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第3巻「謎の海の戦い」

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64.青空

 「まったく! 大人ってヤツはホントに面倒くさいよな!」

 授与式がすんで、祝賀会が始まるのを待っている間、海の見えるコロシアムの最上席でゼンが言いました。さっきまで観客席に詰めかけていたものたちは皆、ご馳走がふるまわれることになっている城の中庭に移動して、コロシアムはほとんど無人になっていました。

「素直に言やぁいいんだよ、素直に! そうすりゃ、すぐにわかり合えたんだ。二十年以上も兄弟同士でいがみあってる必要もなかったのによ」

 すると、フルートがコロシアムの低い外壁にもたれながら答えました。

「ぼくはなんだか渦王を尊敬するな……。いくら自分の奥さんを愛しているからって、普通、あそこまで堂々とは言い切れないよね。あんなに大勢の人が聞いていたのに。ぼくが大人になったって、たぶんああはできないなぁ……」

 そう言ってなんとなく考え込む顔になったフルートを、ゼンは何かを言いかけるように眺め、少しためらってから話を変えました。

「ま、これでメールもちっとは自分の血筋ってヤツに納得しただろうな。あいつは海と森とが仲良く生きていく証として、親から望まれて生まれてきた子どもだったんだから」

「やっぱり君と同じだね、ゼン」

 とフルートがほほえんだので、ゼンは思わず肩をすくめました。

「俺はドワーフだぜ。自分を人間とドワーフの橋渡しだなんて、考えたこともねえや。ただ……そうだな、俺の親父もやっぱり死んだおふくろのことは好きだったんだろうと思うけどな。口に出して言ったことは一度もないけど、なんとなく、そんな気がするんだ」

 それを聞いて、ポチが足下でワンと吠えました。

「ゼンのお父さんも、素敵なお父さんですね」

「まぁな。尊敬はしてるぜ」

 とゼンは答えると、ちょっと照れたように笑って海の彼方を見ました。

「そろそろ帰りたくなってきたよな。海もいいけど、やっぱり山が懐かしいぜ」

 フルートはうなずきました。

「今日は祝賀会があるけど、明日には家に帰ろう。ぼくもいいかげん早く帰らないと。出発の時にはお父さんもお母さんも出かけていたから、何も言わないで出てきちゃったんだよ。きっと、ものすごく心配してるだろうな……」

 そう言って、フルートも海の向こうに目を向けました。彼らが旅立ってきたシルの町や北の山脈は、海を越えた遠い遠い彼方です。

 

 その時、コロシアムの下の広場にポポロとルルと天空王が入ってきました。入り口の近くに立って何かを話し合い、やがて天空王はまたコロシアムを出ていき、ポポロとルルだけが後に残りました。ポポロが近くの座席に腰を下ろします。草に半分以上おおわれた観客席の中に、少女の小さな黒い姿がくっきりと浮かび上がっていました。

 それを見つめていたフルートに、ゼンが言いました。

「行って話してこいよ。この後は祝賀会になっちまうし、ゆっくり話をする暇なんてなくなるぜ」

「え、ゼンは?」

 とフルートが目を丸くすると、ゼンは肩をすくめました。

「明日には国に帰るなんて聞かせたら、あいつ、絶対泣くもんな。それはおまえに任せるよ。俺は祝賀会の時に話すからいい」

 けれども、フルートがまじまじと自分を見つめ続けているので、ゼンはまた肩をすくめて笑って見せました。

「俺は泣き虫は苦手だ。メールくらい元気のいいヤツのほうが俺には合ってるのさ」

 フルートは思わず笑ってしまうと、一番下に座っているポポロに向かって観客席を下り始めました。ポチがその後について行こうとしたので、ゼンがあわてて引き止めました。

「こら。おまえはあっちのお姫様だよ」

 とポポロから少し離れたところにうずくまったルルを指さします。ポチが驚くと、ゼンはそれに顔を寄せてささやきました。

「鈍いな。ちっとは気をきかせろよ」

 ポチはピンと耳を立てると、すぐに笑うような表情になってゼンを見返しました。

「ワン、わかりました」

 

 フルートはたったひとりでポポロのところまで下りていきました。ポポロは座席に座ったまま、ぼんやり足下の草を見つめています。赤いお下げ髪をほどいて星の飾りをつけた姿は、いつにもましてかわいらしく見えますが、どことなく疲れているようにも感じられて、フルートは言いました。

「大丈夫?」

 ポポロは目を上げてフルートを見ると、すぐににっこり笑い返しました。

「ええ、大丈夫よ……。ちょっぴり体の芯が苦しいような気がするだけ」

 けれどもフルートが本当に心配そうな顔をしたので、ポポロはまた笑って見せました。

「力の媒介になったからなの。天空王様はみんなの力を一つにして、ルルとあたしを通じて闇の世界に送り込まれたから、その時に少し負担がかかったみたい。ルルも同じことを言ってるのよ。でも、時間がたてば直る、って天空王様が」

「そう」

 フルートは心底ほっとしました。

 少女は石の座席にひっそりと座っていました。小柄な姿は見れば見るほど華奢で優しくて、本当に、戦いなどまったく似合わなく思えます。

 フルートは、ちょっとためらってから、思いきって言いました。

「ごめんね、ポポロ……あんな場所に呼んじゃって」

 血みどろの戦場、魔王に追いつめられた絶体絶命の闇の中で、ポポロ自身も魔王に殺されてしまったかもしれません。そのことを考えると、フルートはずっと重苦しいような気持ちがしていたのでした。

 すると、ポポロはまた目を上げて、笑うようにフルートを見ました。

「あたしは嬉しかったわよ、フルートが呼んでくれたから」

 そして、何とも言えない複雑な表情になった少年を見て、静かに話し続けました。

「あたしはメールのお母様とは違うもの。ずっとみんなが帰ってくるのを待つだけなんて、絶対にできないわ。あたしもみんなと一緒にいて、一緒に戦いたいの。もし、あそこでフルートが呼んでくれなかったら、あたし、一生フルートを恨んだと思うわよ」

「え」

 フルートは、どきりとしました。なにしろ、さんざん長い間ポポロを待たせ続けたフルートです。思わず本気で不安になってしまいます。その顔を見て、ポポロはくすくす笑い出しました。

「嘘よ。必ず呼んでくれるって信じてたわ」

 緑の宝石の瞳が、深い信頼をこめてフルートを見つめていました。

 フルートは思わず真っ赤になると、すぐに自分も笑顔になってうなずきました。

「うん……。ありがとう、ポポロ……」

 

 そんな二人の姿を観客席の最上階から眺めていたゼンは、ため息を一つつくと、背中を向けました。一本の大きな木にもたれかかって、眼下から水平線まで広々と続く海を眺めます。海は鮮やかな青に輝き、頭上の太陽を返して、銀の波が揺れ続けていました。

 すると、その目の前にひらひらと何かが降ってきました。花です。それが木の花ではなく草原に咲く花なのに気がついて、ゼンは梢を見上げました。

「立ち聞きか? 趣味悪いぞ、メール」

 葉が茂った木の梢にすっぽり包まれて、一番太い枝の上にメールが座っていました。

「立ち聞きしてたわけじゃないよ。あんたたちが勝手にあたいのいた木の下に来て話をしてたんだ」

 とメールは答えると、木の上からゼンの目の前に飛び下りてきました。授与式の時のまま、袖無しのシャツにウロコ模様のズボン、緑の布をまとっています。けむるような緑の布のせいで、なおさらメールの姿は木に溶け込んで、まったく見えなくなっていたのでした。

「嘘つきだよね、ゼン」

 とメールが言ったので、たちまちゼンはむっとなりました。

「なんでだよ」

「心にもないこと言ってるもの。あたいみたいな元気のいいヤツのほうが自分には合ってる、だなんてさ」

 ゼンはそれを聞くとちょっと目を見張り、おもむろに、にやりとしました。

「嘘じゃないぜ。俺は荒っぽいからな。それについてこれる跳ねっ返りは、おまえくらいのもんだろう」

 けれども、メールはいつものようにうろたえたりはしませんでした。小さく、ふぅん、とつぶやき、意味ありげな目でゼンを見ます。

「それじゃ、あたいやっぱり、あんたに惚れることにしよう。惚れるならフルートじゃなくてあんたにしろ、って、あんた言っていたもんね」

 とたんに、ゼンはカエルを丸飲みしたような表情になりました。照れたのでも喜んだのでもなく、あまりにも意外なことを聞かされて驚いてしまった顔でした。

 それを見て、メールは大きく吹き出しました。

「ほぉらね。あんたはやっぱりあたいを好きでもなんでもなかった」

 ゼンは、からかうな! と怒ろうとして失敗しました。ばつが悪そうに黙り込んでしまいます。

 そんなゼンに、メールは穏やかに言いました。

「わかってたさ。あんたがあたいに寄せてくれてた気持ちは、仲間意識なんだよね。二つの種族の間で揺れてる、あやふやな立場がおんなじだったから。あたいのことが本当に好きだったら、あんなにストレートにあたいに惚れろだなんて言うわけないもん。あたいがフルートに近づくのを牽制したんだろ? フルートとポポロの間の邪魔をさせないように」

 ゼンは何も言いません。けれども、いつも雄弁なゼンが黙り込んでいることこそが、メールのことばを正しいと認めてしまっていました。

 すると、メールが言いました。

「ポポロだろ? あんたが好きな女の子は」

 ゼンはやっぱり何も言いません。ただ、にらむようにメールを見上げました。メールは小さく笑うと、優しい目になりました。

「馬鹿だよねぇ、あんた……。そうやって、友達のために、ずっと何も言わないつもり? あんただって、ポポロの心配をしてたくせに。ううん、あんたのほうが、ポポロの気持ちをずっとよくわかってたのに」

 

 ゼンは大きなため息をつきました。また木にもたれかかると、海に目を向けながら、ちぇっとつぶやきました。

「おまえ、鋭すぎるぞ」

「そりゃね、あたいだって、これでも女だもん。それくらいのことはわかるさ」

 ゼンはまた舌打ちをすると、頭をかいて低い声で言いました。

「悪かったな。変なこと言って」

「いいさ」

 メールはあっさり答えて、ゼンと並んで海を見ました。

「それでも、あんたはあたいが貝になった時に本気で泣いてくれたもんね。それで帳消しにしとくよ」

 ゼンはたちまち苦い顔になりました。

「見てたのか」

「ううん、貝になっている間は何も見えなかったよ。でも、聞こえたし、感じられたんだ。嬉しかったなぁ。あたいのことをあんなふうに心配してくれた人って、死んだ母上以外にはいなかったんだもん。そりゃ、父上がやっぱり心配してくれてたのはわかったけどさ、父上は渦王だからね。そんなに心配そうな顔なんてしてくれないんだよね」

 そう言って、ちょっと淋しそうに笑うメールを、ゼンはつくづくと眺めました。

「おまえさ……いつまでも親父、親父って言ってないで、本気で相手を探したらどうだ? おまえに惚れるヤツは絶対にいると思うぞ」

 とたんに、メールは声を上げて笑いました。

「いるかい、そんなヤツ! あたいは渦王の鬼姫だよ」

「きっといるさ。確かにおまえは跳ねっ返りだけど、かなりいい線いってるもんな。そんなおまえがいい、って言うヤツだって必ずいるはずだぜ」

 とゼンが大まじめで答えます。

 メールはまたくすくすと笑いました。

「そっかぁ……。うん、じゃあ、決めた。あたいはあんたに惚れるのはやめた。その代わり、あんたをあたいに惚れさせてみせるよ。絶対にあんたに、そんなおまえがいい、って言わせてみせるから!」

 陽気な声でそう言い切ったメールに、ゼンはあわてふためきました。

「お、おい、なに言ってるんだよ……? 俺は明日にはもう山に帰るんだぞ。どうやってそんなことできるって言うんだ」

「はん。あたいの父上たちは森と海で一緒になってるんだ。山くらいなんだい。花鳥ですぐに飛んでいってみせるさ」

 そして、メールはかがみ込むようにしてゼンをのぞき込みました。

「あんた、あたいより背は低いけど、相当かっこいいもんね。あたいの跳ねっ返りだって全然気にしないし。うん、やっぱり決めた。絶対、あんたに、ポポロよりあたいを好きにさせてみせるんだから」

 ゼンは目をまん丸くしてメールを見つめていましたが、ふいに吹き出すと、笑いながら言いました。

「よぉし、できるもんならやってみろ。本当に俺がおまえに惚れたら、婿にでもなんでもなってやらぁ!」

「言ったね! 約束だよ!」

 とメールも笑い出します。

 

 そのとき、彼らを呼ぶ声がしました。コロシアムの下の方から、フルートとポポロが手を振っていました。その足下にはポチとルルがいます。

 ゼンは、ちぇっとまた舌打ちしました。

「なんだ、あいつら。もう間が持たなくなっちまったのかよ」

「行こうよ」

 とメールが走り出しました。まっすぐフルートたちのところへ駆け下りていくと、明るい声で呼びかけます。

「ねえねえ、フルート、ポポロ! あたいも勇者の一行に加えとくれ! あたいもあんたたちの仲間に入りたいんだよ!」

 後について走ってきたゼンは、思わずまた目を丸くすると、声を上げて笑い出してしまいました。

「金の石の勇者に、ドワーフに、もの言う風の犬に、魔法使い……それに花使いの海の王女か! ものすごい一行だな。向かうところ敵なしじゃないか!」

 フルートとポポロ、そしてポチも、ちょっと驚いた顔をしてから、すぐににっこり笑いました。

「もちろんさ。大歓迎だよ、メール!」

 

 コロシアムの向こうから、海の波の音が響いていました。 頭上には抜けるような青空。まぶしい日の光が、コロシアムの中に集う子どもたちを鮮やかに照らし出していました――。

The End

(2006年4月1日初稿/2020年3月12日最終修正)

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