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第4巻「闇の声の戦い」

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第3章 辺境部隊

9.黒い戦士

 「オーダ、どうしてあんたがここにいるんだよ?」

 闇から現れた黒い鎧の大男にゼンが目を丸くすると、オーダはあきれたように肩をすくめました。

「それはこっちのセリフだと思うんだがな。なんでこんなところに金の石の勇者の一行がいるんだ? ロムド国王が気を利かせて、おまえたちを迎えによこしたのか?」

 それを聞いて、フルートはようやく体を起こしました。ライオンの吹雪が猫のようにじゃれついてくるので、小柄なフルートは今にもまた押し倒されそうでした。

「ということは、オーダたちは国王様の招きでここに来ているの? 何のために?」

「え? おまえら、知らんのか? じゃ、なんでこんなところにいるんだ?」

「ワン、ぼくたちは不思議なエスタ軍がロムド領内にいるから、どうしてだろうって……」

「不思議? あれはただのエスタの辺境部隊だぞ」

「だから、そのエスタ軍がどうしてこんなところにいるんだよ?」

 どうにもオーダと子どもたちの話はかみ合いません。

 

 すると、そこへ、ポポロとメールがようやく追いついて、おずおずと近づいてきました。松明を持つ男の姿を見たとたん、ポポロが声を上げます。

「オーダさん! それに吹雪も! どうしてここにいるの!?」

「おやおや。魔法使いのお嬢ちゃんも一緒か。まるで同窓会だな」

 とオーダは笑い出しました。大柄な体にふさわしい、大きな笑い声です。

「それに、もう一人、べっぴんさんの仲間も増えてるんじゃないか。どれ、それじゃとにかく順序よく話そう。このままじゃ、話がこんがらがっていて、わけがわからんからな。座れ座れ。なんだったら、宿舎から酒も持ってきてやるぞ」

「飲めるか。俺たちはまだ子どもだぞ」

 とゼンが顔をしかめます

。すると、オーダはにやにや笑いました。

「そうは見えんから言っているんだがな。まあいい。ちぃと口さみしいが、とにかく話を先にしよう」

 そう言って大男はどっかと座りこみ、手に持っていた松明を地面に突き刺しました。子どもたちも、なんとなくとまどいながらも、思い思いに地面に座りました。ゼン、メール、ポポロ、ポチ、フルートの順番で、松明を囲みます。ライオンの吹雪が相変わらずフルートにじゃれついているので、オーダがまた笑いました。

「吹雪が突然宿舎から走り出したから、何事かと思って後を追ってきたら、おまえらがいたんだ。命の恩人のことは忘れずにいたってわけだな」

 フルートは、風の犬の戦いの時に、死にかけた吹雪を金の石で助けたことがあったのです。大きなライオンが肩に前足をかけ、後ろからずっしりとのしかかってくるので、とうとうフルートは悲鳴を上げました。

「気持ちはわかったから、下りてよ吹雪! 重くてしかたないよ!」

 そこで、オーダはまた笑って自分の隣の地面をたたきました。

「戻ってこい、吹雪。お嬢ちゃん方もいるんだ。行儀よくしろよ」

 すると、白いライオンはすぐにフルートから離れて、主人の下に戻っていきました。相変わらず、オーダの命令には忠実です。

 

 荒野を吹き渡る風が時折松明の炎を揺らす中、大男と子どもたちは話し始めました。まず、オーダが子どもたちひとりひとりを指さしながら言います。

「金の石の勇者フルート、その片腕でドワーフのゼン、もの言う犬のポチ、それと魔法使いのお嬢ちゃんの名前は……そうそう、ポポロだったな。で? そっちの緑の髪のべっぴんさんは誰なんだ?」

「メール。西の大海を治めている渦王の王女だよ」

 とフルートが答えると、オーダは目を丸くして、やれやれ、とまた肩をすくめました。

「相変わらず、おまえらはとんでもない奴と友だちになるんだな。聞いたことがあるぞ。海にも陸のように王がいて、ものすごい魔力で海を治めているってな。おまえら、あれからまた大きな戦いをくぐり抜けただろう? 目を見りゃわかる。何があったんだ?」

 オーダは傭兵稼業が長い男です。戦いの場数を踏んでいるだけに、そういうことにはめざといのでした。けれども、謎の海の戦いのことをまともに話して聞かせようとすれば、一晩かかってもとても話しきれないほどです。それで、フルートはただ、こう言いました。

「魔王がまだ生きていて、海を征服しようとしていたんだよ。だから決着をつけたんだ」

 それがどれほど苦しい戦いだったか、フルートはまったく言いませんでしたが、百戦錬磨の大男には、聞かなくてもわかったようでした。そうか、と低くつぶやいてうなずくと、深い目で子どもたちを見渡します。

 すると、ゼンが言いました。

「こっちのことはまあいいから、早く教えろよ。あのエスタ軍はいったいなんなんだ? あんなまとまりのない軍隊は見たことないぞ」

 ドワーフの少年は、相手が年上だろうが王族だろうが、まったく口調を変えません。聞きようによっては生意気と取られてしまうのですが、オーダはまったく気にする様子がありませんでした。

「おお、それだそれだ」

 と陽気に笑いながら話し出します。

「さっきも言ったが、あれはエスタの辺境部隊だ。おまえらはお上品な正規軍しか見たことないんだろうがな、辺境に配属される部隊は、どこもあんな感じなんだぞ。特にエスタは国土が広いから、兵士の数も他の国とは比較にならないほど多い。とても正規兵だけでは間に合わないんで、傭兵を大勢雇っているんだ。辺境部隊には、そんな傭兵がたくさんいるのさ。傭兵なんてのは金で雇われた流れ戦士の集まりだ。大なり小なり、あんな雰囲気になるんだよ」

「ワン。どうりで異国の兵士が多かったはずですね」

 とポチが納得したように言うと、オーダはうなずきました。

「傭兵は国から国へ渡り歩くからな。エスタ国民じゃない奴だって大勢いるさ。かくいう俺も、エスタの人間じゃない」

「オーダはどこの出身なんだよ?」

 とゼンが聞き返すと、黒い大男は一瞬、うん? という表情をしてから、にやっと笑って見せました。

「さぁてな。もう忘れたよ」

 子どもたちは変な顔をしましたが、オーダはそのことについてもうそれ以上触れようとはしませんでした。ただ笑って、こう続けます。

「辺境部隊は気楽でいいぞ。実は風の犬の騒動の後な、俺は一度、エスタ国王の正規軍に配属されたんだ。小隊長まで仰せつかったんだが、やれ規則だ、しきたりだとあんまりうるさいんで、俺も吹雪も閉口してな。志願して、辺境部隊に配置替えしてもらったのよ」

 それはいかにもオーダらしいことに思えて、子どもたちはとても納得してしまいました。

 風は荒野を吹き渡っていきます。少しずつ夜が更けてきましたが、相変わらず辺境部隊の駐屯地からは、酒に酔ったどんちゃん騒ぎが聞こえてきます。すると、オーダが言いました。

「あんなふうでも、あいつらは戦いのプロだ。いざ戦闘が始まれば、正規軍より勇敢に戦うぞ。とはいえ、金で集まっている連中だから、敗色が濃くなれば、命大事とさっさと逃げ出すんだがな。実に現実的だ」

 それを聞いて、メールが黙って肩をすくめました。王に忠誠を尽くし、死も恐れずに戦い抜く海の戦士たちを思い出したのに違いありませんでした。

 

 すると、ずっと聞き役に回っていたフルートが、口を開いて尋ねました。

「オーダはさっき、ロムド国王がぼくらを迎えによこしたのかと思った、って言いましたよね? この辺境軍は、ロムド国王の招きで来てるんですか?」

「別に辺境部隊が招かれたわけじゃないがな。ここに俺が配属されていたもんだから、まっさきに出動命令が下ったんだ。おまえら、ロムド国民なのに、本当に何も知らないんだな?」

「俺は北の峰のドワーフだし、ポポロもメールもロムド国民じゃないぞ」

 とゼンが口をとがらせましたが、オーダはそれを無視して続けました。

「ジーナとか言ったかな。そこに怪物が現れたんだよ。町の中を飛び回って、建物や木を切り倒して、人を傷つけていくらしい」

「建物を切り倒す?」

 子どもたちはいっせいに目を丸くしました。壊す、とか倒す、というならまだわかるのですが、「切り倒す」というのは……。

 すると、オーダは大まじめな顔になりました。

「別にことばのあやでも何でもないぞ。文字通り、レンガや石で作られた建物が、鋭い刃物で切られたように切り倒されるんだ。人間も、まるでナイフか何かで切りつけられたように傷だらけになっているらしい。幸か不幸か、まだ死人は出ていないがな。怪物は夜ごとに町に現れるそうだ。で、一番肝心なのは、その怪物を目にした奴がいない、ってことなのさ。建物が倒れる音や、人の悲鳴で事件を知った奴が駆けつける。ところが、怪物はもう、どこにも影も形も見えないのさ。――さあ、小さい勇者ども。これから、何が想像できる?」

 メールをのぞく全員が、大きく目を見張って顔色を変えていました。姿を見せない怪物、夜ごとに町の中を飛び回り、突然襲いかかって人も物も切り刻んでいく……。

 ポチがかすれた声を出しました。

「まさか……風の犬……?」

 ポポロが口をおおって、鋭く叫びました。

「ルル!」

 フルートは突然跳ね起きると、黒い戦士に向かって叫びました。

「オーダ、ぼくらを隊長さんのところへ連れて行ってください! 今すぐに――!」

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