天空の国から差す光の中で、少年と少女たちはことばをかわし合っていました。
「よう、ポポロ! やっと会えたな」
とゼンが満面を笑顔にして魔法使いの少女に言います。ポポロも顔を輝かせて、ゼンに手を差し伸べました。
「ゼンも無事で本当に良かったわ。大丈夫だった? 怪我はない?」
ゼンは笑顔のまま少女の手の先をちょっと握り返すと、すぐにフルートを示してみせました。
「やっとこの馬鹿が呼んだんだろう? ったく、もっと早く呼んでりゃ、こんな苦労はしなかったのによ」
フルートは思わず顔を赤らめました。ゼンとポポロのどちらにともなく、言い訳するように言います。
「ぼくは呼んだ覚えがなかったんだよ……夢を見ていたんだと思う」
「はぁん。夢に見るほど、ホントは呼びたかったってことだろ。強がりやがって、この大馬鹿は」
ゼンにかかると、フルートはさんざんです。
すると、風の犬のポチがまじめな顔と声になって言いました。
「フルートは死にかけていましたよ……もう少しで、本当に死ぬところでした。ぎりぎり最後のところで、ポポロを呼んだんです。それで、ぼくたちは助かったんだ。夢でもなんでも、ポポロを呼んで良かったんですよ」
仲間たちは思わずフルートを見つめました。フルートは、困ったように、相変わらず顔を赤らめています。
すると、フルートとポポロの下から、風の犬のルルが口を開きました。ルルの声は怒っていました。
「馬鹿はあなたたち全員よ! ポポロがどんなに心配していたかわかってるの!? 呼んでもらえるのを待ちながら、天空の城の中庭でずうっと泣き続けていたのよ! 天空の国からは、海の様子は全然見えないし! ホントに、ポポロがどうにかなっちゃうんじゃないかと、そっちのほうが心配だったくらいよ!」
思いがけなく自分たちまで叱られて、ゼンは口をとがらせました。
「なんでだよ。ポポロを呼ぼうとしなかったのはこの馬鹿だぞ」
「あなたたちだって、ポポロを呼ばなかったじゃない! ホントにどういうつもりだったの! ポポロを仲間だと思ってなかったんじゃないの!?」
それを聞いて、ゼンとポチは愕然としました。
「え……なんだ、それ?」
「ワン! もしかして、ぼくらもポポロを呼ぶことができたんですか?」
「あったり前じゃないの!!」
とルルが金切り声を上げます。ゼンとポチは、思わず顔を見合わせてしまいました。
「だ、だってよ、天空の国にいるポポロを呼べるのは勇者だけだって、泉の長老が――」
「あなたたちだって勇者でしょう! 違う!?」
空飛ぶ犬の少女にやりこめられて、ゼンとポチはぺしゃんこになりました。ゼンは頭を抱えてうめきました。
「おい……そんなのって、ありかよ……。勇者って言われれば、誰だってフルートのことだけだと思うじゃないか……」
それを聞いてルルがまた言い返そうとしましたが、ポポロがあわてて引き止めました。
「いいのよ、ルル。もういいの。だって、フルートはちゃんとあたしを呼んでくれたんだもの。こうして間に合うことができたんだもの」
「もう、ポポロったら!」
犬の少女はふくれっ面になると、ぷいっとそっぽを向いてしまいました。
すると、彼らの目の前の海面に淡い光の柱が立ちました。みるみるうちにそれは人の姿になり、半ば透き通った、立派な身なりの男の人になりました。光そのもののような髪とひげが輝いています。
「天空王様!」
子どもたちはいっせいに声を上げました。天空の国とすべての空を統べる、光と正義の王です。
天空王は幻のように淡い姿をしていました。実体ではないのです。フルートたちが驚いて見つめていると、王が言いました。
「待ちかねておったぞ。我々はもう、ずっと前からおまえたちを助ける準備を整えておったのじゃ。呼ばれさえすれば、すぐにも天空の国ごと駆けつけられるようにな」
天空の国は、彼らの頭上に音もなくとどまっていました。輝きに充ちた、巨大な国です。
「天空王様……」
フルートはそう言ったきり、また何も言えなくなってしまいました。
すると、そこへ海中から何かが現れました。天空の国からの光に輝く海の真ん中に浮かんできます。それは青と白の鎧の渦王でした。
「渦王!!」
少年たちはまた歓声を上げました。渦王はどこにも怪我はなく、元気そうです。渦王を動けなくして力を奪ったという魔王のことばは、やはり、でまかせだったのでした。
渦王は海面を照らす光にまぶしそうに目を細めると、天空王を見て、おう、と笑いました。
「天空王殿か。これはかたじけない」
「海の王たちが魔王相手に難儀しているように見えたのでな。この子たちに呼ばれて、少々手助けに来た次第だ」
と天空王が答えると、渦王は海中から海面に立ち上がり、ていねいに頭を下げました。
「恩に着る……。今も、海底で魔王が呼び出した幽鬼どもにしがみつかれて、どうにも身動きがとれなくなっていたところだった。天空の光が海底まで届いたおかげで助かった」
すると、天空王はまじめな声になりました。
「水くさいのは、勇者たちもあなたも一緒だな、渦王。これほどの事態になっていたのなら、もっと早く我々を呼んでくれれば良かったのだ」
すると、渦王は意外そうな顔になって、やがて、ゆっくりと苦笑いをしました。
「わしは嫌われ者の海の王であるからな……呼んでも来てはいただけぬものと思いこんでいた」
「空はどの海の上にもある。空は常に海と向き合っている友だ。天空の国は、呼ばれれば、東西のへだてなく海を助けにくる」
きっぱりとそう言いきる天空の王に、渦王は黙って深く頭を下げて、感謝の意を表しました。
「おい。ところで魔王はどこだ?」
とゼンがマグロの背中から海を見回して言いました。さっきから魔王とエレボスの姿が見あたりません。
すると、天空王が答えました。
「海の底深く潜っているのだ。奴も馬鹿ではない。私がここにいる間は出てこないだろう」
闇のものは聖なる光を嫌います。天空の国から差す光と、その中に立つ天空王の姿は、闇の権化である魔王やエレボスには耐え難い存在なのでした。
渦王は腕組みをしました。
「このまま天空王にここにいてもらえば、奴も身動きはできんのだろうが――それでは何の解決にもならない。奴とは決着をつけねばならんのだからな」
渦王のことばに、子どもたちはいっせいにうなずきました。
天空王が言いました。
「私は天空の国から貴族たちと一緒に力を送ろう。光はポポロの周りだけに絞っておく。光の中にさえいれば、魔王には手出しはできぬからな。存分に戦うがいい」
それを聞いて、今度は少年たちが思わず深く頭を下げました。天空の光がポポロを守り続ける。そう聞いただけで、勇気も元気も倍増してきました。
すると、幻のような天空王が魔法使いの少女を見ました。
「ポポロ、あれを」
少女はうなずくと、何もなかった空間から一本の剣を取り出しました。飾りのほとんどない銀一色の剣で、柄の部分にだけ小さな星の模様が刻まれています。
「光の剣だ!」
と少年たちは叫びました。闇のものに絶大な威力を発揮する、天空の国の守り刀です。半年前、フルートはこの剣を握って魔王と対決したのでした。
天空王がフルートに言いました。
「それで今度こそ魔王と決着をつけるがいい。天の力と守りは、常にそなたたちと共にあるぞ」
フルートは大きくうなずくと、ポポロの手から光の剣を受け取りました。重さをまったく感じないほど軽い剣ですが、柄を握ると、炎の剣に負けないくらい、しっくりとフルートの手になじみます。フルートは自分のロングソードを背中から外してポポロに渡すと、代わりに光の剣を背負いました。
それを見て、ゼンが思わずぼやきました。
「いいよなぁ、フルートは……。いや、光の矢もいいんだけどさ、魔王相手には効果が弱いんだ。天空王、俺にもなんかもっと強力な武器は貸してもらえないかな?」
「おまえに使える武器で、光の矢以上のものは、天空の国には存在せんな」
と天空王が答えたので、ゼンはがっかりしました。その様子を見て、渦王が自分の腰から短い棒のようなものを放ってよこしました。
「ゼンはこれを使え――海の剣だ」
「剣?」
ゼンは目を丸くしました。どう見ても金属製のただの棒にしか見えません。すると、渦王が笑いながら言いました。
「水中で振ってみろ」
そこで、ゼンはマグロと一緒に海中に潜って棒を振ってみました。とたんに、棒の先に青く輝く刃が現れました。研ぎすまされた大剣に変わります。
ゼンはまた海面に飛び出しました。海の外に出ても青い刃は消えません。
「水の刃を持つ剣だ。水と言っても馬鹿にはできんぞ。水は時には鋼さえも切り裂くことができるのだからな」
そう言う渦王の声は、どこか誇らしそうでした。
「へへっ、こりゃいいや」
とゼンは青い海の剣をかざして笑いました。
天空王が一同に言いました。
「では、私は天空の国へ戻る。私が去ると同時に、魔王が仕掛けてくるだろう。奴はしぶとい。油断はせぬことだ」
そして、空の王は、幻のような目をじっとフルートに注ぎました。
「大切なことに、そなたはもう気づいたか、フルートよ?」
「え……?」
フルートは面食らって天空王を見返しました。大切なこと、と急に言われても、いったい何のことかさっぱり思い当たりません。
すると、淡い光の柱になって薄れながら、天空王は言いました。
「戦いは一人きりでするものではない。そなたの周りに誰がいるか、それをしっかり見極めることだ――」
天空王の姿が海の上から消えていきました。
フルートはますますとまどって、思わず仲間たちを振り返りました。仲間たちは皆ほほえむような顔をしていました。
「天空王もけっこういいこと言うよなぁ」
とゼンが腕組みしながら満足そうにうなずくと、ワン、とポチも吠えました。
「みんなで戦っているんですよね。魔王はぼくたちみんなの敵なんだ。フルートだけが戦っているわけじゃないんですよ」
「あたし……あたしは、ほとんど力になれないかもしれないけど」
とポポロが言いました。
「でも、あたしにできることがあったら、絶対にあたしも加わるわ。こんなでも、あたしは勇者の仲間なんだもの」
とたんに、ゼンが吹き出しました。
「よっく言うぜ。おまえは俺たちの切り札だろうが。当てにしてるから、またでかい魔法を頼むぞ」
たちまちポポロは嬉しそうな笑顔になってうなずきました。
その下で、ルルがつん、とすましながら言いました。
「私は天空の光と一緒にポポロを守るだけよ。私はポポロの犬なんだもの」
「私はゼン様を守ります」
とマグロが言い、笑うような目でフルートを見つめました。
「勇者様はおっしゃいましたよね。自分の命を捨てることは、偉いことでも何でもないって。そのことば、今、そっくり勇者様にお返ししますよ。自分だけが犠牲になって戦うことはないんです。仲間たちをお信じなさい。みんな、勇者様と一緒に戦いたくて、ここに集まっているんですから」
フルートは何も言えなくなりました。そんなふうに仲間たちに言われて、嬉しいような困惑するような、複雑な気持ちになります……。
そのとき、海を見ていた渦王が言いました。
「動き出した。魔王が出てくるぞ!」
子どもたちは、はっとして、戦闘態勢に入りました。
フルートは風の犬のポチに飛び移ると、光の剣を抜きました。剣はポポロの周りに差す天空の光を返して銀に輝きました。
「行くぞ! これが最後の決戦だ――!」
フルートは仲間たちに向かって声を上げました。