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第2巻「風の犬の戦い」

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57.連戦

 円形の部屋の中に、フルートとゼンとポチの姿が戻ってきました。

 闇の中で過ごしたのはけっこう長い時間だったような気がするのですが、実際には、わずか三十秒ほどのできごとでした。

「フルート! ゼン! ポチ!」

 ポポロが歓声を上げました。少女は消えた仲間を必死で呼び続けていたのです。

「ワン、ポポロ!」

 ポチが風の犬に変身して後ろの大穴を飛び越え、部屋の端に立つポポロに飛びついていきました。

「ワンワン! 闇の中にポポロの声が聞こえましたよ! おかげで戻ってこられました!」

「ポチ……!」

 少女は風の犬の首に抱きつくと、涙でぬれていた顔をその毛並みに押しつけました。

 フルートとゼンは、目の前にそびえ立つ怪物を見上げました。黒馬に乗った人のようなものは、少年たちが戻ってきたことに驚いているようでした。何もできずに、ただ子どもたちを眺めています。

「ふん、こいつのせいかよ。つまんねえ幻見せやがって」

 ゼンがうなるようにいって、光の矢をつがえました。フルートも光の剣を構えました。何も言いませんが、その瞳は、今までにないほど鋭く光っていました。

 ゼンの矢が宙を走って人のようなものに命中しました。人間のパーツを寄せ集めたような体が、一瞬光に包まれて、そのまま霧と消えていきます。

 フルートは駆け寄りざま、光の剣で黒馬の太い足をなぎ払いました。前足が飛び、霧になって消えていきます。馬は棒立ちになっていななきました。その後足に、フルートはまた切りつけます。

 黒馬は悲鳴と共に消えていきました――。

 

 怪物が消えていった後ろで、魔王が驚きあきれた顔をしていました。

「ナイトメアを破ったか。意外だったな」

「ナイトメア?」

 と聞き返すゼンに、フルートが言いました。

「悪夢を見せる怪物だ。馬の姿をしているって言われてる。今のがそうだったのか……」

「はん。だから、俺たちが夢から戻ってきたら、なにも攻撃できなくなったのか」

 とゼンはちょっと笑いましたが、すぐにまた真顔に戻りました。夢とはいえ、自分たちがひどく危険な状態だったことは、ゼンにもわかっていたのです。あのとき、悪夢の誘いに乗って夢の深みに向かってしまったら、きっと、ここに戻ってくることはできなかったでしょう。永遠に夢の囚われ人になって、悪夢の中をさまよい続けたのに違いありません。

 フルートが魔王に向かって言いました。

「ぼくたちはおまえの手下になんて絶対に負けない。そこから降りてきて、ぼくたちと勝負しろ!」

 すると、魔王が笑いました。

「いいや、まだだな。わしにはまだまだ手がある」

 言いながら、黒い錫をかざします。

 とたんに、部屋の天井が音をたてて崩れ出しました。大きな石がひび割れ、砕けて、部屋の中にいる子どもたちの上に落ちかかってきます。

やがて、ごう音がおさまり、砂埃が風に吹き散らされたとき、部屋の天井はすっかり崩れてなくなり、頭上には青空が広がっていました。部屋中、いたるところが崩れた石や岩だらけですが、三カ所だけ、まるで見えない天井があったように、無事に守られている場所がありました。魔王がいる玉座と、フルートとゼンが立つ場所、そして、ポチとポポロがいる場所です。少年たちは金の石に、ポポロは風の犬に変身したポチに、それぞれ守られていたのでした。

 フルートの金の石が、胸の上でまだ金色に輝き続けていました。

 フルートはそれを手に取ると、魔王に向かって突き出しました。鋭く叫びます。

「消えろ、魔王!」

 金の光がほとばしり、魔王めがけて飛んでいきます。が、次の瞬間、魔王の前に黒い光の膜が広がって、金の光をはね返してしまいました。闇の障壁を張ったのです。

「わしがそんなもので倒れるものか」

 と魔王がまた笑いました。錫が再び天を差します。

 少年たちは身構えました。次は何が起こるのかと待ち受けます。

 が、何も起こりません。部屋の中は静かです。

 すると、ポチが言いました。

「ワン、音が聞こえてきます。風の音です……近づいてきますよ!」

 フルートたちは、はっとしました。近づいてくる風の音――風の犬に違いありません。

 はたして、青空の彼方から、白い幻のようなものが見え始めました。うんかのように、まっすぐこちらに向かって飛んできます。みるみるうちに形がはっきり見えるようになり、犬の頭や前足、長い竜のような体が見分けられるようになります。風の犬は、百頭近い群れをなしていました。

 

「げげ。また大勢でやってきたな」

 とゼンがつぶやきました。魔王は、自分が支配している風の犬を、すべて呼び寄せたのに違いありませんでした。

 ヒュン、と風の音をたててポチが飛んできました。その背にはポポロを乗せています。

「ポポロ、みんなと一緒にいてください。ぼくが戦います。同じ風の犬だから、きっと、ぼくの攻撃は効くはずです」

「大丈夫?」

 とポポロが心配しました。ポチは、ついさっきまで、疲れ果てて身動きすることさえできない状態だったのです。

 すると、ポチが笑いました。

「ワン、夢の中に行ったら、不思議と元気になっちゃったんですよ。もう大丈夫です」

 夢の中でかいだ母親の匂いが、風の体に、まだ、ほのかにまとわりついているような気がします。ポチの瞳がちょっと切なそうな表情を浮かべたことに、仲間たちは気がつきませんでした。

「風の犬たちは魔王に操られてるだけなんだ」

 とフルートが言いました。

「なんとか正気に返す方法はないのかな……」

 けれども、そう言っている間にも風の犬の大群は天空城に迫っていました。天井が崩れた部屋めがけて、まっしぐらに飛んできます。

 魔王が玉座から立ち上がり、子どもたちを指さして、高らかに言いました。

「風の犬よ! 勇者たちを形がなくなるまで切り刻め!!」

 風の犬が迫ってきました。

 よく見れば、犬たちはいくつかの群れにわかれ、それぞれを、ひときわ大きな風の犬が率いています。先頭の群れが部屋に飛びこみ、フルートたちに襲いかかってきます。フルートは光の剣で風の犬をなぎ払い、ゼンは光の矢を撃ちこみました。

 ところが――まるで効果がありません。闇の怪物を一撃で霧散させた光の武器が、普通の武器のように、風の獣の体の中を通り抜けていってしまいます。風の犬は元々が天空の国の生き物なので、光の武器で傷つけることができないのでした。

「おい、そりゃないぞ!!」

 とゼンがわめきました。ここに来て、風の犬に対抗する手段が何もなくなったのです。

 風の犬のポチが、ゴウッと音をたてて空に舞い上がりました。ものも言わずに、先頭の風の犬に飛びかかっていきます。

 とたんに、ばっと青い霧のようなものが散り、先頭の犬が悲鳴を上げました。

 ギャウウーーン!!!

 ポチの読みの通り、風の犬は、同じ風の犬の攻撃だけは食らってしまうのでした。

 けれども、襲いかかってくる風の犬は百頭近い大群、迎え討つポチはたった一頭。とても対抗しきれるものではありません。

 風の犬のリーダーと激しく戦うポチのわきを、別の風の犬たちがすり抜け、子どもたちに襲いかかってきました。

 フルートはダイヤモンドの盾を構えて仲間たちの前に立ちました。かろうじて、最初の攻撃をかわします。

 が、何頭もの風の犬に次々に盾に体当たりされて、思わず押し倒されそうになります。

「フルート!」

 ゼンが飛びついて、一緒に盾を支えました。その後ろでは、ポポロが杖を握ったまま立ちすくんでいます。雷の魔法は、あともう2回使えます。けれども、風の怪物にはたして落雷が効くのかわからなくて、使うべきかどうか迷っているのでした。

 すると、部屋の反対側から、別の犬の群れが飛び込んできました。真後ろから、子どもたちに襲いかかってきます。

「きゃぁぁ!!」

 ポポロが悲鳴を上げました。ポポロは魔法の衣を着ているだけで、風の犬から身を守るものは何もありません。

「ポポロ!!」

 少年たちは振り向きました。

 

 すると、突然、先頭の風の犬が大きく向きを変えて空に飛び上がりました。まるで、ポポロの悲鳴に驚いて、空に逃げていったようです。その群れの他の犬たちが、リーダーについて上空に飛び上がり、とまどったように右往左往します。

 向きを変えた先頭の犬に、銀色の毛が混じっているのを見て、フルートが叫びました。

「あのときの犬だ!」

 夜のカルティーナの街で風の犬と戦った時、一番最後にやってきた群れのリーダーです。ひときわ大きくて強そうだったのに、あのときも、ポポロを見たとたん、とまどったように攻撃をやめて逃げていったのでした。

 リーダーが惑えば、群れの犬たちも混乱します。混乱は他の犬たちにも伝染し、城の上空は、めちゃくちゃに飛び回る風の犬でいっぱいになりました。

 すると、そこに追いついてきたまた別の群れが、混乱している群れを追い越して、子どもたちに襲いかかろうとしました。とたんに、ガウッ、と銀毛のリーダーが激しく吠えました。他の犬たちが驚いたように立ち止まります。明らかに銀毛は仲間たちを制止したのでした。

 子どもたちはびっくりして犬たちを見上げました。

 銀毛のリーダーも、上空からじっと子どもたちを見下ろしています。何かを確かめようとするような目です。

 それを見上げていたポポロが、ふいに小さな悲鳴を上げました。信じられないようにまじまじと見つめ、思わず天に手を差し伸べます。

「ルル……! ルルね……!!」

 ポポロは、銀毛に向かって愛犬の名前を呼びました。

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