二頭のペガサスは子どもたちを背中に乗せたまま空を駆けていきました。
足下のはるか下の方を、地上の景色が流れていきます。大地は若草におおわれ、森の木々は若葉を吹き出して、いたるところが薄緑色にけむって見えます。その中を赤茶色の道が長々と東西に延びていました。西の街道です。フルートが住むシルの町も、ロムド国王が住む王都ディーラも、大小さまざまな町や村が、この西の街道沿いに並んでいます。
ペガサスが街道の上を横切っていくと、風に乗ってにぎやかな音楽が聞こえてきました。今日は、どこの町や村でも花祭りが開かれているのです。にぎわう町の中には、ふと頭上を見上げて、そこに二つの白い翼を見つけた人もいたかもしれません。けれども、それは空のとても高い場所を飛んでいたので、誰もがただ大きな鳥が並んで飛んでいるのだと思ったに違いありませんでした。
空の上では、ペガサスの翼の先がふれあうくらい近づいて、子どもたちが話をしていました。ポポロから、ルルがいなくなったいきさつを聞いていたのです。
「ルルは、謎の海の戦いから帰ってきてから、ずっと調子が悪そうだったの……」
と、フルートの前に座ったポポロは、しょんぼりと話していました。
「決戦の時、天空王様があたしたちを通じて力を送り込まれたでしょう? あたしもあの後、少しの間、体がだるいような重苦しいような変な感じがしていたんだけれど、ルルはもっとそれが続いていたみたいだったの。ずっと元気がなくて……。あまり食欲もなかったし、話しかけても、返事をするのがつらそうだったわ。だから、フルートやゼンのところに行くのは遠慮してたの。ルルにはとてもあたしを運べそうになかったから」
「あ」
どきりとしたようにフルートが小さな声を上げ、たちまち合点のいった顔になりました。いくら呼んでもポポロが自分たちを訪ねてこなかったわけがわかったからです。そんなフルートを、ゼンが、まったくこいつは、と言いたそうな顔で眺め、ポポロは申し訳なさそうな声になりました。
「ごめんなさい、フルート。何度も呼んでくれてたのはわかっていたんだけど。返事をするだけで、ルルが気にして、地上まで下りていきそうだったものだから、なんにも言えなかったのよ……。あんまりルルが元気がないから、お父さんもお母さんも心配して、天空王様に相談に行こうって話していたわ。ルルを天空王様のところに連れて行って、見ていただこうって。でも、その次の朝、目を覚ましたら、ルルが家からいなくなっていたの。お父さんもお母さんもあたしも全然知らないうちに。ラホンドックさえ気がつかなかったのよ……」
ラホンドック、というのは、天空の国のポポロの家に生えている動く木のことです。ポポロの家に出入りする者を見張っています。
「ルルはただ天空王のところへ行きたくなかっただけなんじゃないのか? 単純な家出じゃないのかよ?」
と並んで飛ぶペガサスの上からゼンが言いました。それも考えられないことではありませんでしたが、すぐにフルートが答えました。
「それだったら天空王に簡単に見つけられるはずじゃないか。海王や渦王だって探してくれたのに。どこにも見あたらないってのがおかしいんだよ」
「ワン。ルルがいなくなったのに誰も気がつかなかったってのも変ですよね。何があったんだろう……」
ポチはゼンの腰の荷袋から頭を前足を出していました。ルルは同じもの言う犬、風の犬の仲間です。とても心配そうな顔をしています。
突然行方不明になったルル。闇の力が迫っていることを感じて再び輝き始めた金の石。何かが起こり始めているのに、手がかりがまるでないので、子どもたちはなんともじれったい気持ちになりました。
すると、ゼンの腰につかまってペガサスに乗っていたメールが口を開きました。
「ねえさぁ、あたいは仲間に入って間もないからよくわかんないんだけどさ、ルルってポポロとどういう関係の犬だったわけ? あたいの城でも犬は飼ってるけど、ポポロの話を聞いてると、なんかそれとも違う感じがするよね」
「ルルは、あたしのお姉さんなのよ」
とポポロは答え、目を丸くしたメールを見て、あわてて言いたしました。
「もちろん、本当のお姉さんってわけじゃないわ。でも、あたしたち、生まれて間もなくからずっと一緒に暮らしてきたの。ルルはあたしより二つ年上なんだけど、すごくしっかりしてて、お父さんたちからも頼りにされてるわ。あたしのこともずっと面倒を見てくれて、あたしが困っていると、すぐに助けに飛んできてくれて……。だから、本当に、あたしにとってはお姉さんと同じなの。とってもとっても、大切な人なの」
「それはぼくにもわかるよ」
とポポロの後ろからフルートが言いました。
「ぼくにとっては、ポチがそうだもの。犬だとか人間だとか、そういうのは関係ないんだよね。一緒に暮らしてる大事な弟。本当にそういう感じなんだ」
それを聞いて、ポチはたちまち耳をぴんと立て、嬉しそうに目を輝かせました。荷袋の中でさかんに尻尾を振っているようで、袋の中からバタバタとこもった音がしました。
「こいつらはもの言う犬だからなぁ。どうしたって、対等な関係になっちまうよな」
とゼンが笑いながらポチの頭をぐりぐりとなでました。その手つきは、ペットをなでると言うより、友人の頭を親愛の情を込めて小突く様子に似ていました。
ふーん、とメールはつぶやきました。
「それくらい仲が良かったんならさ、いなくなる直前に、なんか手がかりになりそうなこととか、言い残してなかったのかい? どこかに行きたくなったとか、何かが見たくなったとかさ」
メールは、どちらかというと、ルルの失踪を家出だと考えているようでした。ポポロは首を振りました。
「ルルは、いつも自分のことは何も言わないのよ……。あたしのことは、いろいろ心配して言ってくれるんだけど、自分が考えてることとか感じてることとか、そういうのはほとんど話してくれないの。今回だって、すごく調子悪そうだったのに、『大丈夫よ』って言うばかりだったし……」
ポポロは、ますますしょんぼりとうなだれました。そばにいながらルルが何を考えていたのかわからなかった自分を、責めているようにも見えました。メールは肩をすくめました。
「まあ、あたいは一人っ子だからよくわかんないけどさ、人の話を聞くと、お姉さんにはそういうタイプが多いみたいだよ。心配かけたくないって思うらしいね」
すると、突然ゼンが振り返ってまじまじと見つめてきたので、メールは思わずたじろぎました。
「な、なにさ……?」
すると、ゼンが大まじめで言いました。
「おまえ、けっこうまともなこと言うんだな。悪態と跳ねっ返りなセリフしか言わないのかと思ってたぞ」
メールはたちまち、かっと顔を赤くしました。
「ちょっと! それ、どういう意味さ? まるで、あたいがいつもは全然まともじゃないみたいに聞こえるじゃないか!」
「あん? いつもまともなつもりでいたのか?」
「なんだってぇ――!?」
ゼンとメールが盛大に口げんかを始めたので、ふたりを背中に乗せたペガサスが迷惑そうな表情になりました。ポチも、あまりの騒々しさに、思わず荷袋の中に引っ込んでしまいます。
そんな隣の騒ぎをよそに、フルートはポポロに話しかけていました。
「大丈夫だよ。白い石の丘のエルフのところへ行けば、必ずルルの手がかりはつかめるから……。ぼくたちもいるんだから、そんなに心配しないで……」
ポポロは大きな目を涙でいっぱいにして、今にも泣き出しそうになっていました。さっきポポロを泣きやませた押しの強さはどこへやら、フルートは半ばおろおろしながら、懸命になぐさめていました。ゼンとメールのように騒々しくはありませんが、こちらはこちらで、なかなか大変そうでした――。
やがて、日が暮れて夜になりました。
ペガサスとフルートたちは、途中の草原で食事のためにひと休みしただけで、まだ空を駆け続けていました。もう半日以上走り続けているのに、天の馬の足取りは少しも衰えません。物見の丘と呼ばれる白い石の丘目ざして、南東の方角へ走っていきます。
その背中の上で、子どもたちはうとうとしていました。ペガサスには鞍も置いてなければ、手綱もついていませんが、空を巧みに駆けていて、子どもたちを背中から落とすようなことは決してありませんでした。
彼らの頭上には星空が広がっていました。月は出ていません。満天の星は大きく明るく輝いていて、空から地上に降りそそごうとしているようでした。次第に冷たくなってくる夜の大気を、ペガサスの白い翼が切り裂いていきます――。
すると、どこからともなく、かすかな声が響いてきました。つぶやくようなその声は、こう繰り返していました。
「ニクイ、ニクイ、憎イ……ヨクモ、ヨクモ、よくも……」
そのとたん、フルートとポポロを乗せたペガサスが、鋭く一声いななきました。空の上で全身を激しく震わせます。金のたてがみと尾が、星明かりの中で炎のように広がります。
子どもたちは、ぎょっとして目を覚ましました。とっさにあたりを見回しましたが、危険が迫っている様子はありません。
すると、ペガサスが突然フルートとポポロを空中に放り出しました。二人をその背中からふるい落とすと、そのまま、天の高みへ駆け上って行ったのです。フルートとポポロは悲鳴を上げながら、空をまっさかさまに落ち始めました。
「フルート! ポポロ!!」
もう一頭に乗った仲間たちは、驚いて叫び声を上げました――。