<[!DOCTYPE html> 勇者フルートの冒険 3「謎の海の戦い」
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第3巻「謎の海の戦い」

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3.魔の森

 風の犬のポチに乗って魔の森まで来たフルートとゼンは、歩いて森の中に入りこみました。一面の荒野の中、そこだけは冬でも葉を落とさない木がぎっしりと生えていて、奇妙な形にねじれた枝を広げています。雪も森の中にはそれほど降り積もっていません。何事もなく進んでいけるので、ゼンが首をかしげました。

「ぜんぜん普通の森じゃないか。これのどこらへんが魔の森なんだ?」

「本当は入ってくる人を怪物や魔法で追い返す森なんだよ」

 とフルートが笑って答えました。大怪我をしたお父さんのためにフルートがこの森に入りこんだのは、もう一年以上も前のことです。決死の覚悟で踏みこんだフルートに、獣や怪物や魔法が次々と襲いかかってきました。それらを振り切って中央の泉までたどり着いたとき、フルートは魔法の金の石から選ばれて、金の石の勇者になったのでした。

「ぼくらは今は泉の長老に呼ばれて行くところだからね。長老が森を通してくれてるんだよ」

 とフルートはゼンに教えました。

 

 サクサクと雪を踏みながら、少年たちは森の奥へ進んでいきました。ポチも子犬の姿でフルートたちの後をついていきます。時折、頭上の枝が薄い場所に出ると、梢の間から差しこむ光が足下の雪を照らしました。枝の間からのぞく空は鮮やかな青です。

 それを見るともなく見上げていたゼンが、ふと口を開きました。

「そういやポポロは元気か?」

 フルートの歩みが、一瞬止まりかけました。

「わからない……あれから会ってないんだ」

 とフルートが答えたので、ゼンは意外そうな顔になりました。

「会ってない? 一度もか? だって、あれから半年もたってるんだぞ」

 半年前、エスタ王の城でポポロと別れたとき、彼らは必ずまた会おうね、と約束し合ったのです。天空の国の住人は勝手に地上に下りることを許されていませんが、ポポロはフルートたちと一緒に戦って魔王を倒した功績を認められて、自分の風の犬に乗って好きなときに地上に下りて良い、フルートたちとも会って良い、と天空王から許可されたのでした。

 フルートは自分の足下だけを見て歩きながら言いました。

「ポポロは一度も来なかったよ。なんの便りもなかった。きっと、すごく忙しいんだと思うよ」

「忙しいって……それだって、ちょっと会いに来るくらいできそうなもんじゃないか? 俺のところはともかく、フルートのところには絶対来ていると思っていたんだけどな」

「ゼンのところに来てないなら、ぼくのところにだって来ないさ」

 とフルートは答えました。もうこれ以上この話はしたくない、と言いたげな声の調子でしたが、ゼンは容赦しませんでした。

「変じゃないか。この半年の間に、天空の国は何度も頭上を通っていったぞ。フルートのところもそうだったんだろう? その時になら、風の犬で地上に下りてくるのは簡単なはずだ。なんでポポロは俺たちに会いに来なかったんだ? ――いや、それよりも、フルート、どうしておまえ、自分からポポロに会いに行かなかったんだ? おまえにはポチがいるのに」

 フルートは返事をしませんでした。ただ黙って雪の中を歩き続けます。

 代わりにポチが答えました。

「ワン、ぼくは何度もポポロに会いに行こう、って言ったんです。ぼくが風の犬になって天空の国まで飛んで行くから、って。でも、フルートは、うんと言わなかったんです」

「どうして!?」

 とゼンが大きな声を出しました。どんどん先に行こうとする友人を、肩をつかんで引きとめます。

 フルートは、はっきりと嫌がるような表情を見せました。

「ポポロに会いに行くなら、君と一緒の時がいいと思っていたんだよ。……でも、今はそれより、泉の長老のところへ行くのが先さ。急ごうよ」

 ゼンは立ち止まると、先へ進み続けるフルートを、呆気にとられた顔で見送りました。足下にたたずむポチに、そっと尋ねます。

「どうしたんだ、あいつ? なんだか様子が変だぞ」

 クーン、とポチは困ったように鳴きました。

「うん、ずっと変なんです。ずうっと元気がなくて……」

「ポポロが会いに来ないんで、すねてるのか?」

「わかりません。ただ、嫌な夢を見る、って、しょっちゅう言ってます」

「嫌な夢?」

「ワン。魔王とエレボスが復活してきて、ぼくたちがやられちゃう夢だそうです」

 ゼンは驚いたようにフルートを見ました。金の鎧を着た小さな後ろ姿は、森の木々の間に見えなくなろうとしていました。

「魔王は確かに死んだんだぞ。なんで今さらそんな夢を見るんだ」

 とゼンが言いました。ポチは首を振りました。

「ぼくもずっとそう言ってます。でも、本当に何度もその夢を見るみたいで、そのたびにフルートはすごく落ち込んでるんです。最近では、三日に一度は見ている感じです」

「そんなにか?」

 ゼンは眉をひそめました。確かにそれはあまり普通ではないことのような気がしました。

 フルートは一度も振り返らずに森の奥へ消えていきました。ゼンとポチは思わず同時にため息をつきました。

「ったく……何も言わないからなぁ、あいつ」

「ワン。どうしましょう?」

 心配そうな顔をするポチに、ゼンは肩をすくめてみせました。

「まあ、ちょっと様子を見るしかないだろう。あいつが何か気にしてるのは確かだ。そのうち俺が聞き出してやるよ」

 ポチはたのもしいドワーフの少年を見上げて、ワン、と吠えました。

 

 やがて、少年たちは森の真ん中にある泉のほとりに出ました。

 とたんに暗い冬の森は消え、緑の草と星のような花が風に揺れる景色が広がりました。蝶が舞い、トンボが透きとおった羽根を震わせて飛び過ぎていきます。泉の縁には数え切れないくらいの金の石が積み重なっていて、自然の縁飾りを作っています。日の光がそこら中で反射して、まぶしいくらいです。

「うひゃあー」

 泉を初めて見るゼンが、あきれたような声を上げました。

「雪がどこにもないじゃないか。おまけに蝶とトンボか? ここ、季節はいつなんだよ。年中こんなふうなのか」

「金には驚かないの?」

 とフルートがおもしろそうに聞き返しました。泉を縁取る石は大小様々ですが、正真正銘、本物の純金です。手頃なのをひとつ持って帰って売りさばけば、それだけで大金持ちになれます。

 すると、ゼンはつまらなそうな顔になりました。

「だって普通の金だぞ、これ。ここにあるのが全部、フルートのと同じ魔法の金の石だっていうなら俺も驚くけどな。ドワーフがただの金ぐらいで感心するかよ」

 フルートは思わず笑いました。ゼンならそんなふうに答えるような気がしていたのです。けれども、そんなフルート自身も、やっぱり金には全然興味がないのでした。

 ポチが嬉しそうに吠えました。

「ワンワン。いつ来ても気持ちいい場所ですよね、ここ。何もなかったら、ひなたぼっこしながら昼寝したいくらいだなぁ」

 泉の周りに広がる小さな草原は木と草と花の匂いでいっぱいですし、水が泉から流れ出ていく音が、絶え間なくさらさらと聞こえています。春のように暖かな日差しに包まれて、緊張していたフルートたちも、なんとなく和やかな気持ちになっていました。

 

 すると、ふいに泉の表面にごぼごぼと水の柱がそそり立ち、人の姿に変わりました。光の加減で色が変わる青い長衣を身につけた老人です。輝く長い髪とひげの先は、泉の水の中に溶けて見えなくなっています。魔の森の主である、泉の長老でした。

 すぐに頭を下げた少年たちに向かって、長老は言いました。

「よく来た、フルート、ゼン、ポチ」

 年はとっていますが、深みのある厳かな声でした。

「お久しぶりです、長老」

 とフルートはていねいに答えました。泉の長老は、魔の森と泉を二千年以上に渡って守ってきた魔法使いです。いくら敬意を払っても払いすぎることはないのでした。長老に初めて会ったゼンも、自然ともう一度深く頭を下げていました。

 長老は泉の水の上を歩いて近づいてくると、深い青い目で少年たちを見下ろしました。

「おまえたちに会ってもらいたい者がいるのだ。おまえたちの助けを求めて、ここに来ておる」

 フルートたちは驚いて、あたりを見回しました。泉のほとりにいるのは長老と少年たちだけで、どこにも人影は見あたりません。すると、長老が言いました。

「人ではない。この者じゃ」

 とたんに、泉の中から大きな影が躍り出てきました。水しぶきが高く上がって、居合わせた者たちの上に雨のように降りかかってきます。しぶきが口にはいると塩辛い味がしました。

「ぺっぺっ! なんだ、しょっぱいぞ!?」

 とゼンが驚いていると、影が今度は勢いよく水の中に飛び込みました。また大きな水しぶきが上がり、フルートたちは頭からずぶぬれになります。やはり、ひどく塩辛い水でした。

 泉の表面に、見たこともないほど大きな魚が顔を出しました。頭だけで一メートル近くあります。水の中に隠れている体も合わせれば三メートルは下らないでしょう。銀色がかった黒い肌を光らせながら、丸い目でぎょろぎょろと少年たちを見上げてきました。

「海に住むマグロという魚じゃ。今、この泉は遠い彼方にある海とつながっておる」

 と長老が言いました。海、と聞いて少年たちはびっくりしました。荒野の真ん中の町に住むフルートも、北の山脈に住むゼンも、まだ本物の海を見たことはありませんでした。

 すると、マグロがとがった口先を少年たちに向けて動かしました。

「お初にお目にかかります、金の石の勇者と仲間の皆様。今日は折りいってお願いがあってまいりました……」

 流暢なことばです。フルートたちは思わず呆気にとられて、もの言う魚を見つめてしまいました。

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