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第2巻「風の犬の戦い」

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66.凱旋

 エスタの王都カルティーナでは、大通りに大勢の市民が詰めかけていました。

 通りの真ん中はきれいに掃き清められ、色とりどりの花やいい香りのする木の枝が敷き詰められています。間もなくそこを金の石の勇者の一行が通るのです。

「なんでも、勇者は子どもだそうじゃないか」

「ドワーフの少年と、人間のことばをしゃべる犬もいるらしいな」

「魔法使いの女の子もいたけれど、天空の国に帰っていったって」

 人々がにぎやかに勇者たちのことを話し合っています。

 彼らがエスタを殺人鬼から救ったことを、人々は知っていました。エスタ国王が著名な詩人を呼んで、勇者たちの戦いを詩にさせ、吟遊詩人たちに街中で歌わせたからです。子どもの勇者たちが勇敢に戦って魔王を倒し、天空の国とエスタの国を守った物語に、カルティーナの市民は心から感動しました。そして、勇者の一行がロムドの国に帰っていくところを見送ろうと、こうして沿道で待ちかまえているのでした。

 

 勇者の一行はなかなかやってきません。

 けれども、人々は少しも退屈しませんでした。天空の王が城にある魔法の扉からエスタを訪れたこと、エスタ国王に真実の錫を与えたこと、それを使って国王が自分の家臣や親族の忠誠を次々と試し、王の命を狙っていた者たちを罰したこと……噂のたねは尽きることがなかったからです。

「王の弟のエラード公は、お供の偽勇者たちと一緒に豚にされたそうじゃないか」

「いやいや。わしは公が老人になってしまったと聞いたぞ。今にもあの世に行ってしまいそうな年寄りになって、王位を奪おうとする気力も体力もなくなって、別荘で隠居生活をしているという話だ」

 噂だけに、真相がはっきりしないこともありましたが、人々はそんなことは気にしませんでした。真実の錫によって、王の威光が強大になったことは確かです。王が国の内外に威厳を保っていれば国は安泰なので、人々はそれを喜んでいたのでした。

 勇者たちの供をする一行が、そのままロムド国で完全な和平条約を結んでくるという話も聞こえていました。

 夜ごとにエスタを襲っていた謎の殺人鬼はいなくなりました。王位を狙う人々で揺れていた国は安定したし、隣国との和平も結ばれることになって、人々は平和の予感に浮き立っていました。それらはすべて、これから通る金の勇者の一行が、エスタにもたらしてくれたものだったのです。

 

 城のある方角から、わぁぁっと人々の歓声が上がりました。勇者たちがやってきたのです。

 馬にまたがった近衛兵たちに先導されて、白と金の美しい馬車がやってきます。近衛隊の先頭を行くのは、正装をしたシオン大隊長です。

 人々は歓声を上げ、手に持っていた花や紙吹雪を投げ、両手をいっぱいに振りました。馬車の中の勇者たちを一目見ようと、けんめいに背伸びをします。

 馬車の窓から、金や青の防具を着た子どもの姿が見えていました。白い子犬が時々窓から外をのぞいています。

 それを見ると、人々はいっそう熱狂的な声を上げ、精一杯に手を振って、感謝の気持ちを伝えるのでした。

 

 すると、そんな人々の列から離れて、通りに背を向けた男がいました。興奮している人々の間を押し通って、通りの後ろのほうへ抜け出していきます。

「ふん……ガキどもがお偉くなったもんだ」

 と低い声でつぶやきます。黒ひげのジズでした。

 大通りでは、勇者の一行を見送って大騒ぎが続いています。先を行く近衛隊が高らかに金のラッパを吹き鳴らし、人々の歓声がなおいっそう高まります。

 ジズは肩をすくめると、通りから離れていこうとしました。

 すると、どこからか一匹の子犬が走ってきて、ワンワンと吠えかかってきました。

 思わずジズが立ち止まると、少年たちの声が聞こえてきました。

「やっぱりジズだ!」

「ポチの言うとおりだったな」

 ジズはびっくりして、目の前に走ってきた子どもたちを見ました。フルートとゼンです。防具や武器を外し、まるっきり普通の子どもの格好をしています。その足下にポチが戻っていって、嬉しそうに尻尾を振りました。

 ジズは一瞬ぽかんとすると、はっと我に返って、子どもたちを人気のない路地裏に引っぱり込みました。

「ちょ……ちょっと待て。何でおまえらがここにいるんだ! 馬車に乗っていたはずじゃないのか?」

 大通りからは、勇者を見送る人々の歓声がまだ続いています。

 フルートは肩をすくめました。

「お城のお小姓の中で背格好が似てる子に、ぼくたちの防具を着てもらってるんです。あのまま、ロムド城まで行ってもらうことになってます」

「ワン。白い犬にも乗ってもらってます」

「エスタを出るまで、延々こんな大騒ぎをするって言うんだぜ、エスタ王は。ったく、冗談じゃねえよな!」

 ゼンが心底ぞっとする、と言いたげな声を上げました。

 ジズはあっけにとられて子どもたちを見つめましたが、ふいに吹き出すと、声を上げて笑い出しました。

「おまえらときたら……! まったく、大した勇者たちだな!」

 そして、ジズは大通りを面白そうに振り返りました。

「ユーリーの奴、すまして先頭を歩いていたが、心の中では冷や汗をびっしょりかいているぞ。なにしろ馬車に乗ってるのは偽の勇者なんだからな。……だが、大丈夫なのか? おまえらの防具を替え玉に着せたりして」

 すると、フルートはほほえんで、服の上から自分の胸に触って見せました。

「金の石は眠りにつきました。平和が戻ってきたから、心配ないんです」

「あとでロムド城に立ち寄って、防具を返してもらうことになってるのさ」

 とゼンも言います。

 それを聞いて、ジズはまた声を上げて笑いました。

 

 すると、フルートが急に真顔になって、ジズを見ました。

「シオン隊長がずっとあなたを探していましたよ」

 とたんに、ジズも笑いを引っ込めました。

「知ってる……だが、会うつもりはない」

 と答えます。

 ゼンは意外そうな顔をしました。

「なんでだよ。シオンのおっさんは、ずっと待ってるんだぜ。俺たちをロムドまで送って戻ってきたら、またあんたを捜すって言ってたぞ」

 シオン隊長とジズは幼なじみの友だちです。

 ジズは皮肉に笑って見せました。

「会えるわけがないだろう。俺とあいつでは今じゃ住む場所が全然違うんだ。刺客の首領までした男が、何の用で近衛大隊長に会わなくちゃならん」

「シオン隊長はあなたの助命をエスタ王に願い出ました。エラード公が何もかも白状したから。王も、あなたがぼくたちを助けたことを認めて、許すって言ってくださったんですよ」

 けれども、それでも黒ひげの男は心動かされませんでした。

「なんにでも、ぎりぎり引き返せるときってのはあるもんだ。そこで立ち止まって戻っていくことができれば幸せ。だが、俺はそこを通り過ぎてしまった。今さら戻ることはできんのさ」

 感情を隠した声でそんなことを言うと、鋭い瞳で笑いかけてきます。

「おまえらはそのまま、まっすぐ行け。間違っても、こっち側に来るんじゃないぞ。足を踏み入れてしまったら、もう戻れなくなるからな」

「ジズ……」

 フルートはつぶやくように言いました。それきり声が出ません。

 黒ひげの男は片手を上げると、子どもたちの前から去っていきました。黒っぽいその姿が、路地裏を出て人混みに紛れていきます。

 

 フルートは立ちつくしたまま、それを見送りました。何故だか胸の中に悲しいような想いがあふれてきます。

 すると、ゼンがフルートの肩に腕を回してきました。ぐい、と引き寄せて言います。

「俺たちはずっと友だちさ。年をとって、大人になってしまっても、ずっとな」

「ワンワン。ぼくだって、ずうっと一緒にいますよ。だって、ぼくは長命種の犬なんだもの」

 とポチも足下から言います。

「うん……!」

 フルートは笑顔になると、仲間たちにうなずき返しました。

 

 裏通りに二頭の馬がつないでありました。エスタ国王が準備してくれたものです。少年たちは手綱をほどいてまたがると、西を見ました。

「さあ、家に帰ろう。お父さんたちが待ってる!」

 とフルートが言いました。

「ワンワン! 馬車より先に到着できるように、急ぎましょう!」

 ポチはまた鞍の前に取りつけた籠の中です。

「へへへっ。これが俺たちの凱旋だな! 行こうぜ!」

 ゼンが陽気に声を上げ、子どもたちはいっせいに走り出しました。

 蹄の音をたてながら、馬は駆けます。

 西へ西へ、懐かしい家族が待つ家を目ざして、ひたすらに……。

 

 子どもたちを照らす日差しはまぶしく、空の色はもう夏の気配でした。

The End

(2005年11月15日初稿/2020年3月11日最終修正)

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