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第4巻「闇の声の戦い」

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18.夜の森

 その日、子どもたちは一日歩き続け、日暮れにたどりついた森で野宿することにしました。協力して枯れ枝を集め、夕食を作り、寝場所を整えます。見張り番も、話し合って、フルートとゼンとメールが交代ですることにしました。ポポロは見張りには向きませんし、ポチは寝ていても敵が近づけばすぐに気がつくので、わざわざ見張りに立てる必要がなかったのです。メールは、相変わらず怒ったような不機嫌そうな顔をしていましたが、それでもちゃんと話し合いには加わっていました。

 その晩の見張りの一番手はゼンでした。エルフの弓矢を背負って立ち、森の中に目を配り、耳を澄まします。森は暗く、たき火の放つ光が、周りで横になって眠る子どもたちを赤く照らし出していました。

 すると、森の奥で鳥が一声鳴きました。昼にさえずる鳥の声だったので、ゼンは鋭くそちらへ目を向けました。けれども、それ以上何も変わった気配はなく、森はまた静かになっていきました。

 

 すると、たき火のわきで横になっていたポポロが、不安そうな声を上げました。

「ゼン……」

 ドワーフの少年はちょっと驚いて振り返りました。

「なんだ、まだ起きてたのか? 何でもないぜ。鳥が寝ぼけて鳴いたんだろう」

 うん、と言いながら、ポポロは起き上がりました。たき火の光が赤い髪を輝かせ、黒い衣をきらめかせます。それを見て、ゼンは何となく胸がどきどきしてきて、思わず顔を赤らめました。この小さな少女の姿は、夜の暗さの中にあると、星のように本当に美しく輝き出すのです。

 すると、ポポロが膝を抱えて溜息をつきました。

「ねえ、ゼン……ロムド城のあるディーラまでは、あとどのくらいかかるのかしら?」

「日数か? 俺もこっちのほうから行ったことがないからよくわかないけど、フルートの地図で考えると、一週間かそこらってところじゃないかな。ハルマスの街までは少しかかるだろうけど、その先は街道になるから、きっと早いぜ」

 とゼンは答えましたが、いつもの口調を作るのにちょっと苦労しました。

 すると、ポポロは抱えた膝をさらに強く抱きました。

「……そんなに長い間かかって、間に合うのかしら? エスタ軍のオーダさんたちは、ルルを退治するために来ているのよね。ロムドの国王様だって、自分の軍隊に風の犬退治を命令しているでしょうし……。あたしたち、間に合うのかしら? 本当にルルを助けられるのかしら……?」

 夜の暗がりの中で、涙が光り始めていました。ゼンは思わず苦笑いしました。

「そのために俺たちはディーラに向かってるんだろうが。間に合うさ。間に合ってみせる。だから、そんなに心配するなって」

 けれども、ポポロは涙ぐんだまま、じっと膝を抱え続けていました。

「……ずっと、声が聞こえてるのよ……」

 とポポロは言いました。

「ルルの声なの。夕方くらいから聞こえてきて、夜になったら、ますますはっきり聞こえるのよ。ずっと泣いてるの。泣きながら、あたしを呼び続けてるのよ……ここから助けて、って……」

 緑の瞳から涙がこぼれました。

 ゼンは真顔になると、ポポロにかがみ込みました。ポポロは膝に顔を埋めて泣き続けています。ゼンは、その頭にそっと片手を置きました。

「心配するなってば。必ず助けてやるからさ……。明日はもっと急ごうぜ。そうすりゃ半日でも一日でも早く、ディーラに着けるんだから。そのためにも、もう寝ろ。寝ないと体が持たないぞ」

 うん、とポポロはまたうなずき、べそをかきながらも、素直にまた横になりました。その泣き顔が眠りにつくまで、ゼンは見守り続けていました。なんだか、せつないような、幸せなような、わけのわからない想いで胸がいっぱいになってきます。ゼンは思わずまたひとりで苦笑いをすると、森の梢ごしに暗い空を見上げました。

 

 その時、森の中を風が、どっと吹きすぎていきました。

 静まりかえっていた森の木々がいっせいにざわめき、たき火の炎が音を立てて激しく揺らめきます。

 と、その中に声が聞こえてきました。恨みのこもった、低い声です。

「ヨクモ……憎イ。殺してヤル……」

 

 ゼンは、ぎょっとして反射的に身構えました。腰のショートソードを抜きます。

 そして、それと同時に、たき火のわきからフルートも跳ね起きました。かたわらの炎の剣を一瞬で引き抜いて身構えます。その反応の早さに、ゼンは、フルートが今までずっと起きていたのだと気がつきました。寝たふりをしていただけなのです。さっきのポポロとのやりとりを聞かれていたのだと知って、こんな場面なのに、ゼンは思わず真っ赤になってしまいました。何故だか、腹立たしいような想いが胸をよぎります。

 けれども、フルートはそんなゼンの表情には気がつきませんでした。ただ青ざめるほど真剣な顔で剣を構え、あたりを見回し続けています。風はあっという間に吹きすぎてしまって、謎の声はもうどこからも聞こえてきませんでした。

 フルートは剣を構えたままゼンを見ました。

「やっぱり聞いたね? ぼくの気のせいなんかじゃなかったんだ」

 ゼンはうなずきました。

「殺してやる、って言ってやがったぞ。そうとうやばいヤツじゃないのか?」

 フルートは鎧の内側からペンダントを引き出しました。けれども、やっぱり金の石はいつもの通りで、まったく反応を示していないのでした。

「エルフが言っていたんだ。ぼくたちには闇がつきまとっている、って。あの声のことだよね……」

「ただ恨み言を言ってるだけならいいんだが、どうも、それだけじゃすまないような気がするな。そのうちに何か仕掛けてくるんじゃないのか?」

「うん、ぼくもそう思う。何となく、声が前より近くなってるような気がするんだ……。今夜はぼくも一緒に起きて見張るよ」

「誰が狙われるかわからないんだ。明日の朝になったら、メールやポポロにも教えようぜ――」

 ところが、ゼンがポポロの名前を出したとたん、フルートが反応しました。とまどうように目をそらしてしまったのです。あわててすぐにまた視線を戻しましたが、ゼンがそれに気がつかないはずはありませんでした。

 ゼンは急にまた腹立たしいような気分になって、ぶっきらぼうに言いました。

「俺はこっちの方向を見張る。おまえはそっちだ」

「うん、わかった――」

 フルートの声は静かでした。静かすぎて、淋しいくらいに響きます。けれども、ゼンは振り返らず、ショートソードの代わりにエルフの弓矢を構えて森を見張り始めました。たき火をはさんで反対側では、フルートが同じように見張りを始めています。

 たき火のわきで眠り続ける少女たちや子犬を守りながら、少年たちは一晩中、一言も口をききませんでした。

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