「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第2巻「風の犬の戦い」

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62.魔法

「ポポロ!!」

 茶色と銀の毛並みの犬が、歓声を上げて飛びついてきました。

「ルル!」

 少女は愛犬を抱きしめると、周りを見回しました。崩れかけた部屋、崩れ落ちて空につながっている天井……天空城の最上階の部屋に戻ってきたのです。

 目の前にはまだ黒い馬の姿をしたナイトメアがそびえ立っていました。けれども、悪夢の馬は、自分の夢を振り切ってきた人間にはどうする力もありません。

 ポポロはすっくと立ち上がると、ナイトメアを指さして、きっぱりと言いました。

「消えなさい!」

 魔法でさえありませんでした。ただ命じたのです。

 すると、黒い夢の馬は、突然姿が薄れて消え失せてしまいました。

 

 上空から少年たちの声が聞こえてきました。

「ポポロ!」

「やった、戻ってきたな!」

「ワンワン! ポポロ!」

 風の犬のポチに乗ったフルートとゼンが、空を飛ぶドラゴンに乗った魔王と戦っていました。魔王がくり出す魔弾を避けながらも、部屋の中に戻ってきたポポロの姿を見つけて歓声を上げています。

「揃いも揃って、生意気なガキどもが……!!」

 魔王が悔しさのあまり歯ぎしりをしています。

 ひゅうっとポチがポポロの前に飛んできました。その背中から、フルートとゼンが呼びかけます。

「怪我はなかった?」

「よく帰ってきたな。やるじゃないか!」

 少年たちもナイトメアの悪夢をくぐり抜けてきています。ポポロが夢の世界でどんなにがんばってきたのか、想像がつくのでした。

 ポポロはうなずき返しました。

「あたしも戦う。魔王にあたしが出せるだけの力で魔法をぶつけるわ。どうしてほしい?」

 少年たちは、一瞬おっという表情をしました。少女の顔が、今までになく強く頼もしく見えたのです。

 フルートが答えました。

「ドラゴンが邪魔で魔王に近づけないんだ。隙を見て、ドラゴンの動きを止めてほしい。そうしたら、ぼくとゼンで魔王を倒す」

「わかったわ」

 と即座にポポロがうなずき返したので、ルルが驚いたように見上げました。

「ポポロ、ちょっとあなた……」

 フルートたちまで巻き込んでしまうわよ、と言おうとしたルルに、ポポロは笑ってみせました。

「大丈夫よ。絶対に失敗なんてしないわ。必ずドラゴンを止めてみせる」

 少年たちは、また目を見張りました。悪夢の中から戻ってきたポポロは、今までとなんだか雰囲気が違います。

 フルートは、にっこりしました。

「頼むよ。よし、行こう!」

 ポチがまた空に飛び上がります。まっすぐ、魔王の乗ったドラゴンに向かっていきます。

 少女は部屋の中からそれを見上げながら、真剣に考え始めました。

 どの魔法を使えば、一番効果的にドラゴンを止めることができるでしょう? 停止の魔法? それとも……。

 絶対に失敗はしない、とは言いましたが、ポポロの魔法がコントロールしにくいほど強力なのは変わりがありません。ドラゴンに魔法を集中させても、周囲に影響は飛び散るでしょう。フルートたちに影響がない魔法は何だろう、と考え続けていたのです。

 ルルは、そんなポポロを意外そうに見上げていましたが、やがて、静かに少女の足下に腰を下ろすと、何も言わずに見守り始めました。

 

 その間にも、魔王とフルートたちは激しい戦いを繰り広げていました。

 魔弾は金の石の光の障壁で防げますし、ドラゴンの攻撃もポチが素早くかわしますが、どうしても魔王に近づいていくことができません。ポポロがドラゴンの動きを止めてくれる間だけが、攻撃のチャンスでした。

 フルートはゼンに言いました。

「ポポロが魔法を使ったら、ドラゴンに飛び移ろう。まっすぐ魔王に向かうんだ」

「よしきた!」

 とゼンが張り切って返事をします。生きるか死ぬかの決戦だというのに、ドワーフの少年は、どこか楽しそうです。

 そのとき、魔王がひときわ大きな黒い光を叩きつけてきました。今までにない強力な闇の塊です。金の石の障壁が一瞬で砕けました。

「うわっ!」

「ワン!」

 少年たちは思わず声を上げました。本当に、すんでのところで闇の光をかわします。

「この野郎!」

 ゼンが続けざまに光の矢を撃ちました。矢がドラゴンの腹に命中して、一瞬その体を霧に変えます。すると、フルートがポチに言いました。

「あそこに行って!」

 再生が始まった腹の傷に、飛びすぎざまに光の剣をふるいます。また、ばっとドラゴンの腹が霧になります。さらにそこにゼンがまた光の矢を食らわせます。

 ギェェェェ……!!

 ドラゴンが悲鳴を上げて空でのけぞりました。

 ついに、霧が消え失せ、傷が再生することなくぽっかりと口を開けたのです。

「おのれ!」

 魔王がまた魔弾を撃ち出してきます。金の光の障壁はなくなっています。

 フルートは、とっさにゼンの後ろからダイヤモンドの盾を突き出しました。盾は二人を守れるくらい大きくなっていました。ゼンが素早くフルートの腕をつかんで、一緒に盾を支えます。

 ビシャァァァァ……

 激しい音をたてて、魔弾が盾の上で破裂しました。ゼンと一緒に支えた盾は、びくともせず、ただポチだけが反動で少し後ろに飛ばされました。

「下から狙うんだ!」

 とフルートが言うと、ポチは大きくUターンして、また腹の方向からドラゴンを狙いました。

「こいつめ、これでも食らえ!」

 先の傷口に、ゼンがまた光の矢をたたき込みます。

 ドラゴンがまたすさまじい悲鳴を上げました。翼を激しく打ち合わせ、空に浮きながら、首を振って身もだえします。

 フルートは、ポチの背中から振り返って叫びました。

「ポポロ! 今だ!」

 

 魔法使いの少女は、城の一番上の部屋から、右手を高くかざしてドラゴンに向けていました。緑に輝く目で敵を見据えながら、たった一言、呪文を唱えます。

「 レオコー!!!」

 かつて、闇の森の中で巨大なスライムを凍らせた魔法でした。それを、まったく手加減なしにドラゴンへ叩きつけます。

 ポポロの指先に集まった光が、目に見えない弾になってドラゴンへ飛んでいき、その全身を包み込みます。

 とたんに、ドラゴンの黒い体が真っ白に変わりました。凍りついてしまったのです。

 羽ばたきを繰り返していた翼が、ぴたりと止まり、大きな体が宙で完全に停止しました。

「ワン、フルート! ゼン!」

 ポチがあせった声を出しました。ポチは風なので影響はありませんでしたが、その背中の少年たちは、魔法の余波を受けて、同じように氷に包まれていたのです。

 が、次の瞬間、金の光が輝いて、少年たちの体から氷が砕けて落ちました。魔法の金の石の力です。

「うひゃぁ……まいったな」

 とゼンが苦笑いしました。

「ポポロのヤツ、俺たちが凍っても大丈夫だと思って、冷凍魔法を使ったんだぞ」

「十分さ。ほら!」

 フルートがドラゴンを指さしました。

 完全に凍り付いたドラゴンの背中で、魔王も白い氷におおわれてしまっていました。それでも空に浮かんだまま落ちていかないのは、翼を広げたドラゴンがまだ浮力を保っているからでしょうか。それとも、魔王の魔法でしょうか。

「行くよ!」

 フルートの声に、ポチがドラゴンへ急接近しました。凍り付いたその背中に、フルートとゼンが飛び下ります。

 すると、魔王の体から氷が音をたてて砕け落ちました。魔王の黒い姿がまた現れます。歯ぎしりをすると、ドラゴンを溶かす魔法を唱え始めます。

「させるかよ!」

 ゼンが光の矢を放ちました。

 魔王がとっさに魔弾で矢を撃ち落とします。

 その隙にフルートはドラゴンの背中を駆け抜け、光の剣で魔王に切りかかっていきました。

 ギン、と音がして、黒い刃が光の剣をはね返します。

 魔王が大剣を手に、ドラゴンの背中の上に立ち上がりました。黒い影のような姿が大きくそびえます。

「どうやら、本当に直接戦わねばならんようだな」

 そう言いながら、魔王は大剣を構えました。

 フルートは光の剣を構えて魔王を見据えました。そのすぐ後ろにゼンが駆けつけて、光の矢をつがえます。

 そのまま、両者はにらみ合い、そして、同時に動きました。

 剣の音がぶつかり合い、矢が弓弦を離れる音が響きました――。

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