壁の奥に現れた秘密の通路は、明るい色と光にあふれていました。足下には水色の絨毯がひかれ、壁は薄いクリーム色に金の細線が走り、天井は空のような鮮やかな青です。どこにも灯りらしいものは見あたらないのですが、通路全体が明るい光に充ちています。
久しぶりに見る色のある世界に子どもたちがきょろきょろしていると、モグラの姿の天空王が言いました。
「この通路の先に隠された塔がある。城を造る尖塔の一つじゃが、目には見えぬ。別の空間にあって、城の中の大切な場所に続いているのじゃ。聖なる光に充ちた場所じゃから、敵も入り込んでは来られんじゃろう」
すると、ゼンがうなりました。
「うぅん、なんかよくわかんねえけどよ。要するに、ここの中にいれば安全ってことだよな?」
「そういうことじゃ」
とモグラの王が笑いました。
通路の行き止まりに銀の扉があり、それをくぐると、階段のある円形の部屋に出ました。階段は壁にそって、らせん状に上へ伸びています。どこまで続いているのか、上を見上げても、その果てを見極めることはできません。
「うひゃあ、これを登るのか!」
とゼンが声を上げると、フルートが言いました。
「天空の国への階段よりはきっと短いさ。……この頂上に魔王がいるんですね?」
モグラの王がうなずきました。
「頂上にある扉が、玉座の間に続いておる。魔王はきっとそこじゃ」
「ワン、ぼくが風の犬に変身して運びましょうか?」
とポチが尋ねましたが、フルートは首を振りました。ポチはまだ城まで飛んできた疲れが抜けていなくて、足下がふらついていたのです。
「歩いて登ろう。行くよ」
実際に登り始めてみると、塔のらせん階段は天空の国への階段と同じように、なんの苦もなく上っていけました。
子どもたちは、敵が周りにいないという安心感もあって、やがて、おしゃべりを始めました。誰からともなく、魔王の話になります。
「しかし、魔王って言うからには魔物だよなぁ? どんな格好をしてるんだ?」
とゼンが言うと、ポポロが首をかしげました。
「さあ。お父さんたちは魔王を見てはいないみたいだったけど……」
「ワン。やっぱり魔法使いみたいなやつなのかしら? それとも、メデューサみたいな怪物なのかな?」
そこで、フルートはモグラの王に尋ねました。
「魔王というのは何者なんですか?」
「正体はわしにもわからぬ」
と王が答えました。
「姿は人間の男に似ておるが、闇のものは、姿を自在に変えられるからの……。やつはある日突然、真っ黒なドラゴンに乗って天空の国に現れ、恐怖と呪いで天空の民を絡め取ってしまったのじゃ。あのような強大な魔が地上にあれば、わしには感じられたはずなのに、なんの前触れもなかった。あれの心にあるものは、ただ、ねたみと憎しみだけじゃ。自分より上に立つ者があるのが許せないし、他人が幸せなのも我慢がならない。あれが望んでいるのはただ、世界中のすべての人や生き物を、自分の足下にひれ伏させ、自分の思いのままに動かすことだけなのじゃ……。その想いだけは、強烈に伝わってくる」
子どもたちは、思わず絶句しました。魔王が天空の国やエスタ王国だけでなく、地上の他のすべての国々まで、同じように支配しようとしているのだと気がついたからです。
やがて、フルートがひとりごとのように言いました。
「どうして、そんなに何もかも自分の思い通りにしたいのかな……? どうして、そんなに偉くなりたいんだろう?」
ゼンが肩をすくめました。
「そりゃ、俺だって、思い通りにならないよりは、思い通りになったほうが嬉しいけどな。でも、そのために他人を踏みにじっていこうとは思わないぜ」
「ワン。魔王は誰かをかわいそうだとか、気の毒だとか、思ったりはしないのかなぁ。あんなにたくさんの人たちが苦しんでいても平気なのかしら」
「そんな気持ちがあるなら、あんなこと、絶対にできないと思うわ……」
ポポロが両親を思って涙をにじませます。
すると、モグラの王はポポロの手の上で静かに言いました。
「それは、そなたたちが光の子どもだからじゃな。そなたたちには理解できない想いだし、これからだって理解する必要はない。やつには、人々の流す悲しみの涙が宝石よりも美しく見え、苦痛の叫びが妙なる調べに聞こえるのじゃ。それを最上の喜びとする、闇の生き物なのじゃよ」
子どもたちはまた、黙り込みました。
らせん階段は、上へ上へと続いています。それをひたすら登りながら、子どもたちはそれぞれに何かを考え続けていました。
やがて、また口を開いたのはフルートでした。
「魔王はどうやったら倒せるんでしょう? やつに弱点はありますか?」
「俺もそれを聞こうと思ってたぞ!」
とゼンが声を上げ、他の子どもたちもいっせいにうなずきました。子どもたちはみんな、魔王との戦い方を考えていたのでした。
「闇のものに効くのは光の武器じゃ」
とモグラの王は言いました。
「そなたたちの持っているもので言えば、金の石じゃな。炎の剣にも、ある程度光の力はある。ポポロの魔法も効果があるじゃろう。我々の魔法は、闇の魔法を打ち砕く光の魔法じゃからな。だが、それだけでは、あまりにも弱い。このままぶつかっていっても、魔王を倒せる可能性は低いじゃろうな」
「低いじゃろうな、って……そんな!」
ゼンが声を上げました。
「なんとかなんないのかよ! 俺には魔王は攻撃できないのか!?」
「ワン! ぼくも戦いたいです! 風の犬じゃダメなんですか!?」
すると、王は答えました。
「光の武器が必要じゃな。闇を砕く聖なる武器じゃ」
「でも、光の武器は魔王に奪われてしまった、っておじさんが――」
とフルートが言いかけると、モグラの王が笑いました。
「これ、フルート。天空城をあなどるでないぞ。光の城が、そう易々と闇に支配されるものか。それ、そこの扉じゃ。それをあけてみい」
階段の途中に踊り場があり、小さな銀の扉がありました。言われるままに扉を開けた子どもたちは、あっと驚きました。盾、鎧、剣、弓矢、杖……ありとあらゆる防具や武器が、広い部屋いっぱいに並んでいます。どれもこれも、光り輝くような、すばらしい装備品ばかりです。
モグラの王が言いました。
「天空の国を守る光の武器庫じゃ。そなたたちが良いと思うものを選んでみるがいい」
子どもたちは目を丸くしながら部屋に入ると、武器や防具を眺め回しました。あまりたくさんあるので、どれをどう選んでいいのか、さっぱり見当がつきません。
すると、矢を眺めていたゼンが、突然言いました。
「おい! これ、光の矢じゃないか……!?」
束ねられた矢が並んだ台の上に、一本だけぽつんと、銀づくめの矢が置かれていました。先端から矢羽根まで銀色で、きらきらと輝いています。黒い霧の沼の戦いでメデューサを倒すときに使った、聖なる矢でした。
「よぉし、俺はこれだ!」
とゼンが歓声を上げたので、モグラの王が言いました。
「じゃが、光の矢は今はそれ一本きりしかないぞ。それではとても足りないじゃろう」
すると、ドワーフの少年は、へへへっと得意そうに笑いました。
「それが、そうでもないんだな。見てろ」
ゼンは光の矢を背中の矢筒に入れると、弓を構えて、すばやく矢筒から光の矢を抜きました。それを撃つ代わりに床に落とし、再び手を矢筒にやると、また光の矢が抜けてきます。いくら抜いても、矢筒の中から光の矢はなくなりません。それを繰り返すうちに、床の上には五、六本の光の矢がたまりました。
ところが、ゼンがそれをまとめて矢筒に入れると、光の矢は矢筒の中でまた一本に戻りました。
「エルフの魔法の矢筒じゃな。なるほど、これは心強い」
とモグラの王はうなずきました。
フルートは剣が並んでいる壁の前を歩いていました。ゼンがエルフの矢に代わる矢をほしいと考えたように、フルートも、自分のロングソードに代わる剣がほしいと思っていました。けれども、剣は何百本も並んでいて、大きさも長さも様々です。これがいいかな、と思えば、その隣の方がもっと良いように見えてきてしまって、選ぶことができません。早くしなければ、と気持ちばかりがあせります。
すると、フルートの背中から一瞬うなるような音が聞こえました。炎の剣が鞘鳴りしたのです。
フルートは、はっとすると、立ち止まりました。そのままうつむき、やがて、苦笑いをしてつぶやきました。
「まったく……ぼくは何をやってるんだろう。炎の剣を手に入れたとき、炎の馬に言われたじゃないか。魔法の武器は人に選ばれるんじゃない。自分から持ち主を選ぶんだ、って――」
そこで、フルートは壁に向き直り、たくさんの剣に向かって声に出して呼びかけました。
「お願いです。ぼくと一緒に来て、魔王と戦ってください!」
仲間たちが、驚いたようにフルートを見ました。
フルートは目をしっかり閉じると、手を思い切り伸ばし、指先に触れた剣をつかみました。壁から取り上げ、目を開けます。
それは一本のロングソードでした。鞘も柄も銀色で、ほとんど飾りがなく、ただ柄の部分に小さな星の模様が刻まれていました。
「ほう」
とモグラの姿の天空王は声を上げました。
「それは光の剣。この天空の国の、正真正銘の守り刀じゃ」
「え……?」
フルートは思わずうろたえました。そんな大事な剣を取ってしまったとは思わなかったからです。すると、王が笑いました。
「何を驚く。剣がそなたの呼びかけに応じただけじゃ。一緒に魔王を倒しに連れて行ってやれ」
そこで、フルートは思い切って鞘から剣を抜いてみました。銀の刀身が澄んだ光を放ちます。重さをまったく感じないほど、軽くて扱いやすい剣でした。
その様子に、ゼンが光の矢を見てつぶやきました。
「俺もこいつに呼ばれたのかな……? なんか、見た瞬間にぴんと来たんだけどな」
ポポロも武器庫の中で目を閉じました。そのままじっと立ちつくし、やがて、また目を開けて言いました。
「あたしは何も感じないわ……呼ばれる声も、なんにも。ただ、この杖だけが、目を閉じていてもはっきり見えるの」
と、右手に持っていた杖を見つめます。モグラの王が言いました。
「雷の杖じゃな。そなたの父親の守りが感じられる。そなたには、その武器が一番ふさわしいのじゃろう」
それを聞いて、ポポロは嬉しそうに杖を握り直しました。
「ワン、ぼくも何も感じないし、見えません」
とポチが言いました。
「ぼくには武器は必要ない、ってことですね。ぼくは犬だし……」
「そなたは風の首輪をつけておる。敵にとどめは刺せなくとも、仲間たちの助けになることは、十分できるじゃろう」
そう言われて、ポチも嬉しそうな顔になりました。フルートたちの手助けをすることさえできれば、ポチとしては満足だったのです。
フルートは、自分のロングソードを武器庫に置いて代わりに光の剣を背負うと、王に向かって言いました。
「天空王様、一つだけお願いがあります」
「なんじゃ?」
と王が答えます。ネズミのような、本当にちっぽけな生き物の姿です。それを見つめながら、フルートは言いました。
「後はもう、ぼくたちだけで魔王のところまで行けます。武器も貸していただきました。戦いはぼくたちに任せて、天空王様は、どうかここに残っていてください」
「だな。モグラにゃ危険すぎるもんな」
と、ゼンがいささか微妙なフォローをします。
王は驚いたように子どもたちを見ました。
「わしなしで魔王に立ち向かうというのか? 天空王の守りなしで? いくらモグラの姿でも、そのくらいの魔力はまだ持っておるのだぞ」
「天空王様を魔王に殺されてしまうほうが、ずっと心配です」
「ワンワン。ぼくも王様はここにいるほうがいいと思います」
とポポロとポチも言います。
光り輝く武器が並ぶ部屋の中、三人と一匹の子どもたちは、少女の手の上の王を見つめていました。どの子も真剣な目をしています。
魔王が恐ろしくないと言えば嘘です。力になってくれる人がいるなら、それがどんな生き物でも、一緒に来てほしいとも思います。けれども、モグラにされた天空王は、あまりにも小さいうえに、素早く動くこともできないので、戦闘になれば真っ先にやられてしまいそうでした。子どもたちには、それが心配でならないのでした。
王は、それでもまだためらうように考えていましたが、子どもたちの顔を見て、やがて、静かにうなずきました。
「どうやら、わしが共に行くと、おまえたちは存分に戦えないようじゃな……。よかろう。わしはここでそなたたちが魔王に勝つのを待つとしよう。気をつけて行くのじゃぞ。仲間と、金の石を信じていくのじゃ」
子どもたちはいっせいにうなずき返しました。
ポポロが手のひらから床の上へ、そっと天空王を下ろします。
子どもたちはもう一度、王に向かって頭を下げると、きびすを返して出口の銀の扉へ向かいました。行く手に待ちかまえるのは、敵の首領の魔王です。
「日と月と星の光の守りが、勇者たちと共にあらんことを――」
モグラの王が子どもたちのために祈ってくれていました。