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第3巻「謎の海の戦い」

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50.魔王と渦王

 魔王はこれ以上ないほど憎々しい表情で、目覚めた渦王とそこに駆け寄る子どもたちをにらみました。渦王は大きな魔王より身長こそ低いものの、魔王に負けない迫力と威厳で立っています。

 と、突然激しい渦巻きが渦王と子どもたちを襲いました。牙の鋭い水の獣に変わり、皆を粉々にかみ裂こうとします。ところが、渦王が片手を上げたとたん、渦巻きも水の獣も、あっという間に水の中にかき消えてしまいました。

「無駄だ。水の魔法なら、わしのほうが使い慣れているぞ」

 と渦王が笑います。

 魔王がどなりました。

「こしゃくな。ではまたおまえたちを石にして、改めておまえの力をいただくまでだ!」

 子どもたちは思わず、いっせいに身構えました。けれども、渦王は余裕の表情のままです。

「愚かなことを。あれほどの魔法が、短期間にそうたびたび使えるわけはなかろう。今のおまえに使える魔法は、たかがしれているわ」

 魔王がまた高い音をたてて歯ぎしりしました。見抜かれたとおりだったのです。悔し紛れに渦王と子どもたち目がけて、雨あられと黒い魔弾を撃ち出してきます。とたんに、青い水の壁が彼らの周りを包みました。水のバリアです。

 自分たちの周りで魔弾が砕けていくのを、子どもたちは目を丸くして眺めました。金の石のバリアも強力ですが、渦王のバリアは、それ以上に範囲が広く堅固に見えます。

 すると、渦王が子どもたちを見下ろしました。

「よく、ここまで来てくれたな。さすがは金の石の勇者の一行だ」

 フルートは渦王の青い目を見返しました。海そのものを思わせる、優しく頼もしい瞳です。フルートは黙ってうなずきました。

 すると、渦王が突然表情と口調を変えました。声を潜めるようにして尋ねてきます。

「それで、あれは……メールはどうしたのだ? わしにはあれの存在がどこにも感じられん。あれは……死んだのか?」

 少年たちは、はっとしました。ゼンが、おずおずと胸当ての下のポケットから緑の二枚貝を取りだして見せました。

 渦王はさすがに衝撃を隠しきれませんでした。変わり果てた姿の娘をくいいるように見つめ――やがて、ため息をつくと、小さくうなずきました。

「メールをここまで連れてきてくれたこと、感謝するぞ……。これは闇の魔法だから、わしには解くことができん。すまんが、もう少しだけ、これを守っていてやってくれ……」

 冷静を装おう声の陰に、深い悲しみがのぞいていました。少年たちは何も言えなくなり、ゼンは、またそっと貝を自分の胸の内側にしまい込みました。

 

 水のバリアに銀の水蛇が体当たりを繰り返していました。牙をむき、渦王と子どもたちにかみつこうと、何度も試みます。渦王は水蛇に厳しい目を向けました。

「兄上のネレウスか。敵の言いなりになるとは、まったく嘆かわしい。反省するがいい!」

 渦王が呪文を唱えたとたん、広間に今度は青い稲妻がひらめき、青い水が流れ出して、銀の蛇にも負けないほど巨大な青い水蛇が現れました。ハイドラです。広間の壁を崩しながら実体化すると、鎌首を高々ともたげて、銀の蛇のネレウスに飛びかかっていきました。

 水の牙が同じ水蛇の体に食い込み、銀の水があたりに飛び散ります。太い尾がのたうち、また部屋の壁を崩します。二匹の巨大な蛇は、広間の中でもつれ合い、互いにかみついて激しく戦い始めました。

 ばらばらと部屋の岩が崩れていく様子を見て、ポチが心配そうな顔をしました。

「ワン、海王は大丈夫でしょうか?」

「兄上のことは魔王が守っている。兄上は奴の力の源だ。死なせるわけにはいかんだろう」

 と渦王は厳しい目のまま答えました。青いバリアのすぐ外に、黒い衣の魔王が立っていました。

「いつまでそこに隠れているつもりだ? 臆病者ども。そんなにわしが恐ろしいか」

 と魔王があざ笑います。とたんに、渦王は笑って言い返しました。

「放っておかれて淋しくなったのか、魔王? では、望み通り相手をしてやろう」

 青いバリアが消え、渦王の手に大きな矛が現れました。ギルマンが使っていたものより一回り大きな海の矛です。魔王の手にも黒い大剣が現れました。大きな海の王と、それよりさらに大きな黒い男は、互いに走り寄り、激しく武器をぶつかり合わせました。

 

 子どもたちは、広間の中の戦いを見守っていました。渦王と魔王が武器を振り回し、互いの隙をついて激しく戦い続けています。黒い矛と大剣が、何度もぶつかり合っては音をたてます。

 一方、部屋の真ん中では水蛇のネレウスとハイドラが戦い続けていました。絡み合った蛇は一本の巨大なより綱のようでした。互いにかみつき合い、のたうつたびに、部屋の壁や天井がまた崩れてきます。と、フルートたちの上に今度は金の光が広がりました。金の石のバリアが子どもたちを守り始めたのです。

 黒い大剣が矛にはじき飛ばされました。魔王の武器がなくなります。その胸めがけて渦王が矛を突き出そうとしたとたん、激しい水の流れが矛を押し返しました。流れはさらに大きな渦になり、部屋中の水とものを巻き込んで激しく流れ出そうとします。けれども、渦王が片手を上げたとたん、水の流れは霧散してしまいました。

「無駄だ、魔王!」

 と渦王がまた笑いました。

「おまえが得ている海王の力と、わしの力は五分と五分。しかも、水の魔法の扱いはわしのほうがずっとたけている。力を手に入れたばかりのおまえになど、負けるわけがなかろう!」

「ほう、なるほど」

 魔王が冷ややかに笑い返しました。手を伸ばすと、床の上の大剣が溶けるように消えて、またその手の中に戻ってきました。

「確かに、水の魔法は、ことごとくおまえに打ち消されるようだな。では、わしはわし本来の力で戦うまでだ――」

 魔王の本来の力。それは闇の魔力です。魔王が手をかざすと、黒い光が当たりに広がり、広間の壁からわらわらと白いものが抜け出してきました。城に取り憑いていた幽霊たちです。青ざめ腐りかかった姿で、あたりを飛び回り始めます。

 そして、それと同時に、城の天井が崩れ始めました。大小の岩と共に、幽霊城の頂上が砕け、城内に、海底に落ちていきます。それがおさまった時、広間は海とじかに続く、城の屋上に変わっていました。

 

 すると、そこへ黒い弾丸のようなものが飛び込んできました。マグロです。その後を追って、黒い水蛇のエレボスもやってきます。マグロは、フルートたちが城に入ってからずっと、エレボスを引きつけて海を逃げ回り続けていたのでした。

「マグロくん!」

 子どもたちは歓声を上げました。広げたフルートの腕の中に、マグロが飛び込んできます。手綱をつけたまま、どこにも怪我ひとつしていません。

「無事でよかった……! 本当によかった!」

 フルートは思わずマグロを力一杯抱きしめてしまいました。

「エレボスよ、来い!」

 魔王が黒い水蛇に呼びかけました。蛇が黒い流れのようにするすると近づき、その背に主人を乗せます。

「逃げるのか!?」

 渦王が矛を構えたままどなると、魔王が蛇の上から笑いました。

「逃げはせん。わしとおまえたちの生き残りをかけた勝負はすでに始まっているからな。ただ、ここは戦うには場所が狭すぎるだけだ――」

 そう言ったとたん、城の床が突然爆発しました。大きな泡が激しくわき起こり、城全体が、大揺れに揺れます。

 また別の床が爆発しました。金の光のバリアを張ったフルートたちの、すぐ目の前です。すさまじい激流に光のバリアがちぎれ、子どもたちはばらばらに跳ね飛ばされました。

 さらに次の爆発がフルートの真下で起こりました。わき起こった猛烈な泡が、フルートの体を勢いよく上へと押し上げていきます。フルートは思わず声を上げました。とても逆らえません。

「ワン、フルート!」

 ポチが跳ね起きて駆けつけ、わき上がっていく泡の渦の中へ自分から飛び込みました。小さな子犬の体も、泡と一緒に上へ運ばれていきます。

「フルート! ポチ!」

 叫んだゼンを、ぐいっと引っ張るものがありました。マグロです。

「私に乗ってください。後を追いましょう」

 と手綱をひらめかせます。ゼンは即座に手綱をつかむと、マグロの背に飛び乗りました。世界一泳ぎの速い魚が、黒い弾丸になって飛び出します。とたんに、彼らがたった今までいた床が爆発して崩れ、大きな泡をたてました。

 上へ、上へ……すさまじい泡と共に、子どもたちは海面に向かっていきます。

「いかん、速すぎる!」

 渦王が後を追おうとしたとたん、巨大な口が襲いかかってきました。黒い水蛇のエレボスです。

「おまえの相手はわしだ。邪魔なチビ共はいなくなった。広い海を舞台に、思う存分戦おうではないか」

 そう言って、魔王は蛇の上から笑いました――。

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