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第3巻「謎の海の戦い」

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第13章 決戦・1

48.力のグラス

 幽霊城と呼ばれる海中の山城の、頂上に近い広間に、魔王は一人で立っていました。

 紅い自然石を削りだして作った広間に、他に人影はありません。ただ石の寝台が二つ並んでいて、その上に二人の王が横たわっています。青と白の鎧兜に身を包んだ渦王と、鮮やかな青い衣に身を包んだ海王です。渦王は石の像から人の姿に戻っていましたが、体は相変わらず石像のように硬直したままでした。海王も、死んだようにじっと横たわり続けています。

 魔王が渦王の上に片手をかざし、口の中で呪文を唱え始めました。黒い魔法が広がり、渦王の体全体を包み込みます。

 すると、それまで身じろぎ一つしなかった渦王の体が、小さく震え始めました。その全身から、絞り出されるように、淡い青い光が立ち上り始めます。光は次第に濃く激しくなって、まるで湯気のようにもうもうと水中に踊り出します。

 魔王が大きな手を部屋の片隅に向けました。そこに黒い大理石のテーブルが現れます。テーブルの上には、透明な台付きグラスが一つ載っています。

 ふいに、渦王の体から立ち上る光の湯気が見えなくなりました。それと同時に、テーブルの上のグラスに、青く光るものが現れます。まるで、目に見えないボトルから青い酒を注ぐように、ゆっくりとグラスの中にたまっていきます。魔王は黄色い目を細めてそれを眺めました。グラスの中にたまっていくものこそが、渦王の持つ「力」なのでした。

 ところが、そこへ騒々しい音が響いてきました。何者かが激しく戦いながら外の通路を近づいてきます。魔王は顔をしかめると、いまいましそうに舌打ちをしました。グラスの中の青い光は、まだ半分ほどしかたまっていません。魔王が自分の前で手を振ると、その黒い大きな姿は、たちまち広間からかき消えてしまいました。

 

 フルートとゼンとポチは、怪物と戦いながら広間に飛び込んできました。炎の剣がひらめくと、水の中に猛烈な泡がわき起こり、怪物がまた倒れます。ゼンは頭上に飛んでくる敵の剣や槍をかわしながら、息つく暇もないほど矢を射続けていました。矢が無尽蔵に増える魔法の矢筒だからこそできる芸当です。

 一足先に広間に駆け込んだポチが吠えました。

「ワンワンワン! いました、渦王です!」

 少年たちは広間の中に、石の寝台と、そこに横たわる二人の王を認めると、いっそう激しく戦い始めました。フルートは息が切れ、盾を持つ手も剣を握る手も、もうしびれてきていましたが、それでも戦うことをやめませんでした。ついに巨大なカニを思わせる怪物が、炎の剣とエルフの矢を同時に食らって倒れました。水中に地響きを立て、それっきり動かなくなります。それが最後の敵でした。

 フルートは膝に両手をついて、ぜいぜいとあえぎました。今にも座りこみそうになる体を支えるのがやっとです。こんなに激しく戦い続けたのは初めてでした。ゼンも顔を真っ赤にほてらせて、肩で息をしていました。ポチだけが広間の中を横切って、寝台の上に飛び上がりました。

「ワン、渦王! こっちは海王だ!」

 二つの寝台に並んでいる海の王たちは、見れば見るほど瓜二つの顔をしていました。着ているものが違うので見分けはつきますが、それ以外の違いと言えば、海王には青い口ひげとあごひげがあり、渦王にはあごひげしか生えていないことだけでした。目を開ければ、きっと、瞳の色も同じ深い青をしているのに違いありません。けれども、二人の王は堅く目を閉じたまま、ぴくりともせずに横たわっていました。

「渦王! 渦王!!」

 ゼンが寝台に駆け寄って呼びかけました。フルートも息をはずませたまま飛んできます。けれども、いくら呼んでも揺すぶっても、二人の海の王は目を覚ましませんでした。

「死んでるんじゃないよね」

 とフルートは海王を見ながら心配そうに言いました。その顔色は本当に死人のような土気色です。ゼンが海王の胸に耳を当てました。

「生きてはいる……呼吸もしてる。だが、心臓の音がものすごく遅くて弱い。半分死んでいるようなもんだ」

 渦王のほうは海王よりはましな様子でしたが、それでも真っ青な顔色をしていました。フルートは試しに二人に金の石を押し当ててみましたが、まったく変化はありませんでした。

「くそっ、魔王はどこだ?」

 とゼンが歯ぎしりしながら広間を見回しました。紅い石の広間はがらんとしていて人気がありません。

 

 すると、あたりの匂いをかぐように鼻を上げていたポチが、突然何もない空間に向かって激しく吠え出しました。

「ワンワンワンワン……そこだ、魔王!!」

 フルートとゼンは、はっとしてそれぞれの武器を構えました。けれども、ポチが吠えかかる先には何も姿を現しません。フルートは胸の金の石を突き出しました。

「出てこい、魔王!」

 金の石から光がほとばしると、まるであぶり出しのように、何もなかった場所に人の姿が浮き上がってきました。大きな黒い影になり、やがて、それが実体化して、見上げるような魔王の姿に変わりました。

「まったく、いまいましい石だ」

 と魔王が憎らしげに言いました。

 フルートは炎の剣を構えながら叫びました。

「みんなを戻せ!」

「メールを元の姿にもどしやがれ!」

 とゼンも叫んで光の矢を放ちます。けれども、やっぱりそれは魔王の魔法で砕かれてしまいました。

 魔王は少年たちをにらみつけると、ふいにその顔に意味ありげな笑いを浮かべました。

「それはできぬ相談だな、チビの勇者ども。なぜなら、二人の王の力は、すでにわしのものになったからだ。わしはすべての海をこの手に入れた。もう、おまえたちには止めることができんぞ」

 そのことばと同時に、ごぉっと広間の中に渦が巻き起こりました。魔王の正面に立っていたフルートにまともに襲いかかり、その両脇に立っていたゼンとポチを跳ね飛ばします。フルートの小柄な体は広間の石の壁にたたきつけられました。

 その目の前に、一瞬で魔王が歩み寄りました。黒い大きな姿で、のしかかるようにフルートに迫ってきます。

「わかったか、フルートよ。渦王の力はすでにわしと共にある。おまえたちは間に合わなかったのだ」

 黒い影がフルートの上におおいかぶさってきます。とたんに、フルートの心臓がぎゅっとすくみ上がりました。唐突に、あの悪夢の中の魔王の姿が目の前の魔王とだぶったのです。圧倒的な大きさと強さで襲いかかり、仲間たちを血に染めていく、闇の影です――。

 反撃することもできなくなって壁にへばりつくフルートを、魔王は黄色い目を細めて眺めました。長い爪の伸びた手をフルートに伸ばそうとします。

 とたんに、その背中に矢が突き刺さりました。光の矢です。ゼンがどなりました。

「しっかりしろ、フルート! 完璧になった奴が、なんでこんなところに未練たらしく隠れてる! こいつはまだ渦王の力を手に入れてないんだ!」

「おろかな。きさまたちに今までの礼をするためだとは考えんのか」

 と言いながら魔王がゼンを振り返りました。背中の矢は、あっという間に溶けて消えていきます。天空の国の光の矢も、魔王にはほとんどダメージを与えられないのです。

「考えないぜ! あんたは目立ちたがり屋だ。本当に完璧な力を手に入れてたら、最初から見せつけてくるはずだからな!」

 とゼンがあざ笑うように答えます。が、次の瞬間、魔王の渦をまともにくらって壁にたたきつけられ、ぐうっとうめきました。

「一丁前に敵の心理を読んでいるつもりか、こわっぱが。では、わしが新しく得た力を、まずおまえに思い知らせてくれよう」

 渦が大きな獣の頭の形に変わり、水の牙をむいてゼンにかみついてきました。ゼンはとっさに腕を上げて頭をかばいました。そこに獣が食らいつき、ばっと赤い血が水中に広がります。

 そのとたん、フルートが壁際から飛び出しました。炎の剣で激しく魔王に切りつけます。ふいを突かれた魔王は、黒い衣と共に横腹を切り裂かれて、思わず声を上げました。激しい泡がわきたちます。

 フルートは全力で走り、ゼンに襲いかかっている水の獣に切りかかりました。また、泡がばっとわき起こり、獣が水中に霧散します。

 ゼンがその場にうずくまりました。腕の肉が大きく食いちぎられていて、赤い血が水中にあふれていきます。

「ゼン!」

 フルートは大急ぎで金の石をゼンに押し当てました。みるみるうちに腕の傷が治っていきます。

 魔王が歯ぎしりをしながら迫ってきました。

「まったくいまいましいチビ共が! おとなしく、わしの力の前にひれ伏せ! すでに、きさまたちには勝ち目はないのだ!!」

 頭上から襲いかかるように、大声が降りかかってきます。巨大な黒い影が子どもたちを押しつぶすように、また迫ってきます。

 フルートはゼンをかばうように炎の剣を横に向けて、魔王をにらみつけました。

「ぼくの心をしばろうとしても無駄だ! おまえなんかに負けるもんか!」

 

 そのとき、部屋の片隅にひとり走っていたポチが声を上げました。

「ワンワンワン、見つけました! 渦王の『力』ですよ!」

 ポチは黒い大理石のテーブルの下で、青い光のたまったグラスを見上げていました。

 魔王が、ぎょっとしたように振り返りました。そして、その反応に、フルートたちもポチのことばが正しいことを知りました。

「ポチ、それを渦王に戻すんだ!」

 とフルートが叫び、魔王に切りかかっていきました。魔王は剣をかわすと、顔をゆがめながらわめきました。

「生意気な! このチビ共はまったくうざったい! わしにたてつけると、なぜ考えるのだ!?」

 魔王の手のひらから魔弾が飛び出しました。テーブルの上に飛び上がろうとするポチを狙って飛んでいきます。

 けれども、次の瞬間、黒い魔法の弾に光の矢が命中して、砕け散りました。ゼンが援護したのです。怪物に食いちぎられた腕の傷は、すでに跡形もなく消えていました。

 ポチはテーブルの上に飛び上がりました。青い光で充ちている台付きグラスの足をくわえると、すぐにテーブルから飛び下ります。とたんに、魔弾が飛んできて、大理石のテーブルを粉々に砕きました。

 ポチはグラスをくわえたまま走り出しました。魔法のグラスにたまった『力』は、普通の液体とは違います。水中をどんなに激しく走っても、グラスからあふれて流れ出すようなことはありません。

「待て!!」

 魔王が次々と魔弾を撃ちます。ポチはジグザグに走ってそれをかわします。フルートがまた魔王に切りかかりました。黒い衣が裂け、また猛烈な泡がわき起こります。ゼンも光の矢を撃ち込みます。

「ええい、うるさいうるさい!!」

 ついに魔王は少年たちに向き直りました――。

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