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第4巻「闇の声の戦い」

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27.河原

 奇妙な旅が始まりました。

 顔ぶれは、フルートの馬の上にポポロ、ゼンの黒馬の上にメールとポチという組み合わせに戻っていました。けれども、誰も口をききません。本当に、誰ひとりとして、何も言わないのです。

 ポポロはひどく緊張しながら鞍に乗っていました。馬の乗り方は覚えているようでしたが、後ろに乗る鎧姿の少年が怖くて、全身をこわばらせています。フルートは黙っていましたが、心持ち身を離して、決して少女に近づきすぎないようにしていました。その様子は、まるで間に見えない空気の毛布をはさんでいるようです。そうしながらも、何事かあればすぐ少女を支えられるように身構えているのでした。

 ゼンはポポロとフルートのほうを見ようともしませんでした。怒ったように、むっつりと黙り込んだままです。ゼンの腰につかまったメールは、そんなゼンの背中を見つめ続け、ときどきフルートたちに目を移しました。やはり、一言も口をききません。子犬のポチはゼンの荷袋の中にもぐり込んだまま、顔も出しませんでした。

 

 やがて、乾いた荒野は次第に黒々と湿った土に変わり始め、足下を草がおおい始めました。荒野が終わりを告げたのです。行く道は次第に上り坂になり、小さな峠をひとつ越えたところで、一行は川に出くわしました。

 空にはうっすらと夕映えの光が差し始めていました。それを見上げて、フルートは仲間たちに声をかけました。

「今夜はここに泊まろう」

 目の前には小高い山がいくつもそびえていました。日暮れ前にそれを越えるのは無理だと、フルートは判断したのでした。 ゼンが黙ったまま馬を降り、枯れ枝を集めて火をおこし、夕飯の支度を始めました。フルートが水を汲み、さらに、夜の間のための薪を集めます。……フルートの炎の剣の鞘には、確かに燃えている火をいつまでも燃やし続ける魔力がありますが、火力が強すぎる上に、剣を鞘から抜きっぱなしにしておくことになって危険なので、どうしても必要なときにしか使わないのでした。

 ポチが、あたりを調べてきます、と言って川に沿って出かけていきました。もの言う子犬も、いつになく元気がありません。フルートは気がかりに思いながらそれを見送り、それから川のほとりの二人の少女を眺めました。

 ポポロは男の子たちには黙りこくっていましたが、メールと一緒になると、ようやく何かを話し出していました。メールがそれに答えています。その様子を見て、フルートはかすかにほほえみました。メールが一緒にいてくれて本当に良かった、と考えたのです。

 やがて料理が煮上がりました。

「できたぜ」

 とゼンが言いましたが、それきり仲間たちを呼ぼうともしないので、フルートが少女たちのところへ行って声をかけました。

「夕食ができたって、ゼンが」

 とたんに、ポポロはまた硬い表情に戻り、口を閉じてしまいました。メールの背中に隠れるようにしながら、警戒する目でフルートと、その向こうのゼンを眺めます。

 フルートは思わず苦笑しました。ポポロは全然意識していませんが、それは一年前、初めてエルフのところで出会ったときにポポロが見せたのと、まったく同じ姿だったのです。記憶をなくしても性格は変わらないんだね、ポポロ、とフルートは心で話しかけました。

「あたいが取りに行ってくるよ」

 とメールが言って歩き出しました。後に残されたポポロが、不安そうにフルートを眺めて、すぐにまた目を伏せてしまいます。フルートはまた苦笑しました。怖がらせそうで、とても声をかけられません。フルートは黙ったまま、メールが戻ってくるまで、ポポロから少し離れた場所にたたずみ続けました。

 メールはたき火のところまで来ると、ゼンが彼らに背中を向けて座っているのを見て、あきれたように声をかけました。

「なにやってんのさ、ゼン。今度はあんたがすねてんの?」

「うるせえな。違うよ」

 ゼンはまたぶっきらぼうに言うと、鍋の煮込み料理を二人分器によそって、ことばもなくメールに突きつけてきました。メールは肩をすくめると、それを持って、またポポロのところへ戻っていきました。ゼンは相変わらず後ろを向いたまま、燃えるたき火の炎を見つめています――。

 

 夕食の後、夕闇がそろそろと近づき始めた空の下で、ゼンは鍋や食器を河原で洗っていました。丸めた草と川の水で汚れをこすり落としていきます。仲間たちがキャンプする場所から少し川下に来ているので、仲間たちの姿は草や木立の陰になって、その場所からは見えませんでした。

 すると、草を踏んで、メールがやってきました。相変わらずむっつりとしているゼンを見ると、また肩をすくめて、からかうように声をかけてきました。

「フルートがポポロに話しかけてるよ。口をきいてもらおうとして一生懸命さ。ゼンはいなくていいわけ?」

「俺には関係ねえさ」

 とゼンはうなるように答えました。そんな少年を、メールはかたわらに立って、つくづくと眺めました。

「ほぉんと、あんたったら変なの。フルートとポポロを取り合ってたかと思ったら、あの子が記憶をなくしたとたん、今度はやたらと距離を置いちゃって。あんたの言う『好き』ってのは、その程度のことだったのかい?」

 相変わらずメールは歯に衣着せません。ゼンはじろりとメールを見上げると、鍋の中に洗い終わった食器を乱暴に投げ込んで立ち上がりました。

「うるせえ。そんなんじゃねえんだったら」

「じゃあ、どんなのさ」

 メールはゼンを逃がしません。

「今度はポポロをフルートに譲ることにしたわけ? 自分たちのせいであの子があんなになったから、それを反省して? 素敵な友情だよね――」

「違う!」

 ゼンは乱暴にメールの言葉をさえぎると、河原に倒れていた木の上に座りこみました。鍋や食器を河原の石の上に放り投げて、それをにらみつけます。

「俺はそんな大人じゃねえよ……。俺は……俺は、逃げてんだよ」

 メールは意外そうに目を見張りました。ゼンがそれきりことばを続けなかったので、ゼンの隣に座って尋ねます。

「逃げてる?」

 ゼンは苦い顔で自分の膝に両肘をのせると、吐き出すように言いました。

「たまんねえんだよ。あいつにあんな目で見られるのがさ――! ホントに、この一年間がすっかり消えちまってるんだからな!」

 大きな溜息がもれました。

「……俺はよ、こんな性格だから、初めてあいつと会ったときにもかなり怖がられたんだよ。フルートも怖がられたけど、ヤツは優しいからな。そのうちフルートには慣れていったんだけど、俺のことはけっこう長いこと怖がり続けてたんだ。それが、風の犬の戦いの間にだんだん打ち解けていってくれて、仲間だ、友だちだって言ってくれるようになって、俺に笑ってくれるようになって……嬉しくて、舞い上がっちまったんだよな。で――そのあげくがこれだ!」

 ゼンは歯ぎしりをしました。

「俺がやることは全部裏目に出ちまう! あいつに熱を出させたり、あんな魔法を使わせたり、今だって、あんなに怖がらせちまったし――! そんなつもりは全然ないのによ……!」

 メールは少年をことばもなく見つめてしまいました。ゼンは泣いていません。ただ、口を一文字に結んで、河原の先を流れていく川の水をにらみつけています。そんな少年が泣くより悲しい気持ちでいるのを、メールは肌で感じ取ってしまっていました。

 ゼンはまた溜息をついて、口を開きました。

「フルートは強いよな……。あんなふうにポポロに見られても、それでもそばにいられるんだから。あいつだって、相当つらいはずなんだぜ。俺には、とっても真似できねぇよ」

 それを聞いて、メールは、以前それと同じセリフを聞いたのを思い出しました。

「おんなじことを、フルートも言ってたよ。あんたの真似はとてもできない、って」

「あいつが?」

 ゼンが意外そうにメールを見ました。

「うん。ゼンはいいヤツだ、って言ってさ。あんたたち、お互いに同じこと言い合ってるよ」

 ゼンはとまどったように、また目をそらしました。

 

 河原に夕暮れが下りてきていました。河原の石や水の流れを、柔らかな薄闇のとばりが包んでいきます。川の流れていく音だけが、静かな中に続いています。

 メールはちょっとためらってから、思い切って隣の少年へ手を伸ばしました。焦茶色の髪の頭をつかんで、黙って自分の肩に抱き寄せます。嫌がるかと思ったのですが、意外にも、ゼンはすんなりとされるままでいました。メールのほうが、逆にこの状況にどきどきしてきましたが、それでも、ゼンに回した手は離しませんでした。

 すると、ゼンがつぶやくように言いました。

「ちぇ、かっこわりぃの……おまえにこんなふうに慰めてもらうなんてさ」

 メールは、たちまち口をとがらせました。

「そんなこと言うなら、そばにいてやんないよ」

 と立ち上がろうとすると、ゼンに腕をつかまれました。強い力で引き止められます。

「行くな……いてくれよ」

 メールは目を丸くしました。とてもゼンのセリフとは思えないことばでした。

 少年はひっそりと少女の肩にもたれかかっていました。まるで幼い子どものようです。

 メールは静かに苦笑すると、溜息まじりで空を見上げました。暗くなってきた空には、星が薄く光り始めています。

「ほぉんと、馬鹿みたいだよねぇ……」

 それは、ゼンと、それに寄り添っている自分自身に対してつぶやいたことばでした。

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