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第3巻「謎の海の戦い」

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40.少年と少女

 子どもたちが見守る前で、ゼンの太ももからウロコがじりじりと押し出され、やがてぽろりと床に落ちました。あっと間に傷が治っていって、裂けた服の奥には健康なピンク色の肌が見えるだけになります。フルートは、ほっと安堵の息をつくと、魔法の金の石をゼンから離しました。

「やれやれ、助かった。めちゃくちゃ痛かったぞ」

 とゼンが笑います。激痛に脂汗を流していた顔も、もうすっかり普通に戻っています。メールとポチがそれをのぞき込みました。

「ホントかい? 本当にもう大丈夫?」

「ワンワン。ウロコは骨まで達してましたよ。ちゃんと歩けますか?」

「ああ、ばっちりだぜ。ほら」

 とゼンは立ち上がってみせると、足下に落ちていた血だらけのサメのウロコを拾い上げ、それを海に放り込みました。

 フルートは真っ青な顔をしていました。ゼンが元気になったのを見ても、まだショックからさめきらない様子をしています。それを見て、ゼンが言いました。

「こら、いつまで心配してやがる。俺は死ななかったんだから、それでいいじゃないか」

 とたんにフルートは、むっとした表情に変わりました。一瞬口ごもってから、言い返します。

「心配して何が悪いのさ! 死ななくても、怪我されれば、こっちは心配なんだぞ!」

「おっ、開き直ったな、こいつ」

 と面白そうな顔をするゼンに、フルートはくってかかりました。

「だいたい、あれだけの怪我をしてるのにぼくを呼ばないなんて、どういうつもりだったのさ! 放っておいたら、出血多量で死んじゃったじゃないか! 死んだら金の石だって絶対に助けられないんだぞ!」

「あのな、あれくらいじゃ死なないだろうが。いちいちおまえを呼んでたら、その間に怪物に襲われて、みんなお陀仏になってたぞ。おまえの心配のしすぎだったら」

「絶対に、心配のしすぎじゃない!」

「しすぎだ。リーダーなら、もっとどっしり構えてろ。肝っ玉小さいぞ!」

「君の方こそ、無茶すぎるんだよ! メールが呼んでくれなかったら、痛みで声も出せなかったんじゃないか!」

「そんなことあるか! 呼ばなくても大丈夫だと思ったんだ!」

「嘘つけ!」

 戦車の上で激しく口論する少年たちを、メールはあきれた顔で眺めていました。なんだか、すごくどうでもいいようなことを、むきになって言い合っているように見えます。

 すると、ポチがワン、と鳴いてメールに話しかけました。

「放っておいていいですよ。あれはフルートとゼンのレクリエーションみたいなものなんだから」

 とたんに、二人の少年が子犬をにらみました。

「ポチ!」

「こいつ、やたらわかったようなことばかり言いやがって! 最近ちょっと生意気だぞ!」

 たちまちポチまで口論の中に引っ張り込まれて、フルートとゼンからこづかれてしまいます。もちろん、本気で殴られるようなことはありませんが、ポチは、キャンキャンと迷惑そうな声を上げました。

 

 そんな少年たちを見ながら、やがて、メールは床に座りこみました。膝を引き寄せると、つぶやくように言います。

「ホントにいいよね、男の子って」

 ひどくうらやましそうな響きの声に、少年たちは思わずじゃれ合うのを止めて振り向きました。メールは膝小僧に顎をのせて、ため息をつきました。

「あたいも男の子になりたかったなぁ。どうして女なんかに生まれて来ちゃったんだろう」

 ゼンがメールに向き直りました。

「どうしてそう思うんだよ? 女だと何か不都合でもあるのか?」

 すると、メールは床にじっと目を向けました。そこには渦王のマントの切れ端が落ちていました。

「父上は絶対にあたいを戦闘に連れて行こうとしないのさ……。軍勢を率いて東の大海まで遠征することは、今までにも数え切れないくらいあったんだけど、あたいがどんなに頼んでも、父上は絶対に連れて行ってくれなかったんだ。おまえは女だ、戦闘に女の出番はない、って言って……」

 ぎりっとメールは奥歯を鳴らしました。

「冗談じゃない。あたいのどこが、そんなおしとやかな女だっていうのさ。小さい頃から、刺繍やお裁縫の代わりに剣や槍を習ってきたんだよ。そりゃ、あたいは花使いだから、花があったほうが戦いは有利だけどさ、でも、海の中でだって父上が言うほど無能でも役立たずでもないつもりだよ。なのに……」

 青い怒りに燃える目でマントの切れ端をにらみつけると、いきなりそれに手を伸ばして、くしゃくしゃと握りつぶしてしまいます。

「あたいは待つのが嫌なんだよ! 母上みたいに、父上が無事で帰ってくるのを祈りながら待ち続けるなんてのは、絶対に我慢できないんだ! やるんなら、父上の隣で一緒に戦いたい! 渦王を守って死ねるなら本望さ! 男に生まれていれば良かったと、何度思ったかしれないよ。あたいが王女じゃなく王子だったら、絶対に父上はあたいを戦闘に連れて行ってくれたからね!」

 宙をにらみながら吐き出すようにメールが言い続けます。その目には、いつしかまた大粒の涙が浮かんでいました。

 ゼンはつくづくとメールを見ました。

「それでおまえ、男の格好なんかしてたのか。シルヴァなんて兄貴の名前を名乗って」

「兄さんとあたいが入れ替わってればいいと、本気でずっと思ってたよ!」

 とメールは言い続けました。一度あふれ出した激情は、すぐには止まらなくなっているようでした。

「結局父上は娘じゃなく息子がほしかったんだからね! 渦王の跡を継げる強い男の子どもをさ! 女のあたいなんて、渦王にとっては何の価値もないんだ! 戦闘力にさえ数えてもらえない! 王女なんて、跡継ぎの婿を手に入れるための、ただの道具にすぎないんだよ!」

 フルートとゼンは、思わずはっとしました。互いに顔を見合わせてしまいます。メールは歯を食いしばって、悔し涙があふれてくるのをこらえていました。マントの切れ端を握りしめる手が震えています。

 

 やがて口を開いて話しかけたのはゼンでした。

「おまえな……それって、やっぱり誤解だと思うぞ。渦王はおまえを政略結婚の道具だとか考えてるわけじゃない。確かにおまえに向かっては怒ってばかりいるのかもしれないけど、俺たちにはおまえの自慢話ばかり聞かせるんだぞ」

「嘘だ!!」

 メールは激しく打ち消しました。

「あんたたちが渦王に気に入られてるからだよ! 父上は強い男が好きなんだ。あんたたちのどっちかを、自分の跡継ぎにしたいと考えているからなんだよ!」

 フルートとゼンはまた顔を見合わせました。確かに、渦王は彼らのどちらかをメールの婿にしたい、とは言っていました。この戦闘を通じて、どちらが婿にふさわしいか見極める、とも言っていました。けれども、やっぱり、メールの言うような冷たい計算が渦王にあるとは思えないのです。

 フルートは静かに言いました。

「メール、君のお父さんは君のことがすごく心配なんだよ。本当は君のことがとても大事なんだ。だから、戦いに連れて行って危ない目にあわせたりしたくないし、君の将来のことも心配するんだ。本当は、君のお父さんだって、君のことが大好きなんだよ」

「違う!!」

 とメールは頭を振りました。ひとつに結った緑の髪が激しく乱れます。

「心配なんじゃない! 甘く見てるのさ! あんたたち男はみんなそうだ! 女っていうだけで、何の力もない役立たずだと決めつけて! 女は引っ込んでろ、って決まりことばみたいに言って! 父上だって、あたいには結婚して婿を取らせるしか役に立たないと思っているんだよ! そして、結婚したら母上みたいに城に置き去りにして、そのまま放っておくんだ! 女なんて、そんなふうにしておけばいいと思ってるんだ!」

 少年たちは、驚くのを通り越してあきれてしまいました。男の子がうらやましい、男に生まれたかったと言っていたかと思えば、男は女を馬鹿にしている、と憤る――。メールの言っていることは、もう滅茶苦茶でした。

 それでも、フルートはメールのことばの中に、気になることを聞き取っていました。

「渦王が君のお母さんを城に置き去りにしていたって……? それ、本当なのかい?」

 とたんに、メールはかっと顔を赤くして立ち上がりました。フルートは純粋に確認の意味で聞き返したのですが、それを疑われたと感じたのです。フルートは、あわててことばを継ぎました。

「君のお父さんとお母さんがどうだったかは、ぼくたちにはわからないけどさ、少なくともぼくたちは、女だから役に立たないとか、女だから引っ込んでろとか、そんなことは考えないよ。男も女も、力があるなら同じだと思ってるけど――」

 すると、メールは青く燃える瞳でフルートをにらみつけ、ふいにあざ笑うような表情になりました。

「そぉら、やっぱり男は嘘つきだ! それなら、あんた自身はどうなのさ? ポポロって魔法使いの女の子、戦いに呼んでやらないんだろ!?」

 フルートの隣に立っていたゼンが、ぎょっとした顔になりました。ポチもあわてたようにフルートを見上げます。

 金の鎧の少年は、何も言えなくなって立ちつくしていました。みるみるうちに顔色が紙のように青ざめていきます。と、その顔が大きくゆがみ、唇が震えました。

 フルートは、くるりと仲間たちに背を向けると、肩で息をついてから、低い声で言いました。

「ポチ……ちょっと偵察に行ってこよう。行く手に敵がいないかどうか……」

 ポチはすぐに風の犬に変身しました。フルートはそれにまたがると、何も言わずに飛び立っていきました。たちまち、その姿が行く手の空に小さくなっていきます――。

 

 ゼンは苦い顔でメールを見ました。

「おい、いいかげんにしろよ。おまえが親父さんに腹をたててるのはわかったけど、そこにあいつまで巻き込むことないだろうが」

 フルートがあまりにもありありと傷ついた様子を見せたので、実はメールもしまったと思っていたのですが、ゼンにそう言われて、また意固地の虫が顔を出しました。

「なにさ。あたいは間違ったことは言ってないよ!」

 ゼンはため息をつくと、メールをまっすぐに見ました。身長的にはゼンの方が低いはずなのに、メールは一瞬、背の高い大人から見下ろされているような気がしました。

 ゼンが静かに言います。

「あいつをかまうのはやめろよ。人魚と同じようなことをするんじゃない」

 メールは大嫌いな人魚たちと同格に扱われて愕然とした顔になり、すぐにまた、怒りにかっと赤くなりました。すると、それにたたみかけるように、ゼンが言いました。

「だから、あいつには惚れるなって言ってるだろう。惚れるんなら、俺のほうにしとけ。俺なら誰も相手がいないんだから――」

 真っ赤になってどなりかえそうとしていたメールは、それを聞いて、ぽかんとゼンを見つめてしまいました。冗談を言われてからかわれているのかと思いましたが、ゼンの表情は大まじめです。

「ば……馬鹿言わないでよ! どうしてあんたなんかと――!」

 やっとのことでそう言い返すと、ゼンは、ふん、と笑って肩をすくめました。そう言われるのは予想済み、という反応でした。メールがさらにとまどうと、ゼンは行く手の海を見ながら急に話題を変えました。

「見ろよ。やっと戦場を抜けるぞ。死体ともようやくお別れだ」

 マグロとカジキたちが海流の中を一生懸命泳いで、ようやくまた、何もない海面に出ようとしているところでした。振り返ると、無数の戦死者が浮かぶ海が月に照らされて揺れていました。

「戦いで死んだ奴らはどうなるんだ? あのまま放っておくのか?」

 とゼンがメールに尋ねました。

「え? あ、ああ……今は浮いていても、じきに海底に沈んでいくんだ。そして、海に還っていくんだよ。海の民は海から生まれて、また海に戻っていく種族なんだ……」

「そうか」

 ゼンはつぶやくように言うと、そのままじっと死者が浮かぶ海を見つめ続けていました。言い返すのでも怒るのでも、からかうのでもなく、ただ黙って海を見ています。

 メールはすっかり面食らって、何を言っていいのかわからなくなってしまいました。ゼンはもうメールと目を合わせようとはしません。メールはなんだか急にどぎまぎしてきて、思わずそっと顔を赤らめてしまいました――。

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