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第3巻「謎の海の戦い」

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13.上陸

 朝日が東の空に昇りきり、空と海がまた青く輝きだした頃、とうとう行く手に島が見えてきました。エメラルドのように鮮やかな緑色の島です。島全体を森がおおっているのでした。

「あれが渦王の島?」

 とフルートは波の馬に尋ねました。馬は全力で駆けていて返事ができなかったので、代わりに水の首を振って、大きくうなずき返しました。

 みるみるうちに島が近づいてきました。かなり大きな島で、海辺に砂浜が広がり、白い波が打ち寄せているのが見えます。海や森の上を、たくさんの鳥たちが群れをなして飛んでいます。

 波の馬が走る速度をゆるめてきました。海上に上がる水しぶきが、次第に小さくなってきます。

 ポチがつぶやきました。

「普通の島みたいに見えますよね。ゼンはどこにいるんだろう?」

 島の上には森が見えるだけで、城らしいものは見あたりません。けれども、そこには渦王だけでなく、得体の知れない闇の敵も一緒に潜んでいるのです。フルートは金の石を胸当ての上から押さえると、膝の上のポチをじっと見つめました。その顔がまた、ひどく迷うような表情を浮かべ始めました――。

 

 島がすぐ目の前まで近づいてきました。浜辺には人影はなく、ただ海鳥たちが砂の上で餌をついばんだり、空を飛んだりしています。砂浜に打ち寄せる波の音も聞こえてきます。

 水の馬は、普通の馬が早駆けするくらいの速度で島に向かっていました。それでも、今までの波の疾走から比べると、とてもゆっくりに感じられます。

 そのとき、フルートが呼びかけました。

「ポチ」

「え?」

 振り返った子犬は目を見張りました。フルートが、ひどくつらそうな目で自分を見ていたからです。その表情には覚えがありました。ゼンと喧嘩別れになってしまったときに見せた顔です。

 ポチは跳ね起きると、背中の毛を逆立てて吠えました。

「ワン! 嫌ですよ、フルート! ぼくは絶対に一緒に行きます!」

 自分が言おうとしていたことに先に言い返されて、フルートは思わずことばを失いました。

 ポチは大声で言い続けました。

「フルートが言おうとしていることくらい、わかりますよ! ぼくに、このまま波の馬に乗って家に帰れ、って言いたいんでしょう? 島には危険な敵がいっぱいいるだろうから、って! どうして、そんなことばかり言うんですか!? ぼくだって、ゼンを助けに行きたいんですよ!!」

 フルートは本当にどこかが痛んでいるように顔をゆがめました。

「だけど、ポチ……あそこには……」

「闇の敵がなんだって言うんです!」

 とポチはまた、皆までフルートに言わせずに言い返しました。

「ぼくはフルートたちと一緒に闇の敵を二度も倒しましたよ! 確かにぼくは小さいけど、金の石の勇者の仲間なんです! ここで置いてきぼりにされるなんて、絶対に嫌です!」

 そう言うなり、ポチはいきなり風の犬に変身して、島に向かって飛び出していきました。白い幽霊のような犬が突然やってきたので、浜辺の鳥たちがびっくりしていっせいに飛び立ち、上空は大騒ぎになりました。

 フルートを乗せた波の馬はさらに速度を落とし、最後には歩くほどの足並みになって浜辺の近くまでたどりつきました。砂浜では、子犬の姿に戻ったポチが、脚を踏ん張って待っていました。

 フルートが浅瀬に飛び下りて近づいていくと、ポチがウーッとうなりました。

「ゼンが怒ってましたよ。フルートは自分たちの気持ちを全然わかってない、って。ホントにその通りだ。どうして、そんなに自分ひとりでやろうとするんですか? フルートが心配する気持ちもわからないじゃないけど、でも、ぼく、そんなにフルートの足手まといになってますか? そんなに、ぼくが邪魔なんですか!?」

 フルートが水の中に立ち止まりました。今にも泣き出しそうな顔で子犬を見つめて首を振ります。

「違うよ、違う……そうじゃないんだ……だけど……」

 想いが乱れてことばになりません。

 すると、ポチは浅瀬をフルートの方へ歩いてきて言いました。

「これ以上、ぼくに帰れと言うんなら、ぼくは今すぐ島の奥へ飛んでいきますよ。絶対に帰りません。ぼくだけで渦王の城を探し出して、ぼくがゼンを助け出します。フルートには手出しなんかさせないんだから!」

 普段はおとなしいポチがそんなことを言います。とても腹をたてていたのです。

 フルートは膝をついて、子犬を抱きしめました。その後ろから波が押し寄せてきて、ふたりをずぶぬれにします。

「怖いんだよ……」

 とフルートが振り絞るように言ったので、ポチは驚きました。フルートがこんなにあからさまに「怖い」ということばを口にしたのは初めてです。ポチを抱きしめる腕は、確かに震えていました。

「怖いんだ……君を連れて行ったら、君が死んでしまいそうで。それだけは、絶対に嫌なんだよ……」

「フルート……」

 ポチは金の兜からのぞく顔を見上げました。少女のように優しい顔は、ひどく幼く頼りなく見えました。

「ワン、あれは夢ですよ」

 とポチが言うと、フルートは首を振りました。

「それはわかってるんだ……。だけど、どうしても頭がそれを想像しちゃう。そうすると、体がすくんで動けなくなる。怖くて怖くて……どうしようもなくなるんだ」

 ポチは驚いて何も言えなくなりました。フルートが仲間の死ぬ夢を恐れていたのはわかっていましたが、ここまでひどく傷ついているとは思わなかったのです。おびえていると言ってもいいほどでした。

 

 すると、波の馬が寄せる波に乗りながら、静かに近づいてきました。

「それでも、勇者は仲間を一緒に連れて行かなくちゃなりませんよ。渦王は強く恐ろしい方です。とても勇者ひとりの力ではかないません。お友だちや海王様を救うためには、勇者には仲間が絶対必要なんです」

 フルートは何も答えませんでしたが、ポチは尻尾を振って、感謝の目で波の馬を見ました。

 馬は泡立つような声で笑いました。

「犬君を無理やり元の場所に送り返そうとしても無駄です。私は絶対に運びませんし、犬君だって風になって飛び戻ってきてしまうでしょう。渦王の島に上陸なさい。私はもうこれ以上ついていくことができません。ふたりでお友だちを救い出して……そして、皆さんで海王様を助け出してください。お願いします」

 それだけを言うと、波の馬はくるりと向きを変えて、沖に向かって静かに歩き出しました。

「波の馬……!」

 フルートは思わず呼びかけ、振り返った馬に向かって深々と頭を下げました。

 馬は青い瞳をほほえむように細めました。

「優しい勇者の一向に、海の守りがいつも一緒にありますように」

 と柔らかな声でそう祈ってくれると、また前に向き直って走り出しました。速度が上がるにつれて白いしぶきがわき起こり、激しい波の疾走に変わります。その姿は、みるみるうちに沖に遠ざかっていきました。

 

 馬の姿が水平線の向こうに見えなくなると、ポチはフルートを見上げました。

「さあ、上陸しましょう。ゼンを探さなくちゃ」

 そして、ぴょんと飛び跳ねて海に飛び込むと、浅瀬を陸に向かって走り出しましたが、ふいに立ち止まると、振り返って言いました。

「ね、本当にもう『帰れ』なんて言うのはなしですよ。今度そんなこと言ったら、ぼく、絶対に許さないんだから」

 フルートはまた何も言えなくなって、海の中に立ちつくしてしまいました。

 渦王の島は、彼らの目の前に白い砂浜と深い森を広げていました。

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