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第3巻「謎の海の戦い」

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49.銀の蛇

 黒い光の壁が広がり、フルートとゼンは跳ね飛ばされて倒れました。

 魔王が闇のバリアを張ったのです。その奥で魔王が片手を上げました。魔弾が雨あられと撃ち出されてきます。

「金の石!!」

 とフルートはまた叫びました。金の光が少年たちを包み、魔弾をことごとく砕きます。

「こしゃくな!」

 魔王が右腕を高く振りかざしました。その手には黒い大きな剣が握られています。次の瞬間、闇のバリアが消え、剣が振り下ろされてきました。金の光のバリアを布のように切り裂いていきます。

 フルートはとっさに左腕を上げました。魔法のダイヤモンドで強化された盾で、黒い大剣をがっきと受け止めます。

 その隙に、ゼンが跳ね起きて飛び出していきました。体を丸めて頭から魔王に突っ込んでいきます。怪力の少年の体当たりをまともに食らって、魔王の巨体が大きく後ろへよろめきました。

「行け、フルート!」

 ゼンが叫びます。フルートは飛び起き、炎の剣で魔王の胴をなぎ払いました。ばっと大きな泡がわき起こり、一瞬、海中の景色が見えなくなります。

「おのれ……おのれ、おのれ!!」

 魔王が角の生えた頭を振り立ててわめきました。胴に受けた傷がたちどころに治っていきます。フルートは、ぎゅっと唇をかみました。闇の敵の魔王に、炎の剣ではあまり効果がないのです。天空の国の光の剣がここにあれば……とフルートは思わず考えました。

 

 すると、そこへポチの声が響きました。

「ワンワン! 渦王に『力』を飲ませましたよ!」

 少年たちが魔王と激しく戦っている間に、ポチはグラスをくわえたまま渦王の寝台へ駆け上がり、その口へグラスの中身を注ぎ込んでいたのでした。

「よくも!」

 魔王がポチへ魔弾を撃ちました。が、それはまた、光の矢に打ち砕かれてしまいました。

 矢の余韻で弦が震えている弓を構えながら、ゼンが笑いました。

「させるもんかよ。おまえの攻撃はワンパターンで見え見えだぜ」

 とたんに魔王は黄色い目を剣呑に細めました。

「ほう、そうか……。ちと怪我させてはまずいものがあったので手控えておったのだが、この際、そんな遠慮も無用とするか――」

 魔王が呪文を唱え始めました。すると、魔王の目の前の水が、ぴかり、ぴかりと稲妻のように光り始めました。銀のひらめきが、大広間の水の中を走っていきます。フルートとゼンは武器を構えたまま目を見張りました。

 石の寝台の上では、ポチが必死で呼び続けていました。

「ワンワン! 渦王! 渦王、目を覚ましてください!」

 確かにグラスの中の青い光は、渦王の口から体内へと吸い込まれていきました。けれども、王の顔色は相変わらず青ざめたままで、少しも目を覚ます気配がないのです。

 銀の稲妻がさらに広間いっぱいに広がっていました。とてつもなく大きなものの気配が広間の真ん中に集まっていきます。

「渦王――!!」

 ポチは思わず泣き声になりました。

 

 ふいに銀の稲妻が水の流れに変わり、寄り集まってひとつの大きな流れになりました。流れの先に巨大な蛇の頭が生まれます。青い宝石のような目をした、銀の水蛇でした。たちまち水の中から銀の体が実体化していき、長い尾の先が広間におさまり切らなくなって、石の壁を突き破りました。大小の岩が壁から落ちます。

 思わず立ちすくんだ子どもたちに、魔王が笑いました。

「わしに使えるのはエレボスだけだと思っておったか? わしは海王の力も持っているのだ。行け、ネレウス! まず犬をかみ殺せ!」

 海王の水蛇、ネレウスでした。するすると銀の体が動き、まっすぐポチに近づいていきます。ポチは背中の毛を逆立てると、大あわてで石の寝台から飛び下りました。

 銀の蛇が水中をはうように進んでいきます。と、その頭が目にもとまらぬ素早さで突き出されてきました。とっさに飛びのいたポチのすぐわきで、水の牙がかみ合わされます。

「ポチ!」

 ゼンとフルートは同時に動きました。

 ゼンが光の矢を放ちます。ところが、矢は銀の蛇の体の中を通り抜けてしまいます。水蛇のネレウスは闇の生き物ではありません。聖なる光の矢は、闇のもの以外にはまったく効果がないのでした。

 フルートが剣を構えて蛇に駆け寄りました。その切っ先を水の体に突き刺そうとします。すると、魔王の声が響きました。

「ネレウス、はねとばせ!」

 たちまち蛇の尾が飛んできて、フルートはまた石の壁にたたきつけられました。本当に、魔法の鎧を着ていなければ大怪我をするところです。

 またネレウスの頭が動きました。とたんに、ポチの悲鳴が上がりました。水中に真っ赤な血が広がり、ネレウスが勝ち誇ったように頭を上げます。その口には白い子犬がくわえられていました。

「ポチ!!」

 フルートとゼンはまた叫びました。

「くそっ」

 ゼンが駆け出しました。ショートソードを抜いて切りかかっていきますが、鋭い刃は水蛇の体をすり抜けていくだけです。蛇の牙の間でどんどん赤い血が流れ出し、ポチの小さな体がぐったりしていきます――。

 

 ゼンが水蛇の体に飛びついて、よじ上り始めました。

「ドワーフを絞め殺せ!」

 と魔王の声がまた響きます。

「この!」

 フルートは魔王に切りかかっていきました。魔王を倒せば、ネレウスに命令を下す者はいなくなるのです。

 水蛇が渦を巻いて、その体の中にゼンを抱き込もうとしていました。

「おっと」

 ゼンはとっさに蛇の体にぶら下がって、それをかわしました。迫ってくる蛇の頭に向かって自分から飛びつき、なんと蛇の頭の上に乗ってしまいます。

 蛇がポチをくわえたまま大きく頭を動かしました。ゼンを振り落とそうとします。ゼンはあわてて頭から滑り降り、その首に後ろからしがみつきました。蛇の首の一番細くなっているところに両腕を回すと、力任せに締め上げ始めます――。

 どんなに鋭い刃物で切られても、刃を素通りさせて、またすぐ元に戻ってしまう水蛇ですが、じりじりと締め上げてくる腕は逆に振り切ることができません。水蛇は巨大な体をのたうたせ、頭を振り回してゼンを振りほどこうとしました。その拍子に牙の間からポチの体が落ちます。

 フルートは魔王の前から身をひるがえして走り出しました。蛇の真下まで走り、血を流しながら落ちてくるポチの体を抱きとめます。すると、次の瞬間、胸の金の石が光のバリアを広げました。飛んでくる魔弾を次々に砕きます。魔王がふたりを狙って撃ってきたのです。

 同じ金の光が、ポチの傷もたちまち治していきました。あっという間にポチは元気を取り戻して、フルートの腕の中で頭を上げました。

「ワン、フルート!」

 フルートは思わずポチを強く抱きしめました。

 

「よけろ、ふたりとも!」

 頭上でゼンがどなっていました。銀の水蛇がゼンに首を絞められて大暴れしています。フルートはポチを抱いたまま、あわててそこを離れました。ゼンはますます強く蛇を締め上げていきます。かつて渦王の城で、ゼンはこうして渦王の水蛇ハイドラを破ったのです。

 さすがの魔王も、この光景には目を見張って驚いていました。素手で水蛇を絞め殺せる者がいるとは思わなかったのです。

 けれども、すぐに魔王は我に返ると、ゼンに向かって手のひらを向けました。共にいる水蛇が巻き込まれることなど考えもせずに、魔弾を撃ち出していきます。

「ゼン!」

 フルートはまた、とっさに走り出しました。が、ゼンは頭上はるか高い場所にいます。フルートの光のバリアも届きません。

「ゼン!!」

 フルートはまた叫びました――。

 

 その時、ゼンを直撃しようとしていた魔弾が、突然砕けました。青く輝く壁がゼンの周りを包んでいます。海の水が寄り集まってできた水のバリアでした。

 広間にいた全員が驚きました。魔弾はことごとく水のバリアにはじかれて消えていきます。

 石で出来た寝台の上に、青と白の鎧を着た人物が起きあがってきました。片手をゼンに向かって伸ばしています。青ざめていた顔は血の気を取り戻し、深い青い瞳はこうこうと輝きながら水蛇と戦うゼンを見つめていました。

「渦王!!」

 とゼンが歓声を上げました。が、その拍子に一瞬腕の力がゆるみました。銀の水蛇が激しく頭を振ったとたん、ゼンの体は海中に投げ出され、広間の石の床へまっさかさまに落ちていきました。銀の蛇が恨みを込めてそれにかみつこうとします。

 とたんに、ごうっとうなりをあげて渦巻きが蛇を襲いました。蛇は広間の端まで跳ね飛ばされ、一方のゼンは、再び現れた水のバリアに受け止められて、ふわりと床の上に降り立ちました。

 渦王は石の寝台から立ちあがりました。

「どうやら、わしはずいぶんと助けられていたようだな……。心配をかけたな」

 西の大海の王は、そう言って、駆け寄ってくる子どもたちに笑顔を向けました。

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