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第2巻「風の犬の戦い」

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49.モグラの王

 少年たちは驚いてポポロとモグラの王を見比べました。

 すると、モグラが少女を見上げながら言いました。

「国王、と言ったのかな? わしはただのモグラの王じゃぞ。なのに、そう思うのか?」

 ポポロはうなずきました。

「気のせいかも、とも思いました……。でも、感じるんです。どんな姿をしていても、あなたはあたしたちの国王様です……」

 もしもポポロがもっと大人だったら、きっと、「おいたわしい」と続けたことでしょう。けれども、少女はそんな難しいことばはとっさに思いつくことができなくて、ただ涙ぐんで小さな生き物を見つめていました。

 すると、モグラの王は静かな声で言いました。

「いかにも。わしはこの国の王、天空王じゃ。城の者たち共々、魔王の呪いで白いモグラの姿に変えられてしまったのじゃ」

 それを聞いて、子どもたちはあわてて周りを見回しました。何百というモグラは、すべて城に住んでいた貴族や家来たちだったのです。モグラたちは何も言わず、ただ、じいっと子どもたちを見上げていました。

「その者たちは口をきけん。モグラの姿に変えられて、魔法はおろか、ことばを話すことさえできなくなってしまった。だが、城の者たちは、市井(しせい)の者たちよりは魔力が強い。闇の首輪につながれることだけは、かろうじてまぬがれたのだ」

 と、今は小さな姿の天の王が言いました。

 ゼンがあきれたように口を開きました。

「だけどよぉ……なんで、よりによってモグラなんだ? 呪いをかけるなら、カエルとか熊とか、そのへんが定番じゃないのか?」

「魔王は、天空の王や貴族を地べたをはい回るモグラに変えて、おとしめたつもりなのだろうな。だが、おかげでこうして勇者たちを手助けできることになった」

 とモグラの王は面白そうに言い、差し出されていたポポロの手のひらにはい上っていきました。

「どれ、ぐずぐずしてはおられぬ。警備のものが物音を聞きつけて集まってきた。足音が伝わってくるぞ。早く城内に入らねば」

 確かに、城壁を回った向こう側から、こちらへ近づいてくる物音が聞こえてきていました。フルートは炎の剣を抜いて言いました。

「行くよ。みんな、気をつけて」

「おう!」

「ワン!」

「はい!」

 仲間たちはいっせいに応え、フルートに続いて城壁の中に入っていきました。

 その背後から、たくさんの足音や鎧のガチャガチャいう音が近づいてきます。「敵だぞ!」「城に侵入したぞ!」と怒鳴り合う声が聞こえてきます。

 と、突然、ザザザーーッと何かが崩れるような音が響き渡り、大勢の悲鳴が上がりました。そのまま、急に背後が静かになります。

 モグラになった天空王が笑いました。

「ヤツら、まんまと落とし穴にはまったようじゃな。さ、今のうちじゃ。城に入るぞ」

「はい!」

 子どもたちはいっせいにまた応えると、王の道案内で、庭を全速力で走り抜けていきました。

 

「あそこじゃ。あの入り口から、秘密の通路に入ることができる」

 とモグラの王がポポロの手の上から言いました。その行く手には尖塔がそびえています。

 近づいていくと、塔の正面に黒い鉄の門があり、二体の骸骨が剣を持って見張りをしていました。

 子どもたちはあわてて近くの茂みに飛び込みました。

「あれはどう見てもアンデッドだよな。これで倒せるかな?」

 とゼンが自分の弓矢を見ました。アンデッドとは「死なないもの」という意味の怪物で、普通の武器では倒せないのです。

 すると、モグラの王が言いました。

「無理じゃな。アンデッドを倒せるのは、聖なる武器だけじゃ。炎の剣にも聖なる力は宿っておるが、ここは石の力を使うほうが無難じゃ。騒ぎを起こすと、敵がまた集まって来るからの」

 そこで、フルートは首から金の石を外し、茂み伝いに、そっと入り口の方へ近づいていきました。

 骸骨兵士のすぐ近くまで行ったとき、ゼンがエルフの弓を構えて、フルートの隠れる藪へ矢を撃ち込みました。もちろん、フルートに当たらないよう、慎重に狙いをつけます。

 ガサッと藪が音をたて、骸骨たちがそちらを向きました。音の正体を確かめるために、剣を構えて近づいてきます。

 それが目の前まで来たとき、フルートは藪から飛び出して、金の石を差し出しました。まばゆい金の光がほとばしり、二体の骸骨を照らします。

 すると、骨はたちまち飴細工のように溶け始め、あっという間に消えていきました。持ち主がいなくなった二本の剣が、音をたてて地面に落ちます。

「いいよ!」

 とフルートは仲間たちに呼びかけると、自分は先に立って、黒い門に駆け寄りました。力をこめて扉を押します。そこへゼンも駆け寄って一緒に押すと、重い扉はたちまち開きました。

 暗い通路が子どもたちの前に現れます。

「この奥じゃ。秘密の通路に入れば、とりあえず敵には見つからなくなるじゃろう」

 とモグラの王が言いました。

 

 ところが、そのとき、ポチが勢いよく飛び上がって後ろからポポロの体に飛びつきました。

「危ないっ!」

 とたんに、ばっと赤い血しぶきが飛び、ポチは悲鳴を上げて地面に転がりました。

「ポチ!!」

 振り向いた子どもたちの目に映ったのは、持ち主がなくなった二本の剣が、ひとりでに宙に浮いている光景でした。その一本にはポチの血しぶきが散っています。剣がポポロに背後から切りつけようとしたところを、ポチが自分の体で守ったのでした。

「ポチ――!」

 フルートが子犬に飛びつきました。ポチの背中の傷から赤い血がどんどん流れ出しています。フルートは手にしていた金の石を大急ぎで押し当てました。

「ちきしょう! この剣も怪物だったのかよ!」

 わめきながら、ゼンがショートソードを抜きました。宙から襲いかかってくる剣と戦い始めます。

 フルートも、ポチの傷が治るや、炎の剣を構えて剣の怪物に切りかかっていきました。ギン、ガキンと激しい音をたてて切り結びます。

 ポポロは天空王が戦いに巻き込まれないよう、腕でモグラを守っていました。その足下に、怪我の治ったポチが飛んできて、いつでもまた風の犬に変身できるように身構えます。

 すると、フルートの炎の剣が、剣の怪物を切り裂きました。怪物がボッと音をたてて燃え上がり、地面に落ちていきます。

 一方、ゼンはなかなか勝負が決まらずにいました。ゼンは背が低いので、高い位置から攻撃を受けると、どうしても防戦一方になってしまうのです。とうとう、業を煮やしたゼンは自分の剣を投げ捨てると、宙に浮かぶ剣に飛びついていきました。柄をつかみ、力任せに引きずり下ろして近くの岩に叩きつけます。

 ボキン

 剣は枝が折れるような音をたててまっぷたつになり、そのまま動かなくなりました。

 

 フルートたちはあえぎながら、あたりの気配をうかがいました。……まだ近くに敵は迫っていないようです。

「行こう」

 とフルートは言うと、炎の剣を持ったまま、黒い扉をくぐっていきました。モグラの王を抱いたポポロ、ポチ、ショートソードを持ったゼンの順でそれに続きます。

 塔の中の通路は薄暗がりになっていました。壁のところどころで松明が燃えていて、すすっぽい煙を上げています。

 通路が薄黒い色に染まっているのを見て、ゼンが言いました。

「ここは白くないんだな」

「闇の力に染まっているからじゃ」

 とモグラの王は答えましたが、途中で扉の開いた部屋の前を通りかかると、突然「おう」と声を上げました。部屋の中には、奇妙にねじれた形の岩がぽつんと立っていました。

「ペガサスじゃ……かわいそうに」

 言われてよく見ると、ねじれた岩は確かに翼の生えた馬に似た姿をしていました。

「魔王は城の中の神獣や聖獣たちにも呪いをかけたのじゃ。闇の石で操って、己の目や耳や手足の代わりにしておる。だが、魔力が強くて魔王の命令に従わなかったものたちは、こうして力を奪われて、石にされてしまったのじゃ」

 それを聞いて、フルートは城の庭に奇妙な形の岩がいくつも立っていたのを思い出しました。あれもきっと、呪いをかけられた神獣たちだったのでしょう。フルートは、きゅっとひそかに唇をかみました。

「こっちじゃ」

 とモグラになった天空王は言い、一行を通路のさらに奥へ案内すると言いました。

「秘密の通路への入り口はここじゃ。やつらにはまだ見つかってなかったようじゃな」

「え?」

 と少年たちはとまどいました。そこには薄黒い壁があるだけで、どこにも入り口らしいものは見あたりません。

 すると、王が言いました。

「この扉は魔法使いでなければ開けられん。ポポロ、扉を開けるのじゃ」

 言われるままにポポロが壁に手を当てると、緑の光が壁に走り、扉の形を作りました。それを押し開けると、中から澄んだ光が差してきます。

「よし、この中はまだ闇に染まってはおらん。入るぞ」

 王に言われて、子どもたちは大急ぎで扉をくぐりました。

 扉は音もなくまた閉じると、そのまま、何事もなかったように壁に戻ってしまいました――。

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