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第3巻「謎の海の戦い」

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46.大藻海

 マグロは弾丸のような勢いで海を突き進んでいました。速すぎて海中の景色がまったく見えません。フルートとゼンは、マグロにかけた手綱につかまって、マグロの背中にしがみついているのがやっとでした。泉の長老の魔法で守られている彼らにも、流れ過ぎていく海水は、激しい風のようにぶつかってきます。魔の森の泉から水中のトンネルを通る時にも、マグロは速いと思いましたが、本気を出したマグロのスピードがそんなものではなかったことを、子どもたちは今、身をもって思い知らされていました。

 しかも、そんな中でもマグロは平気で話すことができました。

「幽霊城を建てたのは、今から七代も昔の海王です」

 といつもと変わらない口調で子どもたちに語り始めます。

「海王の中には、その一生を戦いの中で過ごした王も大勢います。その時の海王は特に敵の多い王で、常に敵に命を狙われ続けていました。それで、敵がおいそれとは侵入してこれない大藻海の海底に、自分の城を建てたのです。ですが、敵は連合軍を作って攻め込んできて、大藻海は巨大な戦場になりました。一帯の海が敵味方の流す血で夕日に照らされるよりも紅く染まったと言います。時の海王は敗れましたが、生き残った海王の幼い息子が大人になってから兵を起こし、敵を倒して新しい海王になりました。大藻海の城はもう二度と使われることがありませんでしたが、そこで死んだ者たちの魂は、幽霊になって城に住みつき、大藻海を死の海に変えました。恐ろしい死の藻がはびこるようになったのも、その時からです。それまでは、入りこんだ者を絡め取って身動きできなくするだけの、絡み藻(からみも)に過ぎなかったんですが」

「それだけでも、けっこうやっかいだと思うがな」

 息を切らしながら、ゼンが言いました。押し寄せてくる流れの水圧がすごくて、マグロの背にぴったり伏せていないと、本当に息が詰まりそうです。

 フルートは、じっと黙って考え続けていました。魔王は闇の者や闇の存在を操ります。天空城で戦った時のように、幽霊城に住みつく死者の魂も、自在に操って攻撃してくるに違いありません。フルートは片手で鎧の内側からペンダントを引き出しました。激しい流れの中、金の石が澄んだ淡い光を放ち始めます。闇のものに対抗する、聖なる金の光です。

 

 すると、少しの間口をつぐんでいたマグロが、口調を変えて話し出しました。

「私は、大藻海に行くと聞いた時、心の底から怖いと思いました……。こんなことを感じたのは、生まれて初めてでした」

 何か重大な告白でもするような調子だったので、子どもたちは思わず目を丸くしました。

「私は、魔法から生まれた魚です。生まれた時から、海王様にお仕えし、王のためには命も捨てるようにと教えられてきました。行き先が大藻海であれ、どこであれ、怖いなどと感じてはいけなかったのです……」

 マグロが言いよどんで、黙りました。

 フルートは言いました。

「怖いと思うのは当たり前の気持ちだよ。強い敵や恐ろしい場所に恐怖を感じるのだって、当然のことだ。恥ずかしいことでも何でもないよ」

 マグロが答えました。

「はい、私は自分の命が惜しくなったんです……。王のためには命を捨てるのが当然、自分の命など惜しんではいけない、とずっと教えられてきたのに。ですから、エレボスにやられて死にかけた時、私はむしろ、誇らしささえ感じていたのです。これで魔法の魚として立派に死んでいくことができる、と」

「だめだ!!」

 とフルートは思わず声を上げました。

「それは絶対にだめだよ! 死んじゃいけない! どんな時でも、絶対に生きようとしなくちゃ――」

 言いかけて、思わずフルートはことばに詰まってしまいました。彼らが目ざしているのは、幽霊が住みつき死の藻が生い茂る、魔の場所です。嫌がるマグロを説得してそこに向かってもらっていることに、急に矛盾を感じてしまったのです。

 すると、マグロが大きな眼を動かして、背中のフルートを見ました。表情を作らないはずの魚の目が、にっこりほほえんだように、子どもたちには見えました。

「そう、勇者様はそう言ってくださいましたね。自分の命を大事にしろ、と。私にそんなことを言ってくださった方は初めてでした。そして、私はそれがすごく嬉しかったんです――」

 猛スピードで泳ぎながら、マグロは話し続けました。

「それで、私は気がつきました。自分はずっと誰かから、そんなふうに言ってもらいたかったんだ、と。本当は私も自分の命は惜しかった。生きていたかったんです。だから、勇者様に生きろと言われて、それがとても嬉しかったんです」

 マグロは、何も言えずにいる子どもたちに、またほほえむような目を向けました。

「勇者様たちは決してあきらめない。どんなに敵が強くても、どんなに絶望的な状況に追い込まれても、決してあきらめようとなさらない。だから、私もあきらめないことにしたんです。私たちが向かう先は恐ろしい大藻海ですが、私は絶対に死にません。勇者様たちと一緒に戦って、必ず生き残って、海に平和が戻るのを見届けます」

 穏やかですが、きっぱりした声でした。少年たちは顔を見合わせると、思わずうなずき合いました。フルートは行く手を見ながら確かめるように言いました。

「絶対に、誰も死なせない。メールもみんなも必ず助ける。そうさ、絶対にあきらめるもんか――!」

 そんな親友を見て、ゼンが笑いました。

「やっと本当のおまえらしくなったな。待ちかねたぜ」

「ごめん」

 とフルートは思わず謝り、それから、やっぱり笑い顔になりました。

「行こう。そして、今度こそ本当に魔王と対決して、完全にあいつを消し去るんだ。もう二度とこの世界を狙う気持ちを起こしたりしないように」

「あったりまえだ。半年前の落とし前をつけないでいられるかよ!」

 とゼンが答えれば、フルートのリュックサックの中から、ポチもワンワンと声を上げました。話だけは聞こえていたのです。

 マグロと子どもたちは海の中を突き進み、やがて、激しく流れる海流に飛び込むと、流れに逆らいながらそれを横切って、中心の大藻海を目ざしていきました――。

 

 大藻海は、不思議な海域でした。

 海流の輪から抜け出したとたん、黒っぽい海藻の森に出くわしたのです。海藻は海の中に隙間がないほど生い茂り、生き物のように絡み合い、そして、お互いに引きちぎり合っていました。海藻がちぎれると、そこにどっと他の海藻が群がります。そこでまたちぎり合いが起こって、やがて巨大なボールのような藻の塊ができあがります。

 海藻の森に生き物の姿は何一つありません。小魚どころか、細かい浮き砂のようなプランクトンさえ、ほとんどいないのです。餌の全くないこの海域で、死の藻たちは、互いに襲い合い、食い合って生きているのでした。

「すげえな……」

 とその光景にゼンがつぶやきました。こんな凶暴な海藻の中をくぐり抜けていくのは、とても不可能のように見えます。

 フルートは頭上に目を向けました。

「上を行けるかどうか試してみよう。マグロくん、浮上してみて」

 そこでマグロは海上目ざして泳いでいきました。死の藻はほとんど海面すれすれまで長く伸びていましたが、ところどころ、届き切らなくて水面がのぞいている場所がありました。

「死の藻のないところを突っ切っていきます。危険ですから、しっかりつかまっていてください」

 とマグロが言って、また弾丸のような勢いで泳ぎ出しました。行く手を見ながら、海藻の見えない海域を巧みに泳いでいきます。

 けれども、海藻の森は生き物が海域に入りこんだことを感じたようでした。いっせいに海中でざわめくと、その長い腕を魚と子どもたち目がけて伸ばし始めました。

 ふいに、ぐんとマグロの体が止まりました。子どもたちがあやうく前方に振り飛ばされそうになります。死の藻がマグロの尾に絡みついたのです。

 周囲の海藻がざわざわと集まってきて、マグロと子どもたちに絡みついてきます。フルートとゼンは剣を抜いて死の藻を切り払いましたが、切れた海藻が海面に落ちると、そこへ他の海藻がいっせいに襲いかかり、それが呼び水になって、さらに多くの海藻が集まってきました。腕と言わず、足と言わず、体のいたるところに絡まってきて、ぐいぐいと締め上げ、引っ張ってきます。ばらばらに引きちぎって食べようというのです。

 フルートの背中のリュックサックにも海藻が絡みついてきました。中に入っているポチが、締めつけられてキャンと悲鳴を上げます。

 とたんに、フルートが大声で叫びました。

「金の石!」

 フルートの胸の上で、魔法の金の石が輝き出しました。強い金の光であたりを照らし出します。

 すると、黒い海藻がみるみるうちに消え始めました。もつれ絡まった無数の腕が、ほぐれ、たちまち水に溶けていきます。あっという間に、マグロと子どもたちの周りから海藻が消え去りました。

 フルートは、ほっとしました。死者の魂が住みついて生まれたという死の藻には、案の定、聖なる金の石が効いたのです。

 フルートは、ぐっと金の石のペンダントを前に突き出しました。澄んだ金の光が行く手の海を照らすと、光を嫌うように死の藻が身を引き、道を開けます。フルートは呼びかけました。

「行けるよ、マグロくん!」

 そこでマグロは金の光の中に躍り込み、また飛ぶような速さで泳ぎ始めました。光は露払いをするように、行く手の藻をかき分けていきます。そうして、やがて彼らは藻がまったく生えていない、小さな丸い海域に飛び出したのでした――。

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