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第3巻「謎の海の戦い」

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22.最強の敵

 「ゼン!!」

 フルートは叫びました。

 ずっと心配していた仲間が、怪我もなく目の前に立っています。けれども、その格好はというと、青い防具に身を固め、抜き身の剣を握って、今にも戦いを始めそうな様子なのです。フルートを見る目にも、親しそうな感情はありませんでした。

「ゼン……?」

 フルートはとまどい続けました。何が起こっているのかわからないのですが、確かに、目の前にいるゼンは様子が変でした。

 すると、ドワーフの少年が、フルートとその後ろに立つシルヴァを眺めました。その目の中に激しい怒りと憎しみがひらめいたのを、フルートははっきり見ました。

「ゼン?」

 フルートはまたつぶやきました。他に言うべきことばが見つかりませんでした。

 すると、ゼンの頭上の玉座から、渦王が声を張り上げました。

「さあゼン、行くのだ! 金の石の勇者をたたき伏せて見せよ!」

 フルートはびっくりしました。渦王の隣の席に、白い子犬の姿を見つけたからです。ポチです。怪我もなく元気ですが、玉座に座る渦王のすぐわきにいて、親しそうに王の膝に前足をかけていました。その首には、見慣れない青い首輪がはまっていました。

 フルートは唇を強くかみました。

 ゼンもポチも、渦王の魔力のとりこにされてしまったのです。渦王の意のままに従い、命じられれば戦うようになってしまったのでした。

 

 ゼンがうなるような声を上げながら襲いかかってきました。真っ正面からフルートに切りかかってきます。

 フルートはとっさに剣でそれを受け止めると、声を限りに叫びました。

「目を覚ませ! ゼン! ポチ!」

 けれども、ゼンは続けざまに激しく切りつけてきました。ショートソードとはいえ、ゼンの怪力でふるわれると、大剣のような勢いと威力があります。いくら防いでも攻撃の手をまったくゆるめないので、フルートは防戦一方になって苦労しました。炎の剣をロングソードに持ち替えたいのですが、ゼンはその余裕さえ与えてくれません。

 隙をついて、ゼンの剣が繰り出されてきました。ゼンは手や剣の短さを補うために、フルートのすぐ目の前に立っています。フルートがとっさに盾でそれを受け止めると、いきなり足払いを食らいました。後ろ向きに、どおっと倒れます。

 ショートソードが振り下ろされてきました。狙いは唯一の急所の顔です。フルートは必死で転がり、かろうじて切っ先をかわしました。飛び起きた時に、ようやく武器を持ち替えることができました。

 ゼンがまた声を上げて襲いかかってきました。その太刀筋は、迷うことなくフルートの急所を狙い続けています。ゼンも剣で戦ってきた経験が少なからずあります。フルートのように正式に剣を習ったわけではありませんが、実践の中でその腕前を磨いてきたのです。

 フルートは剣で剣を跳ね返して切り込みました。鋭い刃がゼンの体をかすめ、その服の裾を切り落とします。

 それを見たゼンが、じろりとフルートをにらみつけました。その目の中にあるのは、ただ怒りの炎だけでした。

「ゼン!」

 フルートは思わずまた叫びました。

 こんな理不尽な戦いは嫌でした。フルートが本気になれば、ゼンを切り伏せることは簡単です。でも、そんなことができるわけはないのです……。

 すると、突然ゼンがものも言わずに襲いかかってきました。フルートの剣を盾で押し返し、その勢いでよろめいたフルートに飛びついて、金の兜をむしり取ります。

 兜が宙を飛び、金に輝く髪と少女のような顔がむき出しになりました。

 

「行け行け!」

「ドワーフ、いいぞ!!」

「勇者にとどめを刺せ!!」

 コロシアムの観客席は興奮のるつぼと化していました。さまざまな姿をしたものたちが、笑い、体をたたき、熱狂的に叫び続けています。

 その異様な雰囲気に包まれながら、コロシアムの隅でシルヴァが震えていました。

「なんだ……なんなんだよ、いったいこれは……」

 広場の中では激しい戦いが続いていました。フルートが、助けに来たはずのゼンと死闘を繰り広げているのです。

「フルート……」

 シルヴァはつぶやきました。金の少年の気持ちを思うと、さすがのシルヴァも、胸のつぶれそうな思いがするのでした。

 

 兜のなくなった頭を狙って、ゼンがまた剣を繰り出してきました。

 フルートは盾でそれを受け止めると、友人をにらみつけました。ゼンは本気です。そして、そんなゼンに、いいかげんな気持ちで臨んでいれば、いつか必ずこちらがやられてしまいます。

 フルートの瞳が強い光を放ち、剣がひらめきました。刀身と刀身が絡みつき、次の瞬間、フルートの剣がゼンの剣を勢いよく跳ね飛ばしました。ゼンの武器がなくなります。

 とたんに、ゼンが体当たりをしてきました。まるで弾丸のような勢いです。フルートが思わずよろめくと、その隙にゼンがフルートの剣をもぎ取りました。

「……!」

 フルートは、はっとしました。ゼンがフルートの剣を振り下ろしてきます。熊でさえまっぷたつにするドワーフの怪力です。体勢の整っていないフルートには、受け止められません――

 

 ところが、剣がフルートの頭を直撃する寸前、ふっと、その切っ先の勢いが鈍りました。ほんの一瞬のことですが、フルートが盾を構えるには充分な時間でした。堅い音が響いて、ロングソードが跳ね返されます。

「?」

 フルートは息をはずませながらゼンを見つめました。ゼンは、確かに直前で手加減したのです。

 ゼンがまた切り込んできました。フルートが盾で受け止めるのを見越して、次の瞬間、脇から切り込んできます。フルートはとっさに背中から炎の剣を抜いて、剣を受け止めました。剣と剣とが火花を散らします。

 と、今度はゼンが体勢を崩しました。小石を踏んで足がすべったのです。よろめいた拍子に、がら空きの脇がこちらを向きました。

 フルートは反射的にそこに剣を突き刺そうとして、あわてて思いとどまりました。とんでもありません。そんなことをすれば、ゼンはあっという間に炎に包まれて死んでしまいます。

 すると、その迷いの隙をついて、またゼンが剣を突き出してきました。フルートの顔を真っ正面から突き刺そうとします。フルートには避け切れません――

 

 すると、また、ゼンの剣が止まりました。

 観客席からいっせいにブーイングが起こりました。足を踏み鳴らし、羽ばたき、水面を打ちながら、口々に不満の声を上げます。勇者にとどめを刺せ! とわめきます。

 けれども、フルートにはそんな騒ぎはまったく聞こえていませんでした。フルートが見ていたのは、ゼンの目でした。明るい茶色の瞳には、まぎれもないゼン自身の意志が宿っていて、ためらうようにフルートを見つめていたのでした。

 フルートは思わず自分の剣を地面にたたきつけました。客席から驚きの声が上がります。ゼンも目を丸くします。

 その友人が持つ剣を、フルートはいきなりわしづかみにすると、ぐいと引っぱりました。怪力のドワーフが、面食らったようによろめいて、近づいてきます。フルートは右手を拳に握ると、力任せにゼンの顔にたたき込みました。

 ゼンが地面に倒れました。鼻血が出ています。

「ってぇ……いきなり何しやがる!?」

 かっとしたようにわめく声は、いつものゼンの口調でした。すぐに跳ね起きると、今度はゼンがフルートを殴り飛ばします。フルートの小柄な体が吹っ飛んで倒れます。口元が切れて血が流れ出しました。

 けれども、フルートもすぐに飛び起きるとどなりました。

「いい加減にしろよ、ゼン! いったい何のつもりさ! 正気なんだろう!?」

 二本の剣は二人のかたわらに落ちています。けれども、二人はもうそれを使うつもりはなく、ただ、お互いに拳を握りしめてにらみ合っていました。

「何のつもりだってのは、こっちのセリフだ!」

 とゼンがどなり返しました。

「どうしてポポロはダメでメールならいいんだ!? 何を考えてやがる! そんなに渦王の跡継ぎになりたいのかよ。見損なったぞ!」

 フルートは思わず眉をひそめました。

「渦王の跡継ぎ……? いったい何のことさ」

 全く意味がわかりません。それにメールというのは、確か渦王の王女の名前のはずです。何故それが突然ここで出てくるのか、フルートには理解できませんでした。

 ところが、ゼンはさらにいきり立ってどなり続けました。

「とぼけるのもいい加減にしろ! この戦いに勝ち残った方がメールと結婚して、渦王の跡を継げるんだろうが! そんなに王様になりたいのか、フルート!?」

 フルートはぽかんと立ちつくしてしまいました。結婚? 王様? ――本当に、全然意味がわかりません。

 

 すると、突然コロシアムの隅からうなるような声が上がりました。

「結婚だって……? 勝ち抜いた方が、渦王の跡継ぎ……? そんな……そんなくだらないことで……」

 森の少年が、全身をわなわなと震わせていました。青い瞳が怒りで炎のように燃え上がっています。

「シルヴァ?」

 フルートはあっけにとられてそれを見つめました。

 すると、シルヴァがつかつかとコロシアムの中央に歩み出てきました。立ちつくすフルートとゼンのそばまで来ると、玉座の渦王に向かって声を張り上げます。

「海王様をさらっただけでなく、そんなくだらない理由で勇者たちを戦わせていたのかい!? 今度という今度は、本当に愛想が尽きたよ、父上! 最低だ!」

「父上!?」

 フルートはまたびっくりしました。渦王を父と呼ぶからには、シルヴァは王子です。いえ……確か、渦王には一人娘があるだけです。ということは……

 フルートは信じられない思いでシルヴァを眺め、突然手を伸ばして、その頭を包んでいた茶色の布を引きほどきました。

 ばさっと音がして、輝く緑の波がシルヴァの背中に流れ落ちました。美しく波打つ緑の髪です。長い髪を垂らしたシルヴァは、まぎれもなく少女の顔をしていました。青い強い瞳をした、長身の美少女です。

「君が……メールだったのか……」

 とフルートが呆然とつぶやくと、ゼンがまた目を丸くしました。

「え、知らなかったのか? まさか!」

 

 とたんに、コロシアム中をふるわせるような渦王の声が響き渡りました。

「メール!! おまえは勇者にいったい何を吹き込んでいたのだ!?」

「吹き込んでなんているもんか!!」

 とシルヴァ、いえ、メールが言い返しました。渦王の大音声にも負けてはいません。

「あたいはあんたを止めたかっただけだよ、父上! 西の大海や緑の森を支配するだけじゃ飽き足りなくて、とうとう海王様を幽閉して、東のものたちに呪いまでかけるだなんて! 王のすることじゃないじゃないか!」

 少女の姿とことばづかいになっても、メールの口調は激しいままです。フルートを指さしながらどなり続けます。

「あいつがどんな気持ちでここまで来たのか、考えたことがあるのかい!? あんたはいつだってそうさ! なんでも自分の意のままにしようとする! そんなヤツ、王様でいる価値はないよ! 勇者に倒されちまえばいいのさ!」

 

 しん、とコロシアムの中が静まりかえりました。観客席のすべての生き物が、息を殺して海の王とその娘の言い争いを見守っています。

 すると、遠くの空から低い音が鳴り響き始めました。雷です。

 とたんに、客席がざわめき、生き物たちが腰を浮かしました。不安そうにあたりを見回します。

 その雷にそっくりな声で、渦王が低く言いました。

「わしが海王を幽閉した、と言ったか……メール?」

 聞く者の背筋をぞくぞくとふるわせるような迫力のある声でした。

 メールは青ざめると、ふいにその両手をさっと上げました。とたんに、コロシアム中をおおっている植物から花がひとりでに離れ、ザーッと音をたててメールの元へ飛んでいきました。花使いの魔法です。花は、緑の髪の少女のかたわらに集まると、大きなトラの姿になってうなりました。

「わしが東の大海のものたちに呪いをかけたと……? 誰が、そんなことを言った?」

 王の声はますます危険な響きを帯びていました。雷が急速にこちらに近づいています。

 メールは青い顔のまま、どなり返しました。

「みんなが知ってることさ! あんたはすべての海を自分のものにしたいんだ! いいや、海だけじゃない! あたいは知ってるよ! あんたが本当に手に入れたいのは、青い貴婦人――海の王妃なのさ!!」

 しーん、と恐ろしいほどの沈黙がコロシアムを充たしました。

 息詰まるような雰囲気に、フルートとゼンは思わずあたりを見回しました。誰もが渦王とその王女を、恐怖を宿した目で見つめていました。

 雷がすぐ近くで鳴り響きました。

「わしが、誰を手に入れたがっている、だと……?」

 渦王が娘を見据えました。怒りに青く燃え上がる瞳は、娘と瓜二つです。また上空で雷が鳴り響き、不吉な風が吹き始めました。

 キャン! と突然ポチが悲鳴を上げて、渦王のそばから飛びのきました。熱いものにでも触れてしまったような勢いです。

 渦王が玉座からすっくと立ち上がりました。割れるような大声で、娘をどなりつけます。

「わしは、兄上を幽閉などしておらぬ! 東の大海に呪いなどかけてはおらぬ! 父を信じず、くだらぬ風評を信じるとは何事か! この大馬鹿者――!!」

 ガラガラと激しい雷鳴が頭上で響き渡り、稲光が空にひらめきました。どうっと強い風が巻き起こり、次の瞬間、大粒の雨が空からたたきつけてきました。たちまち、あたりは雷鳴と雨の音でいっぱいになります。

 メールはあわてて花のトラを壁に変えて引き寄せましたが、花は、あっという間に、強い風と雨に吹き散らされてしまいました。

「黒い岩屋で反省せい!!」

 渦王の声が嵐の中にもはっきり響き渡り、ふいにメールの姿がコロシアムから消えました。

 それでも激しい風と雨は止まず、ごうごうとうなりをあげながら、生き物たちをたたきのめし、木や草を吹きちぎり引き倒していきました。生き物たちは嵐の中を逃げまどい、森へ、水中へと逃れました。

 フルートたちも嵐に飲み込まれ、周りがまったく見えなくなってしまいました――。

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