「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第3巻「謎の海の戦い」

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2.合流

 装備を整え、荷物を背負ったフルートは、ポチと一緒に荒野に立ちました。まだ足跡一つついていない雪原が、目の前に白くなめらかに広がっています。

 ポチがワン、と吠えて言いました。

「ぼくが風の犬になって魔の森まで飛びますよ。フルート、乗ってください」

 子犬の首の周りには、緑の宝石をはめ込んだ銀の首輪があります。風の犬に変身する魔力を持つ風の首輪です。

 けれども、フルートはすぐには返事をせずに、なんとなくためらうように、荒野の彼方を眺め続けていました。ポチは不思議そうな顔をしました。

「どうしたんですか? 何か待っているんですか?」

「あ、ううん……」

 フルートが我に返ったように答えたとたん、今度はポチのほうがピンと耳を立てて荒野の向こうを見ました。

「ワン、何か近づいてきますよ! すごい勢いだ! あれは……」

 フルートも荒野の彼方に白い雪煙が上がるのを見ました。まっすぐこちらに向かって近づいてきます。ポチが歓声を上げました。

「あれは走り鳥です! ワンワン! フルート、ゼンですよ!」

 フルートは何も言いませんでした。ただ、近づいてくるものを食い入るように見つめながら、大きな息を一つ吐きました。

 

 走り鳥が雪を蹴散らしてフルートたちの前に止まりました。小ぶりなダチョウに似た灰色の鳥です。その背の鞍には、小柄でがっしりした体格の少年がまたがっていました。毛皮の服を着込んで、大きな弓と矢筒を背負っています。ドワーフの猟師のゼンです。

 ゼンは鎧兜姿のフルートを見ると、にやりと笑いました。

「やっぱりな。なんとなく、こんなふうに会えるような気がしていたんだ」

 明るい茶色の瞳がいたずらっぽく輝いています。フルートも思わずつられて笑い返しました。こちらの瞳は綺麗な青です。

「ぼくもだよ。ゼンも呼ばれたんだね?」

「おう、呼ばれた呼ばれた。天空王から直々のお呼びだ。フルートはどうやって呼ばれたんだ?」

「ついさっき、金の石のペンダントが目覚めたんだよ。泉の長老に森に来るように言われたんだ」

「やっぱり金の石か。俺はこれだ」

 とゼンが背中から取りだしたのは一本の矢でした。矢羽根の先から矢尻まで銀一色で、日の光にきらきらと輝いています。フルートは思わず驚きました。

「光の矢じゃないか!」

 一年前、闇の神殿でメデューサを倒すときにも、半年前、天空の国で魔王やエレボスを倒すときにも大活躍した、聖なる武器です。戦いが終わったとき、ゼンはこれを天空王に返してきたのですが……。

 すると、ゼンが言いました。

「三日前、いやもう四日前になるか。俺が一人で山の中で狩りをしていたら、出しぬけに天からこれが落ちてきて、目の前の雪に突き刺さったんだ。頭の上にはちょうど天空の国が来ていた。声も何も聞こえなかったんだが、これは天空王が呼んでいるのに違いないと思って、すぐに走り鳥を借りてここまで来たんだ。おまえに会えば、何が起こってるかわかると思ったからな」

「ぼくにもまだ、何が起きているのかわからないんだよ」

 とフルートは正直に答えました。

「泉の長老は、ただ装備を整えて急いで泉に来るように、ってしか言わなかったから。でも、金の石が目覚めて、光の矢がまたぼくたちのところに来たってことは……」

 聖なる石や光の矢を使って戦うような敵、つまり、闇の敵がまた現れたということに違いない、とフルートは考えていました。闇の敵は強大です。また激しい戦いが始まるのかもしれませんでした。

 ゼンが、ふーんとつぶやきました。

「ってことは、とにかく魔の森に行ってみりゃわかるってことだな。ポチに乗って、空を飛んでいくつもりだったんだろう? 俺も一緒に乗っていいか? 走り鳥は足が速いけど、風の犬には絶対かなわないもんな」

「ワンワン、もちろんどうぞ!」

 ポチが嬉しそうに吠えながら、一瞬で風の犬に変身しました。とたんに周りの粉雪が風に吹き上げられて、もうもうたる雪煙でいっぱいになります。フルートとゼンはあわてて手を顔の前にかざしました。

「うっぷ。おいポチ、準備ができるまで、ちょっと上空で待っててくれ」

 とゼンに言われて、ポチは素直に上空に飛び上がっていきました。雪煙がおさまります。

 

 ゼンが鳥から飛び下りて、荷物を下ろし始めました。それを手伝おうと近づいていったフルートは、急に立ち止まりました。

「あれ……?」

 ゼンの姿になんとなく違和感を覚えたのです。

「なんだ?」

 と振り返ったゼンの顔が、フルートのすぐ目の前にありました。以前は、もっと下にあった茶色の瞳が、今はほとんど真っ正面からフルートを見つめ返しています。

 ゼンがびっくりしたように声を上げました。

「おい、フルート、どうしたんだ? おまえ、背が縮んだぞ!」

 フルートはたちまち憮然としました。

「きみの背が伸びたんだよ、ゼン」

 ゼンはドワーフですが、半分以上人間の血が混じっています。大人になっても一メートル余りの身長しかないドワーフ族の中で、ゼンだけは群を抜いて大きくなって、ほとんどフルートと肩を並べるまでになっていたのでした。

 ああ、とゼンはうなずきました。

「そういやそうか。俺、この半年でずいぶん伸びたんだよな。じいちゃんはもう抜いたし、親父のことも、もう少しで追い越すぜ。ドワーフの洞窟では三番目か四番目に背が高くなってるんだ。でも、まさかフルートまで追い越したとは思わなかったな」

「まだ抜かれてないよ」

 とフルートはちょっとむきになりました。人間の子どもとしては、フルートはとても小柄です。十三歳になった今でも、知らない人からは必ず二、三歳年下に見られてしまいます。最近は同い年の男の子たちが急に背が伸び始めたので、なおさら小さく幼く見られるようになって、さすがのフルートも内心気にしていたのでした。

「あと二センチってところか?」

 とゼンが笑いながら、手でフルートと背比べをしました。

「見てろ。じきに本当に抜いてやるからな。へへっ、人間より背が高いドワーフか。悪くないよな」

「抜かれるもんか。ぼくだって、もうすぐ伸び始めるさ」

「いいや、絶対に抜いてみせる!」

「身長なんて、自分で思ったから伸ばせるわけじゃないだろう!」

 本気になってそんなことを言い合う二人は、すでに勇者の一行ではなく、ただの年相応な少年たちでした。

 フルートがやっと元気になってきたのを感じて、空の上でポチがほほえんでいました。たびたび見てしまう悪夢のせいか、フルートは最近ずっと沈みがちだったのです。陽気なゼンが、フルートにも活気を運んできてくれたようでした。

 ポチは二人にワンワンと呼びかけました。

「早く、魔の森に行きましょうよ! 泉の長老が待ちかねてますよ!」

「あ……」

「おっと、そうだった」

 少年たちは言い争いをやめると、あわてて鳥から荷物を下ろし始めました。

 朝の光に、雪野原はどこまでもきらめき続けていました。

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