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第3巻「謎の海の戦い」

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61.望み

 フルートは無我夢中で親友に向かって駆け出しました。魔王が笑いながら血にまみれた少年を放り投げてきます。目の前に落ちてきたゼンに、フルートは大急ぎで金の石を押し当てました。血は止まりますが、やはり、金の石に傷を治すだけの力はありません。深い傷跡から、またじわじわと血がにじみ出し、ゼンはうめいてまた血を吐きました。フルートの手も服も、血に染まって真っ赤になります。

 すると、魔王がフルートの前に立ちました。

「なぜ、金の石にわずかに力が残してあるかわかるか、フルート?」

 死にかかったネズミをいたぶる猫のような表情をしながら、魔王が言います。

「断末魔の苦しみを長引かせるためよ。金の石にほんの少し癒されたおかげで、おまえたちの仲間は即死することができない。だが、この闇の中では、おまえたちの命は吸い取られていく一方だ。やがて力尽きて死ぬまで、思う存分痛みと苦しみを味わうがいい。これまで、さんざんわしの邪魔をしてくれた礼にな――」

 魔王がまた高らかに声を上げて笑いました。

 フルートは唇を血のにじむほど強くかみしめました。ゼンもポチも、すぐ近くに倒れています。傷の激痛にうめく声が聞こえてきます。そのふたりを守るように、フルートは光の剣を握り、魔王の前で身構えました。

「まだあきらめんのか」

 と魔王がフルートに近づいてきました。

「いいかげんに思い知れ。この光景、どこかで見たとは思わぬのか――」

 言われるまでもなく、フルートにはわかっていました。ナイトメアがフルートに繰り返し見せていた悪夢と瓜二つです。魔王に切り裂かれ、血にまみれ、今まさに死のうとしているゼンとポチ……。魔王が夢とそっくりに、フルートの前にそびえています。血に濡れた黒い大剣を握りしめ、フルートの心と体を押しつぶそうとするように迫ってきます……。

 

 けれども、フルートは身構えたまま、剣を鋭くふるいました。魔王が大きく飛びのきます。フルートは叫びました。

「それでも……それでも、あきらめるもんか! おまえになんて絶対に負けるか!」

「どうやら痛い目にあわねばわからんようだな」

 魔王がフルートに手を向けました。とたんに魔弾がフルートの腹を撃ち抜き、激痛と共にフルートは倒れました。金の石が淡く光って傷を癒します。けれども、傷はふさがりきらず、激しい痛みがフルートを襲い続けました。

「わかったか」

 と魔王がまた迫ってきました。

「おまえたちの正義など、わしの力の前では塵に等しい。おまえたちはわしの下僕、わしを喜ばせるためだけに存在しているのだ。泣け、わめけ、苦しみもがいて恐怖しろ。それがわしにとって最高の楽しみになるのだ――」

 けれども、それでもフルートは起きあがってきました。腹の傷を片手で押さえ、もう一方の手には光の剣を構え続けます。痛みにかすむ目で、魔王をにらみつけます。

「おまえなんか……誰が喜ばせるか……!」

 魔王が顔つきを変えました。笑みが消え、冷酷そのものの表情が現れます。いきなりフルートの横っ面が張り飛ばされ、フルートは闇の中に倒れました。激痛がまたフルートを襲い、押さえた傷の中から血があふれ出してくるのが感じられます。

「フルート……!」

「ワン、フルート……」

 ゼンとポチの声が聞こえました。仲間たちは自分の血の中に倒れながらも、顔を上げ、そこからフルートを見ていました。

 フルートはまた起きあがりました。もう立ち上がることはできません。両手両膝をついたまま激しくあえぎ、また剣を握って上半身を起こします。後ろにいるゼンとポチを守って、剣を構えます――。

 

 魔王は頭を振りました。あきれきってフルートを見つめます。

「きさまは本当の愚か者だな。その状況で、何ができると思っているのだ。まだ剣の力を信じているのか? では、これを見ろ!」

 魔王が片手を伸ばしてきました。フルートは、はっと身構えます。けれども、魔弾は飛んできませんでした。代わりに魔王が、ぐいと引き寄せるような手つきをしたとたん、フルートの手の中の光の剣が色を変えました。輝く銀色が、あっという間に石の塊のような灰色になったのです。フルートの胸の金の石も、一気に暗くなります。魔王が光の力を奪い取ったのでした。

 薄暗がりの中で、魔王がまた笑いました。

「絶望しろ、フルート! 望みはもう何もない! きさまらは負けたのだ。わしの力を認めて、はいつくばれ!」

 フルートは肩で息をし続けていました。石に変わった光の剣を、それでも絶対に降ろそうとはしません。青い二つの瞳に強い光を浮かべて、魔王をにらみ続けます。どんなに魔王が光の力を奪っても、その瞳から輝きを奪うことはできないのです――。

 魔王は憎々しげな表情に変わると、うなり声を上げて、また大剣を振り上げました。

「えい、そのいまいましい両目をつぶしてくれるわ!」

「フルート!」

 苦しい息の下から、ゼンとポチがまた叫びました。

 フルートは剣を構えながら言いました。

「望みならまだあるよ、魔王」

 魔王が剣を止めました。いぶかしそうにフルートを見ます。

「この期に及んではったりか? おまえらしくないな、フルート。望みが本当にあるというなら、見せてみろ」

 フルートは、ちらりと後ろの仲間たちを振り返りました。ゼンもポチも、傷の痛みにあえぎながらも、心配そうにフルートを見つめ続けています。フルートはそれにうなずき返し、また魔王に目を向けました。――いえ、目を向けたのは、魔王よりもっと向こう側の闇でした。無限に続くように見える黒い虚空へ、フルートは声を限りに呼びました。

「ポポロ! ポポロ――!!」

 

 闇の中にいる者たちは、皆思わず目を見張りました。魔王も、ゼンもポチも……。フルートはここにはいない魔法使いの少女を呼び続けています。

「ポポロ、来てくれ!!」

 と闇に向かって手を差し伸べます。

 けれども――誰も現れませんでした。闇は無限に続き、ほの暗い金の石の光の中に、彼らだけが立ち、うずくまっています。

 魔王が肩の力を抜いて、あきれたような笑いを浮かべました。

「頭がおかしくなったな、フルートよ。ここは闇の結界だ。誰も外から入ってくることはできな――」

 言いかけて、魔王のことばがとぎれました。その目が信じられないものを見ていました。虚空に差し伸べたフルートの手を、闇の中から現れた白い手がつかんだのです。

 フルートが白い手を握り返しました。みるみるうちに、その手の続きが実体化していきます。腕が、肩が、体が、闇の中から姿を現します。それと共に、淡い銀の光が闇の中に差してきます。光の中に現れてくるそれは、星のきらめきを放つ黒衣を身にまとっていました――。

 

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