日ほどの晴天ではありませんでしたが、明るい雲が空一面をおおう薄曇りで、暑すぎることも寒すぎることもなく、旅をするにはむしろ快適なくらいでした。

 子どもたちは馬でまた山越えを続けていましたが、この日は馬に乗る組み合わせが変わっていました。先を行く黒馬にゼンとフルートとポチ、後ろをついていくフルートの馬の上にメールとポポロが乗っているのです。オオカミとの戦いを目の当たりにしたポポロは、それ以来ずっと少年たちを怖がっています。あまりおびえるので、フルートは一緒に馬に乗るのを遠慮して、メールに交代してもらったのでした。

 ポポロは、それだけが頼りと言うようにメールの背中にしがみつき続けていましたが、フルートは見て見ぬふりをして何も言いませんでした。そして、ゼンはというと、そんなことよりもっと大きな気がかりに、前日よりもっとむっつりとなって、馬を進め続けているのでした。

 その日一日かかって山越えを終えた一行は、その夜また、山のふもとで野宿をしました。ポチがまた一晩中見張りをしましたが、警戒されているのに気づいたのか、ルルはポポロを使ってフルートを殺そうとはしませんでした。

 さらに翌日は、霧雨が降る天気になりました。灰色に輝く空から細かい雨が降ってきます。寒くはありません。その中を行くと服はいつの間にかしっとりとぬれてしまいましたが、先を急ぐ子どもたちは気にすることなく進み続けました。

 昼近くになって、子どもたちは森の中で道に出くわしました。北へずっと続いています。それをたどっていくと、ふいに森が切れて、目の前に大きな湖が現れました。リーリス湖です。岸辺では霧雨が降りしきっていますが、湖の上には雲の切れ間から日の光が差して、湖面を銀色に輝かせていました。彼方には白い水平線が見えていて、そのさらに向こうに青い山々が連なっています。リーリス湖は、山間に広がる湖なのでした。

 道は、湖の西側の岸にそって、ずっと北へ続いていました。

「たぶん、ハルマスの街まで続いているんだよ」

 と言ったフルートのことば通り、やがて行く手に大きな街が見え始めました。建物が湖の岸に沿ってたくさん建ち並び、湖の上に桟橋が伸びているのが見えます。霧雨は降り続いていますが、湖の上には屋根をかけた小舟が何そうも浮かんでいます。近づいて行くにつれて、賑やかな音楽やざわめきも聞こえ始めます。それが、ロムド一の保養地、ハルマスの街なのでした。

「湖もでかいが、街もでかいな」

 とゼンが驚いて言いました。ポチは荷袋から顔を出して街を眺めていましたが、それを聞いて、ワン、と吠えました。

「ハルマスは王都ディーラから割と近いですからね。ディーラに住む貴族やお金持ちたちの格好の別荘地になってるんですよ」

 

 それは街の中にはいると、さらにはっきり感じられました。街全体がとても立派で、いたるところに贅沢な家が建ち並んでいるのです。手入れの行き届いた美しい庭もたくさんあって、色とりどりの花が綺麗に咲いていました。けれども、馬の上からそれを眺めて、メールはつぶやきました。

「お行儀のいい花たちだね。つまんないの」

 ゼンも渋い顔で町中の通りを進んでいました。山や森で暮らす彼には、こういう場所はどうも落ちつきません。

「このまま素通りしようぜ」

 と訴えると、フルートが笑って答えました。

「いいよ。こんなところでぐずぐずする必要はないんだから。ただ、水と食料だけ補充していこうよ。エルフが準備してくれた食料が減ってきてるからね」

 一番賑やかな場所に近づいていくと、音楽がはっきりしてきました。桟橋の近くで楽隊が演奏しているようでした。綺麗に着飾った男の人や女の人が、霧雨の中、自分で傘を持ったり、召使いに傘を差しかけさせたりして集まっているのが見えます。何か催し事が開かれているのかもしれません。

 通りに人の姿も増えてきて、二頭の馬にまたがる子どもたちを驚いたような目で眺めていました。――フルートたちの一行は、子どもなのにいやに旅慣れた様子をしているうえに、少年たちは戦姿、少女たちも風変わりな服装をしているので、人目を引くのです。人々の好奇の目にさらされて、ポポロがメールの背中に顔を埋めるようにしがみついてしまいました。ゼンも顔をしかめながらうなりました。

「とっととここを抜けようぜ。店はどこだ?」

 通りに食品店の看板を探しながら馬を進めていると、行く手を見ていたメールがふいに言いました。

「ねえさぁ、あそこにいる人たち、あんたたちの知り合いじゃないのかい? あんたたちに手を振ってるよ」

 え、と眺めた先に、二階建ての建物があり、雨よけの天蓋をかけた庭先にテーブルと椅子がありました。そこに二人の男性が座っています。一人は長い銀髪に浅黒い肌をした長身の青年、もう一人は半白の黒髪に黒い服を着たたくましい体つきの中年です。二人ともティーカップののったテーブルに肘をつき、子どもたちに向かって笑顔で手を振っています。

 少年たちはびっくり仰天しました。特に、フルートは驚きのあまり、一瞬口がきけなくなりました。

「お、おい、フルート、あれ……」

 とゼンが言いかけたとたん、フルートはいきなり黒馬の横腹を強く蹴って、馬を走らせ始めました。手を振っている男性たちに一散に駆け寄りながら大声を上げます。

「ユギルさん! ――ゴーリス!!」

 子どもたちがディーラで会おうとしていた人物が、そこに座っていたのでした。

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