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第4巻「闇の声の戦い」

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31.洞窟

 その夜、一行は山の森の中に見つけた洞窟で休んでいました。

 子どもたちがやっと立てるくらいの低い岩穴です。その真ん中に小さなたき火を起こし、火を囲んで子どもたちは寝ていました。メールとポポロは毛布をかけて並んで横になり、火をはさんで反対側ではフルートが何もかけずに寝ています。フルートが着ている金の鎧には暑さ寒さを防ぐ力があるので、毛布を使う必要がないのです。そこから少し離れた洞窟の一番奥では、ポチが横になって目をつぶっていました。

 洞窟の外ではゼンがひとりで見張りに立っていました。洞窟の前に広がる森は、暗く静まりかえっています。時折フクロウの声がかすかに響いてくるだけで、オオカミの遠吠えも聞こえてきません。フルートやゼンが、この山のオオカミをほとんど退治してしまったからに違いありませんでした。

 何もかもが静かでした。オオカミとの戦いのショックで泣き出してしまったポポロも、寝る頃には落ちついて、今はぐっすり眠っています。ただ、少しずつ少年たちに慣れて打ち解けてきた態度が、また堅くこわばってしまったのが、なんともつらいところでした。フルートのこともゼンのことも、恐ろしいものを見る目で見て、また一言も口をきかなくなってしまったのです。ゼンは洞窟の中のポポロを見つめて思わず深い溜息をつくと、また、前の森に目を向け直しました。

 針葉樹の森は深く、木立の間には夜空も星も見えませんでした。洞窟のわきにつながれた二頭の馬が、時折頭を上げて鼻を鳴らす音だけが、夜の中に響いていました。

 

 すると、洞窟の中にかすかに低い声が流れ始めました。

「ニクイ……ヨクモ、よくも……」

 眠っていたポポロがうつろに目を開いていました。唇が闇の声をつぶやいています。

「ヨクモ……殺ス、殺してヤル……」

 滑るような動きで立ち上がります。声も動作も本当に静かなので、眠っている子どもたちはまったく目を覚ましません。洞窟の外に立つゼンも、森を見たままで、中の異変には全然気づきませんでした。

 ポポロがゆっくりとフルートに近づいていきました。ガラスでできた作り物のような瞳でじっと少年を見つめます。その手を伸ばしてつかんだのは、かたわらに置かれた炎の剣でした。ためらうことなく鞘から引き抜きます。刀身が、たき火の炎を反射して赤く光ります。

「コロシテヤル」

 またポポロがつぶやきました。けれども、そう言って剣を握るポポロは、殺気をまったく漂わせていないのです。戦いに慣れた子どもたちも、殺気を出さない敵の攻撃にはなかなか気がつけません。フルートは無防備に眠り続けていました。

 ポポロが両手で剣の柄を握りしめました。刃を下に向けて構えます。その先にはフルートの穏やかな寝顔があります。洞窟の中は、外の森よりも静かです。音のない世界の中、少女だけが魔剣をフルートの上に高く振りかざしました――。

 とたんに、ワンワンワンワン……!! と激しい犬の声が洞窟に響き渡りました。ポチでした。フルートを守るように、ポポロとの間に飛び込んで、さらに激しく吠え立てます。たちまち子どもたちは目を覚まし、フルートに向かって炎の剣を振りかざしている少女を見て愕然としました。ゼンも外から飛び込んできて、目を見張って立ちつくします。

「ポポロ、やめろ!」

 とフルートは叫びました。けれども、ポポロはかざした剣をフルート目がけて振り下ろしてきました。まだ横になっていたフルートは、とっさに腕を上げて顔を守りました。むき出しになった顔は、魔法の鎧のたった一カ所の弱点です。剣の刃が鎧の籠手に当たって跳ね返り、小さな金の火花を散らしました。魔法の鎧は、炎の剣に切りつけられても、傷つくことも燃えることもありません。

「ポポロ!!」

 と他の子どもたちも叫びました。

 とたんに、ポポロが剣を取り落としました。岩の床の上で、剣が堅い音を立てます。ポポロはそのまま、なめらかな足取りで最初に自分が寝ていた場所へ戻っていくと、静かに横になり、また毛布をかけました。うつろな目を閉じたと思うと、また静かに寝息を立て始めてしまいます。自分を周りを取り囲む子どもたちとは、誰ひとり目を合わせることがありませんでした。

 

 ゼンは顔中に吹き出していた冷や汗をぬぐってつぶやきました。

「闇のヤツ、まだポポロの中にいたのかよ……」

 メールは声も出せずにへたりこんで、ポポロを見つめてしまいました。小さな少女はぐっすりと眠り込んでいます。自分が今何をしようとしていたのか、まったく気がついていないのです。

 フルートは真っ青な顔をしていましたが、やがて、ゆっくりと立ち上がると、落ちていた炎の剣を拾い上げて鞘に戻しました。ポチが悲しい目で見上げてきました。

「フルート……」

 少年は子犬にほほえみ返しました。

「ありがとう、ポチ。おかげで命拾いしたよ」

 子犬は、ますます悲しい目になりました。

 ゼンが大きく肩で息をして、わめくように言い出しました。

「フルート、これからは寝るときに必ず剣を抱いて寝ろ! 自分のそばから絶対に離すな! 見張りは必ず立てる! それも、ポポロのそばにだ!」

「ゼン」

 フルートは興奮している友人に首を振って、しっと口に指を当てて見せました。ポポロは静かに眠り続けています。何があったか、何が起きようとしたのか、まったく知ることなく――。

 ゼンは唇と拳を震わせると、くるりと後ろを向いて洞窟から飛び出していきました。胸の中に、言いようのない怒りが渦巻きます。記憶を失い、フルートのこともゼンのことも何もかも忘れてしまったポポロ。なのに、それでもやっぱり闇は少女の中に居座っているのです。少女にフルートを殺させようとしているのです。

「ゼン……」

 メールとポチが後を追って洞窟から出てきました。ゼンは怒りに大きく肩で息をしながら言いました。

「フルートのそばから離れるな! またポポロが命を狙うかもしれないぞ!」

「フルートが起きてポポロを見てるよ。目が覚めてさえいれば、フルートが殺されるようなことはないさ」

 とメールが言います。

 ゼンは歯ぎしりをしました。

「なんでだ? なんで……よりによってポポロなんだよ? どうして、あいつが闇に取り憑かれなくちゃならないんだよ!?」

 メールは溜息をつきました。

「ポポロでなくたって、仲間の誰かが闇に取り憑かれたら、フルートはやっぱり、すごくつらいと思うよ……」

 ゼンは拳を握りしめて足下の地面をにらみつけました。何をすることもできない自分が、どうしようもなく腹立たしく感じられます。

 

 すると、ずっとひどく悲しい目で洞窟を見つめていたポチが、静かに近寄ってきました。

「ゼン……メール、話があるんですよ……」

 子犬の声は、瞳に劣らず、とても悲しげでした。普通の様子ではありません。ゼンとメールは思わず子犬を見下ろしました。

「なんだ?」

「ポポロの中の闇のことです……」

 と子犬は言って、また洞窟を振り返りました。フルートは寝ているポポロのそばに付き添い続けているのでしょう。洞窟の中はひっそりと静まりかえっていました。

 ポチが言いました。

「ぼく……ぼくは犬だから、人が感じている気持ちが匂いでわかるんです。ポポロが闇に乗っ取られてフルートを殺そうとしたとき、ポポロはものすごくフルートを憎んでいました。本当に、殺さずにはいられないくらい……。でも……その時の憎しみの匂い……ぼく、以前にもある人のそばで嗅いだことがあるんですよ……」

 それを聞いて、ゼンは眉をひそめました。

「って、つまり、人がひとりずつ匂いが違うみたいに、憎しみの匂いもひとりずつ違ってるってことなのか? その匂いで、誰が憎んでるかわかるってことか?」

 ポチはうなずきました。

 メールが思わずポチにかがみ込みました。せき込んで尋ねます。

「誰さ、それ!? フルートの命を狙ってる本当の敵は誰なのさ!?」

 すると、子犬は、ためらうように目を伏せました。

「ポチ!!」

 ゼンとメールは思わず同時に叫びました。

 すると、ポチはまた目を上げて、悲しい声で言いました。

「ルルなんです――フルートを殺したいくらい憎んでたの、ルルなんですよ――」

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