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第3巻「謎の海の戦い」

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25.隠れた敵

 ゼンとポチは渦王のことばにびっくりしました。

 ナイトメアとは悪夢の怪物です。風の犬の戦いの時、黒い大きな馬や、馬に乗った人のような姿で現れて、彼らを悪夢の中に連れ去り、そのまま夢の迷宮の中に閉じこめようとしたのです。

 フルートが渦王から目をそらしました。何も答えません。それを見て、渦王が言いました。

「自分でも気づいておったのか」

 フルートは顔をそむけたまま、低い声で答えました。

「体が悪夢の中に連れ去られることはなかったけど……感じがナイトメアの見せる悪夢とそっくりだったから……」

 唇が震えました。その顔色は真っ青です。

 ゼンが声を上げました。

「まさか! だって、俺たちはみんな、ナイトメアの悪夢を振り切ってきたんだぞ! なんで今さらまたナイトメアが襲ってくるんだよ!」

 渦王はゼンを振り返りました。

「おまえたちもナイトメアに出会っているのか?」

「ああ。俺もポチもポポロも。でも、みんなヤツには負けなかったぜ」

「では、おまえたちも気をつけることだ」

 と渦王は重い声になって言いました。

「一度ナイトメアに取り憑かれたことがあるものは、その後もヤツにつけ込まれやすくなる。生きている限り、夢を消し去ることはできない。そして、夢である以上、他人にその悪夢を破ることもできない。油断すれば、すぐに悪夢に取り込まれて、この世界に戻ってこられなくなるぞ」

 ゼンとポチは目を見張り、思わず顔を見合わせました。ナイトメアの悪夢は巧妙で残酷です。それを思い出して、ふたりはなんとなく背筋が寒くなりました。

 

 フルートがうつむきながら言いました。

「わかっていても、振り払えないんです……。どうしても撃退できない。あれが、ぼくの一番怖がっていることだから……」

 また唇が震えてことばが途切れましたが、フルートは懸命にこらえると、またことばを続けました。

「あんまりそれが怖いから、ゼンやポチを置いて、ぼくだけで戦おうかと思いました。ぼくだけならば――ぼくの命だけのことならば、ぼくは全然怖くないから。でも……やっぱり、それもできませんでした。ゼンやポチと離れたくないんです。絶対に危険に巻き込んでしまうのはわかっているんだけど、でも、それでも一緒にいたいから……」

 それを聞いて、ポチがワン! と吠えました。ゼンも、ぐいと顎を突き出します。

「おい、あんまり当たり前のことを言うなって! 俺たちが離ればなれになってどうする? それこそ、どんな敵も倒せないじゃないか。心配するな、俺たちはそうそう簡単にやられやしないさ!」

 けれども、フルートはまだ青い顔のままでした。とまどうように視線をさまよわせ、迷いに迷ってから、また話し出しました。

「でも、ポポロはそうじゃないんだよ……。確かに、ポポロの魔法はものすごく強力だ。だけど、一日に一度しか使えない。それを使い切ってしまったら、彼女はもう、普通の女の子なんだ。ぼくたちが戦うような敵には、とても対抗できないんだよ……」

 ゼンとポチは何も言えなくなって、フルートを見つめてしまいました。フルートはうつむいたまま、今にも泣き出しそうな顔で唇をかみました――。

「なるほどな」

 と渦王が低く言いました。

「敵は確かに巧妙だ。金の石の勇者と仲間たちを引き離そうとして、ナイトメアを送り込んできたのだ。フルートよ、おまえがそう思ってしまうこと自体、すでに敵の思惑にはまっているのだぞ」

 けれども、フルートは首を横に振り続けました。どんなに真相がわかっても、それが敵の計略だとわかっても、やっぱりポポロを呼ぶことはできませんでした。その脳裏には、赤い血の雨と冷たくなっていく少女の幻が繰り返し浮かんできます……。

 

 渦王はそんなフルートを見つめてから、ふいに声の調子を変えて言いました。

「城で作戦会議を開く。青海の広間だ。先に行っておるぞ」

 青い衣をはためかせながら、足早にコロシアムから去っていきます。後には少年たちだけが残りました。

 まだうつむいたままのフルートに、ポチが、そっと言いました。

「ワン。フルートはずっと戦っていたんですね、ナイトメアと……」

 ゼンも、もう何も言えなくなっていました。ナイトメアの恐ろしさはゼンも充分知っています。フルートと同じ目に遭わされたら、自分だって同じようになってしまうかもしれないのです。

 すると、フルートが足下の座席に座り込みました。

「もうひとつ……ものすごく気になっていることがあるんだよ……」

 と話し出したので、仲間たちは驚きました。

「気になっていること?」

「うん……ぼくが見る悪夢が、決まって魔王の復活になることさ……。闇の敵なら、闇の卵とか、メデューサとか、他にも恐ろしい奴らとずいぶん戦ったのに、悪夢ではいつだって魔王しか出てこないんだよ」

「ワン。魔王が一番手強い敵だったからじゃないですか?」

「それは、そうかもしれない……。でも……考えてみてよ。強力な魔力を持つはずの海王があっさりさらわれた。東の大海の生き物すべてが大きな呪いに包まれて、たくさんの生き物たちが凶悪な怪物に変えられた。しかも、ぼくたちを海上で襲った嵐は、海の王たちにしか起こせないような強力なものだった。まるで、海王の力そのものを奪って、それを使っているみたいに。……なにか感じないかい?」

 ゼンとポチは、思わずまばたきをしました。

「ワン。魔王のやり口にそっくりです!」

「だが、あいつは消滅したぞ! 天空の国で! 俺たちはそれを見たじゃないか!」

「消滅していく様子を見届けたわけじゃないよ。エレボスと共に空を落ちていって、見えなくなったんだ。落ちていった下には、何があったんだろう? 果てしなく見えたあの青空の、その下には?」

 フルートが顔を上げて、仲間たちをじっと見ました。ポチもゼンも、ようやくフルートが考えていたことがわかりました。

「海か……! あいつ、消滅したようなふりをして、海に隠れて機会を狙っていたんだな!」

「ワン。じゃ、得体の知れない黒い水蛇っていうのは……」

「きっと、エレボスだ。魔王がドラゴンから水蛇に姿を変えさせたんだよ。ヤツは海のどこかに隠れ家を持っていて、そこで海王の力を奪って、この海を自分のものにしようとしているんだ」

「なるほど。で、海の次には地上の世界を征服しようってわけだな」

 とゼンはうなって、腕組みをしました。

「ぼくらが出発すると、きっと魔王が仕掛けてくると思う」

 とフルートは話し続けました。

「奴の狙いは、東と西の二つの海のものたちをぶつからせて、全面戦争に突入させることだ。ぼくたちを海王の城へ行かせないようにするだろう。しかも、奴はぼくたちに恨みを抱いている……」

 ふっと、フルートは微笑を浮かべました。淋しそうな、弱々しい笑顔でした。

「奴が襲ってきた時に、真っ先に狙われるのは、ぼくじゃなくて君たちだ。ナイトメアのせいで、ぼくの弱点が君たちなのは知られちゃってる。奴は絶対に一番弱いところを突いてくるんだ。君たちが危なくなるのは、本当に間違いがないんだけれど……」

 一瞬、フルートは口ごもり、仲間たちを見つめながら、思いきって言いました。

「ぼくと一緒に来てくれるかい? ぼくには、君たちが必要なんだよ――」

 

 沈黙になりました。仲間たちは何も言いません。ただ、ポチが伸び上がって、懸命にフルートの顔をなめ始めました。そうすることで、自分の気持ちを伝えようとしているようでした。

 すると、ふいにゼンがまたフルートの頭をたたきました。

「だから、何を当たり前なことを言ってるんだ、って言ってるだろう! わかり切ってることを聞くんじゃねえや! それにな、おまえはものすごく大事なことを忘れてるんだぞ」

 とフルートに指を突きつけます。

「魔王を倒すのは金の石の勇者の役目だ。もしも、おまえに魔王が倒せなかったら、他の誰にもヤツを倒すことはできない。魔王が世界を支配したら、俺たちはどうなる? たとえ、おまえが俺たちを巻き込まなくても、結局、俺たちは魔王に殺されることになるんだぞ。へっ、そんなのはまっぴらごめんだ。俺は、自分の命を守るためにも、絶対に魔王と戦うぞ。おまえと一緒に戦って、今度こそヤツの息の根を止めてやる!」

「ワンワン! ぼくだって一緒に戦いますよ! ぼくだって、金の石の勇者の仲間だ!」

 とポチも高らかに吠えました。

 フルートは何も言わずに、ただ泣き笑いの顔になりました。また、ひしと仲間たちを抱きしめます。

 ゼンが照れたように苦笑いしました。

「おまえなぁ……たいがいにしろよ。泣き虫はポポロ一人で充分だ」

 

 海から吹く風が森を揺らし続けていました。島の気温はぐんぐん上がっています。

「さぁて、そろそろ城に入らなくちゃいけないな。作戦会議が始まるぞ」

 とゼンが言って、コロシアムの後ろに建つ王の居城を見ました。緑の植物に半ばおおわれた、二階建ての建物です。

「だが、その前に腹ごしらえしないとな。朝飯がまだなんだから。会議に出る前に台所に立ち寄って、何か食わせてもらおうぜ。まずは――」

「まずは食え、だね」

 とフルートがゼンの十八番のセリフを奪って、いたずらっぽく笑って見せました。

「そうしよう。ぼくももう、お腹がぺこぺこだよ」

「お、おう……」

 フルートが食事なんかいいから早く会議に行こう、と言い出すような気がしていたゼンとポチは、なんとなく面食らってしまいました。

 すると、フルートがすまして続けました。

「敵と戦う前に腹ぺこでぶっ倒れたんじゃ、笑い話にもならないよ――そうだろう?」

 そして、また、いたずらっぽく、くすくすと笑います。その顔が、ようやく以前の元気を取り戻してきていました。

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