渦王の居城の台所で、子どもたちは朝食と格闘していました。
魚の煮たものや揚げたもの、貝やエビやタコを使った何種類ものサラダ、森の鳥の肉を果物と一緒に煮込んだ料理、生の魚を油に漬け込んだ料理、草の香りがするパン、山羊か何かの乳と野生の米を煮込んだおかゆ……。台所の石のテーブルの上には、朝っぱらから、すごい料理が次から次へと並べられていきます。それを子どもたちがまた、猛烈な勢いで平らげていくのです。
その様子に、料理長が半ばあきれ、半ば感心しながら言いました。
「小さいくせによく食べるんだね、勇者たちは。この調子だと、昼食の材料を仕込み直さなくちゃいけないかもしれない」
料理長は背の高い半魚人で、城門で戦ったギルマンのように全身を銀のウロコでおおわれていましたが、こちらは白い前掛けをきりりとしめ、手には三つ又の矛ではなく、大きな片手鍋を握っていました。
「はい、魚介類のスープだよ。島でとれた香草が使ってあるよ。勇者たちの口に合うといいけれど」
「ありがとう」
とフルートは答え、すぐにスープにも手を出しました。
そんなフルートを見て、ゼンが面白そうに言いました。
「ずいぶん食欲があるな。そんなに長いこと食ってなかったのか?」
「食べられる時に腹一杯食べておけ、って言ったのは君じゃないか」
とフルートは答えると、また忙しく魚の煮込み料理を口に運びます。
「……違いない」
ゼンは目を丸くしてからうなずくと、フルートに負けない勢いでまた料理を平らげていきました。彼らの足下では、ポチもつられたように一生懸命食べています。
すると、そこへ甲高い声を上げながら、何かが台所に飛び込んできました。
「ゼン様! 金の石の勇者様! こちらにいらっしゃいますか!?」
なんと、鳥のような翼を持った小さな魚でした。テーブルで食事をしている子どもたちを見つけると、弾丸のような勢いで飛んできて言いました。
「皆様、渦王様からのご伝言です!」
「ちぇ、早く作戦会議に来いって言うんだろう? 朝飯くらい食わせろよ」
とゼンがぶつぶつ言います。
すると、魚はぎょろりと目玉を動かしました。
「作戦会議は中止です。明朝、渦王様と王の軍勢が、東の大海に出動することになりました」
フルートとゼンは、思わずテーブルから立ち上がりました。
「なんだって! 何故!?」
今、東の大海へ軍勢を動かせば、西が攻めてきたと誤解されて全面戦争になる、とさっき渦王から直々に聞かされたばかりです。だから、フルートたちが代わりに東の大海へ行き、海王の城を訪ねようと計画していたのに……。
すると、空飛ぶ魚が言いました。
「要請があったのです。海王が謎の敵に監禁されているので、共に救援に向かってほしいと、東の大海の王妃から正式に申し出がありました。誤解が解けたのです」
フルートとゼンは顔を見合わせました。
「……謎の敵って?」
とフルートは慎重に聞き返しました。
「正体はまだわかりません。けれども、東の大海に敵の砦が見つかり、そこに海王が監禁されているのだそうです。渦王様は大変なお怒りようで、必ず兄上を助け出すのだと、全軍に出動命令を出されました。明日の日の出と共に海王の城に向かって出発します」
と魚が興奮した声で答え、さらに渦王からの伝言だと、こんなことを言いました。
「状況は変わった。勇者たちはこの島に残っても良いし、我々と海王の城に向かっても良い。共に行くつもりであれば、支度をして、明朝、第一の門の広場に来られよ――とのことです」
もちろん、フルートたちは島に残るつもりなどありませんでした。渦王が出征の支度に大忙しで、とても子どもたちに会っている暇がないというので、一緒に行きます、という返事を空飛ぶ魚に託しました。
魚が弾丸のような勢いで飛び戻っていくと、ポチが首をひねりました。
「ワン、ずいぶん急な話ですよね。どうやって敵の砦を見つけたんだろう?」
「なんか妙にタイミング良すぎないか?」
とゼンもいぶかしむような顔をします。フルートは考え込みました。
「これが偽の出動要請だったら、西の軍勢を動かして東と全面対決させようってことだと思うんだけど、まさか、渦王がそんなものにだまされるわけはないだろうし……」
台所の中は早くも戦争に突入してしまったような騒ぎになっていました。半魚人の料理長が、台所中の料理人に大声を張り上げています。
「携行食だ! 全軍に行き渡るだけの携行食を準備しなくちゃならない! 火を最高にしろ! 仕入れ業者を全員ここに呼べ! 今夜は徹夜だ! 明日の出発までに作り上げるぞ――!!」
フルートたちがその場にいては邪魔にしかならないようでした。
まだ料理が残っているテーブルを後に、子どもたちはそっと台所から出て行きました。