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第3巻「謎の海の戦い」

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第16章 最終決戦

59.人質

 子どもたちが海上を見回していると、ふいに海の中から人が現れて海面に立ち上がりました。青と白の鎧に身を包んだ渦王です。

「渦王!」

「父上!」

 子どもたちは歓声を上げました。

 渦王も子どもたちの元気な姿を見て、ほっとした顔になりました。

「無事だったな。エレボスはどうした? 死の藻もすっかり消えてしまったようだが」

「全部ポポロがやっつけました」

 とフルートが空から答えました。ポポロは今はもう泣きやんで、フルートの背中に隠れるようにして恥ずかしそうに空に浮いていました。渦王はうなずきました。

「見事だ。見かけは幼くとも、やはり金の石の勇者の仲間だな。おまえたちは皆そうだ。見た目よりずっと大きな魂と勇気を持っている」

「でも渦王、魔王はどこに行ったんだ?」

 とゼンが尋ねました。彼はほめことばより戦況のほうが重要な現実派です。

「見失った」

 と渦王は低く答えました。

「奴は何かをたくらんでいた。それを突きとめようと追いかけたのだが、姿をくらまされてしまった。闇の魔法で別の空間に逃げ込んだのかもしれん。気配が感じ取れない」

「なんだ、エレボスをやられて逃げ出したのかよ?」

 あきれたようにゼンが言うと、フルートがまじめな顔で答えました。

「手勢を揃えて、また攻めてくるつもりかもしれないよ」

 一同はまた海の上を見回しました。死の藻がすっかり消えた大藻海が広がっています。相変わらず風はなく、波もほとんど立たない静かな海域ですが、海面に日の光と青空が映って、目も覚めるほど鮮やかな青に染まっています。ついさっきまで、ここで魔王やエレボスとすさまじい戦いを繰り広げていたことなど、とても信じられないような穏やかさです。ただ頭上に浮かぶ天空の国が、空からの光を半分以上さえぎって、海面に大きな影を落としていました。

 渦王が天空の国を見上げて言いました。

「天空王と相談した方が良いかもしれんな。天空王なら奴が行った先を追えるかもしれない」

 それを聞いて、子どもたちもいっせいに空を見上げました。天空の国は静かに浮かび続け、一筋の光を海上に投げかけていました。ちょうどポポロがいる場所です。

 

 すると、その時、メールのすぐ後ろの空間に一組の手が現れました。長い爪が生えた大きな手です。皆と一緒に空を見るメールの後ろから音もなく近づき、ふいにその口をふさぎ体をつかみます――。

 自分の背中にしがみついていたメールが突然離れたのを感じて、ゼンは思わず振り返り、目を見張りました。メールがいません。水に飛び込んだ気配もしなかったのに、その姿が自分の後ろからこつぜんと消えていました。

「メール!?」

 ゼンは鋭く叫びました。仲間たちが、はっと振り返ります。

 つい一瞬前までそこにいたメールが、どこにも見あたりませんでした。皆が名前を呼んで必死であたりを見回していると、上空から突然少女の声が聞こえてきました。

「放せ! 放せってば!!」

 皆の頭上にメールが浮かんでもがいていました。その後ろから彼女をつかまえいるのは魔王です。メールの首に大きな黒い剣を押し当てています。

「メール!!」

 子どもたちはまた叫びました。

 ゼンがわめきました。

「卑怯者! かなわないからって人質をとるのかよ! 汚ねえぞ!」

 すると、魔王が黄色い目を細めて笑いました。

「わしは魔王だ。勝つためにはどんな手でも使うぞ。卑怯者けっこう、わしには最高の賛辞だ。お決まりのことばだが――動くな! 動けばこの娘はあっという間に死体になるぞ!」

 それから魔王は頭上の天空の国にも目を向けました。

「おまえたちもだ。いまいましい空の魔法使いども。わしに一瞬でも光を当てようとしてみろ。たちまちこの娘の首を切り落としてやる」

 仲間たちは歯ぎしりをしました。どうにかしたいのですが、魔王が鋭い刃をぴったりメールの首に押し当てているので、身動きすることさえできません。

 すると、メールがまたわめき始めました。

「冗談じゃないよ! あたいは渦王の娘だ、死ぬことなんて恐れるもんか! とっとと殺しなよ、角あたま! そうすりゃ、みんながあんたを始末してくれるさ――!」

 フルートとゼンは、はっとしました。同時に「だめだ!」と叫びそうになります。けれども、それより早く、魔王が大きな手でメールの口をふさいでしまいました。

「まったく口の減らない娘だ」

 と魔王はつぶやき、また天空の国に目を向けました。

「ここから去れ、天空王! 十数える間だけ待ってやる。その間に天空の国ごと、ここから消えるのだ!」

 海の上の一同は、またはっとしました。魔王が低い声で数を数え始めます。しかにも早い口調です。あっというまに十まで数え上げてしまいます。十の声と共に、突然あたりが明るくなり、海が青く輝き出しました。巨大な天空の国が空からかき消え、海に日の光が降りそそぎ始めたのです。

 一同は呆然と空を見上げていました。ポポロを守っていた光も、今はもうありません。ポポロは天空の国があった場所を見つめて、今にも泣き出しそうになりました。

 

「けっこう。この手は古典的だが、光の奴らには非常によく効くな」

 と魔王は満足げに笑うと、今度は海上にいる者たちに目を向けました。

「さて、きさまたちにはどうやって消えてもらうことにしようか。……まず、渦王にはもう一度石になってもらうかな。チビの勇者どもを始末したら、その力を改めていただくことにしよう。それとも、海を守る王として自分の娘は見殺しにするか、渦王?」

 渦王は青ざめたまま立ちつくしていました。何も言わずに、ただ空の魔王をすさまじい目でにらみつけています。魔王が黄色い目をいやらしくまた細めました。

「できるわけはあるまい、渦王。おまえはさっきからわしと戦いながら、常に自分の娘を気にし続けていた。おまえは海ではなく、自分の娘を守って戦い続けていたのだ。そんなおまえに娘が見殺しにできるわけがない」

 んーん、と魔王に口をふさがれたメールが、突然うなり始めました。青く燃える瞳で父を見つめます。自分のことは捨てて魔王を倒すよう言っているのが、そのまなざしからありありと伝わってきます。けれども、それでも渦王は動こうとしませんでした。

「武器を海に捨てろ、渦王」

 と魔王が言いました。

 渦王は空の上の魔王と娘をにらみつけたまま大きく肩で息をすると、手にしていた海の矛を放しました。黒い長い矛が、あっという間に海中に沈んでいきます。フルートたちはつらい思いでそれを見つめました。

 すると、その子どもたちにも魔王は言いました。

「きさまらもだ! 武器をすべて海へ捨てるのだ!」

 今度はフルートとゼンが青ざめました。魔王はあざ笑うような目をしながら、ぐい、と大きな剣をメールの首元に押しつけて見せます。その白い首に一筋傷が走り、真っ赤な血が流れ出してきました。触れればたちまち傷がつく、研ぎすまされた刃です。ポポロとルルが、それを見て思わず悲鳴を上げました。

 ゼンは大きくうなると、海の剣を投げ捨てました。青い刃の剣が波間に沈んでいきます。

「全部だ! 光の武器もそうでない武器も、すべて捨てるのだ!」

 とまた魔王が言います。

 ゼンは歯ぎしりしながら、自分の弓も背中から外しました。フルートも手に握っていた光の剣を見つめます。剣は胸の金の石の光を返して輝いています……。フルートは、思わず祈るような目を空に向けました。ゼンもメールを見つめます。その時、二人は心の中で、まったく同じことを考えていました。一瞬の隙さえあれば――と。

 

 すると、突然、空の魔王が驚いたような声を上げました。メールが、口をふさぐ魔王の手に思いっきりかみついたのです。思わずゆるんだ魔王の腕を振り払いながら、メールがどなりました。

「あたいをなめるんじゃないよ! おとなしくあんたの思い通りになんてなるもんか!!」

 剣を持った魔王の手をつかみ、その刃に自分から首を押し当てようとします。人質になるより自分から死ぬことの方を選んだのです。

「メール!!」

 フルートたちは叫びました。

 その時、バシュッと鋭い音をたてて、ゼンが矢を放ちました。光の矢が魔王の剣を持つ手に突き刺さり、魔王が悲鳴を上げて思わず手を引きます。とたんに、メールの体を支えるものが何もなくなり、メールは空から落ち始めました。

「ポチ!」

 フルートが叫び、風の犬のポチが猛然と飛び出しました。ゼンもマグロを突進させます。空の途中で、上へ向かうフルートと下へ落ちるメールがすれ違いました。

「死んじゃだめだ」

 フルートは短く、それだけを言いました。

 落ちてきたメールを、ゼンがマグロの背中で抱きとめます。マグロは一瞬海中に体を半分以上沈めると、大きな波を立てて揺れました。

 腕の中でまた目をぱちくりさせているメールを、ゼンは歓声を上げて抱きしめました。

「この跳ねっ返りめ! やると思ったぜ!」

 

 空の上で魔王とフルートが激しく戦い始めていました。

 ポチが突撃を繰り返し、フルートが光の剣で切りつけます。魔王はまるでそこに固い地面があるように、空の一カ所に立って剣で攻撃を受け止めます。何らかの手段で空にとどまっているのですが、エレボスがいない今、空を移動することはできないのです。

 ガキン、とまた剣と剣がぶつかり合って音をたてました。半年前の天空の国での戦いがよみがえってきます。あのときにつかなかった決着を、今、二人はこの海上でつけようとしているのでした。

 ひときわ激しい一撃が魔王を襲いました。フルートがポチの空飛ぶスピードを剣にのせて切り込んだのです。それを受け止めた魔王の巨体が、思わず大きくよろめきます。その隙を逃さず、フルートはポチを返し、背後から魔王に切りつけようとしました。

 すると、黒い壁が魔王を包みました。闇のバリアです。けれども、フルートの光の剣はそれもなんなく切り裂いていきます。

 魔王が振り返り、手からおびただしい数の魔弾を撃ってきました。今度は金の光がフルートたちを包み、魔弾から守ります。ところが、魔弾は海上に固まる仲間たちに向かっても降りかかっていきました。フルートは思わず声を上げました。彼らを守る天空の光は、もうありません――。

 と、海上の子どもたちを青い壁が包み込みました。その中心で渦王が両手を差し上げています。渦王の水のバリアです。

 渦王が声を上げました。

「こちらはわしに任せて、心おきなく戦え!」

 フルートはうなずくと、また魔王に向き直りました。魔王は舌打ちをすると、ひときわ大きな闇の弾を手に作り、撃ち出してきました。強力な魔弾に、金の光のバリアが砕けて破れます。

 フルートはとっさに盾を構えました。その表面で闇の弾が弾けます。フルートのダイヤモンドの盾は魔法の攻撃も跳ね返せるのです。

 魔王が再び大きな闇の弾を作りだしていました。ふわりと、それが手から離れ、フルートとポチ目がけて飛んできます。それを防ごうと、フルートはまたダイヤモンドの盾を突き出しました。盾が闇の弾に触れます。

 

 と――。

 その盾が、闇の中に溶けていきました。吸い込まれるように闇の弾の中に消え、さらにそれを構えるフルートの腕まで引き込み始めます。

「ワン、フルート!」

 ポチが必死で空を飛び、フルートを闇の弾から引き離そうとしました。ところが、弾はみるみるうちにふくれあがり、闇色の巨大なボールに変わりました。いっそう強力にフルートを引き込もうとします。

「この……!」

 フルートが光の剣でボールを切りつけると、剣までが飲み込まれてしまいました。フルートの両腕が闇の中に引き込まれていきます。

 その様子を眺めながら、魔王が言いました。

「見事にかかってくれたな、フルートよ。それは闇の世界への入り口だ。もう逃れる術はないぞ」

 静かなほどの声でそう言った後、魔王は不気味な笑いを残して消えていきました。その後の空を、ゼンが放った光の矢が貫いていきます。

「フルート!」

 ゼンが叫びました。フルートはもう体の半分以上を闇のボールに取り込まれています。風の犬のポチさえも、一緒に引き込まれようとしています。

 渦王が空に手を向けました。海面から激しい水柱が吹き上がります。けれども、フルートたちのところまでは届きません。

 それを見てゼンが叫びました。

「渦王、俺たちにもう一度やってくれ!」

 言いながら、一緒にいたメールを突然海に放りこみます。

 さすがに、渦王は一瞬でゼンの意図を読みました。ゼンとマグロがいる場所に、魔法で大きな水柱を吹き上げます。彼らの体が高々と水に持ち上げられます。

「ゼン!」

 海面に顔を出して、メールが声を上げました。

 宙の闇のボールを見据えながら、ゼンがまた叫びました。

「跳べ、マグロ!!」

 マグロが水柱の上から闇のボール目がけて大きく飛び跳ねます。ゼンは手綱を握りながら、精一杯手を伸ばしました。

 フルートはすでに全身を闇に飲み込まれ、ポチも半分以上闇の中に消えていました。白い幻のような体の後ろ半分だけが、長い竜の尾のように闇のボールから伸びています。その風の尾を、ゼンは手につかまえました。両手でしっかり握りしめて、力任せにこちら側へ引き戻そうとします。

 とたんに、ひときわ強い力が彼らを引き寄せ、一気に闇の中へと引きずり込んでしまいました。ポチの尾も、そこにつかまったゼンも、一瞬で闇の中へ消えてしまいます。

「ゼン様!」

 マグロが海に向かって落ちながら叫びました。

 渦王は目を見張り、メールが悲鳴を上げます。

 ポポロは真っ青になってルルを空に走らせました。まっしぐらに闇のボールを目ざします。

 けれども、闇のボールはみるみるうちに小さくしぼんでいくと、自身を吸い込むようにして消えていきました。後には何もありません。フルートもポチもゼンも、誰もいません。ただ、日の光が降りそそぐ明るい空間が広がるばかりです。

「フルート……! フルート! ゼン! ポチーッ……!!」

 魔法使いの少女の悲鳴が、青い空と海に響き渡りました――。

 

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