夕焼けに染まった荒野に座って、少年は子犬を抱き続けていました。夕日が投げる赤い光が、少し癖のある金髪の上で反射しています。子犬は少年の膝に顔を埋めたまま、まるで泣いているように震えながら体を丸めていました。その背中を、少年が優しくなで続けています――。
そこへ、ゼンとメールが駆けつけてきました。痛みを押して走り続けてきたので、二人とも荒い息をしています。それでも、フルートが無事だったのを見て、二人はほっと心から安堵しました。
フルートがびっくりしたように飛び起きました。
「ゼン、メール! どうしたの、その怪我!?」
「ちょっとな」
とゼンは顔をしかめながら肩をすくめて見せました。二人とも手足や体にひどい火傷を負っています。こうなってみると、雷に撃たれたフルートよりも、彼らのほうが重症でした。
フルートは大あわてで首のペンダントをはずして二人に押し当てました。ゼンとメールの体から痛みが引き、あっという間に火傷が消えていきます。初めて金の石で治療してもらったメールが、信じられないように自分の手足を見回していました。
「よく無事だったな。鎧は着てないし、いきなりポチから落ちたから、心配したんだぞ」
とゼンが言いました。少し怒ったような、ぶっきらぼうな口調です。フルートが、すまなそうに首をすくめて見せました。
「うん、ぼくが地面に落ちる前にポチが拾い上げてくれたんだ。雷のほうは金の石が守ってくれたみたいだ。……よく覚えてないんだけどね」
ところが、そのとたん、少年が抱いていた子犬が顔を上げて、吠えるような勢いで叫び始めました。
「覚えてるはずありませんよ! フルートは死んでいたんだもの!!」
ゼンたちはぎょっとしました。フルートが困ったような顔でポチを見ます。
「でも、金の石が――」
「金の石がすぐに助けてくれたから、息を吹き返したんですよ!! ぼくが背中に拾ったとき、フルートは心臓も呼吸も止まってたんだから。雷に撃たれて!! なんでそんな無茶ばかりするんですか! ぼくから離れてぼくだけ逃がそうとするなんて! 雷からは助かったって、あの高さから落ちたら、絶対に即死してましたよ! ぼくは――ぼくは風の犬だから、雷なんて平気だったのに! 闇の首輪をつけてたわけじゃないから、光に撃たれたって何でもなかったのに――!!」
それだけを一気に叫ぶと、ポチはまたフルートの胸に顔を埋めてしまいました。ポチは犬なので涙を流すことはできません。けれども、フルートの腕の中でぶるぶると震え続ける子犬は、激しく声を上げて泣いているように、彼らの目には見えました。
「ポチ……」
フルートは子犬を見つめ、そっとそれを抱きしめました。
「ごめん、ポチ……ごめんね……」
けれども、何度そんなふうに謝っても、何度仲間たちから叱られても、やっぱりフルートはとっさの場面で仲間たちをかばい、自分が犠牲になろうとしてしまいます。こんなやりとりも、もう何度繰り返されたかわかりません。
ゼンは思わず溜息をつきました。
「あのな、なにも、俺たちはおまえに、守るなって言ってるわけじゃないんだぞ。ただ、その十分の一でいいから自分のことも守れ、って言いたいだけなんだ」
厳しい目でゼンから見られて、フルートはまた困ったように、かすかに微笑しました。
「うん、わかった……ごめん」
でも、本当にフルートがわかったのかどうかは、とても疑問でした。
沈黙してしまった子どもたちを、夕日が照らしていました。低い山の向こうに沈んでいこうとする太陽が、最後の光をまばゆく投げかけてきます。
やがて、思い出したようにメールが言いました。
「もう岩屋に戻らないと……。ポポロがひとりで寝てるんだろ?」
憎らしい恋敵のはずなのに、それでもメールはやっぱりポポロを気にかけずにはいられませんでした。憎んで、見るのもいやなほど嫌いになってしまえれば、いっそ楽なのに、それがどうしてもできません。ゼンが、おっ、と反応して、がらりと表情を変えたのが胸に刺さります――。
ところが、そのとたんフルートとポチも顔つきを変えました。恐怖を浮かべた目と目を見合わせます。その様子にゼンがいぶかしそうな顔になりました。
「なんだ、どうしたんだよ?」
フルートは思わず口ごもりましたが、ポチが声を上げました。
「ワン! ポポロなんですよ! 魔法の雷でフルートを撃ち殺そうとしたの――ポポロだったんですよ!!」
ゼンもメールも、一瞬声がまったく出せませんでした。見つめる目の前でフルートが視線をそらします。ゼンは思わずかっとなってフルートの襟首をつかみました。
「ば――馬鹿も休み休み言え! ポポロがなんでそんなことするんだよ!?」
「ゼン!」
メールが思わずそれを引き止めました。ゼンが本気でフルートを殴ろうとしたのがわかったからです。フルートは視線をそらしたまま言いました。
「ポポロは闇に取り憑かれてたんだ……。眠るとそいつが現れる。今までの闇の声は、全部ポポロの声だったんだ。ぼくを絞め殺そうとしたのも、彼女だったんだよ――」
ゼンがフルートの襟首をつかんだまま、拳を激しく震わせました。今にも殴りつけそうな腕に、メールが必死でしがみついていました。
「やめな! やめなったら、ゼン……! 落ちつきなよ!」
「ワン、本当なんですよ。あの雷はポポロの魔法なんです!」
とポチも必死で言っていました。まるで泣いているような声でした。
ゼンは全身を震わせました。フルートを締め上げて、そんなのは大嘘だったと言わせたいのですが、何故だかそれができません。ゼンにもわかっていたのです。フルートやポチがこんなふうに言うときには、決して嘘などではないということが――。
すると、フルートが目を上げました。鮮やかな青い瞳が、まっすぐにゼンを見つめてきます。口を開いて言う声は、静かすぎるほどに穏やかでした。
「ゼン、ポポロと別れなくちゃならないんだ。ポポロの中の闇はぼくを狙ってる。彼女がまた魔法でぼくを殺そうとしたら、ぼくだけでなく、周りの人たちみんなを巻き込んでしまう。そんなことはさせられないよ――」
ゼンは思わずフルートを見つめ返してしまいました。ポポロと別れる、という一言が頭の中で鳴り響き、身のうちが冷たくなって声が出なくなります。けれども、フルートが言うことは正しいのです。彼らはそうしなければならないのでした。
すると、フルートがふっと荒野に目を向けました。岩屋のある方角を遠く眺めます。夕日は山の陰に姿を消し、荒野はゆっくりと夕暮れに沈み始めていました。
「かわいそうなポポロ……」
とフルートがつぶやきました。その声には、怒りも憎しみも、まったく感じられませんでした。