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第4巻「闇の声の戦い」

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8.軍隊

 夜の荒野の中に、かがり火がいくつもたかれ、黒い空に向かって赤い火の粉を巻き上げていました。何十というテントが立ち並び、かがり火を囲む兵士たちの声が、風に乗って聞こえてきます。

 低い丘と茂みの後ろに隠れながら、子どもたちはそんな軍隊の様子を観察していました。眠っていたメールとポポロも、今は起きて、少年たちと一緒にいます。

「本当にエスタ軍ね……テントの上にユリの紋章の旗が見えるわ」

 魔法使いの目で遠い軍隊の様子を見通しながら、ポポロが言いました。ゼンがうなるように言いました。

「なんでエスタ軍がこんなとこにいるんだよ? ここはロムドだぞ。しかも、エスタの国境から相当離れた場所だ。いくら和平を結んでいたって、こんな内地に来てるってのは、おかしいんじゃないか?」

「うーん……」

 フルートは考え込んでしまいました。

 エスタは、風の犬の戦いの時に彼らが訪れた隣国です。もとはこのロムドの宿敵で、機会さえあればロムドに攻め込んで領土を自国のものにしようと狙っていたのですが、風の犬の戦いの後、天空王の前でエスタ国王はロムドの良き隣国になることを誓い、その後、両国の間では正式に和平も結ばれました。その場には、フルートやゼンたちも立ち会ったのです。周囲には、まだまだロムドやエスタの領地を狙う国々がありますが、少なくともエスタに関しては、同盟国として信頼できる関係になっていたはずです。はずなのですが……。

 

 すると、軍隊と兵士たちの様子を遠目に見ながら、メールが口を開きました。

「どうでもいいけどさ、まったくだらしない軍隊だよね。規律ってのがなってないよ。父上の軍隊とはえらい違いだ」

 それはメールの言うとおりでした。かがり火を囲んで夜を過ごす兵隊たちは、酒に酔って大騒ぎしています。がなるように歌ったり、どなったりわめいたりする声が子どもたちのところまで聞こえてきます。何十と立ち並ぶテントも、大きさや形がばらばらなだけでなく、立てられている場所がめちゃくちゃで、雑然とした雰囲気があります。

「正規軍じゃないのかもしれない」

 とフルートは言いました。頭の中には、エスタの国で出会った近衛隊のシオン大隊長の顔が浮かんでいました。非常に規律正しい人物でしたし、自分の隊もきっちりと指揮していました。エスタ軍がだらしないのではなく、今、子どもたちの目の前で駐屯している部隊が、とりわけしまりのない集団なのかもしれません。

「で、どうする?」

 とゼンに聞かれて、フルートはまた考え込みました。

 エスタ国王とフルートたちは知り合いですし、フルートたちはエスタを風の犬の恐怖から救った恩人です。彼らが行って助けを求めれば、エスタ軍としては、それを断る理由はありません。そして、フルートたちは今、自分たちがいる場所もよくわからなくて、荒野の中で困り果てているのです。援助を求めに行きたいのは山々だったのですが……どうも、軍隊の様子を見ていると、そんな気持ちが起きてこないのでした。

「彼らはなんのためにここにいるんだろう?」

 とフルートはつぶやくように言いました。それを確かめることの方が先決のような気がしました。まさか、こっそりと和平を破って、ロムドに侵攻してきたわけではないと思うのですが……。

 それは、今子どもたちがいる場所から眺めているだけでは、わかりませんでした。子どもたちは、もっと詳しい様子を探るために、用心しながら、夜の荒野を軍隊のほうに近づいていきました。

 

 軍隊に近づいていくと、騒ぎはいっそう大きくはっきり聞こえるようになってきました。野営地には、いたるところに酔っぱらいがあふれているようです。喧嘩をしている声や、ものを壊すような音も、時々響いてきます。ゼンとメールが、同じように顔をしかめていました。

「ったく。こんなヤツらを軍隊に抱えているようじゃ、エスタも先がしれるよな」

「これが父上の軍隊だったら、あっという間に父上に雷を落とされるよ」

 メールが言う「雷」は、文字通り、本物の稲妻と大嵐のことでした。

「戦闘中ってわけじゃなさそうだけどね」

 とフルートが、あくまでも冷静に観察しながら言いました。いくら規律のなっていない軍隊でも、戦闘の最中であれば、こんなに酔っていられるわけはありません。見張りの兵もろくに立っていないようでした。

 子どもたちは、軍隊から百メートルほどのところまで来ていました。そこから先、彼らが身を隠せるような茂みや藪はありません。子どもたちは最後の茂みの後ろから伸び上がって、軍隊の様子を眺めました。かがり火の揺れる光の中、大騒ぎする兵士たちが見えています。その鎧や兜の形にポチが目を丸くしました。

「あれれ……エスタの兵士だけじゃないですよ。いろんな国の兵隊さんが入り混じってる。鎧兜のデザインがばらばらだ」

 鎧や兜は、それぞれの国で少しずつ、あるいは大きく違っていて、特徴があります。見慣れた人であれば、鎧兜の形を見ただけでどこの国の兵士か知ることができるのでした。

「うーん……?」

 子どもたちはまた、頭を抱えて考え込んでしまいました。目の前に駐屯する、エスタの旗印を掲げた混合軍。近づいてみても、その目的はさっぱりわかりません。

 

 ワン、とポチが鳴きました。

「ぼくが風の犬になって忍び込んでみます。夜だし、あの人たち、かなり酔ってるみたいだから、きっと大丈夫ですよ」

 けれども、フルートは首を横に振りました。いくらこっそりと言っても、風の犬は全長が十メートル近くもある巨大な姿をしています。絶対に気づかれないはずがありませんでした。

「ぼくが行くよ……ぼくなら背が低いから、見つかりにくいもの」

 とフルートが言ったとたん、ゼンが突然その頭を殴りました。

「そう言うと思ったぞ、この馬鹿。リーダーが仲間を置いて偵察に行ってどうするんだよ。しかも、そんな目立つ金ぴかの鎧で侵入するつもりか? 行くのはこの俺だよ」

「ワン。それならぼくが犬の姿で侵入しますよ。ぼくこそ、うんと小さいんだもの。それに、見つかったって、犬なら全然怪しまれませんよ」

「やめとけ、捕まって食われちまうぞ。聞いたことないのか? 遠征中の軍隊では、犬だって食料にされるんだぞ」

 とゼンは仲間たちを黙らせると、暗がりの中で弓矢を背負いなおしました。落ちついた目で、駐屯地とそれを取り囲む夜の闇を眺め、潜入するルートを見定めます。

「大丈夫、ゼン……?」

 ポポロが心配そうに尋ねてきたので、ゼンは笑い返しました。

「任せろ、俺は猟師だ。忍び寄るのはお手のものだぜ」

 けれども、それでもポポロが不安そうに見つめ続けるので、ゼンはその額を指で小突きました。

「なんて顔してやがる。大丈夫だって言ってるだろうが。俺の腕前を信じないのかよ?」

「そ、そんなことはないんだけど……」

 ポポロが顔を赤くして、あわてたように首を振ります。そんな少女に、ゼンはまたほほえみ返しました。

「大丈夫だったら。いいから、ここでおとなしく待ってろよ」

 ゼンにしては最大限優しい口調でした。うん……と素直にポポロがうなずきます。

 そんな二人の様子に、メールは思わず目をそらしました。なんとなく、また胸がもやもやしてきてしまいます。悲しいような、悔しいような、腹立たしいような、自分でもなんだかよくわからない感情が胸の中に渦巻きます。

 そして、もう一人。金の鎧の少年も、夜の闇の中で、ゼンとポポロの姿からそっと目をそむけてしまっていたのでした――。

 

 ゼンが茂みの陰から軍隊に向かって動き出しました。滑るような動きで、夜の暗がりを伝って、少しずつ駐屯地に近づいていきます。後に残った子どもたちは、息を詰めるような想いでそれを見守っていました。

 ところが、十メートルほど進んだところで、ぴたりとゼンが足を止めました。闇の中をじっと見透かし、ふいにきびすを返すと、茂みの仲間たちのところへ戻ってきます。

「気づかれた。こっちへ向かってくるヤツがいるぞ」

 と厳しい声で言います。ゼンが示す彼方に一つの灯りが揺れていました。誰かが松明を掲げて近づいてくるのです。迷うこともなく、まっすぐこちらへ向かってきます。

 フルートは仲間たちに言いました。

「下がろう。見つかりたくない」

 エスタの紋章を掲げていても、目の前の軍隊はなんだか信用できません。フルートとしては、一番安全な方法をとりたかったのです。

 子どもたちはすぐさま後戻りを始めました。最初に軍隊を眺めた低い丘まで引き返そうとします。夜目の利くポチが先頭に立って走る後を、女の子たちとゼンが小走りでついていき、しんがりをフルートが行きます。

 

 すると、闇の中から突然白いものが飛びだしてきました。どう猛なうなり声を上げてフルートに飛びかかり、のしかかって地面に押し倒してしまいます。フルートは思わず悲鳴を上げました。

 仲間の子どもたちは、はっと振り返りました。フルートが大きな白い獣に襲われています。少女たちが立ちすくむ中、ゼンとポチが即座に駆け戻っていきました。

「フルート!」

「ワンワン! フルート!」

 獣のうなり声が闇に響き続けています。フルートが、ことばにならない声を上げながら、必死でそれを押し返そうとしています。と、フルートの声がふいに止まりました。

「フルート!!」

 ゼンは真っ青になると、ショートソードを抜いて、駆け寄りざま白い獣に切りかかろうとしました。

「ワンワンワンワン……!」

 ポチも激しく吠えながら獣に飛びかかろうとします。

 とたんに、フルートの声が響きました。

「待って! 違う!」

 ゼンとポチは驚いて止まりました。違う? 違うって、何が――?

 すると、フルートは白い獣に組みしかれたまま、ふいに両手を伸ばして獣の頭をつかみました。

「吹雪! やっぱり吹雪だ――!」

 と歓声を上げます。

 それは、大きな白いライオンでした。雪の色のたてがみを振りながら、倒れているフルートに頭をすりつけ、猫のように咽を鳴らしています。襲いかかってきたのではなく、フルートにじゃれついていたのです。

 ゼンとポチは、ぽかんと立ちつくしてしまいました。この白いライオンは知っています。風の犬の戦いの時、エスタの首都、カルティーナで出会った人物の相棒です。

 すると、すぐそばから太い男の声が上がりました。

「おーやおや。誰かと思ったら、おまえらじゃないか!」

 がっしりした体格の大男が、松明を片手に闇の中から現れます。その鎧は、夜の闇を溶かしたような黒い色をしています。

 少年たちは、思わず声をそろえて叫びました。

「オーダ!!?」

 エスタ国王の前で争った三人の勇者の一人、黒い鎧のオーダが、そこに立っていました――。

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