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第4巻「闇の声の戦い」

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30.オオカミ

 「花たち!!」

 メールはポポロと一緒に谷川に駆け込みながら声を上げました。とたんに森の中から雨のような音が起こり、花の群れが飛んできました。少女とオオカミの間をさえぎるように飛び込んでくると、一頭のトラの姿になって吠えます。けれども、それはオオカミよりも小さいくらいの姿でした。暗い森の奥には、花はあまり咲いていなかったのです。

 それでも、メールは叫びました。

「お行き!」

 花のトラが再び吠えて、先頭のオオカミに襲いかかっていきました。真っ正面から飛びかかって、顔面にかみつきます。とたんにオオカミの悲鳴が上がり、血しぶきが飛びました。元は花でも、本物のトラと同じくらい鋭い牙です。

 他のオオカミたちが驚いたように立ち止まって、花のトラを取り囲みました。かみつかれたオオカミが、怒りの声を上げてトラを組み敷き、かみつき返します。小さな花がばっと飛び散りますが、次の瞬間、またトラの姿は元に戻りました。今度はオオカミの背中にかみつきます――。

「早く! 今のうちだよ!」

 メールはポポロの手を引いたまま、しぶきを上げて谷川を渡り、反対側の岸に駆け上がろうとしました。ところが、そちらの木立からもオオカミたちが姿を現しました。オオカミの群れは二十頭あまりもいて、完璧にメールたちを取り囲んでから襲いかかってきたのでした。

「ちくしょう!」

 メールは思わず声を上げました。

 行く手の森から飛び出してきたオオカミが、少女たち目がけて飛びついてきます。思わずメールは手にしていた水筒を振り回しました。水の入った革袋が、砂を詰めた袋のようにオオカミの頭を横殴りにします。けれども、何十頭ものオオカミを、そんなもので防ぎきれるはずはありません。地面に転がったオオカミを飛び越えて、別のオオカミが襲いかかり、革袋に牙を立てました。ザアッと音を立てて革袋が裂け、中から水がこぼれます。

「メール!」

 ポポロが泣き声を上げました。少女たちには武器になるものがありません。メールは川へ駆け戻ると、流れの真ん中でポポロを抱きしめ、少年たちがいる森のほうへと大声で叫びました。

「ゼン! フルート! 助けて――!!」

 一頭のオオカミが川に飛び込み、少女たちに襲いかかってきました。

 と、その顔面に色とりどりの獣が飛びつきます。花のトラです。水の中でオオカミともつれ合い、猛烈なうなり声を上げます。

 メールはポポロを抱いたまま周囲を見回しました。オオカミたちが次々川に飛び込んで近づいてきます。花のトラは必死でオオカミと戦っていますが、たった一頭ではとても戦いきれません。すると、数頭のオオカミがいっせいに花のトラに飛びかかりました。あっという間に花をかみちぎり、踏みつぶしてしまいます。

 少女たちは息を呑みました。ちぎれた花が川を流れていってしまいます。赤い花びらは、まるで川面に流された血のようでした。

 うなり声を上げて灰色のオオカミが飛びかかってきました。メールは、とっさにポポロを抱いたまま身をかがめました。その頭上をオオカミが飛び越えていきます。

 けれども、そこへ次のオオカミが襲いかかってきました。メールたちにはかわしようがありません――。

 

 と、上空で風が鳴り、突然少女たちの目の前に少年が飛び下りてきました。金の鎧をひらめかせ、剣をうならせて、オオカミに切りつけます。真っ赤な血しぶきが散って、オオカミの頭が宙を飛び、川の中に落ちました。――フルートです。間に合ったのでした。

 上空で旋回するポチの背中から、続けてゼンも飛び下りてきました。こちらは少女たちの背後に立って、エルフの矢をオオカミ目がけて放ちます。たちまち二頭の眉間に矢が突き刺さり、その場に転がって動かなくなります。

「ゼン、フルート!!」

 メールが歓声を上げました。

「怪我はないか?」

 とゼンが次々に矢を放ちながら尋ねます。エルフの魔法の弓矢は狙ったものを決して外しません。あっという間にオオカミたちが死体になっていきます。

 少女たちの前ではフルートが戦い続けていました。剣がひらめくたびにオオカミたちが串刺しになり、切り裂かれます。血が吹き出し、獣の毛や内臓が川の中に飛び散っていきます。川の水はたちまち真っ赤に染まりました。

 すると、小柄なフルートの頭上を飛び越えて、一頭が少女たちに飛びかかっていきました。フルートの剣が届きません。

「しまった!」

 思わずフルートが声を上げたとたん、上空から風の犬のポチが飛び下りてきました。空中のオオカミに風の牙を立て、川の中にたたき込んでしまいます。そこへフルートが剣を振り下ろし、オオカミの首をはねました。

 オオカミたちが、とてもかなわないと見て逃げ出したとき、すでに、二十頭近くが死体になって川の中に転がっていました。生き残ったほんの数頭が、たちまち木立の間に見えなくなっていきます。

 

 フルートは息をはずませながら少女たちを振り返りました。

「大丈夫だった?」

「うん、ありがとう」

 とメールが、ほっとしたように笑顔になります。ところが、ポポロは返事をしません。血の気の失せた顔で立ちつくしています。

「ポポロ?」

 フルートが驚いて近づこうとすると、ふいにポポロが悲鳴を上げました。恐怖の声です。フルートは、ぎょっと立ちすくみました。

「いや……!」

 とポポロは首を振りました。

「いや、いや……! こっち来ないで……!!」

 そう言って、おびえきった目で見ているのは、他でもないフルートの姿でした。フルートも仲間たちも驚いて、そんなポポロを見つめてしまいました。

「ポポロ?」

 と手を差し伸べようとしたフルートは、自分の手が血まみれになっているのに気がつきました。手だけではありません。フルートは全身にオオカミの返り血を浴びて、顔にまで血しぶきを飛び散らせていたのです。右手に握った抜き身の剣は、血糊で真っ赤に染まっていました。

 ポポロが後ずさり、後ろに立っていたゼンに突き当たりました。とたんに、ポポロはまた悲鳴を上げ、大きく飛びのいて恐怖に引きつった顔になりました。以前の記憶がない少女にとって、目の前で繰り広げられた戦いは、生まれて初めての死闘と同じでした。飛び散る獣の血、内臓、宙を飛ぶ獣の生首――そして、その中で血まみれになって剣をふるうフルートや、次々に矢で獣の命を奪っていくゼンは、まるで残酷な悪魔そのもののように、少女には見えてしまったのでした。

 震えて泣き出したポポロの肩を、メールが抱きました。

「刺激が強すぎたんだよ……初めての経験だったからさ」

と少年たちを慰めるように言います。

 少年たちは声が出せませんでした。ポチが浅い流れの中に舞い下りて子犬に戻り、心配そうにフルートを見上げました。

 フルートは泣いている少女を呆然と見つめていましたが、やがて、血まみれの自分の姿と剣を隠すように背を向けると、低い声でいいました。

「メール……ポポロをつれて先に戻ってて。ゼン、一緒に行ってやってくれ。ぼくはここで血を落としてから行くから……」

 なんの感情も感じさせない静かな口調でしたが、その声がわずかに震えているのを、泣いているポポロ以外の全員が感じ取っていました。

 ゼンは何も言わずに弓を背負い直すと、先に立って歩き出しました。メールが泣きじゃくるポポロをつれて後を追います。途中で振り返ると、フルートは鎧や剣についた血を谷川の水で洗い流していました。その小さな姿は、まるで川の中に身をかがめて泣いているように見えました――。

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