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第4巻「闇の声の戦い」

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第6章 闇の正体

22.落雷

 夕暮れが近づいて、空の雲がオレンジ色に変わり始めていました。

 フルートとポチは岩屋の入り口に立って、ゼンがメールを追いかけていった荒野を眺めていました。遠くから吹いてくる風が、ひやりと夜の気配を運んできます。暗くなってしまう前にメールを連れ戻さないと……と考えて、フルートは気が気ではありませんでした。

 ポチがフルートを見上げました。

「大丈夫かなぁ? メール、なんだか今にも泣き出しそうでしたよ。ずうっとそうでした。泣きたいのを必死で我慢してるみたいな匂いがしてたんです」

「うん……」

 フルートは心配そうな目を荒野に向け続けました。メールを連れ戻せるのはゼンしかいません。けれども、謎の海の戦いの時の二人ならいざ知らず、今のゼンにそれができるかどうか、はなはだ怪しかったのです。ゼンはメールの気持ちにまったく気づいていません。だからこそ、メールは怒るのです――。

 

 すると、ふいに声が聞こえてきました。低くくぐもった声が、切れ切れに二人の耳に届きます。

「ニク……イ、ニクい、憎イ……」

 闇の声です。

 フルートとポチは、ぞくりと総毛立ちました。油断していました。殺されかかったところを撃退したので、今夜はもう来ないものと思いこんでしまっていたのです。

 声は岩屋の中から聞こえていました。そこでは魔法使いの少女が疲れ切って眠っています。フルートは真っ青になって振り返りました。

「ポポロ!」

 ポチも振り向きざま、風の犬に変身しようとします。そして、二人はそのまま立ちすくみました――。

 激しく燃え続けるたき火のかたわらに、黒い衣の少女が立ち上がっていました。目を開け、じっとこちらを見ています。その宝石のような瞳は、たき火の炎を映して赤々と燃えながら、うつろに少年たちを眺めていました。他に怪しい者の姿はありません。怪しい影も見えません。

「ポポロ……?」

 フルートは驚きながら少女を見ました。ポポロの様子は普通ではありません。すぐそこに見えているのに、そこにいないような、妙に遠い感じがします。目にも顔にも表情がまったくありません。

 思わず歩み寄ろうとすると、とたんに足下のポチがフルートの服の裾をくわえて、力一杯引き止めました。驚くフルートに、ポチは必死で首を振って見せました。耳の良いポチは気がついてしまったのです。たった今、岩屋の奥から聞こえてきた闇の声。ひどく暗くゆがめられていたものの、それが、他ならないポポロの声だということに――。

 

 フルートは一瞬わけがわからなくなり、次の瞬間、はっと思い当たりました。

 今まで闇の声を何度聞いてきたでしょうか? それはいつも、仲間たちが眠っている時間帯に響いてきました。フルートが目覚めていることも、ゼンが目覚めていることもありました。けれども、決まってその時、ポポロは眠っていたのです。――ポポロは闇に取り憑かれていたんだ、とフルートはその瞬間に悟りました。闇は、少女が目覚めている間はじっとなりを潜め、少女が眠ってしまうと、そろそろと現れてフルートたちに迫っていたのです。

 すると、ポポロの小さな唇が動きました。少女の声とは思えない、地を這うような声がもれてきます。

「憎イ……殺してヤル……」

 夢遊病のような動きで、ポポロが片手を高く差し上げます。

 フルートはまた、ぞおっとすると、思わず大声を上げました。

「やめろ、ポポロ! 目を覚ませ!!」

 けれども、ポポロはまったく反応しません。低い声で呪文を唱え始めます。

「ローデローデ……リナミカローデ……」

 巨大な稲妻を呼ぶ魔法でした。フルートは真っ青になると、とっさに洞窟に駆け込み、火のそばに置いてあった炎の剣を取り上げました。刀身にたき火の炎が映り、ぎらりと輝きます。

 けれども、その剣でポポロを切り捨てることなど、できるはずはありませんでした。フルートは立ちすくみ、目の前の少女を見つめてしまいました。

 呪文につれて少女の指先に星のような光が集まり、あたりの空気がちりちりと電気を帯びて小さな放電を始めます。岩屋の外で激しい雷鳴が響き渡ります。フルートは悲鳴のように叫びました。

「ポチ――!!」

「ワン!」

 

 風の犬が一瞬でやってきて、背中にフルートを拾い上げました。そのまま、ものすごい勢いで岩屋から飛び出し、空の高み目ざして駆け上がっていきます。

 

 夕方の空は、いつの間にか真っ黒な雲でおおわれていました。雲のあちこちで青白い稲妻が不気味に光り、夜のように暗くなった荒野と空を照らしています。頭上の雲の中心に、巨大なエネルギーが集まりつつあるのが、肌で感じられます。

 風の犬のポチにしがみつきながら、フルートは叫びました。

「逃げるんだ! できるだけ――できるだけ、遠くに逃げて――!」

 けれども、荒野をどんなに飛んでも、頭上の雲は後を追ってきて振り切ることができません。雲の中の稲妻が、彼らに狙いをつけるのがわかります。

 とたんに、フルートは、はっとしました。

 彼らに狙いを……いえ、雷が狙っているのは、フルートひとりだけです。

 フルートは、青ざめた顔で空を見上げました。真っ暗な雲の中に、信じられないほどのエネルギーが寄り集まっていくのがわかります。かつて、魔王に操られた風の犬たちが、雷に撃たれて一瞬で元の犬の姿に戻った光景が、頭によみがえります。

 フルートは、思わずぎゅっとポチの背中の毛を握りしめました。キャン、とポチが驚いたように小さな悲鳴を上げます。フルートはその上に一瞬身を伏せると、耳にささやくように言いました。

「ポチ、逃げるんだ――」

 そのまま、ポチの背中を蹴って、思い切り空に飛び出していきます。体が重力につかまり、たちまち地上に向かって落ち始めます。

「ワン! フルート!!」

 ポチが驚いて引き返してきました。小石のように墜落していくフルートに追いついて、背中に拾い上げようとします。

 けれども、その瞬間、雲の中から巨大な光の柱が現れました。稲妻は空気を引き裂き、鼓膜を破りそうなほどの音を響かせながら、あっという間にフルートの姿を光の中に飲み込んでしまいました。そばまで来ていたポチも、一緒に飲み込まれてしまいます。

 稲妻は猛烈な光と音を立てて荒野をたたき、濡れた大地に激しい水蒸気を巻き起こしました。熱風が地上を吹き渡っていきます。

 その中に声が響きました。

「殺シテ、ヤル」

 そう低くうめいたのは、確かにポポロの声なのでした――。

 

 荒野にゼンとメールが倒れていました。熱風が遠く通り過ぎていきます。メールはあわてて体を起こしました。とたんに、両手両足に激しい痛みが走ります。とっさにゼンがかばってくれたのですが、熱風で火傷を負ってしまったのです。落雷でこんなことが起こるなど聞いたことがありません。強力な魔法で作られた雷が、通常では起こりえない熱と破壊力を引き起こしたのでした。

 けれども、メールは無理やり体を引き起こすと、倒れたままのゼンを揺すぶりました。

「ゼン! ゼンったら……!」

 とたんにゼンが、うおぅ、と大きな声を上げました。

「ば、馬鹿やろ、さわるな! 痛いだろうが……!」

 ゼンの服は熱風でぼろぼろになっていました。その下の肌が火傷を負ってただれているのが見えます。メールより重症です。それでも、青い胸当てをつけていたので、肩から背中にかけては火傷をまぬがれていました。

 メールは思わず涙ぐみました。さっきまで、さんざん意地を張ってこらえていた涙が、抑えようもなくこぼれ出します。

 けれども、痛みに顔をゆがめながら、ゼンは立ち上がりました。

「泣くな、泣いてる場合じゃない! フルートを探すんだ……!」

 メールもたちまち飛び起きました。火傷を負った両足がひどく痛みます。嵐の去った空からは、嘘のように黒雲が消え、夕映えの雲が輝いています。夕日に赤金色に染まり始めた荒野を、ゼンとメールはよろめきながら走り出しました。

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