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第3巻「謎の海の戦い」

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第17章 エピローグ

63.メダルと和解

 「金の石の勇者フルート、北の峰のドワーフ・ゼン、風の犬のポチ、天空の国の魔法使いポポロ、風の犬のルル、そして、西の大海の王女メール、海王の家臣マグロ……一同のもの、前へ!」

 青い海上に浮かぶ緑の小島、そこに建つ渦王の城に渦王の声が響きました。丸い広場を円形に座席が取り囲むコロシアムの中は、数え切れないほどの観客でいっぱいです。幾重にも張り巡らされた水路からは海の一族や海の生き物たちがぎっしりと顔を出し、草におおわれた座席は青い髪の海の民や緑の髪の森の民で埋め尽くされています。通路にはたくさんの森の獣たちがうずくまり、座席の後ろの木立にはおびただしい数の小鳥たちが止まっています。木は重みで枝がしなり、今にも折れそうです。それでも止まりきれない鳥たちは上空に羽ばたいていて、空が薄暗く見えるほどでした。

 観客の目は、コロシアムの舞台のただ一カ所を見つめていました。そこには、魔王を倒し、海と彼らをその魔手から救った子どもたちが並んで立っていました。

 

 子どもたちは戦いに臨む時の姿をしていました。フルートは金の鎧兜にダイヤモンドの盾をつけ、炎の剣と自分のロングソードを背負っています。ゼンは青い胸当てと盾をつけ、腰にショートソードを下げ、背中にはエルフの弓と、エルフの矢を入れた矢筒を背負っています。二人とも、それぞれの光の武器は天空王に返していました。

 ポチは戦いで血にまみれた体をすっかり洗い清めて、真っ白な毛並みに戻っていました。緑の石をはめ込んだ風の首輪が首の周りで光っています。ポポロはいつもの黒い星空の衣のままですが、おさげに結った髪を今日はほどいてたらし、星のように光る石がついた細い銀の輪を額にはめていました。ルルは長い茶色の毛をいつもより念入りにくしでとかしてもらっていました。毛並みに混じる銀色の毛と風の首輪が、時折きらきらと輝いています。

 メールは今日も色とりどりの袖無しのシャツにウロコ模様のズボンという、少年のような格好です。腰には短剣を下げています。ただ、その肩からは霧にけむる森の梢のような色合いの薄い布をふわりとたらし、金のブローチで留めて、マントのようにはおっていました。コロシアムの舞台を流れる水路に顔を出すマグロだけは、いつもとまったく変わりませんが、その黒い体はいつにもましてつやつやと輝いているようでした。

 渦王に「前へ!」と言われた子どもたちは、いっせいに前に進み出ました。マグロも水路の中を泳いでそれに並びます。

 

 子どもたちの前には三人の王とひとりの女性が立っていました。渦王、海王、天空王、そして、海王のお后の海の王妃です。魔王が倒れるのと同時に、海王はその力を取り戻して目覚め、魔王に石にされていた海の王妃も元の姿に戻ったのでした。

 同じく魔王の魔法で石にされていた渦王の軍勢たちも、皆また元の姿に戻っていました。渦王の親衛隊長のギルマンは、他の重臣たちと共に少し離れた舞台の奥に立って、笑顔で子どもたちを見守っていました。その後ろを流れる水路からは、青と銀の二匹の水蛇が半身をのぞかせています。渦王のハイドラと、正気に返った海王のネレウスです。大藻海の幽霊城で激しく戦った二匹も、今はもう仲良く寄り添って、舞台の人々を眺めていました。

「勇者たちよ」

 と海王が口を開いて呼びかけました。長い眠りから目覚めた海王は、見れば見るほど渦王にそっくりでした。違いは渦王にはない口ひげだけです。けれども、そのまなざしは深く穏やかで、ひらめく稲妻のような激しさを持つ渦王の目とは、まったく違っていました。呼びかける声にも、相手を包み込むような広さと深さがあります。常に広く穏やかな海王と、時に激しく怒り狂う渦王。この双子の王は、海の持つ二つの顔をそのまま自分たちの姿にしているのでした。 海王は静かに響く声で子どもたちに言っていました。

「そなたたちのこのたびの働き、まことに見事であった。そなたたちは魔王を倒し、海を守り、呪いをうち破ってくれた。石や怪物にされたものたちは本来の姿を取り戻し、なぞなぞしか言えなくなっていたものたちも、また自分のことばで話すことができるようになった。我々の気持ちは、ことばではとても言い表せるものではない。よって、これを授けて、そなたたちに感謝の意を伝えることにする――」

 海王が目の前に差し出された台から輝くメダルを取り上げました。丸い金のメダルには海を思わせる青いサファイヤがはめ込まれ、その周りに海王の紋章が刻まれています。裏を返せば、そこには渦王の紋章も刻まれているのです。メダルには海藻を織って作ったリボンがつけられていました。

 海王は子どもたちひとりひとりの首に、手ずからメダルをかけていき、最後にマグロには背びれの部分にメダルを当てました。魔法でしょう。メダルは背びれに吸い付くように貼り付いて落ちなくなりました。

 子どもたちは少し照れくさそうな様子で王たちに一礼をしました。

「これ、海の王たちが最高の勇者に贈ってくれるメダルなんだよ。あたいだって、実物を見るのは初めてなんだ」

 とメールが嬉しそうに仲間たちにささやいてきました。

 

 すると、今度は渦王が一歩前に進み出てきました。今日はいつにもまして立派な格好をしていて、肩には緑色を帯びた深い青のマントをかけています。

「ゼン、ポポロ、ルル――わしからは、おまえたちに贈りたいものがある」

 と渦王に言われて、ゼンやポポロたちは目を丸くして、また一歩前に出ました。そんな子どもたちに渦王はほほえむような目を向けました。

「ゼンよ、おまえは今はその水の防具のおかげで水中でも平気いられるが、それを脱いでしまえば、もう水中で呼吸することはできない。ポポロとルルも同様だ。海の友であるおまえたちが水でおぼれ死ぬようなことは、断じてあってはならない。だから、おまえたちにはこれを与えよう」

 そう言って渦王が取り出したのは、美しい金の小箱に入った青い真珠でした。

「人魚の涙だ!」

 とゼンは声を上げました。ゼンは一度、その魔法の真珠を飲んだのですが、咽に引っかけて吐き出してしまったのです。

 ゼンとポポロとルルは人魚の涙を受け取ると、皆の見守る前で、それぞれにそれを飲みました。ゼンも、今度は必死だったので、無事に飲み下すことができました。

「これでこの者たちは皆、永遠に海の友だ。海、空、大地のいずれの場所にあっても、我らの友情は末永く続かん」

 と海王が厳かに言い、コロシアムの観客はいっせいに手を打ち足を鳴らし、尾やひれで水をたたいて歓声を上げました。獣が鳴き、鳥たちが羽ばたいて高くさえずります。

 すると、それに応えるように、遠くからどよめく歓声が聞こえてきました。コロシアムに入りきれなかった者たちが、島の森や海岸に集まって、城から聞こえてくる声に応えているのです。渦王の島は、かつて聞いたことがないほどの大きな歓声に包まれていました――。

 

 喜びの声が静まると、子どもたちの前に輝く王が進み出てきました。光の髪とひげの天空王です。優しい目をいっそう優しく細めて子どもたちを眺めます。

「本当によくやった、勇者たちよ。魔王は今度こそ、本当に消滅した。おまえたちの正義と勇気が魔王に打ち勝ったのだ」

「天空の国の皆様に助けていただいたおかげです」

 とフルートは頭を下げて、ていねいに言いました。実際、天空王が最後の瞬間に皆の力を送り込んできてくれなければ、フルートたちは闇の世界で魔王に勝つことはできなかったのです。

 すると、天空王は海王とはまた別な穏やかさでフルートに答えました。

「天空の国は正義のために戦うもののそばに常にある。その姿は目には見えないかもしれない。だが、呼べば必ず我々は来るのだ。それを忘れるでないぞ」

 静かな中にも強い何かを感じる声でした。フルートは思わずはっとすると、また深く頭を下げました。

 

「わたくしからも礼を言わなくてはなりませんね」

 と口を開いたのは海の王妃でした。青いドレスの上に白い波のようなレースをはおり、金の冠をつけています。その姿は、魔王が化けた王妃よりもはるかに美しく、青い輝きに充ちていました。音楽のように豊かな声には、魔王の時のような相手を幻惑する響きはもうありませんでした。

「あなたたちは、わたくしたちに渦王を返してくれました。長い間わたくしたちは誤解しあっていたのです。今ようやく海王と渦王はまた兄弟に戻り、わたくしは渦王の良い友に戻ることができました。感謝しますよ」

「だが、そもそも誤解される原因になったのはあなただ、義姉上」

 と渦王が少々不満そうに口をはさんできました。すると、王妃がおかしそうに、くすりと笑いました。そうすると、笑顔が急に少女のように若返ります。

「そう、わたくしが原因ですわ。でも、それはもう解決していたのです。いつまでも気になさっていたのはあなたですわ、渦王」

 そして、海の王妃は、若々しい笑顔のままメールに歩み寄ってきて、かがみ込みました。――王妃は、長身のメールよりさらに背が高かったのです。

「渦王と海王とわたくし以外は知らなかった秘密を、お教えいたしますわね、王女。わたくしは渦王にふられたのですよ。今から二十年も昔に、それはもう見事に」

 メールは思いがけない王妃のことばに目を丸くして、思わずその後ろに立つ父を見ました。渦王が苦笑いをしながら言いました。

「それを、今この場所で言う必要はありますまい、義姉上」

 コロシアムには渦王と海王の家臣がぎっしりと詰めかけ、王たちの会話に耳を傾けています。けれども、王妃は首を振りました。

「これだけの者たちが集まっているから、ぜひ知らせなくてはならないのです。海に広まっている大きな誤解を解くために。王女、わたくしは二十年前、あなたの父上に、そう……俗なことばで言えば『迫った』のですわ」

 

 メールだけでなく、他の子どもたちも、海の王妃が始めた意外な話に目を丸くしていました。ゼンが年月を指折り数えて声を上げました。

「二十年前って言やぁ、渦王はもうメールのおふくろさんと結婚してたじゃないか! ってことは、あんただってもう海王の奥さんだったんだろう? なんだってまた!」

「ゼン!」

 フルートがあわてて親友の袖をひっぱりました。いくらドワーフが相手の格式を気にしない天衣無縫の民だとしても、さすがに言って良いこととまずいことがあります。

 けれども、海の王妃はゼンのことばに気を悪くした様子もなく、ほほえみ返してきました。

「そなたは山の民。海の民のわたくしたちの気性は理解できないことでしょうね。多くの海の民はとても情熱的なのです。時には自分の地位も身分も、なすべきことも忘れてしまうほどに。そう。二十年前、わたくしはすでに海王の妻で、二人の子どもの母でした。一方、渦王は最初のお子様を亡くされて、次のお子様にはまだ恵まれていませんでした。その渦王に、わたくしは、すべてを捨てて駆け落ちしてくれるように『迫った』のです。その時には本当に、本心からそうしたいと思ったのですわ」

 子どもたちは思わず顔を見合わせてしまいました。これだけの話を、海の王妃は悪びれる様子もなく言ってのけます。メールが思わずまた父を見ると、渦王は苦笑いの顔のまま言いました。

「むろん、丁重にお断りしたぞ。わしにはフローラという妻があったからな」

「丁重に!」

 海の王妃が吹き出しました。

「ええ、それはもう、本当に丁重に。あやうくわたくしは渦王に殺されかけましたから。今回、わたくしに化けた魔王が渦王を誘惑しようとしたそうですね。馬鹿な魔王。渦王は一度言ったことばをひるがえすような方ではないから、本当に殺されそうになったでしょうに。海王を裏切るような真似は断じて許さない、とそれはそれはお怒りでしたからね、渦王は」

「それをわしに話せば良かったのだ、リカルド」

 と海王が穏やかな声で弟に話しかけてきました。

「王妃はすぐにわしにそれを打ち明けた。そして、わしもおまえを誤解していたのだとわかったのだ。だが、何度話し合いを持とうとしても、おまえはわしの使いやわしを追い返すばかりだった。そのために今度は、おまえが東の大海を征服しようとたくらんでいるのだという噂が広まったのだぞ」

「戦いが起これば死者や負傷者が出ないというわけにはいきません」

 と海の王妃が静かに言いました。

「東と西のいざこざが続くうちに、相手を見る目がねじ曲がり、渦王の本当の目的は東の大海ではないかと、多くのものたちが思うようになったのです。そして、渦王はそれを否定してくださらなかった。本当に海王を殺しかねないほどの激戦も、何度もありました。そうして、しまいには、わたくしたちも本当に渦王がすべての海を狙っているのではないかと、また誤解してしまったのですわ」

「わしは東の大海などほしいと思ったことはない」

 と渦王は憮然として答えました。

「ただ、次第に東のものたちの態度が目にあまるようになってきたので、それをこらしめていただけだ。まあ、確かにわしはこの性分だから、いささかやりすぎがあったことは認めんではないが……。それだけに、誤解を解くためには、義姉上がしたことを明らかにしなければならなかった。まさか義姉上がそんなにあっさりと兄上に話しているとは思わなかったのだ。昔はあれほど他人に弱みを見せたがらない人だったのに」

 すると、王妃は静かにほほえみました。

「女は結婚すれば変わります。まして海王は懐の広いお方。その方を前に、いつまでも隠し事などしていられるわけがありません。……もっとも、だからこそ、わたくしは淋しくなったのかもしれませんけれど。海王があまりにも広く、誰に対しても公平に王であられたから、もっとわたくしだけを見てくれる殿方にいてほしくなったのですね。王はお忙しすぎました。渦王に駆け落ちを迫ったのだって、本当は、海王に嫉妬してもらいたかったのかもしれないのですわ」

 それを聞いた渦王は、やれやれ、と言うように首を振って海王を見ました。

「女というのはまことに難しくて手のかかるものだな、兄上」

「同感だ」

 と海王も苦笑いをしました。

 

 メールは目をまん丸にしながら、一生懸命いろいろなことを頭の中で整理していました。大人同士の話には難しい部分もずいぶんありましたが、それでも、父が本当は母ひとりを愛していたこと、そのために、海の王妃に誘惑されても決して乗るようなことがなかったことだけはわかりました。――が、一つだけ、どうしても納得がいかないまま、わだかまりになって残っている疑問がありました。

「父上」

 とメールは思い切って尋ねました。

「母上だけを愛していたって言うんならさ、どうして、母上の宝石箱に海の王妃の腕輪や姿絵をしまったりしてたの? あれは母上が一番大切にしていた宝石箱だったのに」

 すると、渦王は目を見張り、それから、ゆっくりと苦笑いの顔になりました。

「なるほど。おまえはあれを見ていたのか、メール……」

 そして、渦王はメールのすぐ前に立つと、大きな手を娘の肩に置きました。

「あの宝石箱は、フローラがこの世を去る少し前にわしに渡してきたものだ。中には最初からあの二つの品が入っていた。あの腕輪は海の王妃がおまえの母に結婚祝いに贈ってきた品だ。だから、裏に贈り主の名が刻まれている。そして、姿絵のほうは、フローラと結婚する際にわしが捨てたものだ。深い海溝の底に昔の思い出と共に沈めたのだが、フローラはそれを魚に命じて拾わせていたのだ。『仲直りなさいませ』と、いまわの際のフローラに言われたよ。『海と森がこうして共に生きられるのですから、二つの海がいつまでもいがみ合っていてはいけません。思い出に罪はありません。大切なのは、これからの者たちがどう生きていくかなのです』とな」

 そうして、渦王は驚いた顔をしている娘にうなずいて見せました。

「おまえの母は本当に強い女性だった。何があっても、わしを信じて待ち続けることができる女だ。だから、わしは一度だってあれにはかなわなかったし、今でもやっぱりかなわない。生きている限り兄上や義姉上には二度と会わないと誓ったわしが、こうして、また兄上たちと和解することができたのは、やはり、おまえの母の力なのだろうな」

 そう言う渦王は、すでに王ではなく、父であり夫であるひとりの男性の顔をしていました。

 そんな渦王を見て、海の王妃がため息まじりに笑いました。

「あの方がどれほど渦王から愛されていたのか、この城を見ればわかりますわ。城中のいたるところで海と森とが一つに結びあっていますもの。これほど愛情に充ちた場所を、わたくしは知りません」

 それを聞いて、メールがはっとした顔になりました。

「あの宝石箱! 蓋に真珠と貝殻で森の絵が描いてあったよね! あれって、もしかして……」

 渦王は静かにほほえみながらうなずきました。

「そう、わしがおまえの母に結婚を申し込む際に贈ったものだ。海と森は共に生きられる、命尽きてこの身が失われても、あなたと共に生きていきたい、と言ってな」

 満座のコロシアムの真ん中で臆面もなくそう言いきると、渦王は自分のマントを肩に絡めなおしました。そのマントは、海の青と森の緑とが一つに溶け合った色合いをしています――。

 メールは思わず涙ぐむと、深くうなずきました。

「うん……。うん、わかったよ、父上……」

 

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