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第2巻「風の犬の戦い」

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51.闇の怪物

 らせん階段を登り詰めた果てに、大きな銀の扉がありました。魔王がいる玉座の間に続く扉です。

「いよいよだ」

 とフルートは仲間たちを振り返りました。ゼン、ポポロ、ポチの二人と一匹がうなずきます。緊張した顔はしていますが、ポポロでさえ、おびえてはいませんでした。

 フルートは背中から光の剣を抜くと、扉に手をかけました。

「行くよ!」

 

 勢いよく扉を開けると、そこは大きな半円形の部屋でした。

 白い壁や床が薄汚れたような黒に染まり、得体の知れない淡い光で充ちています。隠された塔の中にあふれいてた光とは違う、まがまがしい雰囲気の灯りです。

 ポポロが少年たちに身を寄せました。

「ものすごい魔の気配よ……。息が詰まりそうなくらい」

 ポチも子どもたちの足下で身構えてうなっていました。

「この部屋には何かいます。気をつけてください」

 そこで、フルートとゼンは部屋の中を見回しました。目には何も見えません。ただ、空っぽの部屋があって、その向こうに両開きの扉が見えているだけです。

 と、その床から、何かが姿を現し始めました。

 絨毯がふいにあちこちで持ち上がったように見えたと思うと、そこから人のようなものがむっくり立ち上がります。

 ポポロが思わず悲鳴を上げました。

 それは、腐って崩れかかった人間でした。部屋の中に鼻が曲がるほどの腐敗臭が漂い始めます。

「げ、ゾンビかよ」

 ゼンが顔をしかめてつぶやきました。フルートも少し青ざめていましたが、光の剣を握り直すと言いました。

「ポチはポポロを守るんだ。ポポロ、ぼくたちが危なくなったら援護を頼む。ゼン、行くよ!」

「おう!」

 ゼンが即座に返事をして、弓に光の矢をつがえます。

 フルートは、剣を手に飛び出しました。

 

 ゾンビたちが腐った腕を振り上げて襲いかかってきました。

 フルートはそれをかわしながら、右へ左へ光の剣をふるいます。

 ゾンビたちが胴を切られ、腕を切られて、次の瞬間には霧のように崩れて消えていきます。

 ゼンも、襲いかかってくるゾンビに、片端から矢を撃っていきました。

 光の矢が突き刺さると、怪物の体は一瞬輝き、剣で切られたのと同じように、あっという間に消え去っていきます。光の武器には、闇のものを霧散させる力があるのでした。

 剣がひらめき、矢が宙を飛ぶたびに、怪物の数が減っていきます。

 すると、床から今度は白い鞭のようなものがとびだしてきました。部屋をあっという間に横切り、剣をふるうフルートの腕に絡みつきます。その先には血だらけの女の顔がついていて、牙をむいて、にやぁっとフルートに笑いかけました。

「!」

 フルートはとっさに剣を空いている左手に持ち替えると、そのまま、女の首を切り落としました。とたんに、鞭のような幽霊は霧と消え失せます。

「大丈夫か!?」

 とゼンが駆けつけてきました。

 フルートは自分の鎧の右腕を見て眉をひそめました。幽霊に絡みつかれた場所に、黒いものがべったりとへばりついていたのです。思わず左手でこすり落とそうとしたとき、ポポロの声が上がりました。

「ダメ! それは悪霊よ!」

 とたんに、黒いものが、ぐにゃりとうごめき、フルートの右腕から左手へと飛び移ってきました。黒いスライムのように、みるみるうちに左腕をはい上がってきます。フルートの両腕が、しびれたように動かなくなります。

「フルート!」

 ゼンが、手に持っていた光の矢で黒い悪霊を突き刺しました。

 とたんに悪霊は飛び散り、霧となって消えました。フルートの腕がまた自由になります。

「ワン! 後ろです!」

 ポチの声にはっと振り向くと、ゾンビが少年たちに向かって牙をむいて飛びかかってくるところでした。

 フルートがとっさに剣で突き刺すと、怪物は崩れて消えました。

「ちきしょう、まるで化け物屋敷だな」

 とゼンがつぶやきました。床から、またゾンビや幽霊がわき出してきます。さっきより数が多いくらいです。

 ワンワンワン……とポチが激しく吠え出しました。ゾンビたちがポポロの方へ迫っていました。何本もの腐った手が伸びて、ポポロをつかまえようとします。醜く崩れた顔が迫り、耐え難い悪臭が漂います。歩くたびにぼろぼろと床に落ちるのは、ゾンビの体で肥えた大きなウジ虫でした。

「きゃぁぁ、いやぁぁ……!!」

 ポポロは悲鳴を上げて顔をおおってしまいました。

 ポチが、目の前まで来たゾンビの足にかみつき、ギャン! と悲鳴を上げて転がりました。怪物の腐った肉をかんだとたん、毒でも食らったように、口がしびれてしまったのです。

「ポポロ! ポチ!」

 フルートが駆け出しました。

 ゼンが後ろから援護射撃をして、行く手のゾンビや幽霊を消し去ります。

 フルートはポポロとポチの前に飛び込むと、目の前のゾンビを一刀のもとに切り捨て、返す刀で飛びかかってきた幽霊を散らしました。

 けれども、怪物たちは後から後からわきあがり押し寄せてきます。光の剣や矢でも倒しきれないほどの大群です。

 

 そのとき、かすかに、澄んだ音が響き渡りました。

 シリリーン……

 たった一度鳴り響いて、ぴたりと止んでしまいます。フルートの胸で魔法の金の石が鳴ったのでした。

 フルートは、はっとすると、次の瞬間、片手にペンダントをつかんで差し出していました。

「消えろ――!!」

 とたんにペンダントの石から澄んだ金の光があふれ出し、部屋いっぱいに広がりました。まるで金の風のように部屋中を駆けめぐり、何十というゾンビや幽霊を片端からなぎ倒し、消し去っていきます。

 まばたきをする間に部屋から怪物は残らず消え去り、後にはただ、空っぽの部屋と子どもたちだけが残りました。

 ペンダントを握ったまま立ちつくすフルートに、ゼンが駆け寄ってきました。

「ひゅう。相変わらずすごいぜ、金の石は。もっと早く使えばよかったな」

 フルートは黙ってうなずきました。金の石には闇のものを消し去る力があります。それを知っていたのに、今の今まで思い出さなかったことに、愕然としていたのです。「金の石を信じていくのじゃ」と言ったモグラの王のことばが、改めて思い出されました。

 

「ワン、ポポロ、大丈夫ですか?」

 とポチが少女に話しかけていました。ポチ自身は、ペンダントの金の光に照らされたとたん、ゾンビの毒も消えて、また元気になっていました。

 ポポロは杖を抱きしめたまま、がたがた震えて泣いていました。

「ポポロ……」

 フルートはひどくすまない気持ちになりました。もっと早く金の石の力を思い出していれば、こんなに怖がらせずにすんだのに、という思いが横切ります。

 すると、ポポロはしゃくりをあげながら言いました。

「ご、ごめんなさい……ごめんなさい。肝心の時に、立ちすくんじゃって……魔法も何も使えなくて……」

 魔法使いの少女は、ふがいない自分を情けなく思って泣いていたのでした。

 それから、少女は涙を手でごしごしとこすると、しゃんと顔を上げました。右手の杖を強く握りしめ直します。

「あたし……あたし、もう泣かないわ。もう怖がらない……。だって、そんなことしてたら、みんなを助けられないもの」

「ポポロ」

 フルートは少女を見つめました。なんだか、また胸がいっぱいになります。

 すると、ゼンが茶化すように言いました。

「泣かないなんてこと、できるのかぁ? あんたみたいな泣き虫が」

 ポポロが、かっと顔を赤らめました。一瞬、また泣き出しそうな顔になり、すぐにそれをこらえて唇をかみます。

 すると、ゼンがにやりと笑って言いました。

「ま、泣いたっていいから、がんばれよ。あてにしてるんだからな」

 ポポロは目を見張りました。

 見回すと、フルートとポチも笑顔でうなずいていました。

 ポポロはつられてにっこりすると、仲間に向かってうなずき返しました。

「うん――」

 

 半円形の部屋の中に敵の姿はありませんでした。

 部屋の奥に、両開きの扉がそびえています。

「きっと、あの向こうが玉座の間だ」

 とフルートが言って、部屋の中に歩き出しました。ゼンとポポロがそれに続きます。部屋の中は静かです。

 すると、ふいにポチが後ろから飛び出してきました。シュッと鋭い音をたてて風の犬に変身すると、長い風の体に子どもたちを巻き上げて宙に飛びます。

 とたんに、たった今まで子どもたちが立っていた床が、ぼこりと大きく陥没しました。床石が砕けて絨毯を突き破り、地響きが部屋中を揺らします。まるで、目に見えない巨人が、透明なハンマーで床を叩きつけたようでした。

 驚いている子どもたちに、風の犬のポチが言いました。

「気をつけて! まだ何かがいますよ――!!」

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