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第3巻「謎の海の戦い」

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62.光の中

 ついに、闇の中からポポロが現れました。血まみれになっている仲間たちを見たとたん、鋭い悲鳴を上げます。

「みんな!!」

「この……!」

 魔王がいきなり大剣をポポロに振り下ろしてきました。

 フルートはポポロの手を思い切り引くと、自分の後ろにかばい、剣で魔王の剣を受け止めました。ガツン、と鈍い音が闇に響き渡ります。

「ゼン、ポチ……! ああ、フルートも! ひどい怪我だわ!」

 ポポロが泣き顔でゼンとポチに駆け寄り、フルートを振り返りました。フルートは石になった光の剣を両手で持って、魔王の大剣をこらえていました。

 魔王が顔をゆがめてあざ笑いました。

「無駄なあがきだな、フルートよ。ポポロは使える魔法を全部使い切ってしまっているぞ。今さら呼んだところで、何をすることもできない。おまえたちと一緒にわしに殺されるために、ここに招いただけのことだ」

「嘘だろ……」

 ゼンがつぶやきました。今にも泣き出しそうな顔をしています。なんでここにポポロを呼んだんだ、と非難するような目をフルートに向けます。魔王の言うとおり、ポポロにはもう戦う力は何も残っていないのです。

 

 すると、ポポロが立ち上がりました。震える声で、それでも、はっきりとこう言います。

「あたしは、自分ひとりでここに来ているんじゃないのよ、魔王――」

「なに?」

 意外そうに魔王がポポロを見ました。すばやく大剣を引き、闇の中から他の者たちが現れるのに備えます。魔王の剣を必死で受け止めていたフルートは、思わず両手をつき、激しくあえぎながら傷の痛みに耐えました。

 そんな様子に涙を浮かべながら、ポポロは言い続けました。

「天空王様がみんなの力を集めて、あたしをここまで送り届けてくださったわ。フルートの呼ぶ声を道しるべに――。あたしは、みんなの力と一緒に、ここまで来ているのよ」

 そして、ポポロは、きっと顔を上げると、闇を見上げて叫びました。

「ルル! ルル、あたしの声が聞こえる――!?」

「聞こえるわよ、ポポロ!」

 闇の中から少女の声が響いてきました。犬のルルの声です。ポポロは叫び続けました。

「フルートたちのところへ着いたわ! お願い、力を送って!!」

 とたんに、ポポロを包んでいた淡い銀の光が強まりました。その光の奥から声が聞こえ始めます――。

 

「海のために戦う勇者たちよ、聞こえるか。おまえたちの勇敢な戦いぶりはとくと見せてもらった。おまえたちは海の友、そして海はおまえたちの友だ。わしはこれから先、いつもおまえたちを守ろう。海の力を受け取るがいい」

 と力強い声が響き渡ります。それは渦王の声でした。

 続けて、ぴんと張った弦のような、強い少女の声が響きました。メールの声です。

「ゼン、フルート、聞こえるかい!? あたいの力もそっちへ送るよ! 花の力さ、受け取りな!」

 マグロの声も聞こえてきました。

「私たち海の生き物たちの心です! 優しい勇者様たち! どうか受け取ってください!」

 そして、それらの声を束ねるように、穏やかで豊かな天空王の声が響いてきました。

「そなたたちが正義のために戦う時、天空の民は必ずそなたたちの味方をする。天空の力、正義の力、闇を払い、今勇者たちを救わん――!」

 天空王の声と共に、ポポロを包む光がまぶしく輝き出しました。銀の光があたり一面を照らし、さらに輝きを増していきます。真昼の太陽のような光の中、ポポロは目を閉じ、星空の衣をはためかせながら、祈るようにじっと両手を組み合わせました。その体から、さらに強い光があふれてきます……

 

 ふいに、フルートの胸からまばゆい金の光があふれました。金の石がまた輝き始めたのです。ポポロから差す銀の光とともに闇を照らします。

 すると、突然フルートの体から激しい痛みが引いていきました。魔弾に撃ち抜かれた傷が、あっという間に消えてしまいます。ゼンとポチも倒れていた場所から勢いよく跳ね起きました。

「やった! 傷が治ったぞ!」

「ワン、もう痛くありません!」

 フルートの手の中で、剣も輝きを取り戻し始めていました。灰色の石の剣から、また銀に輝く光の剣に戻っていきます――。

 ゼンが落ちていた弓をつかんで歓声を上げました。

「ありがたい、弓弦まで直ったぜ! これでもうこっちのもんだ!」

 言うが早いか足下の光の矢を拾い上げ、きりきりと弦を引き絞って矢を放ちます。銀に輝く光の矢は、まっすぐ魔王目ざして飛んでいき、その肩口に深々と突き刺さりました。

 魔王が大きなうめき声を上げました。気合いを入れますが、光の矢を溶かすことができません。魔王は矢をつかむと、力任せに引き抜きました。その傷口から黒い霧が吹き出してきます。

 ゼンが叫びました。

「光の力が強まってる! 行けるぞ、フルート! ヤツを倒せ!」

 フルートはすばやく飛び出すと、光の剣で魔王に切りつけました。手応えがあって、黒い衣の裂けた場所から霧が吹き出します。魔王がまたうめいて、フルートの上に大剣を振り下ろしてきました。フルートは防具をまったく身につけていません。

 フルートは低く前へ飛ぶと、地面を転がって剣をかわし、またすばやく立ち上がりました。もとより身は軽い方です。魔王が再び剣を振り上げた時には、もう万全の体勢で剣を構えていました。

 魔王の傷から黒い霧が吹き出し続けています。銀に輝く光の中、闇の力は薄れ、魔王は自分の傷を癒すことさえできなくなっていました。その巨体が、やがて溶けるように一回り小さくなっていきます――。

 フルートは再び飛び出していって、魔王に切りつけました。また新たな霧が吹き出します。

 魔王が怒りの声と共に黒い剣を振り下ろしてきました。

「ええい、うるさいうるさい! 何故わしにさからう! 何故わしに従わん! わしは偉大な闇の魔王だぞ!!」

 力任せに振り下ろされてきた大剣を、フルートは光の剣で受け止めました。また、じぃんと腕に痛みが走ります。

 けれども、その瞬間、大剣の刃が粉々に砕けました。ひび割れた黒いガラスが砕け落ちていくように、音を立てて崩れ、光の中で消滅していきます。

 魔王は目を見張りました。フルートも、思わず驚いて目を丸くします。まばゆい銀の光の中、闇に関わるものはすべて薄く、もろくなってきているように見えます。

 

 と、その隙を狙って、魔王がフルートに片手を突きつけました。至近距離から魔弾を撃ち込もうとします。

 フルートは、はっとしました。逃げられません。

 すると、その瞬間、ひゅっと風を切る音がして、大きな風の犬が飛び出してきました。魔王に正面から飛びかかり、押し倒します。

「ポチ!」

 フルートは歓声を上げました。ポチは光の中で力を取り戻し、再び風の犬に変身できるようになったのです。

 魔王が激しく魔弾を撃ちました。ポチはそれをかわすと、すばやくフルートの元に飛び戻ってきて言いました。

「乗ってください! あいつにとどめを刺しましょう!」

 フルートはすぐさまポチに飛び乗りました。魔王が立ち上がり、ふたりを狙って魔弾を撃ってきます。けれども、光の矢が飛んできて、魔弾をことごとく打ち砕きました。矢筒を背負いなおしたゼンが、次々に矢を射て援護しているのです。

 フルートとポチが魔王に迫りました。魔王が闇のバリアを張ります。けれども、フルートの胸で金の石が輝いたとたん、バリアは薄いガラスが砕けるように、音を立てて消えていきました。

 フルートとポチが魔王の真上にやってきました。魔王の大きな体は、すでに普通の大人くらいにまで縮んでしまっています。フルートはポチの上から飛び下りました。光の剣を両手に構え、魔王に切りつけていきます。

 魔王が片手を上げました。フルートの頭を狙って魔弾を撃ち出します。

 また、フルートの胸で金の石が輝きます――。

 

 フルートは地面に落ちて、そのまま動けなくなりました。

 ゼンは立ちすくみ、ポチもUターンしたまま、目を見張って宙に立ち止まりました。

 彼らの目の前で、まっぷたつにされた魔王が、傷口から激しい霧と黒い光を放って縮んでいくところでした。大きな姿がみるみるうちに小さくなり……溶けるように、小さく小さくなり……しまいに子犬くらいの大きさにまで縮んでしまいます。

 そこにいたのは一匹の怪物でした。目と耳が大きい、黒いしわだらけの、ちっぽけな怪物です。

 フルートはあっけにとられたまま立ち上がりました。金の石が守ってくれたので、どこにも怪我はありません。そこへゼンとポチが駆けつけてきました。同じく小さな怪物を見て目を丸くしています。

「おい……これが魔王の正体だったのか? えらく迫力のないヤツじゃないか」

「ワン。犬の時のぼくより小さいくらいですよ」

「ゴブリンだよ」

 とフルートは答えました。まだ目の前の出来事が信じられない思いでした。魔王はあれほど巨大で強そうだったのに……。

 

 すると、ゴブリンがキーキーと甲高い声でわめき始めました。

「よくもよくもよくも……! わしの野望をつぶしてくれたな! わしを小さいと馬鹿にするか! きさまらはみんなそうだ! 闇の一族の中でも一番小さなわしらを、馬鹿にしてさげすむ! 闇の奴らでさえ、わしらのことはいないも同然の扱いをする! 今に見ておれ! 今一度魔王に復活して、闇も光も人間の世も、すべて征服して、わしのものにしてやる! わしを小さいとは言わせん! すべて、わしの前にひれ伏させてやるのだ――!」

 わめきながら、ゴブリンは気合いを入れました。何度も何度も……。けれども、小さな怪物に戻ってしまったゴブリンは、もう二度と魔王に変身することはできませんでした。

 ゴブリンは、両手をわななかせ、怒りに顔をゆがめて叫びました。

「何故だ! 何故、魔王になれん!? わしはデビルドラゴンの血を飲んだのに――!」

 ゼンは両手を腰に当てて、ちっぽけな魔王のなれの果てを見下ろしました。

「認めろよ、ゴブリン。おまえは負けたんだよ」

 すると、ゴブリンは黄色い大きな眼をぎょろぎょろ光らせながら叫びました。

「そんなわけがあるか! わしは無敵だ! 無敵の闇の魔王だ! すべての人も、すべての生き物も、わしに服従させて苦しませてやる! わしの力を思い知らせてやるのだ――!」

 とたんに、フルートが光の剣をゴブリンの鼻先に突きつけました。ひっ、とゴブリンが声を飲んで立ちすくみます。

「それだけは、絶対にさせない」

 とフルートは言いました。風の犬のポチも、フルートの後ろで身構えて、うーっと低くうなります。

 ゴブリンは恐怖におののく顔に変わると、突然、両手で顔をおおって嘆き始めました。口調まで変わります。

「何故、オレをいじめる。オレが小さいから。オレに力がないから。力! 力! オレは力がほしかった! ゴブリンでも馬鹿にされない、誰にも馬鹿にされない力がほしかった! オレは弱い。何故、そんなオレをいじめる。そうとも、オレがゴブリンだからだ。弱いヤツはいじめられる。力のないヤツはこき使われる。オレはさんざんいじめられた。どうして、今、オレが強くなって皆をいじめてはならないと言うんだ!?」

 泣き真似をしていた手の間から、怒りに熱く輝く黄色い目がぎょろぎょろとフルートたちをにらんできます。

 けっ、とゼンがそっぽを向きました。自分だけの嘆きと怒りに酔っているゴブリンに、反吐が出る思いだったのです。

 すると、フルートが口を開きました。静かな声で尋ねます。

「例えば今ここに幸せな人たちがいたとする。そうしたら、君はどうするんだい……?」

 とたんに、ゴブリンは顔から手を外し、悪魔のような顔で笑い出しました。

「もちろん、そいつらの幸せをぶちこわしてやる! オレより幸せになるヤツは許さない! オレは誰より幸せになる権利があるんだからな! ずっとずっと、オレはいじめられてきた! みんなを不幸のどん底に突き落として、そして、オレが幸せの頂上に立つんだ! その時、オレは心から笑うんだ! オレはすべてのものの王になるんだからな――!」

 フルートは、つらいものを聞いた人のように一瞬目を細めると、そっと言いました。

「だからだよ、魔王……ぼくたちが君を倒すのは、君がゴブリンだからじゃない。君が、他人の不幸にしか自分の幸せを感じようとしないやつだからだ」

 そして、フルートは光の剣を振り上げました。

 ゴブリンが悲鳴を上げました。キイキイ泣きながら叫びます。

「やめろ、やめろ! わしは魔王だぞ! やめろ――――」

 甲高い声がとぎれました。

 小さな怪物の姿は、光に包まれて、さらに小さく溶けていき……やがて、跡形もなく消えていってしまいました。

 ゼンとポチは、声も出さずにそれを見守っていました。

 フルートは振り下ろした剣を引くと、ため息をつき、落ちていた鞘に剣を戻しました。仲間たちを見て、静かに言います。

「終わったよ……全部」

 

 闇の中はまばゆい銀の光でいっぱいでした。その光の中心で、ポポロが顔を上げ、にっこり笑って、仲間たちに駆け寄ってきました。

「フルート! ゼン! ポチ!」

「ポポロ!」

 少年たちも歓声を上げて少女に駆け寄っていきました。走りながら、ポチは子犬の姿に戻っていきます。少年たちと少女は、光の中で抱き合い、肩を組み合って喜びました。

 光が充ちた世界の中で、外れて落ちた少年たちの防具や武器が、きらきらと輝いています。

 そこへひときわ強い光が差し込んできて、闇の世界はゆっくりと外の世界につながり始めました――。

 

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