「ワン! フルート、ポポロ!」
空を落ちていく二人を見て、ポチが吠えました。風の犬に変身してゼンの荷袋の中から飛び出すと、うなりを上げて駆けつけ、二人を背中に拾い上げます。
すると、今度はゼンとメールの悲鳴が上がりました。フルートたちと同じように、ペガサスに背中から振り落とされたのです。夜の中を地上に向かって落ちていきます。
とたんに、メールが手を伸ばして叫びました。
「おいで、花たち!」
たちまち、ザザーッと雨が降るような音を立てて、地上から白い雲のようなものがわきあがってきました。何千という花が、小さな鳥の群れのように舞い上がってきて、たちまちメールとゼンをふわりと受け止めます。メールは花を思い通りに操ることができる花使いなのです。
「あ、ありがとよ、メール」
ゼンが冷や汗をかきながら礼を言いました。どんなに運がよくても、あの高さからまともに落ちたら助かるはずはありません。すると、花のクッションをゆっくり降下させながらメールが答えました。
「地上に花があってよかったよ。暗くて全然見えなかったんだもん」
「当てずっぽうだったのか?」
ゼンはそう言って、また冷や汗をかきました。
花に包まれて地上へ下りたメールとゼンのもとへ、フルートとポポロを乗せたポチが舞い下りてきました。思いがけないできごとに、ポポロは青ざめて震えています。
すると、ばさり、と頭上で羽音がしました。二頭のペガサスが子どもたちに近いところまで舞い下りていました。
ゼンがどなりました。
「いきなり何しやがんだ! 殺す気だったのかよ!?」
とたんに、白い天の馬が答えました。
「我々を殺すところだったのは、おまえたちのほうだ! 闇を引き連れているとは何事だ! 恩知らずにもほどがある!」
すさまじい怒りを込めた声で子どもたちをののしると、翼を打ち合わせて、あっという間に夜空の彼方へ飛び去ってしまいます。子どもたちは、ぽかんとそれを見送り、それから互いに顔を見合わせました。
「闇を引き連れている? 何のことだ?」
とゼンが眉をひそめました。フルートは首を振ります。
「わからないよ。でも……何かがぼくたちに迫っているのかもしれない」
フルートは鎧の胸当ての中からペンダントの金の石を引き出してみました。近くに闇がいれば、石はきらりきらりと輝きを放つのです。けれども、金の石は夜の中で淡くかすかに光っているだけで、何の反応も示していませんでした。
「ところで、ここ、どこなんだい?」
とメールが言いました。気の強い海の王女も、さすがに、突然置き去りにされて不安そうな顔をしています。夜目の利くポチとゼンがあたりを見回しました。
「ワン、草原の真ん中ですね。少し遠くに森も見えます」
「危険なものは近くには見あたらないみたいだが、暗い中を進むのはやめといたほうがいいだろうな。ここで夜明けを待とうぜ」
たき火をしようにも、暗いので薪を集めることができません。子どもたちはひとかたまりになって朝を待つことにしました。女の子たちを草の上に座らせ、フルートがはおっていたマントをかけてやります。ポチが女の子たちの膝に乗って、安心させるように二人の顔を交互になめました。
見張りに立ちながらフルートはゼンに話しかけました。
「ペガサスたちが言うことが本当なら、闇の敵はぼくたちが動き出したのに気がついた、ってことだよね」
「ああ。俺たちのしてることを見張っているんだろうな。要するに、俺たちにエルフのところに行かれちゃまずいんだろうよ」
ということは、これから先も、また闇の敵の妨害が起きるのに違いない、ということだったのですが、足下で不安そうにしている少女たちを考えて、少年たちはそれを口にしませんでした。ただ、フルートはこう言いました。
「これで一つだけはっきりしたよね。ルルはやっぱり闇のものにつかまっているんだ」
暗闇の中でポポロが息を呑んだ気配がしました。少年たちは、それっきり口を閉じ、夜の中に鋭く目を配り始めました。
やがて、空が白んでくると、あたりの景色が見えてきました。そこはポチが言うとおり、広い草原の真ん中でした。丈の低い草が一面に大地をおおい、ところどころに藪(やぶ)や茂みが広がり、木がまばらに生えています。遠くには黒っぽい森が、うずくまるように見えています。
夜明けが迫るにつれ、あたりはいちだんと冷え込んでいました。子どもたちは寒くてたまらなくなったので、立ち上がって、森に向かって歩き出しました。
途中、茂みに咲く小さな白い花をメールが珍しそうに眺めていたので、フルートが言いました。
「ライラックだよ。見たことなかった?」
「初めてさ。あたいの島にはなかったからね。昨夜はこの花たちに助けられたんだよ。ありがとうね、ライラック」
そう言って、メールはよい香りのする花の枝に顔を寄せ、感謝を込めて、そっとキスをしました。そんな花使いの少女の姿を、ゼンが目を丸くして眺めていました。普段の気の強さからは想像がつかないほど、かわいらしく素直に見えたからです。
森にたどり着くと、子どもたちは枝を拾い集めて火をおこしました。ゼンが荷袋から携帯用の小さな調理道具と食料を取りだして、てきぱきと朝食の支度を始めます。ポポロがそれを手伝って、せっせと粉を練り、木の枝に巻き付けて火にかざします。パンを焼こうというのです。フルートはポチの道案内で、森の中に小川を見つけて、水筒をまた水でいっぱいにしました。旅慣れている子どもたちです。このあたりのことは、お手のものでした。
そんな様子をメールは感心しながら眺めていましたが、ふと、どこかへ姿を消すと、じきにまた戻ってきました。その手にあふれるほどのイチゴを抱えてきたので、フルートは驚きました。
「どこで見つけてきたの? このあたりでは、イチゴがなるのはまだ当分先なのに!」
「花が咲いてたからさ、実をわけてほしい、って頼んだのさ。このあたりの植物はみんな親切だよね。すぐに花を実にしてくれたよ」
要するに、花使いの魔法の応用です。
「へぇ、やるな、おまえ。デザートつきの朝食なんて最高だぞ」
とゼンが笑顔になったので、メールも、へへん、と得意そうに笑い返しました。
食事がすむと、子どもたちはフルートが持っていたロムドの地図を広げて、現在地点を確認しました。
「ペガサスはまっすぐ白い石の丘を目ざして南東に飛んでいた。はっきりとは言えないけれど、たぶん、このあたりにいるんだと思うんだ」
とフルートが地図の上を指さします。けれども、それはかなり広い範囲を示していました。ペガサスがどれくらいの速度で飛んでいたかわからないので、道のりをどこまで進んだのか、予想がつかないのです。ゼンが肩をすくめました。
「つまり、このまままっすぐ南東を目ざせばいいってことだろ? そうすりゃ、いつかは白い石の丘にたどりつくんだからな」
「単純だね」
とメールがあきれましたが、それ以外方法がないのも事実でした。子どもたちはたき火を消すと立ち上がりました。
「行こう。とにかく、行くしかないんだ」
というフルートのことばに、子どもたちは森を出て、南東を目ざして、ただひたすら歩き始めました。