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第3巻「謎の海の戦い」

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39.死の海

 「なんだ、これは――!」

 フルートは海上を見回しながら思わず絶句しました。無数の死体が波間に漂っています。鎧兜を身につけ、傷だらけになった死体です。流れ出した血があたりの海面を赤く染めていました。

 メールがまた悲鳴を上げて、戦車の縁にしがみつきました。

「父上の兵士だよ……! どうしたのさ、いったい!?」

「ここで戦闘があったんだ」

 とゼンが厳しい顔で言いました。本当に、月に照らされた海の上は、見渡す限り兵士や魚たちの死体でいっぱいでした。

「敵らしいものもありますよ!」

 とマグロが海から呼びかけました。よく見れば、色の違う鎧兜をつけた半魚人の怪物や、得体の知れない怪物の死体も、一緒になって浮いていたのです。

「魔王の軍勢がまた襲いかかってきたんだ。……誰か、味方で生きている人はいないの?」

 とフルートが必死で見回しながら言いました。子どもたちもマグロも、漂う死体をかき分けるようにしながら何度も呼びかけましたが、どこからも返事はありませんでした。渦王の兵士の死体がことさら傷だらけなのを見て、ゼンがいまいましそうにつぶやきました。

「本当に自分が死ぬまで戦い続けたんだな。海の一族が死ぬのを恐れないってのは本当なのか」

 けれども、メールは返事ができませんでした。震えながら海面を必死で見回し続けています。

 すると、行く手の海に何か青いものが浮いているのが見えました。メールは鋭い声を上げると、いきなり戦車から海に飛び込んで、それに泳ぎ寄っていきました。浮かんでいる死体をかき分けながら、青いものを手に取ります。

「メール!」

 海を泳ぐことができない少年たちが、マグロに引かれて近づいていくと、メールが戦車に上がってきました。手に布の切れ端をしっかり握りしめています。その顔は真っ青になっていました。

「父上のマントだよ……間違いない」

 少年たちは驚いて、メールが握る布を見ました。緑がかった青い布地は、確かに島で王が身にまとっていたマントと同じ色合いをしているようでした。島を出発する時、王が鎧の上にマントを着ていたことも思い出しました。

「父上! 父上――!!」

 メールは海に向かって必死で呼ぶと、いきなりまた海に飛び込んでいこうとしました。あわててゼンがそれを止めました。

「待てってば。どこへ行くつもりだよ?」

「父上を捜すんだよ! 海底に沈んでるのかもしれないじゃないか!!」

 とメールがゼンをふりほどこうとしながらわめきます。父親を「あんなヤツ」と言って、さんざん悪口を言っていた姿とは、まるで対照的な取り乱しようでした。

「おい、落ちつけったら」

 とゼンがメールを押さえるのに苦労していると、フルートがマントの切れ端を取り上げて、しげしげとそれを見ました。

「刀で切られた跡がある。でも、血は付いてないよ。多分、敵をかわしたときに、マントだけ切られたんだ」

「え……?」

 メールは驚いたようにフルートを見ました。フルートはうなずき返しました。

「このあたりに、ギルマンの死体もない。もし渦王がやられていたら、親衛隊長のギルマンだって絶対に生きてなんかいないよ。王を守るために、それこそ死ぬまで戦っているはずだ。大丈夫、渦王たちは生きてる。渦王の軍勢だって、こんな数ではきかないだろう?」

 メールは戦車の中にへたへたと座りこみました。フルートからマントの切れ端を受け取ると、それを抱きしめてうつむいてしまいます。

 その様子にゼンがあきれたように言いました。

「ほんとに素直じゃないヤツだな、おまえ。心配なら心配と言やあいいのに。本当はおまえだって親父さんのことが好きなんじゃないか」

 ところが、次の瞬間ゼンは思わずぎょっとしました。にらむように見上げてきたメールの目には、大粒の涙が光っていたのです。

「お、おい……?」

 ゼンだけでなく、他の少年たちも意外な光景にとまどっていると、行く手からまたマグロが声を上げました。

「勇者様、何か海中で動いています……! あれは……あれは、怪物だ――!!」

 

 彼らが乗る戦車のすぐわきで、海面が盛り上がり、激しい水音を立てて何かが飛び出してきました。黒い三角形の頭、巨大な口、鋭い牙……全身を剣のようにとがったウロコでおおわれた、大きな魚の怪物でした。戦車の数倍もの大きさがあります。そいつが海上で大きく飛び跳ねて、戦車めがけて急降下してきます。

「危ないっ!」

 フルートはとっさに手綱に飛びつきました。マグロとカジキたちが必死で泳ぎ出し、きわどいところで戦車は怪物の直撃を逃れました。怪物が海中に飛び込むと、大きな水しぶきが上がって、戦車が木の葉のように揺れます。

「サメです!」

 とマグロが叫びました。

「ずいぶん形を変えられて、怪物になってしまっていますが、こいつの元の姿はサメです!」

 魔王の魔法のしわざです。渦王の軍隊を襲った後、この怪物だけは生き残って、海底近くに潜んでいたのでした。

「また襲ってきます! 海中に潜りますか!?」

 とマグロが尋ねてきたので、ゼンがどなり返しました。

「このまま海上にいてくれ! 俺たちはこっちの方が戦いやすいんだ!」

 背中からエルフの弓を外し、光の矢をつがえます。ポチが一瞬で風の犬に変身して、ごおっと空に舞い上がっていきます。

 メールが叫びました。

「あたいもやる! あたいも戦うよ!」

 と短剣を抜いて海中に飛び込んでいこうとするので、ゼンはあわててまたそれを止めました。

「だから無茶するなって! 今、水に飛び込んだら、あいつの餌食になるだけだぞ!」

「だって……!」

 ゼンを振り切ろうとするメールに、いきなりフルートが戦車の手綱を押しつけてきました。

「メール、君はこれだ。ゼンは弓矢を使うから戦車を操れない。君がやるんだ」

 妙にきっぱりした、迫力のある声でした。メールが思わず気押されて手綱を受け取ってしまうと、フルートは空に呼びかけました。

「ポチ!」

「ワン!」

 風の犬のポチが返事をして、あっという間に空から降りてきます。フルートは炎の剣を抜くと、ポチの背中に飛び乗りました。

「行くぞ、ゼン!」

「おう、任せろ!」

 フルートとポチ、ゼンとメールは、それぞれ空と海上から、再び姿を現したサメの怪物に立ち向かっていきました。

 

 サメがまっすぐ戦車に向かって突進してきました。サメが近づくに連れて、三角の背びれが水面に現れてきます。

「メール、避けろ!」

 とゼンがどなりながら弓矢を構えました。揺れて動く戦車の上で、なんとか狙いをつけようとします。

 メールが握る手綱の先で、マグロとカジキたちが必死で泳いでいました。マグロは特に敵の動きをよく見ていて、こちらに回り込まれそうだと思うと、カジキたちを率先してかわしていました。

 フルートがポチの背に乗って急降下してきました。戦車のすぐ近くに姿を現した怪物めがけて、炎の剣を振ります。ゴォッと音がして、炎の塊が怪物の背中に炸裂します。

 怪物が音をたてて水中に潜りました。背中についた火が消える、ジュウッという音が響きます。

「下を潜って後ろに出ます!」

 と水中を見てマグロが言いました。

 ゼンはすぐさま戦車の後ろへ走り、弓矢を構えました。海面にサメが現れました。――剣のようにとがったウロコが逆立って、さっきより一回り大きくなったように見えます。と、そのウロコが、ざわざわっといっせいに震えました。

 ゼンは、はっとすると、とっさにメールに飛びついて押し倒しました。急降下していたポチも、あわてて向きを変えます。それに向かって、ウロコが飛び出してきました。まるで鋭いナイフのように子どもたち目がけて降りそそいできます。

 堅いウロコが音をたてて戦車の中に飛び込んできました。戦車の壁に当たって跳ね返り、倒れたメールのすぐ目の前に落ちてきます。三角の形をしたそれは、ウロコと言うより、縁に鋭い刃をつけた堅いなめし革のようでした。

「大丈夫!?」

 空からフルートが尋ねてきました。空に飛んできた刃のウロコは、ポチがすべて風の体に巻き込んで、海にたたき落としていました。

「おう、大丈夫だ。弓矢は使えるぜ!」

 とゼンが体を起こしてどなり返します。けれども、フルートたちがまた上空に離れていくと、ゼンは顔をしかめて言いました。

「メール、そこに座れ。俺に肩を貸すんだ」

「え、何さ、その言い方――」

 一方的な命令口調に一瞬むっとしたものの、メールはゼンの表情を見て驚きました。苦痛にゆがんだ真っ青な顔をしていたのです。その左の太ももの後ろに、大きな刃のウロコが深々と突き刺さっているのに気がついて、メールは息を飲みました。

「ちょっと、あんた、これ……!」

 とあわててウロコを抜こうとすると、とたんにまたゼンがどなりました。

「抜くな! ――抜いたら大出血だ。撃てなくなる」

 そして、青くなっているメールに重ねて言いました。

「いいから、そこに座ってしっかりつかまってるんだ。俺に肩を貸してくれ」

 気がつくと、メールはゼンの言うとおりに壁際に座って、車体の縁をしっかりつかんでいました。手綱を握る者がなくなった戦車を、マグロが率先して引き回しています。ゼンはよろめきながら立ち上がると、メールに寄りかかって、右肩に自分の左腕を載せました。とたんに、ずしりとした重みがメールの肩にかかりました。ゼンは見た目よりずっと重く、構える弓も意外なほどの重さがあったのです。

「そのままだ。動くな……」

 ゼンがあえぎながら言いました。青ざめた顔を脂汗が流れていきます。ウロコが刺さった太ももからは、血がどんどん流れて戦車の床に血溜まりを作っていきます。メールが思わず身震いすると、とたんにまたゼンの声が飛んできました。

「動くな! じっとしてろ!」

 メールに寄りかかったまま、左手に握った弓に光の矢をはさみ、ぎりぎりと引き絞っていきます。

 行く手の海からサメの怪物が近づいていました。マグロがとっさにかわそうとします。ゼンがどなりました。

「そのままだ! ぎりぎりでわきを通り過ぎろ!」

 マグロが、はっとしたように向きを戻しました。怖がってかわそうとするカジキたちを引きずるようにして、またまっすぐ前へ進み始めます。

 月に照らされた海を、サメの怪物が死体をかき分けながら迫ってきました。鋭い歯が並んだ口が、戦車目がけて近づいてきます。魚も子どもたちも一口でかみ砕いてしまおうというのです。真っ黒な頭の中で、白くにごった目がこちらを見ていました。

 とたんに、ゼンが矢を放ちました。びぃぃん……と弓弦が震える音が響き渡って、銀の矢がまっすぐに怪物へ飛んでいきます。矢はサメの片目に突き刺さり、一瞬で頭の半分近くを消し去ってしまいました。光の矢は闇の怪物には劇的な効果があるのです。

 サメが叫び声を上げて海面で暴れ出しました。戦車が巻き込まれて、今にもひっくり返りそうになります。ゼンとメールは床に倒れ、その拍子にさらに深くウロコが突き刺さって、ゼンが大きな声を上げました。

 そこへサメが襲いかかってきました。頭半分を吹き飛ばされたまま、怒り狂って大口を開け、戦車と子どもたちにかみついてきます。ゼンには次の矢を構えることができません。メールは思わず悲鳴を上げました。

 

 すると、頭上から人が降ってきました。フルートです。両手に炎の剣を構え、落下のスピードを刃先に込めて、真上からサメに切りつけます。サメは鼻先から顎までまっぷたつになりました。

「ワン!」

 ポチが空から急降下してきて、海面ぎりぎりでフルートを拾い上げました。そのままうなりをあげて怪物から遠ざかります。

 ボウッとすさまじい音をたてて、サメの怪物が火を吹きました。まっぷたつにされた頭が炎に包まれ、燃えながら海に沈んでいきます。炎が巻き起こす風と波に戦車が大揺れに揺れ、怪我をしているゼンがまたうめき声を上げました。床の上の血溜まりはどんどん大きくなっていきます。

 メールは跳ね起きると、まだ揺れている戦車にしがみついて空を見上げました。

「早く! 早く来て! ゼンが死んじゃうよ――!!」

 フルートに向かって呼びかける声は、泣き声になっていました。

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