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第3巻「謎の海の戦い」

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5.トンネル

 泉の中に入ってみると、真珠や長老の魔法はすぐにはっきりしました。水中でも少しもぬれた感じがしませんし、息も楽にできます。陸上にいるのと同じようです。

 フルートに続いて泉に入ったポチは、体が水中にどんどん沈み始めたので、あせった声を出しました。

「ワン、浮かびません! 泳げないです!」

 ポチだけは犬なので生まれつき泳ぐことができたのです。すると、長老が言いました。

「水の底を走ってみるがいい。できるはずじゃぞ」

 不思議なことに、長老の声は水中でもはっきり聞き取ることができました。ポチは泉の底まで沈むと、金色の砂を蹴ってみました。陸にいるのと同じように簡単に進むことができます。

 また長老の声がしました。

「おまえたちは水中で意のままに進めるはずじゃ。本来なら、水はもっとおまえたちを翻弄するものじゃが、わしが水に、おまえたちを通すように言いつけたからの。『人魚の涙』がおまえたちの内にある限り、おまえたちは水中でおぼれることも絶対にない。だが、くれぐれも気をつけることじゃ。海に入ってしまえば、もうわしはおまえたちを手助けすることができん。金の石を信じて進むのじゃぞ」

 フルートはマグロのひれにつかまったまま、長老に向かってうなずき返しました。

「わかりました。行ってまいります」

「おい、俺をおいていく気か?」

 まだ泉のほとりにいたゼンが怒ったように水に飛び込んできましたが、すぐに驚いた顔と声に変わりました。

「うへぇ、本当に全然水の中にいるって気がしないぞ! でも、なんだかちょっとだけふわふわして、変な感じだな」

「向こうの海は暖かい。その毛皮の服は邪魔になるじゃろう。ここに置いていきなさい」

 と長老が言いました。ゼンは言われたとおり、北の峰から着てきた毛皮の服を脱ぎ、布の服に青い胸当てをつけた身軽な姿になりました。胸当ては、半年前エスタの国でノームの鍛冶屋に強化してもらったものです。薄着になっても、水の冷たさは全然感じませんでした。

「さあ、私に乗ってしっかりつかまってください」

 とマグロが子どもたちに背中を向けました。けれども、子犬のポチだけは背びれにしがみつけなくて言いました。

「ワン、ぼくには無理です。フルート、背中のリュックサックに入ってもいいですか?」

 フルートは一瞬何かを言いかける顔をしましたが、すぐに、黙ったままうなずきました。ポチは器用にリュックサックの紐をほどいて中にもぐり込むと、ゼンに外から紐をしばり直してもらいました。

「では、行くがいい。おまえたちに水の守りが常にあるように」

 と泉の長老が子どもたちと魚の無事を祈ってくれました。

 マグロは大きな頭で長老に一礼すると、ガボリと音をたてて泉の中に潜っていきました。

 

 泉の中は澄んだ水で充ちていて、見通しがききました。一面金の砂でおおわれた底に、大きな穴がぽっかり口を開けています。

「あれが海へ続くトンネルの入り口です。あそこを通って、東の大海へまいります」

 とマグロが背中の子どもたちに言いました。泉の長老の声と同様、マグロの声も水中ではっきり聞き取ることができます。

 フルートとゼンがうなずいたとたん、マグロがぐんと速度を上げて、あっという間に穴に飛び込みました。少年たちには暗がりにしか見えないトンネルの中を、右へ左へ曲がりながら、スピードを上げて進み始めます。海の水が耳元を風のように流れすぎて、ごうごうと音をたてていきます。フルートたちは、長老に水の守りの魔法をかけてもらっているにもかかわらず、強い流れに押し流されそうになって、あわててひれにしがみつき直しました。まるで海中を飛びながら進んでいく弾丸のようです。

 やがて、暗さに慣れてきたフルートたちの目に、周りの様子が見え始めました。

 岩をくりぬいたようなトンネルが、曲がりくねり、狭くなったり広くなったりしながら延々と続いています。マグロがそこを猛スピードで通り抜けていくので目が回りそうです。けれども、その速さにも目が慣れてくると、トンネルの中をいろいろな生き物が泳いでいるのが見えるようになってきました。

 銀や赤のウロコの平たい魚、細長い体を蛇のようにくねらせて進む魚、長い足を突き出したカニ、幻のようにひらめいて通り過ぎていくクラゲの仲間……。

 陸育ちのフルートたちは、生まれて初めて見る海の生き物を、目を見張って眺め続けました。スライムや怪物のような、得体の知れない形の生き物たちもたくさん通り過ぎていきます。それらは、トンネルの壁がかすかに放つ光の中を泳いでいくのでした。

「壁に光るコケみたいのが植えてあるな。ドワーフの洞窟のヒカリゴケみたいなもんだ」

 とゼンがひとりごとのように言いました。水中でも普通に話すことができます。フルートは壁の上のところどころで、星の形をしたものが強く光り輝いているのに気がつきました。赤や青の鮮やかな色合いをしていて、決まってトンネルの分岐点のすぐそばにあります。

「アカリヒトデです。トンネルの道しるべなんです」

 とマグロが泳ぎながら説明してくれました。マグロの目は体の横についているので、行く手だけでなく、背中にしがみついているフルートたちの様子も同時に見ることができるのでした。

 

 やがて、彼らの進行方向に小さな光の群れが見えてきました。無数の星のような光がトンネルいっぱいにきらめいています。フルートたちがなんだろうと思う間もなく、マグロは光に追いつき、中に飛び込んでいきました。

 彼らの周りで光っているのは、何百、何千というイカの大群でした。銀の体を光らせながら、トンネルの先を目ざして泳いでいます。まるで、空を飛ぶ流星の群れに飛び込み、追い越していくようでした。

「海ってきれいなんだね」

 とフルートが思わず口に出して言うと、マグロの目がぐりっと動いてフルートを見ました。

「いいえ、まだまだ。海の美しさはこんなものじゃありませんよ。もっと美しいものやすばらしい場所が、数え切れないほどあります。海王様を無事にお救いしたら、ぜひ勇者様たちにもお見せしたいですね」

 そう言うマグロの声は、とても誇らしそうでした。

 

 さらに泳ぎ続けていくうちに、暗いトンネルの行く手がぼんやり明るくなってきました。

「まもなく出口です。東の大海に出ますよ」

 とマグロに言われて、フルートたちは行く手に目をこらしました。初めて見る海です。なんだか胸がどきどきしてきます。

 ところが、ふいにマグロが声を上げました。

「あ、あれはなんだ!?」

 フルートたちがはっとしたとたん、強烈な水の流れが襲いかかってきました。前方から、どうっと音をたてて押し寄せてくると、激しい流れの中に子どもたちと魚を巻き込んでしまいます。マグロは懸命に流れに逆らって泳ごうとしましたが、とてもかなわず、トンネルの中を押し戻されていきました。大きな体が水にもまれてきりきり舞いします。

「うわぁぁっ……!」

 子どもたちは悲鳴を上げました。猛烈な水圧で、マグロの背びれにつかまる手が外れます。

「勇者様!!」

 マグロが叫びましたが、どうしようもありませんでした。フルートとゼンは激しい流れに巻き込まれて、マグロと離ればなれになっていきました。

 フルートは一瞬、自分たちのかたわらを鮮やかに赤い星が通り過ぎていくのを見ました。トンネルの分岐点のヒトデです。

 そして――

 何もわからなくなりました。

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