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第3巻「謎の海の戦い」

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第2章 謎の海

6.砂浜

 フルートは白い砂の上に倒れていました。

 すぐ近くまで波が音をたてて押し寄せては引いていきます。時折大きな波が打ち寄せると、海水は少年の金の鎧の下まで流れてきて、ひたひたとあたり一面をぬらしました。兜をつけた少年の顔が水をかぶりましたが、それでも少年は目を覚ましませんでした。

 すると、フルートの背中のリュックサックが動き始め、ゆるんだ口から子犬が頭を出しました。あたりをきょろきょろ眺めます。

 そこは長い砂浜でした。弓なりに伸びた砂の海岸に、波が白い泡を立てながら打ち寄せています。砂浜の先は見たこともない木が生えている森、頭上には青空が広がっていて、太陽が照りつけてきます。真冬とは思えない強い日差しです。波が戻っていく先は、見渡す限りの青い海原でした。

 ポチは苦労してリュックサックの中から抜け出すと、フルートの頭のほうに駆け寄って吠えました。

「ワンワン! フルート、しっかりしてください!」

 それでも少年は動きませんでしたが、ポチが必死で顔をなめると、ようやく目を開けました。

「ポチ……無事だったんだね」

 自分のほうが長く気を失っていたのに、フルートは開口一番、そんなことを言いました。子犬は少年に頭を押しつけながら答えました。

「ぼくはなんともないですよ。フルートこそ大丈夫ですか?」

「うん、怪我もしてないよ……。あ、ゼンは!?」

 フルートは突然真っ青になって砂浜から跳ね起きました。近くに親友の姿が見あたりません。

「ゼン! ゼーン……!」

 フルートが必死で呼んでいると、ポチがふいにワン! と吠えました。

「いました! あそこです!」

 と、あまり遠くない波打ちぎわを眺めます。浅瀬に青い胸当てをつけた小柄な少年が倒れていました。体の上を波がしぶきを立てて通り過ぎています。

 フルートとポチはゼンに駆け寄りました。

「ゼン! ゼン、大丈夫!?」

「ワンワン。ゼン、しっかり!」

 仲間たちが声をかけると、ドワーフの少年もすぐに目を覚ましました。

「お、フルート、ポチ……。助かったんだな、俺たち」

 フルートは一瞬、泣き笑いするような顔をしました。

「うん。長老の魔法で守られてたみたいだよ。それと、『人魚の涙』にも」

「だな。あんなにすごい流れだったのに、全然おぼれなかったもんな。おっと、弓矢も剣もちゃんとあるな。よかった」

 ゼンは大切な武器がちゃんと身についているのを確認して、ほっとした顔になりました。フルートも荷物はひとつも失っていません。確かに、泉の長老の水の魔法は、可能な限り少年たちを守っていたようでした。

 

 フルートたちは立ち上がって、改めて周りを見回しました。

 目の前に一面の海原が広がっていました。フルートやゼンにとっては、生まれて初めて見る海です。

 海は青いと聞いていましたが、実際に見る海は、単純な青一色ではありませんでした。岸に近いところは白っぽい青、そこからだんだん鮮やかな青に移り変わって、沖に行くに従って緑がかった深い青に変わり、はるか彼方の水平線で、また色合いの違う青空と接しています。海面には無数の波が揺れていて、それが日の光を返して、きらきらと銀色に輝いています。

 水平線の近くに、すーっと白い筋が見え始めたと思うと、どんどんこちらへ近づき、しまいには泡立つ波になって打ち寄せてきました。波は、戻っても戻っても、何度でもまた押し寄せてきます。それは、海が誕生した太古から、一瞬も休むことなく繰り返されてきた海の営みでした。絶え間ない海鳴りと波の音が耳を打ち、風が強烈な潮の香りを運んできます。

「すげえな……」

 とゼンがつぶやきました。フルートも声もなく海を見つめ続けます。見渡す限りの荒野も一面の深い森も、今までに何度も目にしてきましたが、海はそれよりはるかに大きく力強く感じられました。

 

 すると、ポチがワン、と吠えて口を開きました。

「ところで、ここ、どこなんでしょうね? マグロさんは近くにいないのかしら?」

 波の音がうるさいので、自然と声が大きくなります。

 フルートは我に返ると、黙って首を振りました。マグロは、トンネルの中で分岐点から別の通路に押し流されていきました。自分たちの近くにいるとは思えませんでした。

 道案内を失ってしまった少年たちは、途方に暮れて立ちつくしまいました。これからどうしていいのか、さっぱり思いつきません。ここが東の大海かどうかさえ、彼らにはわからないのです。

 すると、急にゼンがフルートの腕を引っ張りました。

「来いよ。飯にしようぜ」

「え?」

 フルートが驚くと、ゼンが大まじめで言いました。

「腹が減ってると、いい知恵も浮かばないんだ。まずは食え、だぞ。ちょっと腹ごしらえしてから、これからのことを考えようぜ」

 ドワーフは、どんなときにも食べることを忘れません。食欲など全然わかないフルートを引きずって、もっと陸のほうへ上がっていくと、適当な場所に座って背中の荷袋を下ろしました。荷袋は海水でぐっしょりぬれています。それを見て、ゼンは顔をしかめました。

「ちぇ、やっぱり中まで水が入ったか。荷物にも魔法が効くのかと思ったんだけどな」

「ぼくたち、みんなぬれてますよ」

 とポチがぶるぶるっと体を振って、体に貼り付いた毛から水気を飛ばしました。泉の長老の魔法のおかげで、水中にいてもあまり水の感触がしなかったのですが、それでも子どもたちは全員、しっかりぬれていたのです。

 ゼンが荷袋をかき回して、濡れたパンや食料を取り出し、一口かじっては次々砂の上に放り出していきました。

「ダメだ、ふやけて塩辛くてとても食えない。まともなのはこれだけだな」

 と油紙の中から大きな薫製肉の塊を取り出します。自分がしとめた猪を自分で薫製にしたものです。ナイフで大きく切り取ると、フルートとポチに差し出してきました。

「食えよ。食えるうちに食っておかないと、次の食料を見つけるまで何も口にできなくなるぞ」

 ゼンは猟師です。見慣れない海や森で食料を調達するのが難しいことは、すぐに予想がついたのでした。

 言われたとおり、フルートとポチは薫製肉を食べ始めました。ゼンも、全員の真ん中に水が入った水筒を置くと、大口を開けて肉にかぶりつきました。が、急ぎすぎたのか、咽に引っかかりそうになって、あわてて水筒に手を伸ばしました。

 しばらくの間は誰も何も言わず、浜辺にはただ波の音が聞こえるばかりでした。

 

 やがて、フルートが食べる手を止めて、ぼんやりと考えこみ始めました。黙って足下の白い砂を見つめています。

 一切目を食べ終わったポチが、新しい肉をゼンに切ってもらいながら言いました。

「ワン、本当にこれからどうしましょうね? ここで待っていたら、マグロさんが探しに来て、見つけてくれるでしょうか?」

「見つけに来てほしいよな。どこに行きゃいいのかわからないってのが一番困るぜ」

 とゼンがぼやきました。

「森に入って行くのは簡単だが、そうすると、海から遠くなって、マグロが俺たちを見つけにくくなる。かといって、海がこんなに広いんじゃ、当てずっぽうに探し回ったって、とてもマグロに出会えないだろうからなぁ」

 ゼンはそう言いながらフルートに探るような目を向けました。

「なあ、天空の国に助けを求めるべきだと思うぞ。俺たちだけじゃどうしようもない。ポポロを呼ぼうぜ」

 とたんに、フルートはぎくりとしたようにゼンを見ました。たちまち、ためらう顔になります。

「それは……」

 と言いかけて目を伏せると、また黙りこんでしまいます。それきり、もう口を開こうとしません。

 とうとう、ゼンの堪忍袋の緒が切れました。

「いい加減にしろよ、フルート! いったい何を気にしてやがる!?」

 と大声を出します。

「ポポロは俺たちの仲間だぞ! 俺たちは、全員そろって勇者の一行なんだ! なのに、どうしてポポロを呼んでやらないんだよ!?」

 フルートはさらに目をそらして、低い声で言いました。

「だって……ポポロは一日に一回しか魔法が使えないんだよ」

「それがどうした? その一回だけの魔法に、俺たちはさんざん助けられたじゃないか! 天空の国で魔王を倒せたのだって、あいつがいたおかげだぞ! そんなことくらい、おまえだって充分わかっているじゃないか!」

 けれども、フルートは頑固に目をそらし続けていました。明らかに態度が変です。ゼンは、かっとなって、さらにフルートを問いつめようとしました。

 その時、海に向かってポチが突然吠え始めました。

「ワンワンワン……フルート、ゼン! 天空の国です! 天空の国が見えますよ!」

 少年たちはびっくりして、ポチが見る先に目を向けました。水平線の上空に、遠く岩の塊が浮いています。岩の上には森や町の影が見え、中央にそびえる山の頂上に城の姿が見えました。白くきらきらと光っているのは、きっと町の尖塔の屋根です。

 フルートは思わず立ち上がると、真っ青になって、その場にすくんでしまいました。

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