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第3巻「謎の海の戦い」

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47.紅い頂(いただき)

 マグロと子どもたちは、海面から下をのぞき込みました。大藻海のど真ん中、そこだけは海藻がまったく生えておらず、透明な水の中をどこまでも見通すことができます。大藻海の水はプランクトンなどの小さな生物が少ないので、普通の海よりはるかに澄んでいるのです。海底に高くそびえる山が見えます。細く鋭いその頂は、血で染めたように真っ赤な色をしていました。

「幽霊城です……」

 とマグロが言いました。知らず知らずのうちに声をひそめています。子どもたちも声もなく赤い山の城を見下ろしました。何とも言えないまがまがしさが伝わってきます。フルートの胸の上では、金の石が強く弱く光り続けていました。その海域に充ちる魔の気配に反応しているのでした。

 

 すると、突然ゼンがフルートの腕をつかみました。

「おい、見ろ!」

 ゼンが指さす海中に、黒い長い影が見えました。死の藻の森をくぐり抜けて、まっすぐ城を目ざして泳いでいきます。黒い水蛇のエレボスと、その背に乗った魔王でした。魔王は片腕に石になった渦王を抱えたままでいました。

 子どもたちはびっくりしました。魔王たちに追いつくつもりで必死で泳いできたのですが、泳ぎの得意なマグロはいつの間にか魔王たちを追い抜いて、城に先回りしていたのです。

 どこまでも透きとおって見える水の中を、黒いエレボスが城へと泳いでいきます。凶暴な死の藻も、彼らの前では次々に身を引きます。ちょうど、海藻が金の石の光を恐れるようです。

「よし」

 フルートはマグロの手綱をつかみ直すと、背中の剣に手をかけました。マグロに、エレボスへ直行するよう言おうとします。

 すると、ふいに魔王が顔を上げました。遠く何十メートルも離れているはずなのに、その黄色い目が鋭くにらみつけてきたのを子どもたちは感じました。水の彼方から魔王の声がはっきりと聞こえてきます。

「もう来たか。だが、邪魔はさせんぞ」

 ごうっと激しい水の流れがマグロと子どもたちに襲いかかってきました。マグロはきりきり舞いをすると、流れに逆らって必死で泳ごうとしました。急流は次々に襲いかかってきて、彼らを大藻海の周辺へ押し返そうとします。

 攻撃と攻撃の間に、一瞬、急流が弱まる瞬間が生まれました。その隙にマグロは流れから泳ぎ出ると、まっすぐ魔王とエレボスに向かって突っ込みました。世界で一番泳ぎの速い魚は、魔王が新しい攻撃を送り出す前に、もう、その目の前まで迫っていました。

 魔王が手をかざし、黒い魔弾を浴びせてきました。けれども、それより早くフルートが叫んでいました。

「金の石、頼む!」

 とたんに、金の光のバリアが広がり、魔弾をすべて跳ね返しました。魔王がいまいましそうな表情をします。

 ゼンがマグロの背中で光の矢を抜きました。片手で手綱を握っているので、弓を構えることはできません。ゼンはマグロにどなりました。

「魔王に近づけ! こいつで突き刺してやる!」

 マグロが魔王に突撃していきます。が、次の瞬間、彼らは海の中で何かにぶつかって、勢いよくはじき飛ばされました。目の前に黒い壁のようなものがありました。

「闇のバリアだ……」

 とフルートはつぶやきました。魔王が張ったものです。

 

「今はきさまたちの相手をしている暇はない。しばらく、エレボスと遊んでおれ」

 魔王がそう言うなり、エレボスの背中から離れました。血のように紅い頂を目ざして、まっすぐ泳いで行きます。腕には石の渦王を抱えています。

「待て!」

 追いかけようとしたフルートたちに、エレボスが巨大な口を開けて襲いかかってきました。マグロがかろうじて身をかわします。が、水でできた蛇は、滑るように海中を泳ぎ、すぐにまたマグロの前に回り込んできました。マグロと子どもたちをひと飲みにしようとします。

 それも素早くかわしながら、マグロが言いました。

「あの蛇は私のほうに引きつけます! 勇者様たちは渦王様を助け出してください!」

「マグロくん!」

 フルートは思わずマグロの背中にしがみつきました。それはだめだ、と言おうとします。

 すると、マグロが笑うような目を向けてきました。

「大丈夫です。私はもう死にたがったりしませんから。本気になった私の泳ぎを、エレボスに見せつけてやりますよ」

「だが、死の藻があるぞ」

 とゼンが言うと、マグロはまた笑いました。

「つかまりやしませんよ。大丈夫、私を信じてください」

 そして、マグロはエレボスの牙の間からするりと身をかわし、子どもたちを乗せたまま、紅い頂に泳ぎ寄りました。

 山の中腹に、たった一つ、入り口になる洞窟が口を開けていました。魔王はすでに城の中に入ってしまったようで、どこにも姿が見えません。

 マグロは洞窟まで泳ぎで行くと、そこに素早く子どもたちを降ろし、また身をひるがえして、飛ぶような勢いでエレボスの鼻先をかすめていきました。その動きにつられて、エレボスが向きを変え、マグロの後を追っていきます。マグロは、エレボスにつかまるかつかまらないかの、ぎりぎりの場所を泳ぎながら、巧みにその牙をかわしていきます。

 と、マグロが死の藻の海域に入りこみました。海藻がマグロを狙っていっせいに動き出します。見送っていた少年たちは、思わず、危ない! と大声を上げそうになりました。

 すると、マグロはぐんとスピードを上げ、するりと死の藻の間をすり抜けました。海藻が何もない水中にどっと襲いかかり、互いに共食いを始めます。後を追ってきたエレボスに襲いかかった海藻もありましたが、それはたちまち水蛇に引きちぎられてしまいました。マグロはエレボスと死の藻をかわしながら、どんどん城から離れていきます――。

 

 フルートはそんなマグロを祈るように見つめていましたが、ふいに拳を握りしめると、ゼンに言いました。

「行こう。急がなくちゃ」

 すると、フルートの背中のリュックサックからポチが呼びました。

「ワン、ぼくを外に出してください」

 ゼンがポチをリュックサックから引っ張り出すと、ポチは洞窟に飛び下りて、鼻をひくひくさせました。

「魔王の匂いがします。魔王はこの洞窟を進んでいきましたよ。追いかけましょう」

 そこで、少年たちは紅い岩の洞窟を進み出しました。洞窟の通路は、ゆるやかに上に向かって伸びています。

 が、何歩も進まないうちに、先頭を行くポチが二の足を踏みました。洞窟の奥から、何かが迫ってくる気配がしたのです。

 フルートとゼンも、洞窟を駆け下りてくる足音を聞きました。足音の何倍もの数の、得体の知れないうなり声も聞こえてきます。それは、地の底からわき起こってくるような、気味の悪い叫び声でした。

 じきに姿を現したのは、数え切れないほどの幽鬼たちでした。半ば骨になった体に鎧兜をまとい、腐りかかっている手に武器を構え、洞窟の奥から飛ぶように押し寄せてきます。ゼンが愕然として声を上げました。

「何だ、この数!? とても相手にしきれないぞ!」

 幽鬼は洞窟の奥から、わいてくるように後から後からやってきます。何百という数です。とても、彼ら三人にどうにかできる人数ではありません。

 けれども、フルートは首を横に振りました。

「別の道を探す時間なんてない。早く魔王に追いついて渦王を取り戻さないと、渦王の力までが奴のものになっちゃうよ。そうしたら、もう誰にも奴は止められない」

「だが――!」

 洞窟を駆け下ってくる幽鬼の軍勢は、もう目と鼻の先でした。ゼンは舌打ちをしてエルフの弓を構え、光の矢を放ちました。矢は水中を走り、先頭に立っていた幽鬼の兵を消し去りました。けれども、その後には、まだ大勢の幽鬼たちが続いてくるのです。

「ワン、どうします!?」

 とポチが悲鳴のように叫びました。フルートは炎の剣を構えていましたが、それを聞いて、仲間たちを見ました。まじめそのものの表情が、ふいに、にこりと笑います。

「こんな状況でやることと言ったら、ひとつだけさ――強行突破するんだよ!!」

 そう言うなり、先頭に立って走り出します。

「おい!」

「ワン、フルート!」

 仲間たちが驚いて声を上げます。

 フルートは走りながら大声で呼びかけました。

「金の石!!」

 とたんに、胸の石がまた強く輝き出しました。行く手から迫る幽鬼たちに金の光を浴びせかけます。たちまち幽鬼たちが霧のように消え去っていきます。

 けれども、軍勢の中には金の光にも消えない者たちがいました。魔王の魔法から生まれた怪物たちです。うなり声を上げながら武器をかざして襲いかかってきます。フルートは炎の剣で受け止め、次々と怪物を切り捨てていきました。獅子奮迅の活躍とはこのことです。その激しさに、仲間たちはまた目を見張りました。

「ワン、フルート……」

 ぽかんとするポチのわきで、突然、ゼンはにやりと笑いました。

「へへっ。面白いぞ、あいつ」

 そうひとりごとを言いながら、ゼンも駆け出していきます。フルートのすぐ後ろまで駆けつけると、エルフの弓矢を構えて、至近距離から敵に矢を撃ち込み始めます。金の光が幽鬼たちを倒しているので、光の矢よりも、百発百中のエルフの矢のほうが効果があると考えたのです。

 ワンワン! と声高に吠えながら、ポチも走り出しました。フルートたちに襲いかかろうとしていた怪物に飛びかかり、足に思い切りかみつきます。怪物は思わず悲鳴を上げ、その瞬間、フルートの炎の剣の餌食になりました。

「行くぞ!」

 フルートが叫んで、さらに奥へ走り出します。

「おう!」

「ワン!」

 ゼンとポチがそれに続きます。聖なる金の光と共に、彼らは洞窟の奥へ奥へと進んでいきました。

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