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第2巻「風の犬の戦い」

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63.最後の戦い

 フルートが飛び込みざまに切りつけた剣を、魔王が黒い大剣で受け止め、流しました。

 飛んでくる光の矢を、返す刀で叩き落とします。

 すると、フルートがあっという間に身をひるがえして、後ろから魔王に切りつけました。黒い衣の背中が裂け、黒い霧が噴き出します。

 魔王は一瞬よろめいて振り返り、フルートの頭上へ大剣を振り下ろしました。まともに受け止めれば、力で叩き伏せられてしまいます。フルートはすばやく横に飛んで逃げました。

 すると、魔王の黒い背中へ、今度は光の矢が突き刺さりました。

 魔王は思わずうめき声を上げ、振り向きざま、ゼンに魔弾を撃ち込みました。

 ゼンがとっさにかわします。魔弾は凍ったドラゴンの背中に命中して、氷のかけらを飛ばしました。

「おい、いいのかよ。おまえの乗り物を傷つけてるぜ」

 とゼンがからかうように言いました。

 魔王は、ぎりぎりと歯ぎしりを続けると、突然気合いを入れました。背中の光の矢が溶け落ち、傷が治っていきます。さすがに、魔王は光の矢や光の剣の傷くらいでは消滅しないのでした。

 

 フルートが、また勢いよく飛び込んできて、魔王に切りつけました。小柄なフルートの戦法は、相手の隙に飛び込んで攻撃しては離れるヒット・アンド・アウェイです。

 それを大剣でなぎ払おうとした魔王の腕に、またゼンの光の矢が突き刺さりました。

「ええぃ、うるさいチビ共が!」

 魔王の体が突然黒い光におおわれました。闇の障壁を張ったのです。ゼンの光の矢が砕けて消えていきます。

 ゼンは、ちっと舌打ちしました。

 と、黒い障壁の奥から、また魔弾が飛んできました。ゼンを狙っています。

「危ない!」

 フルートがゼンに飛びついて押し倒しました。魔弾が次々と二人の上に襲いかかってきます。

 すると、ふいに金の光が輝いて、少年たちを包みました。魔弾を一つ残らず消し去ります。魔法の金の石が、また障壁を張ったのでした。

 黒と金の障壁の奥から、魔王と少年たちはにらみ合いました。

 

 少年たちの足下で固く凍り付いていたドラゴンが、ほんの少し柔らかくなったような気がしました。

 ポポロの魔法はほんの二、三分しか続きません。魔法の効果が切れ始めたのです。

 すると、フルートが魔王を見たまま、後ろの友人にささやきました。

「ゼン、ぼくの炎の剣を抜いて……。それでドラゴンの首を切り落とすんだ。魔法が解けて復活したら、ぼくらは振り落とされちゃうよ」

ゼンは目を丸くしました。が、すぐにニヤッと笑うと、素早く弓を背負い、フルートの背中の鞘から炎の剣を抜きました。研ぎすまされた刃が現れます。

 フルートは魔王に向かって走り出しながら叫びました。

「行け、ゼン!」

「おう!」

 ゼンが応えて反対の方向へ駆け出します。走る足の下で、どんどんドラゴンの体が溶け始めています。白い霜におおわれていた表面が、ぬれたような黒に変わり始めます。

「む?」

 ゼンのおかしな動きに気がついた魔王が、とっさに魔弾を撃ち出そうとしました。

 そこへ、真っ正面からフルートが切り込んでいきました。光の剣が黒い障壁を切り裂きます。

 魔王は身をかわしましたが、さすがによけきれず、体に傷を受けました。ばしゅっと音をたてて、傷口からまた血のように霧が噴き出します。

「この!」

 魔王が力任せに大剣を振り回しました。金の光の障壁が破れ、刃がまともにフルートの肩口に入ります。小柄な少年の体がドラゴンの背に叩きつけられます。

 が、すぐにフルートは跳ね起きました。ノームの鍛冶屋が強化した金の鎧が守ってくれたのです。鎧には傷一つついていません。

 その隙に、ゼンはドラゴンの頭の付け根まで駆けつけていました。

 目の前で、どんどんドラゴンが溶けていきます。根元まで裂けて口になっている長い首が、ぐにゃりと動いて振り返ってきます。その目が、ゼンを捉えました。鋭い牙が何百と並んだ口で、かみついてこようとします。

「でぇぇぇぃっ!!!!」

 ゼンは気合いもろとも、炎の剣をドラゴンの首に振り下ろしました。ドワーフの怪力で、粘土細工のように首の付け根を切り落とします。

 すさまじい咆哮が響き渡り、ドラゴンの体がぐらりと傾きました。

 切り落とされた頭が、空中でボッと炎を吹き、あっという間に燃えて消えていきました。

 

 ドラゴンの体が、ゆっくりと空から落ち始めました。

 広げられたままの翼が風を受け、空を滑るようにしながら下へ向かいます。天空の国の大地から飛び出し、底知れない青空の中を落ちていきます。

 魔王がとっさに呪文を唱え始めました。ドラゴンの頭を復活させようというのです。

 フルートは光の剣を構えると、まっすぐ魔王に飛び込んでいきました。剣の刃を根元まで深々と魔王の胸に突き刺します。

 魔王はすさまじい悲鳴を上げ、フルートの肩につかみかかりました。少年と光の剣を自分から引き離そうとします。

 フルートは、全身の力をこめて、剣を突き刺し続けました。

 魔王の黄色い視線とフルートの青い視線が、真っ正面からぶつかり合います。

 すると、黄色い目がふいに笑うように歪みました。

「正義の勇者が聞いてあきれる。つまりは、きさまもただの人殺しではないか。血にまみれたその手に、正義などつかめるものか」

 呪詛(じゅそ)に充ちた声で言います。

 フルートは、まっすぐな目でそれを見つめ返しました。きっぱりと答えます。

「人の不幸を自分の喜びにするような奴の言うことなんて、絶対に聞くもんか!」

 シューッと音をたてて傷口から黒い霧が激しく噴き出し、魔王の体が大きくのけぞりました。

 そのまま、ゆっくりとドラゴンの背に倒れていきます。

「フルート!」

 ゼンが駆けつけてきました。フルートと並んで魔王を眺めます。倒れて動かなくなった魔王の胸からは、黒い霧がどんどん噴き出していました。

「やったな」

 とゼンが言いました。

「うん」

 とフルートがうなずきます。

 そして、そのままふたりは黙って立ちつくしました。

 が、状況は感動にひたっているような場合ではありませんでした。彼らを乗せているドラゴンの体は、吸い込まれるように下へ下へと落ちているのです。

 すると、上空から声が響きました。

「ワンワン! フルート、ゼン!」

 風の犬のポチが駆けつけてくるところでした。素早くふたりを背中に拾い上げます。

 少年たちは、空を飛びながら、落ちていくドラゴンの体と魔王を見つめていました。青い青い空の中、その姿はどんどん遠ざかっていきます……。

 

 ところが、ふいにポポロの叫び声が聞こえてきました。

「みんな、危ない!!」

 はっと振り返った少年たちの目に、空中に浮かんだドラゴンの首が飛び込んできました。真っ黒な霧が集まって、闇のドラゴンの首を再生したのです。

 牙をひらめかせてドラゴンがかみついてきます。

 ポチは必死で身をかわしました。背中の少年たちをかばうように、ドラゴンに腹を向けます。その首元に、ドラゴンの頭が食らいついてきました。

 ブツリ、と鈍い音がして、ポチの風の首輪が食いちぎられました。

「キャン!」

 ポチは悲鳴を上げました。その体が光に包まれ、みるみるうちに縮んでいきます。あっという間に白い子犬の姿に戻ってしまいます。

 フルートとゼンとポチは、青空の中に投げ出されました。下は、地上も見えない、果てしのない空と雲の海です。

 すると、先に落ちていった魔王とドラゴンが、ふいに黒い光を放ちました。

 燃えつきるように光が消えた時、空にはもう、魔王もドラゴンも見あたりませんでした。空中に再生したドラゴンの首も、煙のように消えていきます。

「うわぁぁぁぁ……!!!」

 少年たちは悲鳴を上げながら、まっさかさまに空を落ちていきました。

 

「フルート! ゼン! ポチーッ!!」

 城の最上階から、ポポロが悲鳴を上げていました。

 少年たちの姿は遠い彼方ですが、ポポロにはまるで目の前の出来事のように見えました。二人と一匹が空を墜落していきます。助けたくても、ポポロは魔法を使い切ってしまいました。もう、何の手だてもありません。

「フルートーッ……!!!」

 ポポロは声を限りに叫びました。

 誰か来て! 誰か、誰か、みんなを助けて……!!

 泣きながら心の中で叫び続けます。

 すると、その声が聞こえたように、ポポロの隣にふいに人影が立ちました。背の高い男の人です。片手を空の向かってかざすと、よく響く声で呼びかけました。

「来たれ、金虹鳥よ! 勇者たちを救うのだ!」

 たちまち、空の彼方から金の光がひらめき、稲妻のように鳥が空を渡っていきました。鳥が飛びすぎた後に、鮮やかな金色の虹がかかります。

 大きな翼が少年たちの下に回り込みました。落ちてくる子どもたちを、ふんわりと金色の羽毛の中に受け止めます。

 フルートとゼンとポチは、びっくりして身を起こしました。

 大きな金の鳥が彼らを背中に乗せて飛んでいました。色を取り戻した金虹鳥です。まっすぐ、天空城目ざして飛んでいきます。

 

 城の最上階で、ポポロは驚いて隣の人物を見上げていました。光そのもののような白銀の髪とひげの、中年の男の人です。黒い星空の衣を着て、頭には金の冠をかぶっています。

「天空王様……」

 ポポロは呆然として、つぶやきました。

 そこへ、金虹鳥がやってきて、羽ばたきながら城の上へ舞い下りてきました。少年たちは鳥が着地するのももどかしく飛び下りると、歓声を上げて仲間に駆け寄りました。

「ポポロ!」

「いぇい、やったな、ポポロ!」

「ワンワンワン! 見事でしたよ!」

「みんな!」

 ポポロはフルートとゼンの胸にぎゅうっと抱きつきました。そのまま声を上げて泣き出して、少年たちをどぎまぎさせます。ポチは、そんな子どもたちの足下に絡みついて、尻尾を振り続けていました。

 すると、白銀の髪の王が穏やかに話しかけてきました。

「よくやってくれた、勇者たち。魔王は倒された。天空の国にも地上にも、平和が戻ったぞ」

 え? と少年たちは不思議そうに見上げました。それが誰だかわからなかったのです。

 すると、ポポロが泣き笑いしながら言いました。

「みんな……こちらが天空王様よ」

 少年たちは目をまん丸にしました。

「って、モグラの王様かぁ!? こんなに立派な王様だったのかよ!」

 驚いた拍子にゼンが素直すぎる声を上げました。

 けれども、天空王は特に気分を害した様子もなく、笑いながら答えました。

「いかにも。おかげで元の姿に戻ることができた。城のものたちも、すっかり元通りだ。皆が感謝しているぞ」

 その声に誘われるように、王の後ろに大勢の人たちが光と共に現れました。黒い衣を着た立派な顔立ちの人たちです。男も女も、若い人も年寄りもいましたが、どの人も笑顔で子どもたちを見ていました。魔王が死んで、全員が白いモグラの呪いから解放されたのでした。

「見なさい」

 と天空王が山のふもとを指さしました。

 白一色だった天空の国に、色が戻っていくところでした。

 まるで夜の世界に朝日が差して、世界が明るく輝き出すように、ありとあらゆるものが色を取り戻していきます。赤、黄、青、緑、オレンジ、紫、ピンク、黒……。花野が色とりどりに大地を染め、森が深い緑色に変わります。山の岩肌は厳めしい灰色と黒の濃淡になり、大地を横切って流れる川は、青いリボンのように輝き始めます。

 子どもたちも城の者たちも、息さえ詰めて、その様子を見守り続けました。

 すると、突然城の中庭から羽ばたきが起こって、白い翼の群れが空に飛び立って行きました。ペガサスです。青い目を輝かせ、金のたてがみをなびかせて、空の高みに駆け上っていきます。不思議な姿をした生き物たちが次々に城の中から飛び出してきて、空をふり仰いで喜びの声を上げます。魔王に石にされていた神獣たちも、呪いが消えてまた元の姿に戻ったのでした。

 

 天空王が、優しい目で子どもたちを見ながら言いました。

「まったく勇敢であったな。そなたたちの戦いぶりは、城の中にいてもはっきり見えていた。そなたたちの勇気には、天空の国も感謝と敬意を表さずにはいられない」

 モグラの時には年寄りのような話し方をしていた天空王ですが、元に戻った今は、口調が姿にふさわしく少し若くなっていました。

 けれども、フルートは急に心配になってきました。一番気になっていた人たちのことを思い出したのです。

「ポポロのお父さんとお母さんは……? 闇の首輪から解放されましたか?」

「むろんだ。そら」

 天空王が示した先に、男の人と女の人が姿を現しました。銀の髪に緑の瞳のポポロのお父さんと、赤い髪に金の瞳のポポロのお母さんでした。ふたりとも目に涙をいっぱいためて子どもたちを見つめていました。

「お父さん! お母さん!」

 ポポロが両親に飛びついていきました。お母さんが、そして、お父さんが、娘を堅く抱きしめます。もう何もためらうことはありません。闇の呪いは解かれたのです。

 ルルが家族に向かって嬉しそうに駆け寄っていきました。

「ルル!」

 ポポロが手を伸ばして愛犬を抱き寄せ、そして、家族は一つになって喜び合いました。

 そんな様子を、フルートとゼンとポチは笑顔で見守りました。

 

 すると、天空王が城の人々に呼びかけました。

「さあ、天空城を元の姿に戻すぞ!」

 人々がいっせいに両手を天にかざしました。その手の先から光があふれ、城全体を包み込みます。

 まばゆい輝きの中で、天空城は金と銀の美しい姿を取り戻していきました……。

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