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第3巻「謎の海の戦い」

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21.コロシアム

 跳ね橋を渡って最後の門をくぐると、目の前には深い森が広がっていました。大小様々な木々が無造作に立ち並び、その間に一筋の道が伸びています。普通の城ならば、美しく手入れされた森と、石畳で舗装された道が続いているところですが、渦王の城では、何もかもが限りなく自然に近い形で存在しています。ただ、道の脇にはまた石造りの幅広い水路があって、そこだけが人工的な眺めでした。

 フルートは思わずまた違和感を覚えて首をかしげました。どうも、この城は不思議です。海水の流れる水路から潮の香りは立ち上っていますが、城全体は植物の匂いでいっぱいで、本当に、森の中に海が存在しているように感じられるのです。海の王の城ならば、もっともっと海の印象が強くても良いような気がしました。

 それをシルヴァに聞いてみると、森の少年は顔をしかめて答えました。

「そんなの、渦王の偽善だよ。島のヤツらを支配するために、森の民のご機嫌を取っているのさ」

 少年の口調が、またとげとげしくなっていました。道の奥の方を乱暴に指さします。

「この行き止まりに王の住んでいる建物がある。あんたの仲間たちもそこさ。でも、賭けてもいい。必ずその前にもう一度戦いになるぞ。王宮の前には競技場があって、渦王はそこで強いヤツに戦わせるのが大好きなんだ」

 けれども、フルートは落ち着いて答えました。

「それならば、渦王自身が競技場に現れるよね。好都合だよ」

 シルヴァは目を丸くすると、毒気を抜かれたような顔になりました。

「ホントにあんたは変なヤツだな。渦王は本気であんたを殺そうとしてるんだぞ。怖くないのか?」

「ぼくだけなら平気なんだよ」

 とフルートは謎のようなことを言いました。そう。自分一人のことならば、フルートはいくらでも勇敢になれるのです。

 シルヴァは肩をすくめました。

「それでも死んだら元も子もないだろう。仲間を助けたいんなら、せいぜい殺されないようにするんだな」

 そっけない言い方の中に、心配するような響きがありました。フルートは思わずにっこりしました。

「うん、ありがとう」

 思いがけず明るい笑顔を向けられて、シルヴァはまた面くらい、なんとなく顔を赤らめました。

 

 城の中の道を、二人は歩き続けました。月の光も差さない暗い夜でしたが、水路がぼんやりと光を放って、道を照らしていました。

 やがて、行く手に円い壁を持つ建物が見えてきました。コロシアム(円形競技場)です。石で作られた競技場は、城の他の場所と同じように、ツタや植物の深い緑におおわれていました。道はまっすぐコロシアムの中に続いています。

「シルヴァ」

 とフルートは長身の少年を振り返りました。ここに残って、と言おうとしたのですが、少年は首を振りました。

「行くさ。これは俺と渦王の戦いでもあるんだからな」

 ぎりっと少年が奥歯をかみしめる音が聞こえました。

 そこで、フルートはそれ以上は何も言わず、抜き身の剣を持ったまま、先に立ってコロシアムに入っていきました。

 

 とたんに、耳をふさぐほどの大歓声が少年たちを包みました。拍手、足踏み、羽ばたき、尾やひれが水面をたたく音、しぶきを立てて跳ねる音……様々な音が騒々しく入り混じっています。

 かがり火に明々と照らされた丸い広場を囲んで、何重にも水路が張り巡らされ、草におおわれた石の座席が並んでいました。そこを、人のような姿をしたもの、獣や鳥のような姿をしたもの、魚や海の生き物の姿をしたものが、ぎっしりと埋め尽くし、口々に歓声を上げ、手足や体で音をたてているのでした。人や獣の姿のものは草の中の座席に、海の生き物の姿のものは水路の中にいます。鳥の姿をしたものたちは、座席の後ろにはえている木々の梢に留まっていました。人の姿をしているのは、青や緑の髪の、海の民や森の民です。

 丸い広場をはさんだ正面に、ひときわ立派な石の座席があって、一人の男が座っていました。青い髪に青いひげ、頭には金の冠をかぶっています。フルートが夢に見たほどには大柄ではなく、顔立ちも違っていましたが、それが渦王に間違いありませんでした。渦王の服は、夢で見たよりももっと緑色がかった青い色をしていました。

 少年たちが立ち止まると、朗々たる声が響き渡りました。

「ようこそ我が城へ、金の石の勇者。道案内、ご苦労であったな」

 と王に目を向けられて、シルヴァが、かっと顔に血を上らせました。

「あんたのために道案内してきたわけじゃない!」

 とどなり返しましたが、渦王はそれを無視して、今度はフルートに言いました。

「そなたの戦いぶり、ここからとくと見せてもらったぞ。なるほど、金の石の勇者を名乗るだけのことはある。わしは強い男が大好きなのだ。我々が準備した最強の敵と戦って、どちらが勝つのか――ぜひ見せてもらおう!」

 愉快そうな王の声に、ふいに危険な響きが混じりました。フルートは反射的に身構えました。絶対に何か仕掛けられてきます。炎の剣を構えながら、背後のシルヴァに言いました。

「下がって……! ここで戦うのはぼくだよ」

 シルヴァは何も言わずに後ずさって、円形広場の端まで下がりました。自分がするべきことはわかっていたのです。

 

 王座の下の石の扉がきしみながら開き、そこから新しい敵が現れました。渦王が言う「最強の敵」です。

 けれども、予想に反して、それはとても小さな人影でした。これまで戦ってきたシーブルや水蛇はもちろん、半魚人のギルマンと比べても小柄で、子どもくらいの背丈しかありません。肩幅の広いがっしりした体に、青い胸当てをつけ、片手には青い盾、もう一方の手にはショートソードを握っています……。

 フルートは立ちすくみました。自分自身の目が信じられませんでした。

 最強の敵としてフルートの目の前に現れたのは、他ならない、ゼンだったのです――。

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