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第4巻「闇の声の戦い」

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7.不協和音

 次の日一日中、子どもたちは南東の方角へ歩き続けました。

 広い草原はやがて荒野に変わり、なだらかな斜面を描いて低い山になり、それも越えると森になりました。見通しの良い明るい森だったので、子どもたちは森を突っ切って、さらに進み続けました。

 メールは自分でも言っていたとおり、なかなかの健脚でした。荒れ野でも山でも森でも、平気な顔でいくらでも歩き続けるので、普段猟で歩き慣れているゼンでさえ感心するほどでした。

 一方のポポロも、以前フルートたちと旅をしたことがあるので、だいぶ歩き慣れていたのですが、心に心配事を抱えているので歩みは遅れがちでした。気がつくと、ポポロひとりがずっと後ろになっているので、あわててフルートやポチが引き返しては、励まして進ませました。

 そんなポポロの様子を見て、メールがゼンに言いました。「ホント、あの子ってば普通の女の子なんだねぇ。とっても勇者の仲間には見えないよ」

「まあな。魔法を使っていないときには、あいつもただの女の子さ」

 とゼンは苦笑いしました。泣きそうな顔で懸命に歩き続けているポポロは、十二歳という年齢よりももっと幼く見えます。

「魔法ねぇ……」

 メールは考える顔になりました。謎の海の戦いで、ポポロは一瞬のうちに魔王のドラゴンを凍らせて、倒してしまいました。メールにかけられた魔王の呪いを解いてくれたのもポポロですし、それ以外にも戦いの場面ではいろいろ頼りになりました。けれども、そんな姿と、足取り重くやっとついてきている今のポポロが、どうしても一致しないのです。

 しばらく考え込んでから、メールがまた言いました。

「ねえさぁ、ゼンもフルートも、ポポロのどこがそんなに好きなわけ?」

 あまりにも単刀直入な質問に、ゼンは何もない地面で思わずつまずきそうになり、苦い顔でメールを見ました。

「おまえなぁ……何を言い出すかと思えば」

 メールはゼンとフルート、両方のポポロへの気持ちを知っているのです。

「だってさ、不思議なんだもの。どう見たってポポロってあんたたちのお荷物になってるよ。ポポロがいざって言うときに魔法で助けてくれるから、大事にしてあげてるのかい? それとも、頼りないところが女の子らしくてかわいいから、そこがいいわけ?」

 と、相当きついことを、悪気もない調子で尋ねてきます。ゼンはますます苦い顔になると、後ろに離れているポポロたちに聞こえていないことを確かめてから、低い声で答えました。

「それがわからないようだったら、おまえはまだ俺たちの仲間じゃないぜ」

 それだけを言うと、後はもう何も言わずに先へ行ってしまいます。後に残されたメールは、憤慨したように口をとがらせました。

「なにさ、そんなに怒んなくたっていいじゃないか! あたいはただ本当に――」

 言いかけて、ふと、メールも口をつぐみました。自分の胸の奥に、なんだか割り切れないような、もやもやした想いがあることに気がついたのです。

 それは、少年たちからちやほやと優しくされているポポロをうらやましいと思う気持ちでした。自分にはとても真似できないかわいらしさを持った黒衣の少女を、どこかでねたましく感じてしまっていたのです。

「ちぇ」

 メールはまるで少年のように舌打ちしました。ゼンはどんどん先に行ってしまいます。フルートとポチは、ポポロを励ましていて、まだ追いついてきません。メールは、急に広い大地にひとりぼっちでいるような気持ちになって、思わず立ち止まりました。

「……だって、しょうがないじゃん。あたいは渦王の鬼姫だもん」

 聞く人もないのにメールはそうつぶやくと、長い緑の髪をうるさそうにかき上げて、天をふり仰ぎました。何故だか、大きな溜息が出ました――。

 

 その夜、彼らはまた野宿しました。まばらに木が生えた荒れ地でしたが、かろうじて火をたくだけの薪を集めると、簡単な食事をとって、たき火のそばの地面に横になりました。歩き疲れて、ゆっくり食事を作って食べる元気もなくなっていたのです。

 特に疲れ切っていたポポロは、横になったとたん、あっという間に眠ってしまいました。フルートとゼンとメールで見張りの順番を話し合い、まずはフルートが見張りに当たります。他の二人は横になり、やっぱりすぐに眠ってしまいました。子犬のポチだけはまだ元気で、最後にもう一度あたりを見回ってきます、と言って、風の犬に変身して夜の中に飛んでいきました。

 たき火のそばに座って、フルートは周囲に耳を澄ましました。何の物音も聞こえてきません。荒野は静まりかえっています。

 フルートは、たき火の炎を見つめると、思わず溜息をつきました。自分でも意外なくらい疲れてしまっていました。それも、体のほうではなく、心がくたびれていたのです。

 ポポロは、ルルを心配して、自分のほうがどうにかなってしまいそうなほど不安がっています。それだけでも気がかりだというのに、海の戦いではあれほど元気で気が合っていたゼンとメールが、今日はなんだかぎくしゃくしていて、ろくに話もしないのです。特にメールは仲間たちの誰ともほとんど口をきこうとしません。何があったのかはわかりませんでしたが、仲間内になんとなく不協和音が響いているようで、フルートとしては気が重くなってしまうのでした。

 仲間たちは炎が投げる赤い光の中で眠り続けています。それをしばらく眺めてから、フルートは夜空を見上げました。今夜も空は雲一つなく晴れ渡り、満天の星が地上に降りそそぎそうなほど輝いています。エルフがいる白い石の丘まで、あとどのくらいあるんだろう……とフルートは星を見ながら考えました。

 すると。

 フルートの耳に、何かが聞こえた気がしました。

 一瞬の風のうなりのように、遠くかすかに音が響きます。

「ヨクモ……」

 その音は、そう言っているように聞こえました。憎しみに充ちた声です。

 フルートは、ばっと反射的に立ち上がり、背中の剣に手をやりました。鋭くあたりを見回します。けれども、周りには怪しいものの姿や気配はなく、声もそれっきり、もう聞こえてはきませんでした。

 それでもフルートは剣を抜くと、用心深く周りを見ながら、鎧の中から金の石を取りだしてみました。石は輝いてはいません。石を周りに向けてみましたが、聖なる光であたりを照らし出して、潜んでいる闇のものを浮かび上がらせることもしませんでした。

 その気配に、寝ていたゼンが目を覚まし、抜き身の剣を握るフルートを見て即座に起き上がりました。

「どうした?」

 フルートは低い声で答えました。

「声が聞こえたんだ……」

 空耳かもしれない、とはフルートは考えませんでした。正体のしれない闇が、彼らを見つめ続けているのです。気のせいかもしれない、などと呑気なことは言っていられませんでした。

 ゼンも自分の弓矢を持って、暗い夜の中を見回しました。やはり、どこからも何の気配もしません。

 その時、遠くから白いものがこちらに向かって近づいてくるのが見えました。フルートとゼンは一瞬緊張しましたが、それが風の犬のポチなのに気がついて、ほっと肩の力を抜きました。ポチは荒野の向こうからまっすぐ飛び戻ってくると、彼らの足下に舞い下りて、子犬の姿に戻りました。

「ワンワン! 軍隊です! 軍隊があっちの方向に駐留していますよ!」

 開口一番、子犬がそう言ったので、少年たちは目を丸くしました。

「軍隊? こんなところに?」

 とフルートが驚けば、ゼンも首をひねります。

「戦争が起こってるわけじゃないんだろう? 軍事演習にでも来てるのかよ?」

 すると、ポチは言い続けました。

「ロムドの軍隊じゃないんですよ! 旗印を見ました。隣のエスタ国の軍勢なんですよ!」

「エスタの!?」

 少年たちはまた、いっせいに驚いてしまいました――。

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