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第4巻「闇の声の戦い」

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14.話し合い

 食事がすむと、子どもたちは部屋の敷物の上に思い思いに座りました。フルートとゼンは防具をはずして、久しぶりに普段着姿になっていました。それだけで、なんだかくつろいだ気分になります。エルフの部屋には一方の壁に暖炉があって、透きとおった青い炎が燃え続けていました。近づいても熱すぎない、不思議な炎です。

 ポポロを寝かしつけて戻ってきたエルフが、子どもたちひとりひとりに飲み物を配ってくれました。花の香りがする甘いミルクで、一口飲むと、なんだかほっとした気持ちになります。目の前の椅子にエルフが座って、深く穏やかなまなざしで子どもたちを眺めると、その安心感はますます強くなりました。

 フルートは口を開いて尋ねました。

「ぼくたちは、どこへ行けばルルを助けられますか?」

 賢者のエルフに余計なことばは必要ありません。一番知りたいことを尋ねれば、即座に答えが返ってくるのです。けれども、賢者はこう言いました。

「それは今はわからない」

 子どもたちが思わずがっかりすると、賢者は続けました。

「昨夜までは、ルルはジーナの町の東側にいて、山の中に隠れ住んでいた。そこから夜ごとに町へ飛んで行っていたのだ。だが、エスタの辺境軍が自分を退治に乗り出したのを知り、軍を壊滅させに行って、そこでおまえたちに出会った。ルルは山を離れて、闇の奥深い場所に隠れた。あまりにも闇が深すぎて、私にもその場所を見通すことができないのだ」

 子どもたちは思わず顔を見合わせました。ルルがエスタの辺境軍を壊滅させに行った、ということばが、改めて胸に重く迫ります。あそこでフルートたちが軍と合流していなかったら、オーダたちやルルはどうなっていたのだろう、と思わずにはいられませんでした。

 少しの間、誰も何も言いませんでしたが、やがてポチが尋ねました。

「ワン……ルルはどうして闇にとらわれたりしたんでしょうか? 謎の海の戦いの後、ずっと調子が悪そうだった、ってポポロは言っていたけど」

 すると、エルフは考え深い目をしました。

「ルルは以前、魔王に操られて地上を襲っていた。一度闇の手に落ちたことがある者は、その後も闇に操られやすくなるのだ。ルルがずっと不調だったのは、その時にできた闇の痕跡を天空王が送り込んだ光の力に焼かれたせいだろう。光は心の中の闇の痕を癒すことはできない。逆に、闇の傷をいっそう深くすることさえあるのだ……。ルルは、自分の心の中の闇にとらわれていた。そこを、大きな闇の力につけ込まれて、体まで奪い去られてしまったのだ」

 子どもたちはまたことばを失いました。心の中の闇の傷、というのが具体的にどんなものなのかは、想像もつきません。ただ、謎の海の戦いでナイトメアの悪夢に苦しめられたフルートだけは、なんとなくルルの苦しさを理解できるような気がしました。

「どこへ行けばいいでしょう? どうやったら、ルルを助けられますか?」

 ともう一度、フルートは尋ねました。ルルが泣いているの、というポポロのことばが思い出されます。闇に操られて風の魔物になってしまったルルが、どこかで助けを求め続けているように、フルートには思えてならないのでした。

 

 すると、エルフはいっそう深い目で、じっとフルートを見つめました。

「ルルを救い出すのは、かなり困難なことだ。おまえはルルに触れることができなくなっているからな」

 そして、意味がわからなくて不思議そうな顔になった子どもたちを見渡して、こんなことを言いました。

「おまえたちは、何故風の犬が人を乗せられるか、その理由がわかるか?」

 子どもたちはますますけげんな顔になりました。すると、自分自身が風の犬に変身できるポチが、ワン、と鳴きました。

「ぼく……前から、それが不思議でした。風の犬になったとき、ぼくにさわれる人とさわれない人がいるんです。フルートたちはみんな、ぼくにさわれるし、ぼくに乗ることもできます。乗せて空を飛んだことはないけど、フルートのお父さんやお母さんも、風の犬になったぼくにさわれます。だけど、敵とか知らない人とか他の獣とか、とにかく、それ以外の人や生き物だと、ぼくは素通りしちゃうんです。風そのものなんですよね。……どうしてなんでしょう?」

「それは、魔法の生き物とはいえ、風の犬が犬だからだ」

 とエルフは不思議なことを言いました。

「犬は仲間意識が非常に強い生き物だ。常に仲間と共に生きている。風の犬になっても、その本質は変わらない。だから、同じ仲間同士なら触れあうことができる。風の犬が同じ風の犬の攻撃だけは食らってしまうのも、このためだ。風の犬は、仲間とだけは実体として関わることができるのだ。すなわち、風の犬に乗れる人間というのは、つまり――」

「ワン! ぼくが同じ仲間だと認めた人ってことだ!」

 とポチが声を上げ、目を輝かせて周りにいる子どもたちを見回しました。

「ワンワン、その通りです! みんなはぼくの友だちだもの! だから、ぼくはみんなを乗せられるし、みんなもぼくにさわれるんだ! そうっか!」

「でも、ぼくはルルに乗れなくなってた――」

 とフルートがすぐに言って、真剣な顔で考え込みました。エルフが静かに言いました。

「フルートだけではない。他の者たちも皆、ルルに触れることはできなくなっている。ルルはもう、おまえたちを仲間とは思っていない。ポポロでさえ、今のルルに触れられるかどうかわからないのだ」

「ルル……」

 ポチとフルートが、思わずそれぞれにつぶやきました。

 

 壁の暖炉で透きとおった炎が燃え続けていました。そこから放たれる暖かい光が、子どもたちを優しく包みます。外は日暮れを迎えている頃合いでした。地下の家にいても、なんとなくあたりが冷えてきたのが感じられます。

 ゼンは膝に自分の弓を抱えて、話を聞きながら弦を小さく弾いていましたが、ふいにピーンと高く鳴らすとフルートを見ました。

「それでも、おまえはやっぱりルルを助けに行くんだろう? おまえの言い出しそうなことは、たいがいわかるぜ」

 と言って、にやりと笑います。フルートはすぐに、にこりと笑い返しました。

「あたりまえじゃないか。だからこそ、助けに行くんだよ」

 ワン! とポチも吠えました。

「ぼくは何があったって、絶対にルルを助け出します! ルルはぼくの仲間だもの! 同じもの言う犬で、風の犬なんだもの!」

「でも、ホントに、どこに行ったらいいのさ?」

 とメールがしごく現実的な疑問を口にします。闇の奥深くに隠れてしまったというルル。賢者のエルフにも、その行く先はつかめないのです。

 すると、エルフが言いました。

「私は賢者だが、光の一族であるために闇を見通すことは難しい。闇が動いたときに周りに広がる波紋で、その存在や意図を読むのだが、今のルルのように、じっと潜んで動かなくなれば、やはりその存在する場所を読むことはできなくなる。だが、人間ならば、己の中に光と闇の両方を抱えているから、私よりももっと深く闇を見通すことができるだろう。おまえたちの知る人間の中に、闇を見通すだけの力を持つ者はいないか?」

 いないか? と尋ねながらも、エルフの口調は、まるで誰かのことをフルートたちに思い出させようとしているようでした。フルートたちは顔を見合わせました。

「闇を見通せる人って、どんなヤツなのさ?」

 と首をひねるメールに、ポチが答えました。

「ワン。占者じゃないですか? あの人たちなら、光のことも闇のことも占えますから」

「だが、そこらの占者じゃとても無理だろう? エルフよりもっと占いの力が上でないとダメなんだからな。そんなヤツ、いたっけか――?」

 とたんに、フルートが、はっとした顔になって膝を打ちました。

「ユギルさんだ! ロムド城で一番の占い師の!」

「ユギル……?」

 ゼンとポチが考える目をして、やがて、ああ、とうなずきました。

「思い出したぞ。魔の森から金の石の勇者が現れる予言をしたっていう占者だな。確か、俺がフルートの仲間になるって予言もしたんだったよな」

「ワン。ロムド城で会いましたよね! 長い綺麗な銀髪をしていて、右目と左目の色が違ってました!」

「あの人なら、若いけど、占いの力は本物だもの。きっと、ルルのいる場所も占ってくれるんじゃないかな」

 とフルートは言って、エルフを見上げました。エルフがうなずきました。

「彼の遠い祖先にはエルフがいる。だから、占いの力は非常に強く、しかも、人間としての力も持ち合わせている。彼にルルの場所を見いだすことができなければ、他の誰にやらせても、その居場所をつかむことは難しいだろう」

「ってことは、次の行き場所は?」

 とメールが尋ねたので、二人と一匹の少年たちは声を合わせて答えました。

「ロムド城のある、ディーラだよ!」

 メールは思わず肩をすくめました。

「魔の森から白い石の丘、そこから今度はロムド城? 最後に行くのは地面の底の地獄かい?」

「そうだとしても、ぼくは行くさ」

 とフルートはきっぱりと答えました。そして、それはあながち冗談でもなかったのです。闇の奥深い場所というのは、もしかしたら、本当に地の底にあるという「地獄」なのかもしれない、とフルートは密かに考えていたのでした。

 

「これを飲んだら、もう休むがいい」

 子どもたちのカップにもう一杯ずつミルクを注ぎながら、エルフが言いました。

「明日の朝、おまえたちの旅の支度を整えてやろう。今夜はゆっくり眠るのだ」

 そのことばが魔法の呪文になっていたのか、飲み物の中に眠りを誘う薬草が入っていたのか、ミルクを飲み終えたときには、子どもたちはすっかり眠くなって、まぶたが今にもくっつきそうになっていました。エルフの案内で、ポポロが寝ている部屋に行き、それぞれの布団に横になったとたん、子どもたちはぐっすりと眠り込んでしまいました。エルフは、それぞれの上に毛布を掛けてやると、足音も立てずに寝室から出て行きました。

 暗い部屋の中に、子どもたちの寝息だけが静かに響いていました。

 

 すると、部屋の中に、どこからともなく低い声が聞こえてきました。地の底から這い上がってくるような、暗く不気味な声です。

「ニクイ、憎い……ヨクモ、よくも……」

 声が恨みを込めて繰り返します。

 子どもたちは深く眠り込んだまま、目を覚ましません。

 声がさらに強く繰り返しました。

「ユルサナイ……コロス……コロしてやる……!」

 とたんに、暗い部屋の四隅で、まばゆい白い光が輝きました。部屋を一瞬のうちに真昼のように照らし出し、ボッと何かを燃やすような音を立てます。地下の部屋の中に突然風が巻き起こり、周囲に巡らしたカーテンをはためかせながら、部屋の外へと吹き抜けていきます――。

 そして、部屋はまた静かになりました。部屋の四隅の白い光が、吸い込まれるように消えていきます。

 

 エルフが足早に寝室に戻ってきました。かざした手のひらの上に淡い魔法の光をともします。その光に照らし出されたのは、部屋の四隅で真っ黒になっている花でした。細首の花器に一本ずつ、四本の花が生けてあったのですが、それがすべて燃えつきたように真っ黒焦げになっていました。

「……守りの花が焼けたか」

 エルフは物思う深い目になってつぶやくと、しばらくの間、何かに耳を澄ますように、そこに立ちつくしていました。もう何も聞こえてきません。子どもたちは、強い光や物音や風にも目を覚ますことなく、ぐっすり眠り続けています。

 やがてエルフは部屋から出て行くと、すぐに白いユリに似た四本の花を抱えて戻ってきました。焼けた花の代わりに新しい花を生けると、花に向かって呪文を唱え、子どもたちの寝顔を見つめます。すると、フルートがふと寝返りを打ちました。その拍子に服の胸元から金のペンダントが転がり出ます。魔法の金の石は魔法の灯りの中で淡く光るだけで、迫る闇を知らせてはいませんでした。

 エルフはじっと、その石を見つめると、やがてまた、足音もなく部屋を出て行きました。白い守りの花は部屋の中で静かに咲き続け、その夜はもう、不気味な声は二度と聞こえてきませんでした――。

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